作品タイトル不明
エドモンドとローデンの会話
やがて。
ローデンが、こちらに気づいた。
「待っていたのか」
何でもないように言う。
遊撃は反射的に背筋を伸ばした。
「護衛ですから」
「当然の務めです」
参謀も即座に答える。
だが内心では、二人とも全く落ち着いていなかった。
先程の光景が脳裏から消えない。
花冠、片膝、幼女、忠誠、意味がわからない。
そんな二人をよそに、ラニアはぱっとローデンから離れた。
「じゃあね」
軽やかな声。
紫の髪が、ふわりと揺れる。
ラニアはそのまま、リリアーナの元へ駆けて行った。
「僕も手伝うよ」
「ありがとう。じゃあ、この小さいのでお水をあげてくれるかな?」
「うん!」
リリアーナから小さなじょうろを受け取り、ラニアは嬉しそうに植物へ水をかけ始める。
ぱしゃ、ぱしゃ。
時々こぼしながら、それでも真剣だ。
ロキも楽しそうに二人の周囲を駆け回っている。
こうして見れば、本当に普通の親子だった。
穏やかで、温かくて、どこにでもありそうな光景。
……いや、よく見ると植物の量はやはり異常なのだが。
遊撃はちらりとローデンを見た。
ローデンは、その光景を静かに眺めていた。
眩しいものを見るような目で。
戦場でしか生きられないと思っていた男が。
今は、ラニアが水を零しただけで微かに笑っている。
二人はまた少し混乱した。
その時だった。
「ローデン」
低い声が飛ぶ。
両手に袋を持って、エドモンドが歩いてきた。
一つは重そうで、もう一つは軽い。
「魔鳥の鱗と羽根だが、これくらいで良いのか?」
そう言って、当然のようにローデンへ差し出した。
二人は固まった。
……魔鳥?
……あの魔鳥、か?
皇国でも名前くらいは知られている。
危険な魔物。討伐には精鋭部隊が必要とされる存在。
その鱗と羽根を、まるで野菜でも渡すみたいに持ってきた。
しかも量がおかしい。袋がぱんぱんだ。
遊撃は思わず聞きそうになった。
……これ、いくら分ですか?
だが怖くて聞けなかった。
ローデンは普通に頷く。
「ああ、十分だ」
「そうか」
エドモンドも当然のように返した。
その様子が、さらに異常だった。
二人は思う。
……何なんだ、この辺境伯家。
何もかもがおかしい。
「ところで」
ローデンがふと口を開いた。
「魔鳥の襲来は、まだ続いているのか?」
その言葉に、エドモンドは小さく息を吐いた。
「ああ。相変わらずだ」
先程までの穏やかな空気が、少しだけ変わる。
「ここ数年は、人命第一を考えている。家畜を犠牲にして誘導し、その間に討伐隊を動かしているのだが……」
言葉の最後が僅かに重くなる。
ローデンは静かに頷いた。
「そんなに上手くいくものでは、無いだろう?」
「そうなんだ」
エドモンドは苦く笑った。
「魔鳥も馬鹿じゃない。思った通りには動かない」
遊撃と参謀は黙って聞いていた。
危険生物を、この若い男は日常のように語っている。
「リリアーナがな」
エドモンドは視線を少し下げた。
「あいつ、自分も現場に立つと言うんだ。危険は承知の上で」
ローデンの目が、少しだけ細くなる。
「確かに、リリアーナの弓は強い」
それは事実だった。
魔鳥との戦いを、ローデン自身見ている。
あの身体から放たれる矢は、驚くほど正確だった。
「しかし、心配だよな」
ローデンは静かに続けた。
エドモンドは、ゆっくり頷く。
「そうなんだ」
その声は、ひどく小さかった。
「ラニアが産まれてから、前よりずっと怖くなった」
遠くで、ラニアの笑い声が聞こえる。
小さなじょうろを抱え、楽しそうに水を撒いている。ロキがその周囲を駆け回り、時々水を浴びていた。
その光景を見ながら、エドモンドはぽつりと言った。
「……失うことが、怖い」
その言葉に。
ローデンは何も笑わなかった。
ただ静かに聞いていた。
エドモンドは少しだけ視線を逸らす。
「……この事は、誰にも言うなよ」
エドモンドとしては、珍しい。弱音だ。
ローデンは低く答えた。
「……言わないさ」
そして、少し間を置いて続ける。
「それは、普通の気持ちだ」
エドモンドは一瞬だけ目を閉じた。
風が吹き、植物が揺れる。
遠くでラニアが、「ロキ、だめー!」と笑っている。
そんな穏やかな音の中で。
エドモンドとローデンは、静かに言葉を交わしていた。