作品タイトル不明
ラディンの回復
「……ラディン、どうなの?」
セラフィーネは、わずかに震える声で問いかけた。
「……身体が、軽い」
そう答えると、ラディンはベッドから起き上がり、立とうとした。しかし足に力が入らず、よろめいてそのままベッドに倒れ込む。
「急には無理よ」
セラフィーネがすぐに言った。
「立てると思ったんだ」
ラディンは悔しそうに吐き捨てる。
「身体が、少し忘れてるだけだよ」
ラニアはのんびりとした口調で言った。
「明日からは、普通に動けるんじゃない?」
そのやり取りを、アグネッタは目を見開いたまま見つめていた。
――ちょっと。
リリアーナも十分に規格外だと思っていたが、あのラニアという存在は、次元が違う。身体の不調の原因を、まるで当然のように見抜き、しかもそれをあっさりと修復の指導をしてみせた。方法など、調合師の自分にはまるで理解できなかった。
――あの力……使い方次第では、リリアーナ以上かもしれない。
アグネッタは静かに息をのみ、ラニアから目を離さなかった。
得体の知れない存在。その価値と危うさの両方を、はっきりと感じ取っていた。
ラニアはにっこりと笑い、無邪気な声で言った。
「じゃあ、リリアーナ。一緒に寝ようよ」
「待ちなさい」
即座にセラフィーネが制した。
「何なの?」と、ラニアは不満そうに首を傾げる。
セラフィーネは一度息を整え、腕を組んだまま言った。
「一応、礼は言っておくわ。……ありがとう」
その言葉に、ラニアは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。
「いいよ。姉さんのおかげで、色々わかったから」
「……どういうこと?」
訝しげに問うセラフィーネに、ラニアは楽しげに微笑む。
「僕が成長するにはね、ラディンの血と、リリアーナの魔力も必要だったってこと」
くすりと笑うラニアに、セラフィーネははっとした。
「まさか……あの珠の魔力……?」
「そう。あれはもう空っぽだよ。あれがなかったら、僕はもっと長く眠ってたはずだ」
「……俺の血も、か?」
ラディンが呻くように言う。
「そうだよ。ラディンのおかげで、こんなに成長できたんだ。成長したから、泉の魔力を吸収する力も、前よりずっと強くなったんだよ」
満面の笑みで語るラニアを前に、その場にいた誰もが言葉を失った。この存在を、どう受け止め、どう扱えばいいのか――。
誰一人として、答えを持っていなかった。
「じゃあ、リリアーナ、行こうよ」
ラニアはもう一度、にっこりと微笑んで手を差し出した。
「待ちなさい」
今度は、アグネッタの声だった。
「何なの?」
露骨に不機嫌そうな顔で、ラニアが振り向く。アグネッタは静かに、しかしはっきりと言った。
「リリアーナをよく見なさい。震えているでしょう。ラニア、あなたはまだ、リリアーナと一緒に寝る資格はないわ」
容赦のない言葉だった。
「そうなの?」
ラニアは不思議そうにリリアーナを見つめる。視線を向けられたリリアーナは、思わず目を伏せた。
「ベッドは別々にしなさい。それから――」
アグネッタは一拍置き、続けた。
「リリアーナを安心させるために、今夜は私も同じ部屋で寝るわ」
「それなら、私が……」
セラフィーネが口を開きかけたが、アグネッタは即座に遮った。
「セラフィーネ。あなた、最近ずっとちゃんと寝ていないでしょう。髪も肌もぼろぼろよ。まずは自分の体を大事にしなさい」
その正論に、セラフィーネは言葉を失った。
ラニアは明らかに不満そうな顔をしたが、アグネッタは意にも介さず、ふと思いついたように言った。
「……時間があったら、リリアーナがこんなに小さい頃の話をしてあげてもいいわよ?」
そう言って、腰のあたりで手の平を横にして、高さを示す。
「……小さいリリアーナ?」
ラニアはこてんと首を傾げた。
「それはもう、とっても可愛かったのだから」
アグネッタは、にやりと笑う。
「……今よりも?」
ラニアが興味津々に聞く。
「純粋で、よく笑ってね。面白いわよ」
さらに、にまにまと笑みを深めるアグネッタ。
――師匠、何を言い出すんですか。
――私の過去をばらさないでください。恥ずかしすぎます……。
リリアーナの心は、必死に叫んでいた。
「……それなら、まあ、いいかな」
少しそわそわしながら、ラニアは渋々うなずいた。
こうしてその夜、アグネッタはラニアとリリアーナと同じ部屋で眠ることになったのだった。
しかし、ラニアの期待はあっさりと裏切られた。眠くなるまでの時間、アグネッタによる容赦のない質問攻めで終わったのだ。
ラディンの血について――どの程度を、どのように使ったのか。リリアーナが行った再生について――どこを、どう認識していたのか。さらには、ラニア自身の身体の感覚や変化についてまで。
一つ答えれば、すぐに次の問いが飛んでくる。アグネッタの言葉は鋭く、隙がなく、ラニアが逆に質問を挟む余地すら与えなかった。
「……もう、眠い。寝る」
とうとうラニアは力尽きたようにそう言い、布団に潜り込んだ。リリアーナはというと、ずっと前に疲れ切って眠りに落ちている。
二人の寝顔を見下ろしながら、アグネッタは小さく息を吐いた。
――まだまだ、子供ね。
そう思わずにはいられない。だが同時に、彼女たちの能力が本物であることも、はっきりと理解していた。何故なら、
「人の身体の悪い所って、わかるの?」
そう尋ねたアグネッタに対し、ラニアは何でもないことのように言ったのだ。
「大体のことは、見ればわかるでしょ?」
……あり得ない。
調合師として長年積み上げてきた知識と経験をもってしても、その感覚は理解の外にある。
――これは、さらに検証が必要だわ。
アグネッタは、胸の内に奇妙な使命感が芽生えているのを自覚しながら、静かに二人の眠る部屋の灯りを落とした。