作品タイトル不明
ラディン、家に帰る
ラディンはふと思った。――セラフィーネがくれた、あの小さな袋は何だったのだろう。島から出る時に、セラフィーネが言っていた言葉を思い出す。
「……直感が、外れるなんて珍しいわ。向こうに着いたら、適当に使って頂戴」
結局、中身は教えてくれなかったのだが。
戻ってきたし、家族に無事を伝えに一度帰りたい――そうオルフェウスに告げると、
「まあ、長いこと引き留めたし、いいだろう」とオルフェウスがうなずいた。
「ぼくも行く~!」とラニアが元気に声を上げる。
「ラニアの足では、少々遠いな……」
ラディン。
「やだやだ! 行くの~!」
頬をふくらませるラニア。
「ラニアも行くなら、私も行きましょうか? お礼をしたいし」とリリアーナが言う。
「……リリアーナは、来なくていいぞ」
ラディン。
「そうなの?」
リリアーナが小首をかしげる。
「ラディン、置いてっちゃやだ……」
ラニアは目を潤ませ始めた。
「ラディン、連れて行ってあげなさい」
オルフェウスはラニアを見ながら言った。……ラニアのいない、平和な一日を望んでいるのは気のせいだろうか?
ラディンに拒否権は、最早無かった。
ラニアが疲れるようなら、向こうで一泊する――そういう話になり、ラディンはラニアを連れてイリヤ族の居住地へと向かった。
「何で一緒に行きたいんだ」とラディンが問う。
「たいくつ、だから?」とラニア。
いや、ラニアの周りでは退屈という言葉はない。
「いいか、俺とリリアーナの血からラニアが出来たことは、絶対に言うなよ」
「はーい」とラニアは素直に返事をした。
居住地に着くと、
「兄さん、無事だったんだね!」と弟が駆けてきた。嬉しそうな顔。
しかし、ラニアを見るなり足を止める。
「……兄さん、その子は?」
「城で懐かれて、仕方なく連れてきた」とラディン。
「ふーん」と弟。……少し、疑わしげな目だった。
「母さん、兄さんだよ!」
弟の声に、家の奥からぱたぱたと足音が近づいてくる。
「お帰りなさい、ラディン!」
母親が笑顔で迎えたが、すぐに眉をひそめた。
「連絡をくれないから心配してたのよ。……ところで、その子は?」
「城で懐かれて。仕方なく連れてきた」
ラディンは淡々と答える。
その瞬間、母親と弟の視線がぴたりと交わる。
そして、すぐさま――ひそひそ会議が始まった。
「ねえ、あの子の瞳……ラディンの色とそっくりじゃない?」母親。
「やっぱりそう思う? 俺もそう見えたんだよね」弟。
「ほら、前にラディンに会いに来た女の子いたでしょ?」
「ああ、あの、すぐどっか行った子?」
「そうそう! あの子と髪の色が一緒なのよ!」
――あの時、誰にも気づかれていないと思っていた。
まさか、しっかり見られていたとは。
(……まさか)
「でも、ちょっと大きくない? 年の割に」
「うん、でも顔立ちが何となくラディン似だし……」
「やっぱりねぇ」
二人の「家族捜査会議」はどんどん白熱していく。
「……ラニアを休ませてもらうぞ」
ラディンは会話をぶった切り、無言で家の中へ。
その背中を見送りながら、母と弟は顔を見合わせた。
「ねえ、やっぱりそういうことじゃない?」
「……そういうことだね」
――ラディンの「仕方なく」は、家族にはまったく通じなかった。
ラディンは弟に向かって言った。
「セラフィーネに貰った袋、開けてもいいと思うんだ」
「兄さんがそう思うなら、いいんじゃない?」と弟。
二人は顔を見合わせ、袋を覗きこむ。
中にはいくつかの魔石が入っていた。赤みがかったもの、黒っぽいもの、光沢のあるもの――どれも、よくある魔石だ。
「……お金に替えろってことだったのか?」とラディン。
「まあ、売ればそれなりになるね」と弟。
どう見ても普通の魔石。
――だったのだが。
気づけば、すぐそばにラニアが来ていた。
小さな手が、興味津々とばかりに魔石をつまむ。
「おい、勝手に触るな……」
そう言いかけたラディンの言葉が止まる。
ラニアの手には、いつの間にか透明な玉が握られていた。
「……ラニア、それは?」とラディン。
「透明な玉?」とラニア。
「どっから持ってきた?」
「えーっとね、これをこうして……こうしたの」
ラニアが再現してみせる。
彼女の指先にあった魔石の色が、みるみる透明に変わっていく。
完全に透きとおると、ラニアはそれを手でこねるように丸めた。
すると――ぽとり。
手の中から、まるで水晶のような丸い玉が転がり出た。
「……は?」
ラディンと弟の声が、ぴったり重なった。
「……何をしたんだ?」とラディン。
「石の魔力を抜いて、丸めたの」とラニアは悪びれもなく言う。
「まて。石は固いのだが?」
「それはね、魔力の使い方でできるけど……あ、精霊の魔力じゃないとダメみたい?」
ラディンはしばし無言。
――どう見ても、ただの魔石だ。どう考えても、そんなこと出来るはずがない。
「兄さん、この子……何者?」と弟が小声で聞く。
「……いや、かなり変わってるけど、気にするな」とラディン。
弟は思った。……兄は、変わってしまった。
その横で、ラニアは楽しそうに次々と魔石を掴んでは、
「これも、こうして……はい、透明~」
と、器用に丸い玉へ変えていく。
ラニアの前には、あっという間に透明な玉が幾つも転がった。
ラディンと弟は、ただ呆然とそれを見つめるしかなかった。
「……これは、俺が預かっていいか?」とラディン。
「いいんじゃない?使い方、わからないし」と弟。
その隣で、ラニアが床にぺたんと座り込む。
「もう疲れた~。動けない~」
母親がくすっと笑った。
「久しぶりだものね。泊まっていったら? この子も疲れているみたいだし。でも、不思議な子なのね……」
ラディンは少しだけ考えて、ため息をついた。
「……まあ、一晩くらいなら」
「ラディンと一緒に寝る~!」とラニア。
「まあまあ、本当に仲良しねぇ」と母親が優しく微笑む。
ぐったりのラディン。
(いや、仲良しというか……距離が近いというか……)
結局、ラニアはラディンの隣で満足そうに丸くなり、すぐにすやすやと寝息を立てた。
――夜中。
月明かりの中で、誰かがそっと背中から抱きしめてくる。
「ラディン……大好き」
懐かしい声。
ラディンはびくりと固まった。
(ま、まさか……リリアーナ!?)
振り向くと――紫の髪が見えた。
ドクン、と心臓が跳ねる。
(な、なぜここに――!?)
次の瞬間。
「ラディン、大好き~」
……幼い声。
現実のラディンは、布団の中でがばっと目を開けた。
隣には、しっかりと後ろからしがみついたラニアが。
「……お前か」
寝言の主を確認し、ラディンは頭を抱えた。
その横でラニアはにこにこと幸せそうに寝息を立てている。
……ラディンの安眠は、遠かった。
翌朝。
「また来るから」と言い残し、ラディンはラニアと共にイリヤ族の居住地をあとにした。
ラディンがラニアの荷物をまとめている間、
母親は、こっそりとラニアの耳元に顔を寄せた。
「ねぇ、本当は……ラディンがお父さんじゃないの?」
ラニアはきょとんとして首をかしげる。
「ちがうよ」
「……あら、そうなの」
母親はほんの少し残念そうに微笑んだ。
……そう、ラニアにとってラディンは“母親”なのだ。
こうして、ラディンは見事、無実を証明された。
その後。
家では、母親と弟が朝食の後片づけをしながら話していた。
「ねぇ、早く結婚して、可愛い孫を見せてほしいわぁ」と母。
「兄さんがいるけど?」と弟。
母親は手を止めて、さらりと言った。
「頼りにならないから、あなたに言ってるの」
「……なるほどね」
弟はため息をつきながら、遠ざかっていく兄の背中を思い浮かべた。
小さい子は確かに可愛い。
だが……今の気分は、なんとも微妙だった。