作品タイトル不明
ラディン、リリアーナの元に行く
ラディンは、島に滞在するあいだ、精力的に動いていた。セレナは精霊たちに次々と話を聞き、あらゆる可能性を探った。ラディンはセレナに同行した。
その中のひとつの精霊が、ある方法を示した。――依り代を作り、そこに「移す」ことができるかもしれない、と。
確かな術ではなかった。依り代も、移す方法も、可能性の域を出ない曖昧なものだった。
それでも、ラディンはそれに賭けた。
精霊たちと人々の助けを借りながら、ひとつの依り代を作り上げた。
リリアーナの魔力そのものを再現することはできない。ならば、せめてその「器」を。リリアーナの血の代わりを――。
魔力の低い人の血が適していると精霊は言った。そして最も適した性質を持つのは、ラディン自身の血だと。
ためらいもなく、ラディンは腕を差し出した。
リリアーナの働きを見ていた島の人々は、ラディンに快く協力してくれた。今なら、精霊達の力も、ある。
島の技術は、驚くほど精緻だった。
流れ出た血は、何かの術によって透明に変わり、赤く光る別の液体となって瓶に封じられた。
終わるころには、ラディンの顔色は青白く、足取りもおぼつかなかったが、休んでいる暇などなかった。
――間に合わなければ、すべてが消える。
セラフィーネに頼み、特別に船を出して貰った。セラフィーネは「リリアーナに助けて貰ったから。……本当に特別なのよ」と言って、王族専用の船を出してくれた。
海風を切り、馬を駆り、夜を越えて。
そしてついに、城の門が見えた。ラディンは、走った。
挨拶もろくにせず、彼はただ一直線に、リリアーナのもとへと行く。
ラディンがリリアーナのもとへ辿り着いたとき、彼女は静かに横たわっていた。
その傍らにはエドモンドが座り、ただ見守ることしかできずにいた。
エドモンドは、ずっと見てきた。リリアーナの魔力が、日を追うごとに薄れていくのを。
まるで、春の雪が音もなく溶けていくように。
ラディンはリリアーナの枕元に膝をつき、低く問いかけた。
「……自分の魔力は、まだ動かせるか?」
リリアーナはかすかに頷いた。
「これに、魔力を込められるか?」
ラディンは赤い液体の入った小瓶をリリアーナの手に握らせた。
リリアーナは震える指で瓶を包んだ。
けれど、そこに流し込むべき魔力は、もはやほとんど残っていなかった。
「……無理、か?」
ラディンが苦しげに呟く。
「……リリアーナの魔力が、必要なのか?」
様子を見ていたエドモンドが問う。
「そうだ」
ラディンは短く答えた。その声は、決意と焦りのあいだで軋んでいた。
エドモンドは黙って懐から小さな玉を取り出した。
淡く光を宿したその玉――それは、かつてリリアーナが込めた魔力の玉だった。
「……これは、代わりになるか?」
ラディンは一瞬、言葉を失った。
そして深く息を吸い込み、ほんのわずかに頷いた。
「……試してみる」
彼は玉を静かに瓶の中へ沈めた。
赤い液体がわずかに脈打つように光を帯びる。
それを、再びリリアーナの手に戻しながら、ラディンは言った。
「リリアーナ、もう一度――魔力を込めてくれ」
リリアーナは、弱い息の合間に小さく頷いた。本当に、ほんの少しずつリリアーナは魔力を動かした。
ラディンは、赤い液体の揺れる瓶を見つめながら言った。
「……種から芽吹いたそれは、きっとリリアーナの魔力を求めている。だから……それを、ここに移したいんだ」
長く考え続けてきたことだった。
どうすれば、それが可能になるのか。
幾度も想像し、、精霊に問うたが、結論には辿り着けなかった。
沈黙ののち、エドモンドが口を開いた。
「……リリアーナ以外の魔力を、引っ張ればいいのか?」
ラディンは、短く頷いた。
「そう、なるな」
それは、かつてエドモンドが試み、失敗した方法だった。
だが今なら――。リリアーナ自身の魔力が少なく、すぐ側に、リリアーナの濃い魔力があったのなら……?
「俺も、手伝う……」
エドモンドは深く息を吸い、リリアーナの手を握った。
ゆっくりとリリアーナと違う魔力を、探る。
……リリアーナの中に、確かにソレはあった。
エドモンドは意識を集中し、ソレを導くように、リリアーナの身体から赤い液体の入った瓶へと……ゆっくり、慎重に動かしていくのをイメージした。
……手応えがあった。
まるで糸がたぐり寄せられるように、異質の魔力が瓶の方へと少しずつ移動した。
赤い液体が淡く脈打ち、微かな光を放つ。
額から流れる汗が頬を伝い、床に落ちる。
拭うこともせず、彼はなお瓶の方に意識を向けていた。
その瞳には、緊張と祈りが入り混じっている。
エドモンドは、低く呟いた。
「……移った」
ラディンは、その言葉を聞くやいなや素早く動いた。
瓶の口に蓋をし、細長い布を取り出す。
布には何か模様が書かれていた。
それを瓶に固く巻きつけると、何かが、音もなく閉じたような気配がした。
「……終わったのか?」
エドモンドが息を詰めるように問う。
ラディンはしばし瓶を見つめたまま、低く答えた。
「……多分、な」
二人の視線が、同時にリリアーナへ向かう。
彼女は、静かに目を閉じたままだった。
その胸がかすかに上下しているのを確かめ、
ふたりは、ようやく力が抜けたようにその場へと座り込んだ。
重い息が、部屋に落ちた。
外では、風が窓を揺らしていた。