軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リリアーナの変化

エドモンドとリリアーナは、長い旅を終えてようやく領地へと戻った。

「よく帰ったな」とオルフェウスが穏やかに声をかける。

「無事で何よりよ」とマルグリットも微笑んだ。

けれど、リリアーナの表情にはどこか影が差していた。その様子に気づいたオルフェウスは、静かに言った。

「疲れているだろうから、今日はゆっくり休みなさい。」

二人は深く礼をして、広間をあとにした。

部屋へ戻る途中、誰とも言葉を交わさず歩いた。互いの胸に同じ思いがよぎる。

――旅の途中で決めたこと。

ひとつは、どんな日も魔力の訓練を欠かさないこと。

もうひとつは、あの「種」のことを、できる限り隠し通すこと。

リリアーナとエドモンドが部屋から去ったのを見届けてから、カイルスは静かに口を開いた。

「俺は、島に戻ります。」

その声には、どこか急くような響きがあった。彼は、リリアーナの暗い表情が気になっていた。しかし、旅の疲れが出たのだろう……という言葉に、カイルスは納得した。

それよりも、彼の胸を占めていたのは別の報せだった。

精霊たちが島に戻ったという知らせ。

そして、セラフィーネが怪我のために来られなかったという言葉。

心はもう、海の向こうの島へと向かっていた。

オルフェウスの了承を得ると、カイルスは無駄のない動きで支度を整え、風のように領地をあとにした。

その背中を、オルフェウスはしばし無言で見送っていた。

エドモンドは領主としての務めに戻り、冬の魔獣の襲来への備えに追われる日々を送っていた。

領内は慌ただしく動いていたが、その中心に立つ彼の背中には、責任の重さが滲んでいた。

一方、リリアーナはというと、城の書庫で過ごす時間が増えていた。何か、方法があるかもしれない……。精霊以外の話、伝承、薬草、政治、生物、端から読んでいった。……しかし、望みの情報は見つからなかった。

その合間に、庭の甘甘草や薬草の世話をし、甘甘草をお茶に加工したり、時おり森へ薬草を採りに出かけたりしていた。

集めた薬草からは、魔獣避けや、傷を癒やす薬が作られた。

その傍らには、いつも静かに寄り添うお雪様の姿があった。

リリアーナが手を動かすたびに、ふわりと揺れていた。

ある日、リリアーナはふと、自分の身体に小さな違和感を覚えた。

胸の奥に、何かがある――そんな、説明のつかない感覚。

それが何なのか分からず、数日間、彼女は迷い続けた。

けれど、ある夕暮れ、決意したようにエドモンドのもとを訪れた。

「……あのね、少し、身体が変なの」

その一言を聞いただけで、エドモンドはすぐに悟った。彼女の瞳の揺らぎが、言葉よりも多くを語っていた。

「……そうか。」

静かに息をつくと、彼はリリアーナの手をそっと包んだ。

外では、冷たい風が吹き始めていた。

冬が近い。魔獣の襲来の季節が、もうすぐそこまで迫っていた。

しかし、冬が深まっても、魔獣は一向に姿を見せなかった。警戒を続けていた人々は、次第に首をかしげはじめる。

なぜ今年に限って、静かなのか――誰にも理由はわからなかった。

その頃、リリアーナは日ごとに体調を崩していた。

「ちょっと、調子が悪くて……」と微笑んでは、横になる時間が増えていった。

彼女の頬は少し青ざめ、以前のような張りがない。

そんな折、エドモンドはオルフェウスに呼び出された。書斎にはオルフェウスとマルグリットが揃っていた。二人とも表情は穏やかだったが、その瞳の奥は探るように鋭い。

「最近、リリアーナの様子がおかしいのだが……何か、隠していないか?」

声は静かで、しかし逃げ場のない響きを帯びていた。

エドモンドは言葉を失った。

沈黙が、部屋の空気を重くしていく。

「……言えないのか?」

オルフェウスの問いに、エドモンドは視線を落としたまま答えられなかった。

やがて、長い沈黙ののち、オルフェウスが深くため息をついた。

「……まさか……子どもができたのでは、ないだろうな。」

「そんなことはしていません!」

思わず声が出た。

だが、その勢いが消えると、また沈黙が戻った。

「……違うのか?」

オルフェウスの低い声が響く。

エドモンドは唇を噛み、しばし迷った末に、小さくうなずいた。

そして――ぽつり、ぽつりと、言葉をこぼしていった。

リリアーナの身に起きていること。

そして、あの"種"のことを。

すべてを隠しきれなくなった青年の声は、かすかに震えていた。

オルフェウスとマルグリットは、エドモンドの言葉を聞いて、しばし言葉を失った。

それは二人にとって、まったくの想定外だった。

――子ども、ではないのか。

胸の奥にあった淡い期待と照れが、静かに霧散していく。実のところ二人は、密かにこう思っていたのだ。

「もしも赤ちゃんだったら、どうしようか……」

健全な若い男女が二人きりで長旅をしてきたのだ……。何が起きても、おかしくはない。深刻ぶりながらも、どこか頬が緩んでしまう自分たちに気づき、互いに目を合わせては小さく笑っていた。

だが、現実はまるで違った。

種……その言葉の意味を理解するほどに、空気が重く沈んでいく。

沈黙のあと、オルフェウスはゆっくりと息を吐き、恐る恐る口を開いた。

「……俺たちが、リリアーナにできることは、あるのか?」

エドモンドはしばらく考えるように目を伏せ、やがて静かに首を振った。

「……何も、できません。」

その声は、どこまでも静かで、どこまでも痛かった。

その冬、結局一度も魔獣は姿を見せなかった。

人々は「どういうことだ……?」と訝しんだが、やがて「去年のエドモンド様たちの活躍に恐れをなしたのだろう」と結論づけ、安堵と共に春を待った。

雪が溶け、土の匂いが戻り、草の色が濃くなっていく頃。

エドモンドは魔力の訓練を欠かさず続けていた。

その成果として、今では他者の魔力をも動かせるほどの能力を身につけていた。

――もしかしたら、リリアーナの中にある“それ”を取り除けるかもしれない。

かつてカイルスに自分の魔力を抜いてもらったように。

しかし、どれだけ集中しても、どれほど丁寧に試しても、リリアーナの胸の奥にある異質な魔力の塊はびくともしなかった。

それはまるで、彼女自身の一部であるかのように、静かに息づいていた。

一方のリリアーナも、自らの魔力を自在に操れるようになっていた。前よりも速く、強く

滑らかに、精密に。しかし、身体の奥にある"それ"は、操ることは、できなかった。リリアーナは次第に、玉に魔力を込めるのに、時間がかかるようになっていった。

まるで、内に芽吹いたモノが、彼女の魔力を少しずつ吸い上げているかのように。

ある夜、リリアーナは弱々しく笑いながら言った。

「この玉に、私の魔力がいっぱい溜まったら……そのままにしておいてほしいの。」

エドモンドは言葉を返せなかった。

それから彼は訓練をやめ、リリアーナの傍でただ見守る日々が続いた。

リリアーナの掌の上で、玉は少しずつ虹色がかかった銀色に満たされていく。一日、一日と時間をかけて。

その光が増すたびに、彼女の眠る時間も、長くなっていった。