軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

428 サルスハート流 (2)

この世界の場合、普通の庶民であれば、成人前の子供でも重要な労働力である。

幼い頃から家業の手伝いは当然、 十(とお) を超えれば、親の跡を継ぐなら本格的な家業の手伝いを、どこかに弟子入りするなら徒弟として家を出てもおかしくない。

にも拘わらず、毎月金貨五枚の月謝を出してやりながら、成人間近の子供を自由にさせている。

そんな状態にありながら、『 多(・) 少(・) 裕福』ですませるガッドの家が、本当に 多(・) 少(・) であるはずもないだろう。

そんなトーヤの視線を受け、ガッドは慌てて言い訳するように言葉を続ける。

「いや、さすがに成人までっすよ? それまでに芽が出なければ、剣術はすっぱり諦めろと言われているっす。家業を継ぐことになるっす」

「十分すぎだろ」

この世界基準では、と心の中で付け加え、トーヤは嘆息する。

半ば放蕩息子、普通なら弟妹に跡取りの席を譲らされ、成人まで好きにさせる代わりに、成人後は家から出て行けと言われるところである。

「……お前、どうしたいんだ?」

「剣術で身を立てたいっす! 道場を開くのが夢っすね!!」

目を輝かせて拳を握ったガッドだったが、そんな彼を見てもトーヤはより深いため息をついただけだった。

「……そうか、頑張れ。一人で」

「アニキ、ひどいっす! 協力して欲しいっす!」

「道場に来たとき、修行に付き合うぐらいはしてやる。それ以上は知らん!」

「冷たいっす!」

冷たくはない。

むしろ、自分よりもかなり技量に劣るガッドに付き合ってやっている時点で、トーヤは面倒見が良い。

既にトーヤの技量は道場内で知れ渡っているのだから、彼が望めば上位の門下生と共に鍛錬に励むことは難しくないし、成長するためにはそちらの方が良いのは言うまでもない。

それでもトーヤがガッドに付き合っているのは、ガッドの押しの強さに加え、トーヤの主目的がアルトリアとお近づきになることにあるためだろう。

つまり、アルトリアが来ていない日であれば、しつこく頼まれればガッドに付き合うぐらいはするのである。

その代わり、アルトリアが来ているときには完全無視であるわけだが。

「自分の道場なぁ……。そもそも道場なんて簡単に開けるのか?」

「簡単ではないっすね」

「だろうな」

剣術を習うのは、多くの人にとって手段であり目的ではない。

冒険者として成功するため、兵士になって手柄を立て、あわよくば騎士として取り立ててもらうため。

ある程度の腕を身に付けた段階で、剣術の鍛錬から本来の目的へと戻っていく。

月謝を払いながら生涯に亘って続けるようなものではないし、文化サークル的に気軽に所属するようなものでもない。

危険な世界であるため習得しようとする人の割合は多いが、人口自体が少ない。

さほど深く考えずとも、道場の経営が難しそうなことは予想が付く。

「どこかの流派の皆伝は必要っす。『名』がないと門下生は集まらないっすから。――特別有名な冒険者とかなら、別かもしれないっすけど」

「他には?」

「コネとかあれば最高っすけど、最低限必要なのは、道場の土地と建物っすね」

余程有名な剣術家であれば、ただの空き地であっても人は集まるかもしれないが、そうでなければ設備やサービスで選ばれるのは必然である。

新たな道場で人材を揃えるのは難しいため、売りとなるのは真新しい道場になるだろうが、良い物を建てようと思えば掛かるコストは大きくなる。

引退した冒険者が趣味で始めるとか、金持ちのパトロンがいるとかならともかく、普通の新人道場主(未満)がそんな大金を用立てるのは困難である。

「……うん、諦めて家業を継げ」

「オヤジみたいなこと言わないで欲しいっす!」

「いや、どう考えても親の言うことが正しいだろ? むしろ、甘すぎるぐらいだな」

縋り付くようなガッドを振り払い、トーヤは再度ため息。

大多数の子供は家に残ることができず、成人と共に追い出されるこの世界に於いて、家業を継げるのなら喜んで継ぐのが一般的な考え方である。

安定した職がなければ結婚は疎か、生きていくことすら難しいのだから、自分の好きな仕事をしたい、なんて贅沢は言っていられない。

そんな人たちがガッドの現状を聞けば、『甘えてんじゃねぇ!』と助走を付けてぶん殴りに来ることだろう。

「一応、道筋は考えてるっすよ? 土地や建物に関しては、オヤジに頼めばなんとかなると思うっす。あとは、俺が皆伝を貰えればなんとかなるっす」

「それは道筋とは言わねぇ! お前、どこまで親のすねをかじるつもりだよ……」

「そ、それはちょっと情けないとは思うっすけど……。でも、サルスハート流の皆伝なら、たぶん上手くいくっす!」

トーヤがこの道場を選んだのは、アルトリアの存在があったからだが、多くの門下生はこのヴァルム・グレでも一目置かれるサルスハートの名を求めて入門してくる。

そんなサルスハート流だから、他の流派の道場に比べるとレベルが高く、皆伝を得るのも相応に難しい。

逆に言えば、サルスハート流の皆伝を得ることができたなら、仕官を望めば多くの領主が諸手を挙げて迎え入れ、道場を開けば門下生に困ることがないほどに価値がある。

つまり、ガッドの考えも間違ってはいないのだが、その前提にあるのが、彼が皆伝を得られることと、親のすね。

トーヤからすれば、正直、随分と考えが甘いとしか思えなかったが、彼には元の世界の常識もある。

家を建てるときや商売を始めるときなど、親の援助を受ける事例も知っていたため、一概に否定もできなかった。

「(喩えるなら、調理師学校の授業料を親に出してもらって、店も用意してもらうようなものか)」

授業料までならまだしも、店まで用意するのは元の世界でもかなり甘く、そして金持ちの親だろうが、こちらの世界基準ともなると滅茶苦茶甘い親と言える。

「(なんとかなる、つっても、ガッドがそう言っているだけなんだけどな)」

話を聞く限り、ガッドに家業を継がせようとしている親が、そこまで甘やかすかどうか。

道場に通わせている現状は、ガッドに芽がないことを見抜き、すっぱりと諦めさせるためとも考えられる。

ガッドは『自分には素質がある』と言っているし、それなりの実力が必要なこの道場に入っているのだから決して嘘ではないのだろうが、剣術で身を立てられるほどかといえば、トーヤには判断が付かなかった。

「(けど、オレに才能を見抜く眼力なんてねぇしなぁ……)」

トーヤとしても、才能があるのなら手助けしてやることも 吝(やぶさ) かではないが、見込みがないのに下手に希望を持たせるようなことをすれば、ガッドの人生を潰すようなものだし、ガッドの親にも恨まれかねない。

この世界にモラトリアムなんて都合の良い期間はなく、足踏みをしていればすぐにドロップアウト、冒険者ぐらいしか行き場がなくなるのだから。

「……良し解った」

「アニキ!」

期待した目を向けるガッドの前で、トーヤはおもむろに腕を組み、重々しく頷く。

「よく考えてみた結果……」

「結果……?」

「やっぱり一人で頑張れ!」

「ひどいっす!」

グッと親指を立てて、キラリと白い歯を輝かせたトーヤにガッドが縋り付くが、トーヤはそれを振り払う。

「剣術で身を立てようと思ってんなら、他人に頼るな! 自身を鍛えろ! 精神を錬磨しろ! 修練を積み上げろ! その程度のこともできずに道場を開きたいとか、軟弱者の戯れ言に過ぎん!」

トーヤはバシンッと強くガッドの背中を叩き、言葉を重ねる。

「熱くなれ! お前はまだぬるま湯だ。心を滾らせろ! 燃え上がるような情熱を以て剣を振るえ!! その一振り一振りが、お前を鍛え上げるんだ!!」

意味があるようで、あんまり意味のない言葉の羅列。

ただそこには、熱量だけは籠もっていた。

――面倒くさいことには関わりたくないという、トーヤの熱量が。

しかし、それでも熱量には変わりなく、そういうのが大好きなガッドはハッとしたように目を見開いた。

「そ、そうっすね! 俺、もっと頑張るっす!!」

一心に木剣を振り始めたガッドから離れ、トーヤはそっと息を吐く。

正直なところ、トーヤとしてはガッドが成功しようと、失敗しようと大した問題ではない。

面倒見の良さを発揮して共に鍛錬はしているが、所詮は数日ほどの付き合いだし、トーヤから見れば、ガッドは親に甘えすぎている――少なくとも、この世界基準では。

己の力のみで頑張っているのならもう少し応援してやろうとも思えるのだが、結局は親元から離れるわけでもなく、冒険者として金を稼ぐわけでもない。

そしてトーヤには、ガッドから惜しむべき才能も感じ取れなかった。

「【鑑定】でも、見えないしなぁ。どっちかと言えば、【看破】の領域だし。……一応、リアにも訊いてみるか」

自分の人を見る目をあまり信用していないトーヤは、小さくそう呟き、自身も木剣を振り始めたのだった。