軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

427 サルスハート流 (1)

サルスハートの道場に入門したトーヤは、ほぼ毎日、欠かすことなく通っていた。

その理由はもちろん、アルトリアと一緒にいられる機会を逃さないためだったが、強くなることに関しては真摯なトーヤである。

当初こそ他の門下生から距離を置かれていたところもあったが、アルトリアがいないときも真面目に取り組むものだから、その技術の高さもあってすぐに受け入れられ、共に鍛錬で汗を流す関係となっていた。

それは最初にトーヤに突っかかってきたガッドも例外ではなく。

今では逆にアニキと慕われ、アルトリアが不在だったその日も、トーヤは半分指導するような形でガッドと共に剣を振るっていた。

「ほら、こっちがお留守だぜ! きちんと全体に気を配れ!」

「くっ! ――ぬぁっ!!」

トーヤが叩き込んだ攻撃をなんとか受け止めたガッドだったが、すぐに翻された木剣で足を刈られ、その場に倒れ込んだ。

ガッドはすぐにその場を逃れようと身体を動かすが、眼前に突き付けられた木剣を見て動きを止め、大きくため息をついた。

「はぁ……参ったっす」

「おう、お疲れ」

「お疲れっす。――アニキ、何でアニキはそんなに強いんすか? 年齢、俺とそんなに変わらないのに」

「ん? 俺は一八だぞ? お前とだと四、五歳は違わないか?」

情けない表情で漏らされたガッドの愚痴に、トーヤが不思議そうに応えると、ガッドはぽかんと口を開け、トーヤの顔をまじまじと見た。

「え……? マジっすか? 見えない……」

元の世界の顔とあまり変化のないトーヤは、この世界の基準からすると実年齢よりも少し若く見られがちであり、下手をすると未成年のガッドよりも年下にも見える。

最初、ガッドがトーヤに突っかかっていったのも自分と同じか年下と思ったからであり、トーヤがもっと老けて見えていれば、対応はまた違ったのかもしれない。

もっとも、外見で判断してしまっている時点でガッドが未熟なのは間違いないのだが、彼の年齢や実績を考えれば、仕方のない部分もあるだろう。

「――はっ!? い、いや、でも、俺があと五年、必死で鍛錬しても、アニキほどになれるとは思えないっす。これでも俺、かなり素質があると言われてるんすよ?」

「確かに素質はあると思うが……俺とお前の違いをあえて挙げるなら、実戦経験と毎朝やっていた厳しい訓練だろうな」

「と、言うと?」

「オレは冒険者が本業なのは知っているだろ?」

「はい、結構高ランクの冒険者なんすよね?」

「あぁ。それでまぁ、オレたちは、それなりに多くの戦いを経験している。実戦に勝る鍛錬はない――たぶん」

経験値というものがあることを知るトーヤは、魔物を斃すことで経験値が貯まり、レベルアップすることを理解しているが、それが他の人にも当てはまるかどうかは不明である。

メアリたちの成長速度から考えて、ほぼ間違いないとは思っているが、証拠がないため、やや曖昧な物言いにならざるを得ない。

だが、それを聞いたガッドは「さすがは本職の冒険者だぜ」と呟きながら深く頷く。

「なるほど、強い冒険者って、とんでもなく身体が強靱だったりしますもんね。納得っす。でも訓練の方は……この道場もかなり厳しいっすよ?」

「まぁ、厳しい方なんだろうな、とはオレも思う」

しばらく通ってみて、ここの道場がただの趣味的な道場とはレベルが違う、実戦を想定した剣術を教えていることはトーヤも理解していた。

だが、それを理解してなお、トーヤは首を振った。

「けど、基本的には怪我をしないようにしているだろ? オレたちがパーティーメンバーとやってる訓練だと骨折なんかは日常茶飯事だから」

「えぇ……? そんなことしてたら、逆に鍛錬に使う時間が減るんじゃないっすか?」

「問題ない。パーティーに治癒魔法を使える奴がいるからな。骨折程度なら、短時間で治してくれる」

今のハルカたちは、切り傷、擦り傷はもちろん、骨折も簡単に治せるぐらいには成長している。おそらく部位欠損も、長い期間をかければ治すことができるだろう。

それに伴い訓練に手加減は減っていき、一番トーヤの被害を受けているナオは毎日涙目なのだが、訓練の密度は濃くなっているため、実戦時の安全性を考えれば一概に悪いとも言えず、ややお困りのナオくんである。

それでも、ナツキたちに代わってくれとは言わないあたり、男である。

「……まぁ、オレの場合、大抵はさせる方なんだが」

一応はナオに申し訳なく思っているトーヤは、そう言って顔を曇らせたが、ガッドは逆に目を輝かせた。

「なんすか、それ! 最高の環境じゃないっすか!!」

「――お前、人を怪我させるのが好きなのか?」

トーヤが不快そうに眉を顰めたのを見て、ガッドは慌てて手を振って否定した。

「ち、違うっすよ! そんな激しい訓練ができることが、っすよ。別に人を殴りたいわけじゃないっす!」

『それならば、まぁ……』と納得するトーヤであったが、すぐに治してもらえるとはいえ、怪我をしたときの痛みは普通にあるのだから、それを『最高の環境』とか言える時点で、ガッドがちょっとズレているのは間違いない。

「この道場でも、たまに治癒士を呼んで実戦形式の鍛錬をしますけど、本当にたまにっすから」

「治療報酬を考えれば、そうなるだろうなぁ」

この道場の月謝は一般庶民からすればそれなりの額であるが、道場の維持管理費、働いている人の給料を考えれば、決して余裕があるとは言えない。

そんな乏しい余裕の中から治癒士への報酬を捻出し、実戦形式の鍛錬を行っているのは、さすがは実戦を想定したサルスハート流と言うべきだろうが、その回数は決して多くはない。

予算の都合上、一ヶ月に一度できれば良い方で、大抵は数ヶ月に一度。

雇える治癒士の腕の方も良いとは言えず、何時いかなる時でもハルカたちから高度な治療を受けられるトーヤとは、鍛錬の濃度はまったく異なる。

「その訓練に、俺も参加させてもらうことは……」

「無理だな。諦めろ」

遠慮がちに問うガッドに対し、トーヤはきっぱりと首を振った。

ラファンの町ならまだしも、この町に来た目的は半ば観光。

トーヤ自身は邪な目的もあって毎日訓練しているが、それにハルカたちを付き合わせるわけにはいかないし、身内になって欲しいアルトリアならまだしも、ガッドはただ同じ道場に通っているだけの少年である。

ハルカとナツキという、治癒魔法に長けた人物が身近にいるから勘違いしがちだが、本来治癒魔法は稀少であり、それで治療してもらうには少なくない報酬が必要になるもの。

それをタダでガッドに使えば、面倒なことになるのは容易に想像できる。

だから、トーヤが断るのは当然であり、ガッドも受け入れられるとは思っていなかったようで、トーヤが拒否しても、残念そうながらもあっさりと頷く。

「やっぱ、そうっすよね。他に、他にないんすか? 俺にもできそうなものとか」

「他に特別なことは…………ないな」

おそらくはナオの持つ恩恵、【経験値ちょっぴりアップ】も少しは影響しているんじゃないかという考えが頭をよぎったトーヤだったが、それを口にするほど迂闊ではなく、再度首を振った。

だが実のところ、この恩恵の効果は少しどころではなかったりする。

ナオがアドヴァストリスから受けた説明では『取得経験値一割アップ』だが、魔物によって固定の経験値が得られるわけではないこの世界において、この恩恵の効果は鍛錬の効率が常に一割アップすることに等しい。

預金利率に喩えるならば、いわゆる複利。

一割の一年複利でも一〇年経てば二・五倍を超える。

ここまで単純ではないにしても、成長効率が常にブーストされているトーヤが鍛錬を続ければ、長期的に通常の人との差は大きく広がるのだ。

もっとも、それを認識していようが、いまいが、ガッドに応用することなど実質的に不可能なため、意味がないのであるが。

「他にオレが言えるとすれば……そうだなぁ、冒険者として活動してみたらどうだ? 戦闘経験と金の両方が得られてお得だぞ?」

「冒険者っすかぁ……。俺、冒険者になりたいわけじゃないんっすよね。金に関しても、道場の月謝は親が出してくれているっすから」

「……お前、この道場の前にも、他の道場に通ってたんだよな? 実は金持ちなのか?」

「そんなことはないっすよ? 多少裕福ってぐらいっす」

「………」

平然とナメたことを言うガッドに、トーヤは無言になって胡乱な視線を向けた。