作品タイトル不明
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ユウナが連れ込まれたのは、壁越しでも外の寒さが伝わってくる、殺風景な部屋だった。
リディアが指摘したとおり、ユウナには意識があった。とっさに気絶する振りをしたけれど、いつまでも続けることはできない。
どうしよう、と考えているうちに、椅子に座らされたかと思うと、顎を持ち上げられ、口に気つけ薬を流し込まれた。
「っ……けほっ、こほっ……」
「目は覚めましたかな?」
咳き込みながら目を開けると、先ほどと同じ上役の男が、正面に腰を下ろしていた。
背後の壁際には衛兵が二人、黙って控えている。
「ここは、あなたの身の潔白を証明するためにも必要な場です。
ユウナ・ベルナール伯爵令嬢。落ち着いて、ひとつずつ答えていただけますかな」
上役の声は、応接室のときよりもさらに低く抑えられていた。
「では、最初に確認しておきましょう。
王女殿下のネックレスが見つかった場所は、アンナ・クライン男爵令嬢のローブのフードの中でした」
「……はい」
蚊の鳴くような声で答えたあと、ユウナは唇を噛む。
「しかし、アンナ嬢が自らそれを入れた可能性は、きわめて低い。
アンナ嬢の近くには、庭でトラブルがあってから、ずっと衛兵がついていました。
ネックレスが無くなったと思われる時間、アンナ嬢は庭にいたとすでに確認されています」
ユウナは、しばらく黙っていた。
やがて、観念したように「……はい」と短く答える。
上役は頷き、手元の紙に何かを書きつけた。
「では、あなたが応接室に入室なさったときのことを、あらためてうかがいましょう。
扉を開けたあと、最初に近づいたのは誰の席でしたかな」
ユウナは、ぎゅっと眉を寄せる。
「……クライン男爵夫人と、アンナ嬢のところです」
「そのとき、アンナ嬢の背に触れましたな」
問いというより、確認だった。
ユウナの肩が、びくりと揺れる。
「……不安そうにされていたので、元気づけようとしただけですわ」
「そうでしたかな。では、あのとき、あなたの右手は空でしたかな。
それとも、何かをお持ちでしたかな」
ユウナは顔を上げかけて、すぐに視線をそらした。
「覚えておりません……。そんなに細かいことまでは……」
上役は、彼女の答えには直接触れず、淡々と別の質問を重ねる。
「では、もう少し前の時点から確認しましょうか。
殿下が庭から退出されたあと、あなたはどこへ向かわれましたかな」
「室内へ向かいました。寒さで体調が悪くなり、人の少ない場所で休もうとしただけです」
「衛兵の報告では、殿下の控室近くの回廊でお見かけしたとのこと。
あそこは、普段、令嬢方がひとりで通るような場所ではありません」
「だから、それは……偶然ですわ」
ユウナの声が、わずかに荒くなる。
「本当に具合が悪かったからです。
殿下の控室が近いなど、存じませんでした」
上役は、彼女の言葉を遮らず、しばらく黙って見つめていた。
「では、質問を変えましょう」
静かに言ってから、視線をユウナの右手に落とす。
「あなたの右手に残っていた、赤い跡は何ですかな」
ユウナは反射的に右手を握り、背中の方へ隠した。
「あなたが気絶して手を開いたとき、気になりましてな。
手のひらに、不自然な赤い跡がありました。まるで、何か小さな硬いものを強く握っていたかのような」
上役の声が、すっと冷たくなる。
「我々は、あなたを最初から有罪と決めつけているわけではありません。
しかし、殿下のネックレスが消えた時間、場所、あなたの行動、そして見つかった場所。
そのすべてが、あなたを指している」
「違う……違いますわ……」
ユウナは首を振る。
涙がぽろぽろと落ち、握った両手の上に小さな染みをいくつも作った。
細い指を祈るように組み、上役を見つめながら言う。
「どうか、信じてくださいませ……。
わたくしは、ただ、少しだけ……」
言いかけた言葉を、自分で飲み込んだ。
上役は、その様子をじっと見つめる。
「“少しだけ”、何をなさろうとしたのですかな」
「…………」
長い沈黙が落ちた。
「……ほんの少し、触れてみたかっただけですわ」
かすれた声で、ようやく絞り出す。
「殿下には不釣り合いなものが、なぜあそこまで大切と言えるのか。
手にしたら、少しは分かるのかもしれないと」
上役は、わずかに目を細めた。
「同じ理由で、アークライト夫人のボタンも盗ったのですかな?」
ユウナの顔が不満そうに歪む。
「盗っただなんて。ちょっとお借りしただけですわ。
まるで昔のラブレターを読んだみたいな表情をなさるから、手元でじっくり見たら、どんな素敵な愛を感じるかと期待していたのに、何も感じられませんでした。
一番ドキドキするのが、お借りするときだなんて、本当に期待外れ。アンナのヘッドドレスに付けてさしあげたら喜んでいましたけれど、あの子は何か感じたのかしら?」
「…………」
上役はしばし黙り込んだ。
どこか憐れむ眼でユウナを見つめ、どうしたら事の重大さが伝わるのか考え、そして諦めたように首を振った。
それから、何も言わずに視線を落とし、手元の紙に今のやりとりを書きつけた。