軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

■24.聖女、抱き枕にされる

夜明け前。

ふと目が覚めたシェリネは、なぜかヴァルディにしっかりと抱き込まれている状況に、寝起きの頭で静かに混乱した。

昨夜のことを思い出してみる。

自作にして力作のあみぐるみ「ヴァルディさん2号」を抱っこして眠りに就いた、それは間違いない。

しかし現在、抱き締めていたはずのヴァルディさん2号の姿はなく、自分がヴァルディさん(本物)に抱っこされる側になっている。混乱である。

火竜の体温は人間の平均よりも少し高いらしい。湯たんぽにでも包まれているような温かさである。そのため盛大に毛布がはだけていても(シェリネは寝相がいい自信があるので、ヴァルディが蹴飛ばしたものと思われる)、特に寒さが気にならない。

シェリネは身の危険を感じた。

なぜならこの温もり、二度寝は必至の心地好さなのである。

真心込めてヴァルディさん2号を作った結果、人形に魂が宿る的なあれで、本物のヴァルディさんに進化してしまったのだろうか……?

という論理的な思考に頭を使いたいのに、至高の温もりのせいで眠気に勝てない。とろとろと瞼が降りてくる。火竜とお布団の相性が良すぎて怖い。眠い。

「はっ。二度寝は駄目。怠惰な生活は堕落聖女への第一歩……」

先代聖女の教えである「聖女は規則正しい生活から」を大事にしているシェリネは、なんとか二度寝への誘惑を振り切って目を開けた。

まずはこのぽかぽか天国、もとい、危機的状態から脱さなくてはならない。

シェリネはヴァルディの腕の中で、もぞもぞと身を捻ってみた。捻れはしたが一向に抜け出せなかった。腕だけではなく足と尻尾も総動員して拘束されているので脱出が難しい。おかげで全身ぬくぬくである。

特に尻尾は一際体温が高く、固い鱗に覆われた表側はすべすべした感触が気持ちいいし、鱗のない裏側は柔らかく身体に密着してきてやっぱり気持ちいいし、うーんこれは神がかった湯たんぽ、二度寝したいな、ほんのちょっとだけ寝ようかな、あと五分だけ、ちゃんと起きます、ああ、至福ぬくぬく……。

シェリネは意識を手放した。

***

早朝。

いつもの起床時間に目を覚ましたヴァルディは、なぜかシェリネが抱き枕になっている状況に、寝起きの頭で静かに混乱した。

昨夜のことを思い出してみる。

夜、眠ったシェリネの様子をなんとなく見に行ったら、珍妙なあみぐるみを抱っこして眠っていて、無性に腹立たしくなり、その生意気なあみぐるみを取り上げ、その辺に放り投げて溜飲を下げたが、強引にあみぐるみを奪われたというのにシェリネは起きる気配がなく、あまりにも微動だにしないからまさか死んでいるんじゃないかと心配になり、脈を取ったらちゃんと生きていて安心して、でも目を離した隙に死んだらどうしようと不安が募ってきて、もはやシェリネから離れた状態ではとても眠れそうになかったから、不安が消えるまで近くにいることに決め、先程まであみぐるみがいた位置に潜り込み、もしかして抱き締めてくれるんじゃないかと期待して大人しく待ってみて、やはりシェリネは微動だにせず、三秒で諦め、でもくっついていたかったので、自分からシェリネを抱き締めて、そうしているうちに眠りに落ちたのだ。

状況が整理できると、寝起きの混乱は無事に解消された。

そして混乱と入れ替わりに、じわじわと幸福感に満たされ始める。

とにかく幸せな気分である。一晩中、ものすごく安らかに眠れた気がする。

シェリネを抱き枕にして就寝すると健康にいい。新発見である。これからも寝る時はシェリネにくっつこう。うん。

「んん……」

ヴァルディが今後の睡眠方針を固めていたら、大人しかった抱き枕が呻き始めた。

「待って……」

無意識にシェリネの肩に角を擦りつけていたので、そのせいで起こしてしまったのだろうか。だが、彼女が目覚める気配はない。どうやら寝言らしい。

「……待ってください2号……本体を倒して自分が唯一の本物になるなんて、そんなこと言わないで……ああっ、駄目です、本物同士で争わないで……。えっ料理対決? それはそれは、ぜひ私が審査員を」

「どういう夢か全く分からん……」

悪夢なら起こしてやろうと思ったが、途中から割と幸せそうな寝顔に変わったので、まんざらでもない展開なのだと推測される。楽しい夢で何よりだ。

「むにゃ……お題『揚げ物』の結果……甲乙付けられなかったので……第二回戦いきましょうか」

「争うなって言ってた奴が連戦を主導してる……」

「お題は『肉料理』で……うへへ」

「幸せそう過ぎる……」

かなり夢を満喫しているらしいシェリネの寝顔をとくと眺めてから、幸せな眠りを邪魔してしまわないよう、そっと身を離した。

「いただきまー……寒い……」

「はいはい」

シェリネって意外と寝相が悪いんだなと思いながら、盛大にはだけていた毛布を丁寧に掛け直してやり、ベッドを降りる。

ついでに昨夜遠くへ放り投げたあみぐるみを仕方なく拾い、軽く払い、俺のほうが滞在時間が長かったので許してやろうという寛大な心で毛布の中に押し込んだ。これでシェリネの私物を勝手にぶん投げた証拠は隠滅である。

これでよしとベッドから離れようとして、すぐ傍の棚に目が留まった。

棚の上にはハンカチが敷かれ、ヴァルディが贈った足輪が安置されている。

「風呂の時と寝る時以外は常時身に付ける決まりだ。なぜなら足枷だからだ。分かったな」というヴァルディの説明を受けたシェリネが、朝起きてすぐに装着できるよう、ベッドの近くに置くことにしたのだろう。

ヴァルディは魔界における足輪の意味を思い返す。

シェリネに抱く感情を具現化した結果が、足輪を贈る行為だった。「愛おしい」という言葉については、先日ちゃんと辞書を引いて確認済みだ。なんなら魔王にもそれとなく意味を訊ねて解説をもらった。

案の定、辞書の記載も、魔王が妙にそわそわしながら説明してくれた内容も、ヴァルディの考えるものと概ね一致していた。

ゆえに「愛おしい」を完全に理解している自信のあるヴァルディは、胸を張って断言できる。

シェリネはヴァルディの捕虜である。

所有物である。

所有物に愛おしさが――「愛着」が湧くのは、当然のことである!

「完璧な三段論法だ」

ヴァルディはすっきりした気持ちで頷く。

そう定義付けてしまえば、この「愛おしい」をお気に入りの箸や包丁を大事にするのと同列の感情として扱ってしまえば、シェリネに足輪の意味を黙っている自分も、都合の悪い事実を架空の上司のせいにしている自分も、安心して肯定することができた。

ヴァルディは振り返り、すやすやと眠るシェリネを見て「愛おしい」を実地でも確認してから、静かに部屋を出る。

もたもたしている時間はない。ヴァルディは早く起きて、美味しい朝食を用意してやらねばならないのだ。

大切で、離れがたく、嫌われるのが怖い。

そして誰よりも愛おしい、捕虜のために。