作品タイトル不明
8話
女性の案内でお店の中に入ると、とても優しそうな男性が、トレーに載せた焼きたてのパンをガラスケースの中に並べていました。
「あんた、新しく働いてくれる子が見つかったよ。ほら、このお嬢さんだ。べっぴんさんだろ?」
すると、ご主人はとても優しい笑顔を向けてくれました。
「そりゃあ本当かい? 助かった、これでお前も少しは身体が楽になるな」
私はそんなご主人に、少し緊張しながら自己紹介をさせていただきました。
「初めまして。この度、こちらの領地に住むことになりましたアンジュと申します。一生懸命働かせていただきますので、宜しくお願いします」
するとご主人は片手で軽く帽子を外し、気さくに挨拶を返してくれました。
「こちらこそ宜しくな。それで、いつから来れるんだい?」
すると 女将(おかみ) さんが、ご主人を笑顔で叱ります。
「あんた、お嬢さんにだって都合があるんだ。気が早すぎるよ」
そんな女将さんに、私は慌てて言いました。
「私はいつからでも……。できれば、なるべく早く働かせていただけたらと思っています」
それを聞いたご主人は、とても喜んでくださいました。
「じゃあ決まりだ。早速、明日から来てくれるかい?」
私はお二人に、丁寧に頭を下げました。
「はい。これから宜しくお願いします。では、明日から働かせていただきます」
するとお二人は、笑顔で私を受け入れてくださいました。
そんなお二人にお礼を伝え、今日はこれで帰ることにしました。
「では、明日の朝、改めてこちらへ伺います」
そう言って店を後にしようとしたら、背後からご主人が声をかけてくださったのです。
「よかったらこれ食べてくれ。俺が焼いたパンだ。今、袋に詰めるからな」
すると女将さんが、自慢気におっしゃいました。
「うちの旦那のパンは美味しいよ。夕食にでも食べるといい」
そう言って、たくさんのパンを持たせてくれたのです。
本当に助かります。初めて会った私のために、パンまで持たせてくれるだなんて、思わず涙が出そうになりましたが、なんとか我慢できました。
そのあとは市場に立ち寄り、必要最低限の買い物を済ませました。
それから住まいとしている別宅へと、のんびり歩いて戻りました。
『今日はとてもたくさん歩いたから、きっとよく眠れるわね』
ふと独り言をこぼしながら空を見上げれば、そこはいつの間にか美しい夕焼けに染まっていました。
(この街には、優しい人たちがたくさんいるのね……)
そんなことを思い、しみじみと今日一日の出来事を振り返ります。
すると、ふとした拍子に持っていた荷物を落としそうになり、慌てて持ち直しました。
『今夜のお夕飯はこのパンがあるから安心だわ』
手元の荷物を眺めてまた独り言を言いながら、私は今日という日の素敵な出会いに、心から感謝していました。