軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編67話 過去

――外の世界の空気が胸いっぱいに広がり、清々しい風が私達を包む。周囲には緑の草が生い茂り、砂漠の乾いた風とは違う、しっとりと湿った空気が漂う。

光の先に広がっていたのは、異能に取り込まれる前にいたオアシスの端だった。

「ここは……移動のオアシス?」

移動するオアシスの外には、一面、果てしなく続く砂の海。

一方、オアシスの中は水面に太陽がきらめき、静かに流れるせせらぎの音が耳に届く。先ほどまでの恐怖がまるで嘘のように思えた。

「そのようですね」

「『銅』の異能は!? どうなったんですか?」

「さぁ……。ただ銅の異能を手に入れたことにはなっていないので、試練をクリアしたわけではないでしょうね」

「そんな……!」

再び取り込まれたらどうしようと慌てて辺りを見渡したが、銅の結晶はどこにも見当たらなかった。

異能の性質が「空間に入った者を対象とするタイプ」なのか、単純に私達を捕らえるのを諦めたのか、理由は分からない。

「お姉ちゃん!」

「サディル……! 良かった、無事で!」

「うん。ありがとう、お姉ちゃん。あのままだったら……僕も闇に取り込まれるところだったよ」

ギュっと抱き合い、互いの無事を確かめあう。

そのすぐ傍にはセレアさんの姿もあり、気を失ったまま静かに横たわっていた。

「ねぇ、私達を助けてくれた魔法は……サディルなの?」

「うん、僕の異能だよ……。お姉ちゃんとお兄ちゃんを助けたいって強く願ったら、発動したんだ。ただ……僕は銅の――【虚【うつ】ろなる空【そら】】の一部だったから、不完全だったみたい」

言葉とほぼ同時に、サディルの体が淡い紫の光を帯びて揺らぐ。

「サディル!?」

「……最後にお姉ちゃんに会えて良かった。僕との約束を果たそうとしてくれて、凄く嬉しかったよ」

光は次第に強くなり、彼の小さな体が透き通っていく。

「やだ、待って、消えないでサディル!」

「ばいばい、お姉ちゃん」

最後に小さく手を振り、微笑みを浮かべるサディル。

その体はまるでガラス細工のように細かく砕け、空中で光の粒となって散った。

散った光は風に乗って漂い、やがて壊れた「異能の結晶」の形になると、静かに私の掌に落ちた。

「そんな……サディル……!」

掌に残された小さな家の形をした結晶は、光を宿すこともなく、まるで闇に打ち砕かれたように所々が欠けていた。

それが私達を助けるために壊れてしまったのだと思うと、胸が強く押し潰されるようだった。

「ごめんね……!」

震える声とともに、私は壊れた結晶をそっと抱きしめた。

どこかで私は、サディルの願いと、自分の願いを重ねていた。

私ももう一度お母様に会いたい――だからこそ他人事とは思えなかった。

あれ……? 体に力が入らない……。

足元から崩れていくように力が抜け、視界が揺らぎ、世界が反転していく。

どこかでアレン殿下の私を呼ぶ声が聞こえたけど、結晶だけは落とすまいと抱き締め、私の意識はここで途切れた。

それから数日間、私は深い眠りに落ちていた。

目を覚ました時には、すでに周囲のことは片付けられていて、後から聞いた話では、アレン殿下が私たちを先生のもとへ連れて行き、一連の経緯を説明してくれるなど、色々と動いてくれていたらしい。

私の家族にも報告がいったそうだが――結局、誰一人として見舞いに来ることはなかった。きっと話半分に聞いて、心に留めることさえしなかったのだろう。

そして、セレアさんは退学処分になったと聞いた。

銅の異能に勝手に触れ、他の生徒を危険に晒したからだという。第三皇子であるアレン殿下を巻き込んだことも、大きく影響したのだろう。

「どうして私が退学にならないといけないんですの!? 異能をちゃんと手に入れられなかったリネットさんの責任でしょう!? 異能さえ手に入れていたら、将来、私は……!」

退学を告げられた時、彼女はそう言い張ったらしい。

彼女自身は、ただ帝国騎士団に入りたい一心で手を伸ばしたのかもしれない。けれど、その代償はあまりに大きかった。退学という烙印は、これからの彼女の人生を確実に縛るだろう。

でも命があるなら、まだやり直すことが出来る。

「……サディル……」

目を覚ました私は、ベッドの上で壊れた小さな家の形をした結晶を見つめていた。

それを目にするたび、胸が痛む。サディルはもういない。でも彼の願いは――私の願いでもあった。

だからせめて――彼と交わした約束だけは、果たしたいと思った。

リスリアラナ砂漠の近くにある小さな町。

日干しレンガの家が並ぶその一角で、私は一軒の小さな戸を叩いた。

軋む音と共に現れたのは、年老いた夫婦。

突然の訪問にもかかわらず、二人は穏やかな笑みで迎え入れてくれた。

「……お邪魔いたします」

招かれて家に入った瞬間、胸が締め付けられる。

壁に掛けられた古いモノクロの写真には、幼いサディルと、若き日の両親の姿が並んで映っていたからだ。

「サディルを、送り届けに来ました」

「サディル……を? あの子を知っているの?」

母親の表情が一瞬固まった。

サディルがいなくなってもう何年が経過しているんだろう。長い時を経て、彼の名前を見知らぬ私が口にしたことに、少し戸惑っているようだった。

「はい。彼は……私の命の恩人です」

「……あの子の名前を、こんなふうに聞く日が来るなんて……。まさか、誰かが……あの子を覚えていてくれたなんて……」

母親はそう答えたあと、写真を見つめながら唇を震わせた。

「忘れもしないわ。あの日……ほんの些細なことで喧嘩してしまって……それきり、サディルは帰ってこなかった。私が追い詰めたのよ。私の所為で……」

堰を切ったように涙を流す母親の背を、父親がそっと撫でて慰める。

――ああ、お二人はずっと長い間、サディルを想い続けてきたんだと、胸の奥が熱くなった。

「……サディルは、お母様の所為だなんて思っていません」

震える声でそう告げ、壊れてしまったサディルの結晶を、そっと差し出した。

「これは……?」

「サディルの願いです。家に帰りたいと……お母様と仲直りしたいと、サディルはずっと、願っていました」

夫婦が恐る恐る結晶に触れると――砕けた結晶が、一瞬だけかすかに光った気がした。

「サディル……! 本当に? 本当に……貴方なの? ああ……!」

母親が嗚咽を漏らしながら結晶を抱きしめる。父親も黙って肩を抱き寄せ、二人はただ結晶を胸に寄せて泣いていた。

「お帰りなさい、サディル! お帰り……!」

繰り返すご両親の言葉は、私の心を深く揺らした。

――ほんの少しだけでも、サディルの願いが叶えられたのだと、思いたかった。

サディルの家を後にした私は、ゆっくりと彼の住んでいた町を歩いた。

夕暮れが近付き、町の子供達が笑いながら家に戻るのを見て、サディルもこんな日常を過ごしていたのかな、と思った。

「終わりましたか?」

背後から聞こえた静かな声に振り返ると、アレン殿下がいつもの冷静な表情で立っていた。

「……はい。サディルの家を探すのを手伝って下さり、ありとうございました。アレン殿下」

深く頭を下げると、彼は小さく首を横に振った。

「別に構いません」

素っ気ない返事。

けれど、こうして私に付き合ってくれたということは、彼もサディルのことを少しは気にしていたのかもしれない。

私達はそのまま、自然と並んで歩き出した。

「試練の時も、助けて下さってありがとうございました」

「生きて帰れたのはサディルのおかげです。お礼なら彼に」

……そう、サディルのおかげだ。

今回は特別だったのだ。彼のおかげで、通常なら決して脱出できない状況を切り抜けることが出来た。

「……貴女が、あそこまで魔法を使えるとは思いませんでした。しかも、異なる魔法式を使うとは」

「勉強していたので」

選択授業をどれにするかを悩みながらも、私は全ての魔法式を勉強していた。

それは、どれが自分に合うのかを確かめるためでもあったけれど……。

「セレアさんに言われるまでもなく、今のままでは、魔力の低い私は太刀打ちできません。それじゃあ、いつまでも貴方に勝てないでしょう?」

魔力の大きさでは適わなくても、勉強して、全ての魔法式を身につける。

どれだけ努力が必要でも、必ずしがみついてやる――今回の件で、ハッキリとそう自覚した。

私の言葉に、アレン殿下は目を丸くした。

「……貴女は凄いですね」

「私?」

「魔力も才能も平均以下。それでも、何度でも諦めずに挑んでくるんですから」

普段ならアレン殿下の失礼な物言いに文句を言うところだけど、彼の真剣な眼差しに、何故か言葉が出なかった。詰まる言葉の先に、サディルの想いも混ざり合って、胸の奥がざわつくような感情が広がる。

「……私、亡くなったお母様に……もう一度、会いたいんです」

今まで誰にも言ったことがなかったのに、初めて口にした。

声に出すと、自分でも驚くくらい心から零れ落ちた言葉になった。

異能は、人の想いを形にした魔法だ。

なら、どこかでお母様に会える魔法があるかもしれない。私はその異能を見つけるために――帝国騎士団第0部隊に入りたい。

結婚が決まっている私では、決して叶えられないと分かっているけど――それでも、私は諦めきれずに、ずっと未練がましくもがいている。

魔法の勉強を続けても無駄だと分かっていても、夢が叶わないと分かっていても――

「……」

私の言葉を聞いていたアレン殿下は、しばらく黙って私を見つめた。

やがて小さく息を吐くと、真剣さを帯びた声で、静かに告げた。

「俺も、貴女に――『リネット』に負けたくありません」

「え……」

「だから、帝国騎士団に入隊します。そして、貴女が手の届かないほどの優れた魔法使いになってみせます」

真っ直ぐに私の目を見つめて告げるアレンの言葉に、胸が熱くなる。

その言葉はただの義務ではなく、誓いのように響いた。

「どうしました? 俺に負けるのが怖いですか?」

挑発的な問いに、心が跳ねる。

貴方にそんなことを言われたら、負けたくないと――そう返すしかないじゃない。

「絶対に負けません。……私も、『アレン』に負けない魔法使いになります」

彼が名前で呼んだのを受けて、私も、彼を名前で呼んだ。

そうすると、アレンの口元が少しだけだけど、緩んだ気がした。

「約束ですよ」

「はい」

胸の奥に、新たな決意が芽生える。

第0部隊に入る夢は叶わなくても、魔法を続ける。手放さない。きっと優れた魔法使いになる。

アレンに負けたくないから――

いつの間にか、夜空には無数の星が飾られていた。

――彼と交わした約束は、私の胸の中にしっかりと刻み込まれた。

――現在。

アレンは静かな自室で、報告書の束を閉じた。

「ようやく、君の隣に立てましたね」

満天の星を見上げながら思い出すのはあの日、彼女と交わした約束。

今まで何も気に留めなかった俺が、彼女にだけは負けたくない――そう、はっきり意識した瞬間だった。

「まさか、あれからリネットを愛しいと思う日がくるとは……」

あの日から何でも彼女を自然に目で追うようになった。

ひたむきに努力する姿も、彼女の優しさも、負けず嫌いなところも、彼女を彩る全てが可愛いと思うようになった。

彼女との約束を忘れたことなど、一度もない。ずっとずっと、リネットだけを想っていた。

これからは俺が直接、彼女を支えていける。

誰にも、邪魔はさせない――そう心に誓った。