軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24 生きて、みんな

「む、位相が上がったか。して……貴様はどちらだ? この世界の方か? 並行世界の方か?」

邪神がのうのうと言ってのける。私たちの見分けもついていなかったのか。本当にいけ好かない。

水滴で視界が歪む中、私はユミエラ2号の言葉を思い出した。「私が死ぬときは、いけ好かないヤツを道連れにするって決めてるの」

ああ。道連れにするのは邪神か。道連れとか良くないことだと思ってるけど、こんなのやるしかないじゃないか。ここまで考えて彼女はブラックホールに飛び込んだのだろうか。

頬を垂れる水を拭いつつ、内心でこれでもかと彼女を罵る。ユミエラ2号は本当にいけ好かない。私はあなたが嫌いだよ。

そうして涙を流している間にも、局面は移り変わる。

邪神は飽きもせずにコードの詠唱、パトリックが妨害に走るが遅かった。彼も消えた2号に気を取られていたようだ。

「管理者コード発動―当該空間の対象を停止」

私たちの動きが止まる。指の関節一つすら動かせない。

私とパトリックは動けない。少し離れた場所にいるレムンとサノンも同様だろう。この場所にいる存在は誰もが停止した。

でも、ここにいないユミエラ2号なら動けるはずだ。その2号は私の中にいる。だから、私は動ける。

「呆気ないものだ。貴様らは、オレの言葉一つでどうとでもなる」

「その言葉一つを言い終えるのに大分苦労してましたけどね」

「なにっ!? ……そうか、並行世界の同位体と同期して制限を解除したのか。そんな高等技術、どこで覚えた?」

「えっ? 論理的に説明できちゃうんですか? 自分でも滅茶苦茶言ってるなあって思ってたんですけど」

2号の力を受け継いで……みたいな感じでテンションを上げただけで、実際は筋肉の力で動けるようになったと思っていた。違うの?

「違う。同位体は既に消滅している。……まさか、全てを擬似的に再現したのか!? 一部とはいえ擬似世界を展開するなぞ、オレも手こずる所業だぞ!?」

「……その通りです。私って論理派というか、理知的というか、そういう属性なんで」

邪神の言っていること、いっこも分からん!

カッコつけて分かっている風を装ったけれど、真面目に一つも理解できない。なんか動けた、それで十分。

「少々、貴様を見くびっていたようだ」

邪神はそれだけ言うと、軽く腕を振るった。

危ないと直感した私は、取り落していた剣を素早く拾い上げ、横薙ぎに振るう。

「また見えない攻撃!?」

「何故防げる!?」

剣で何かを弾いた感触。見えなかったのを勘だけで防いでしまった。私すごい。

剣を薙いだ方向を確認すると、景色がズレていた。……うん、ズレているとしか形容できない。風景画を切ってずらしたように、空間が切断されていた。

空間断絶みたいな感じのアレだと思う。追加効果は分からないけれど、良く見るやつだ。私は詳しい。

邪神に好き放題やらせるのはよろしくないな。私はクレーターのふちから中心に駆け下りる。

大穴の底に到達しようかというとき、モヤモヤの人型は空中へと飛び上がった。

「飛ぶの!?」

いくつ能力を隠しているんだ。本気になったと彼は言うけれど、今までが出し惜しみすぎだと思う。戦力の逐次投入は悪手だと学校で習わなかったのか。彼が初めから本気だったら、私たちは絶対に負けていたぞ。

空中から私を見下ろす彼は、両手をこちらに突き出す。

何か来るだろうと身構えたことが功を奏した。上からの圧力で押しつぶされそうになる。

重力が増しているんだ。私が膝をつきそうになるって、何倍のGがかかっているのか。

両足を力強く踏みしめて、陥没していく地面を力一杯に蹴って跳ぶ。

今回ばかりは貧弱な体格に助けられた。でも基本的には重くて大きい方が強いので、体重を三トンにする夢はまだ諦めないけれど。

「何故だ!? 不可逆の力場を固定したのだぞ!」

なにそれ。それは、つまり、重力の親戚ということで相違ないだろうか。クーゲルシュライバーさん、わざと難しく言ってない?

跳び上がった勢いのまま、空に浮かぶ邪神まで真っ直ぐに。

しかし、上からの負荷は相変わらずだ。段々と失速していき、このままでは邪神の元まで辿り着けそうにない。

また地上からやり直しはキツイ。戦闘民族がトレーニングに重力室を使っている理由を身に沁みて感じている。

そのとき、意識外から声を掛けられる。動きを封じられていたはずのパトリックだ。

「ユミエラ! 足場を作る!」

大地が塔のごとく迫り上がり、私の足元まで到達する。

完全に失速して落下が始まっていた私は塔の頂点に着地。

このまま邪神の所まで連れて行って貰おうと考えたが、塔は崩壊を始める。何十倍か何百倍かも分からぬ私の重さに耐えられなかったようだ。

また跳ぶしかないか。足元の土塊を粉砕しつつジャンプ。

「届けえええ!」

何とか届いた。同じ高さになった邪神は、また別な技を繰り出そうとしているが遅い。

邪神クーゲルシュライバー。過去最高の強敵だった。

私だけでなく、パトリックや光と闇の神様、そしてユミエラ2号がいたからこそもぎ取れた勝利だ。

「何故、何故そこまでの力が……」

「これで、終わりです!」

ずっと手放さないでいた闇の剣。剪定剣を振り下ろす……と、スルリすり抜けた。

「……あれ?」

え、これ勝てる流れじゃないの? レベル上限解放して、邪神に攻撃が当たるようになったんじゃないの?

いくら強くなっても重力には逆らえない。必死に跳び上がった私は、モヤモヤの中に剣を通しただけで落下していく。

落下中、置き土産にブラックホールを当ててみるも効いていなかった。あ、攻撃無効はそのままなのね。もうどうしろと?

地面に衝突する。両足と片手を着いて着地。片手が空くので剣を握ったままでも大丈夫。

なるほど、これが三点着地のメリットか。今まではスーパーヒーローっぽくてカッコいいからという理由でやってた。膝に悪いだけ。

例のヒーローよろしく衝撃で地面を陥没させる予定だったが、それほど音も立てずに地面に降り立った。重力増加のデバフは解除されているようだ。

「あー、体が軽い」

「こちらからの攻撃手段が無いのは厳しいな」

横合いからパトリックに声を掛けられる。ちょっとびっくりした。

「さっきはありがとう。いつの間に動けるようになったの?」

「ユミエラが穴を駆け下りて、邪神が宙に浮いた辺りだ。多分、ヤツが力を別に回したせいだな。自力ではない」

邪神の目に、私以外は入っていなかったのかな。彼がパトリックを軽く見ていたせいで、私は空まで跳び上がることが出来た。でも攻撃を無効にされちゃ意味ないか。

本当にどうしよう。悩んでいると、邪神は空から降下して私たちに近づいてくる。

身構えると、彼は両手を上げて言った。

「待て待て、どうせ貴様らがオレを害する手段は無いのだ。少しばかり話がしたい」

「今更、何の用件です?」

「貴様は強すぎる」

「いやあ。それほどでも、あるんですけどね?」

不意打ちで褒められちゃったぜ。敵とはいえ嬉しい。

ハッとして確認するとパトリックに冷たい目で見られていた。はい、真面目にやります。

ただお世辞を述べただけではないであろう邪神は、続けて言う。

「貴様は先程までレベル99以下だったはずだ。単一世界の枷に縛られていた」

「まあ、レベル99でしたけど」

「そして枷は外れた。しかし、レベル99を越しただけ。並行世界の貴様の魔力を吸ったところで、程度は知れている。その底知れぬ力の源は何だ? どこから魔力を、経験値を持ってきた? 有益な情報だろう、オレも知りたい」

邪神曰く、私は2号の分よりずっと強くなっている。

全く心当たりが……あ、もしかして?

「あー、レベル99になった後、魔物を倒し続けたらどうなりますか? 制限はあるままです」

「……行き場を失った魔力は、法則の齟齬を防ぐため一時的に仮想空間に行くはずだ」

「その後、レベル上限が解放されたら?」

「齟齬は無くなる。魔力はあるべき場所に、その者に還元され……まさか貴様!?」

あー、当たりか。出来れば知りたくなかったな。

私は幼少期の約十年間をレベル上げに費やしてきた。初めはみるみるうちに強くなったものの、あるときから成長を感じられなくなっていたのだ。確か……七歳くらいかな?

パトリックの成長速度を見て、嫌な予感はしていたけれど……。

たった今、確信した。私は大量の経験値を溢れさせていた。下手したら、十回以上レベル1から99になれるくらい。

昔の私、良くやった! 間抜けすぎるけど、今の私が邪神と渡り合えているのは、その間抜けのお陰だ。

別に知られたところでデメリットは無い。邪神には正直に話してしまう。

「それですね。私が強いのは、レベル99以来ずっと溢れさせていた経験値の分です」

「何故だ?」

「えっ? 今言った通りですよ」

「何故、そんな馬鹿げた真似をしていた?」

「……この事態を見越して」

まあね、完全無欠の馬鹿だよね。虚勢を張ってはみたものの心的ダメージはすごい。

落ち込んでいる場合じゃない、気を取り直そう。

私が相当強化された理由は分かったけれど、邪神に攻撃が通らないのは変わらない。もうアレを使うしか道は無い。

「パトリック、ちょっと離れてて。これ使うから」

「彼女から聞いていたのか? 待て、間違いなく罠だ」

剪定剣を両手で持つ。

光を吸い込むように黒い剣。それの本当の銘は、真の力を引き出す鍵でもある。

邪神は私に銘を言わせようとしていた。2号に銘を教えたのも彼。間違いなく罠がある。

でも、これしか残されていないじゃないか。今はもういない彼女の遺言なんだから、罠だとしても後悔しない。

ユミエラ2号の最期の言葉。忘れるはずがない。世界を切り取る鋏、剪定剣には相応しくない、その銘は――

「――イキテミナ」

小さく呟いた私の言葉を、邪神は聞き逃さなかった。彼は高笑いして言う。

「ははっ、まんまと掛かったな馬鹿め。剪定剣は、この世界の人間を飲み込んで完成した剣! 貴様も人間。頼みの綱である剪定剣の力に、飲み込まれてしまえ!」

剣の縁起が悪すぎる。しかし、飲み込まれる気配は一切ない。

ただ周囲が暗くなった。夕方並みだ。辺りを見回すも、太陽が雲で隠れたわけでもないし、薄暗闇の原因が分からない。

すると、後ろから悲鳴が。振り返れば、宙に浮き上がっているサノンが騒いでいた。レムンの髪を掴み、何とか飛ばされずにいる。

「なに遊んでるんですか!」

「こ、これが遊んでいるように見えますか!」

「痛い痛い、どうして掴むのが髪なのさ! ……お姉さん! その剣は、光を闇に変換してエネルギーを得ているんだ!」

光を闇に変換。それで暗くなったのか。サノンはこの剣に吸い込まれそうになっていると。

暗くなって危ないと思ったけれど、ちゃんと力を発揮しているみたい。驚いた。それ以上に驚いているのは邪神のようだ。

「何故だ。人間を飲み込む性質は変わっていないはず。鍵の言葉を知っていて、この世界の人間でない、つまりオレしか扱えないはずだ」

パスワードと生体認証の二重ロックだったのか。生体認証のみでは起動せず、パスワードのみでは飲み込まれてしまう。

あ、生体認証と呼ぶのは適切じゃないかな。魂は生体じゃないもんね。

「私はどちらの条件も満たしますよ?」

「嘘だ! 貴様は人間だろう!?」

「言っていましたよね? この世界の人間以外なら使えるって」

「貴様、まさか、あの魂は――」

邪神は宙へと浮かび上がる。そのモザイクのような姿は、怒りの感情を反映したように不規則に揺らいでいた。

空へ逃げるのは、剪定剣を怖がっている証だ。

武器は手に入れた。では決着を付けよう。

「パトリック!」

「ああ」

名前を呼んだだけで通じた。彼の魔法で地面が迫り上がる。

今度は崩れない。しっかりとした足場が出来る。

万全の体勢で空に逃げる邪神に追いついた。

私は剪定剣イキテミナを下段に構える。また一段、周囲が暗くなった。

「剪定剣!」

「やはりあったか! 上位の世界!」

イキテミナを強く握りしめた。応えるように莫大な魔力が溢れ出す。

「イキ……」

「上から眺めてさぞいい気分だっただろう! 何としてでも征服してみせる! 何としても――」

下段からの斬り上げ。剣術もない力任せの一振り。

「……テミナ!」

剣戟が直撃した瞬間、世界は闇に包まれた。

私の視力でしても何も見えない本当の闇。有り余り、溢れる、剪定剣イキテミナの魔力だけが感じられる。

闇が晴れたとき、そこには誰もいなかった。