軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12 並行世界のユミエラ対策

翌朝、今日もレムンは我が家の食卓にいる。

彼には前世の記憶の件を説明済みだ。昨晩に引き続き二度目ということもあり、いくらか省略してスムーズに話すことができた。

「ふーん、異世界の記憶ねえ……」

遠慮なしにパンを頬張っていたレムンは、半信半疑といった様子だ。

これが普通の反応だよね。前世どうこうの話は嘘だと思われても構わない。私に世界を滅ぼす意思がないという、一点だけを信じてもらうことが重要だ。

「証拠を出せと言われても困るので、信じてもらうしかないですね」

「まあ、それくらい突飛な原因が無いと、お姉さんの特異性を説明できないんだよね」

「世界を滅ぼした並行世界の私と、今ここにいる私は別物だと分かれば十分じゃないですか?」

滅んでしまった世界は気の毒だが、私には手の届かない範囲での出来事だ。

私と向こうのユミエラは関係なし。交わることのない世界を生きる私たちは永遠に出会うことがない。よし、これで終了。

激動の日々もこれで終わりだ。しれっと私のスクランブルエッグを頬張っているレムンとも別れのときが来た。

闇の神を追い出す算段を脳内で立てていると、彼は人好きのする笑みを浮かべて言った。

「じゃあこれからは、並行世界のお姉さんの対策会議だね」

「へ?」

「言ってなかったっけ? 並行世界のユミエラ・ドルクネスは必ずこの世界に来るよ」

え、世界を一つ滅ぼしただけでは満足しないの? 向こうの私、凶暴すぎない?

「何でわざわざここに来るんです? 向こうの私は何がしたいんですか?」

「前に話したよね? レベル上限解放」

「あっ!」

レベル上限を解放する方法の一つ、並行世界の自分を殺害すること。なるほど、私の狙いは私か。

「でも、この世界に来るとは限りませんよね? 並行世界なんて数え切れないほどあるんでしょう?」

「同じ並行世界でも距離みたいな概念があってね。例の世界はこの世界と隣接しているんだ」

「じゃあ逆隣に行く可能性もあります。五十パーセント……結構高いですね」

「いいや。百パーセントの確率でここに来るよ。だって、他の世界のユミエラ・ドルクネスはもういないんだから」

あー、そういうことか。大多数の世界の私は、乙女ゲームのシナリオ通りに倒されている。例外は、アリシアたちに勝ってしまった並行世界の私と、全くの別ルートを辿ったこの私。

数多の並行世界の中で、生き残っている私は二人だけ。レムンの危惧は当然のことだった。

「別な世界に移動するのって可能なんですか? レムン君には出来ないんですよね? そもそも向こうの私がレベル上限解放の方法を知っているとは限りませんし」

「そこは……まあ……裏で手を引いているヤツがいるんだよ」

今まで淀みなく応対していたレムンが、言葉を濁した。予想するにヤツとは、レムンより上位の存在だろう。並行世界に一人だけの、レベル上限が99を超えているようなやつ。

「並行世界の私より、そっちの方が脅威だと思うんですけど」

「そこはあまり心配しないで。世界に干渉するのにアイツも色々と制限がある。大事に貯めているリソースを使うのは嫌がるはず」

「私は、私と殴り合う準備だけしてればいいと?」

「そーゆーこと」

レムンからもたらされる情報を鵜呑みにするわけではないが、今は彼の言葉を信じるしかない。

私と私のバトルか……。今まで私は、自身のハイスペックさのゴリ押しで諸々の戦いに勝ってきた。それが通用しない来たる戦いは辛いものになるかもしれない。

史上最強かもしれない強敵に想いを巡らせていると、パトリックがダイニングに入ってきた。

「おはよう、ユミエラ。すまん寝坊した」

「おはよう。昨日は色々あって疲れたからね。体調は大丈夫そう?」

「ああ、ユミエラも無理はするなよ」

パトリックは椅子に座りながら、チラリとレムンを見て続ける。

「彼に例の話は?」

「大まかに話したよ。前世の記憶があるって。あ、それでねそれでね、並行世界の私がこっちの世界に来るみたいなのよね。その対策をしなきゃって話をしていたとこ」

そうだ、こっちにはパトリックがいる。単身で来るであろう向こうの私には悪いが、彼の助力があれば勝ちは揺るがない。

しかし、頼れる我が相棒は物憂げな顔だった。

「それは……ユミエラが対処する事柄ではないはずだ。例の彼女とは無関係なのだから」

「彼女の狙いは私みたいだから、遭遇は避けて通れない感じなのよね」

「……いいのか?」

「え? 何が?」

「並行世界の自分と、中身は別人とは言え同じ顔をした人間と戦うなんて、あまりに酷じゃないか?」

悲しそうな顔で彼は語る。

酷かな? 私は私と相対する場面を想像した。

私は前世の記憶というアドバンテージを持っていたが、彼女にそれは無い。何も持たずに厳しい世界に投げ出されて、味方を得ることなく世界を憎んだ彼女。

私がパトリックやエレノーラと過ごしている間、彼女はずっと一人ぼっちだったのだ。

彼女は紛うことなき裏ボスで、絶対的な悪で、この世界の脅威で。でも私に彼女を責める資格はないかもしれない。

彼女は凍った無表情のまま近づいてきて、私の腹を殴る。彼女はもっと痛かったはずだ。甘んじて受け止めよう。

彼女は私の頬を叩く…………顔は駄目ってのが暗黙の了解じゃろがい! 貴様、やりやがったな! ムカつく顔をしやがって! その無表情っぷりも気に入らねえ!

私は彼女に飛びかかり、拳を振り上げ……。

「……あ、大丈夫そう。手加減とかしなくていい分、他の人より殴りやすそう」

「え?」

「今ね、頭の中で想像してみたの。本気の殴り合いになったわ、お互いに顔面狙い」

「えぇ……」

そこまでドン引きされるとは思わなかった。

まあ、私の未来予想は大体外れるので、平和的な話し合いで何とかなるかもしれない。

「できるだけ穏便にしたいのよ? でも全部が向こう次第だから」

「ああ、なるべく平和的に頼む。いざとなれば俺も加勢するが、ユミエラと戦うのは辛い」

「いやいや、向こうのユミエラは私と別人だから。配慮する必要なんてないよ?」

「中身が別だとしても、ユミエラは俺の顔をした奴と戦えるのか?」

外見だけパトリックの悪人ということか。

愛おしい彼の姿で悪行三昧とは許せん。まずは顔を変えてやる。原型を留めないほどボコボコにして……。

「え、普通に戦えるけど。むしろやる気が上がる」

「……そうか、ならいい」

素っ気なく答える彼から哀愁を感じた。なぜ?

それからパトリックとレムンを交えて、並行世界ユミエラ対策会議が始まった。

「対策って言っても何をすればいいんだろ?」

「いつ、どこに来るのかすら分からないからな……ユミエラ相手に罠が通じるとも思えない」

初手から万策尽きた雰囲気が漂い始めるが、レムンが不敵に笑いだして言う。

「お姉さんたち、ボクの権能を忘れたの? ボクはダンジョンや魔道具を管理する立場にあるんだよ? 普通ではお目にかかれない最強クラスの魔道具があれば有利になるよね」

「おおっ!」

すごい。アイテムドロップ率の操作とか出来ちゃうのか。乱数調整はまさに神の所業だ。

素直に尊敬の眼差しを送ると、レムンは機嫌を良くする。

「まず、そうだね……お姉さんの弱点である光属性の武器とかどうかな? 人間たちがバリアスのダンジョンって呼んでる所に、最高クラスのものがある。闇を切り裂く光の剣、制作には光の神サノンも関わった一品だ」

「……ん?」

「あのダンジョンの最深部に到達できる人間なんてまずいないからね。例の聖剣はまだ眠っているはずだ。でもお姉さんは持つことすら難しいだろうから、お兄さんが……どうかした?」

バリアスのダンジョンってあれだ。学園の夏季休暇中に私が通い詰めた所だ。自分用の剣を入手するためにダンジョンを何周も何周もして、やっとの思いで闇属性の剣を手に入れた。

その途中で、私は直接触れることすら厳しい光属性の剣がドロップした。

要らないので売っぱらって、最終的にアリシアの手に渡って、私を後ろからブスっと刺して、その後はどこにやったんだっけ……あっ、思い出した。危ないからブラックホールで消し去ったんだった。

「その剣、もう無いです」

「へ?」

「ブラックホールで消しちゃいました。あ、消えたら再補充されたりは?」

「……じゃあもう入手は不可能だね」

レムンは気落ちした声色で言う。

悪いことをしてしまった。何とか元気付けなければ。

「まだまだ他にありますよね! なんせレムン君は魔道具を司る神様ですから」

「うん、他ね。……サノンの管理下になっちゃうけど、結界を展開できる魔道具があるよ。光属性だからきっと役に立つ。今はどこだったかな……サノンの教会にあったような」

「……すいません。それも壊しました」

レムンは黙り込んでしまった。不憫すぎる。彼がダークなオーラに包まれているのは、闇の神だからではなさそうだ。

まずいぞ。嫌な予感がしてきた。レムンは途切れ途切れに語りだす。

「そ、壊したの。じゃあ、しょうがないね。後は……魔物を操れる大笛とかかな? 魔物呼びの笛は魔物を呼び寄せるだけだけど、大笛は魔物に指向性を持たせられてね。その力を使うにはボクの承認が必要なんだけど――」

「あの……」

「ああ、ごめんね。やっぱり弱いよね。お姉さんが相手じゃ、いくら魔物がいても意味ないか。ははっ」

「いえ、そうではなくて……。その大笛も壊しました、パトリックが」

あとは任せたぜパトリック! 私はもう無理だ。

彼に目線で合図を送ると首を横に振られた。あれを壊したのはパトリックじゃん。あの大笛は大事に取っておくつもりだったのに、その場で壊してしまったのだ。

結界魔道具も壊したくて壊したわけじゃないし……。

そんな言い訳を並べても、レムンが一層不憫になるだけだろう。ああ、どんな言葉をかけていいのか分からない。ごめんねレムン君。もう頑張らなくていいよ。

しかし、彼は諦めない。聞き取るのがやっとの小さな声を発した。

「エリクサーは? もう壊しちゃった? ボクが丹精込めて作った魔道具なんだけどね。人間の役に立てばいいなって、頑張って作ったんだけどね」

「あ! エリクサーは壊してないです! 見たこともないです!」

「ああ! 俺もそんな名前の魔道具は聞いたことがない。きっと今も、ダンジョンの奥底に眠っているはずだ!」

私とパトリックは協力してレムンを元気づける。

すると彼は一瞬で明るい表情に変わって言った。

「ホント!? やった! あのねあのね、エリクサーはすごいんだよ! 早速ある場所に向かおうか」

かくして、私たちはエリクサーを手に入れるために遠出することになったのだった。

しかし、私は知っている。エリクサーはそこまで使い道が無いことを。でもまあ、少年の外見相応にウキウキと喜ぶ彼のためにも、今は黙っていようと思った。