軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16 馬車と盗賊

一週間の王都滞在を終えた私たちは、ドルクネス領への帰途に着いていた。交通手段は私の大好きなリュー……ではなく、大嫌いな馬車だ。

文字通り地に足を付けて、街道の視察をしたかった。王都からドルクネス領までを陸路で移動することで見えてくるものもあるだろう。

残念ながらドラゴンが乗れる馬車は存在しないので、リューには好きなときに帰ってくるように言ってある。

「あー、体が固まるー」

今は休憩中、馬車から飛び降りた私が大きく伸びをすると、バキボキと骨の鳴る音が響いた。あまりに大きな音に、御者のおじさんがギョッと私を見る。いやいや、みんなこうなるから。

次に馬車から降りてきたパトリックも伸びをするが、音は一切聞こえてこない。あれ?

リタとサラのメイド姉妹も馬車から出てきた。

姉の方が連れて帰らないと自害する勢いだったので、一緒に帰る次第だ。サラはそれほど変にはなっていないので、姉の悪影響を受ける前に目の届く範囲にいて欲しかったという理由もある。

二人はパトリックの手を借りて馬車から降りる。

あれ? どうして私にはあの素敵イベントが無かったの? 一瞬だけ疑問に思ったが、よく考えたら私は真っ先に馬車から飛び出していた。

それに、あれくらいの段差で手を借りるほど私は軟弱ではない。でも次はパトリックを先に降ろそう。もし彼が同じ行動をするなら、手を借りるのもやぶさかではない。

私が屈伸運動を繰り返しているとパトリックが近づいてきた。

「やはり、馬車は嫌いか?」

「本当に嫌い。走ったほうが速いし」

「それはお前だけだ」

「いやいや、パトリックも走った方が速いでしょ?」

パトリックのレベルはつい先日の計測時に80を超えていた。王国最強と謳われていた騎士団長ですらレベル60と考えると、その規格外な強さが分かる。長い歴史を見てもレベル80に到達した人物は伝説の域だ。

「まあ、俺も走ったほうが速いと思うが……」

「パトリックはもう普通の人とは違うんだから、それを自覚しないと駄目よ?」

「……それをユミエラに諭されるのは納得がいかない」

この視察だってまさにそうだ。私には必要のない馬車を、多くの人たちが利用している。自分が規格外の存在であることを自覚して、普通の人の目線に立つことは大事だと思う。

ドルクネス領は私とパトリックのような少数の強者ではなく、大勢の領民で成り立っているのだから。

そんな私の深謀を意に介さず、パトリックは事実を認めたがらない。

「俺はユミエラと違って魔法の威力は普通だからな? まだユミエラの同類にはなっていない」

パトリックの魔法属性は風と土で、風で遠くまで声を届けたり、土で即席の防塁を作ったりと器用な使い方をしている。

私のように出力で解決という使い方はしていないけれど、きっと今の彼ならできるはずだ。

「私だって魔法の威力は抑えているつもりよ? パトリックは魔力を節約する使い方が身に染み付いてるだけで、本気でやろうと思ったらすごいのが出るって」

「……確かに、最近は全力で魔法を使うことがなかったかもしれないな」

「今度一緒にやってみよ、お互いの全力を出し合うの」

「だめ」

私の提案はすぐさま断られてしまった。絶対に楽しいのに……。

意気消沈した私は、手持ち無沙汰になったので馬車を眺める。現代知識で改良できないものかと観察していると、馬が目に入ってきた。

この馬車は二頭立て、両者ともに栗色の毛でとても可愛らしい。休憩中の二頭は水をガブガブと飲んでいた。

ああ、可愛いなあ。しかも馬は頭がいい。私を見ただけで吠えたりして、果てには逃げ出す犬猫どもとは違うのだ。愛玩動物の時代は終わった、時代は馬だ。

「馬車を引っ張ってくれてありがとうね、ちょっと触ってもいい?」

馬の横まで移動した私は、片方に狙いを定める。黒い目がクリクリで優しい顔をしている。女の子だろうか?

私が手を伸ばし、首に触れるか触れないかというタイミングで馬はいきなり暴れだし、いななきが響き渡る。

しまった、お触り厳禁の部位だったか。犬が尻尾を触られるのを嫌がるように、馬にも触られたくない場所があるはずだ。

これは完全に私の落ち度だ。御者のおじさんが慌てて近づいてきて言う。

「すみません、馬が怖がっていますので離れていただけますか」

彼は馬を撫でて落ち着かせる。触れている場所は、私が触ろうとした場所と同じだった。……あれ?

◆ ◆ ◆

私は犬や猫だけでなく馬にも怖がられる性質らしい。もしかしたら動物全般が当てはまるのかもしれない。あ、人間にも怖がられやすい傾向があるな。いいもん、私にはリューがいるから。

走行している馬車の中、路面が悪いのか揺れが大きくなった気がする。街道の整備くらいちゃんとやって欲しいものだ。

「ねえ、今走っているここって何て地名? 流石に道が悪すぎない?」

「つい先程、ドルクネス領に入ったところだな」

私の質問にはパトリックがはっきりと答えてくれた。私が発言した瞬間にリタが目を伏せたのはそういうことか。

彼女は伏していた目を上げてフォローしてくれた。

「前に比べれば良くなりました。ユミエラ様がご入学の際はもっと酷かったはずです」

言われてみれば、学園入学のために王都に向かう馬車はもっと揺れていた気がする。途中から揺れが少なく感じたのは、慣れたからではなかったようだ。

そうじゃなきゃ困る。私が領主になってから街道整備に予算を割いたのは、一体何だったのかということになる。

「うーん、そうだったかも」

「それに本当に酷い場所は盗賊が出ます。安全に通行できるだけ、ドルクネス領は平和です」

リタさん、それは流石にハードルが低すぎない? 今どき、盗賊なんて出るものじゃない。もし盗賊が出没する領があるなら、そこの領主はとんでもない無能だ。

「盗賊って聞いたことないんだけど、実際いるの……あれ? どうして止まったの?」

盗賊はこの世に実在するのか尋ねようとしたら、突如馬車が停止した。御者の慌てた声が外から聞こえてくる。

「盗賊です! 盗賊に囲まれました!」

今日は非常に勉強になった。一つ、盗賊は実在する。二つ、ドルクネスとかいう貴族は領主として無能だ。

さて、領主適性ゼロの私は衛兵として戦うことにしますかね。

先にパトリックが馬車から飛び出す。私が馬車から身を乗り出して辺りを見ると、周囲をぐるりと盗賊に囲まれていた。年齢の違う男が三十人ほど、ちゃんとした武器を持っているのは数人で、他は農具で武装している。

パトリックは御者のおじさんを手引きして、扉の前にやって来た。

「ユミエラも早く降りろ、彼を中に隠れさせる」

え? 段差を降りるのに手を貸してくれるイベントは?

ここでそんなことを言ったら怒られるのは目に見えている。私はリタたちに注意だけしてヒラリと地面に飛び降りた。

「リタたちも中に隠れていてね」

「どうか、ご武運を!」

三十人くらいに囲まれたくらいで、ご武運とは大げさだ。見たところ盗賊たちは戦い慣れしている様子もないし、危険など無いに等しい。

パトリックは腰から剣を抜き取る。私も倣って……あ、剣は家に置いてきたんだった。私は自然体のままで彼の隣に並んだ。

パトリックは盗賊たちから目を離さずに言う。

「ユミエラは馬車を守ってくれ、盗賊の確保は俺がやる」

「了解」

向き不向きで言えば逆の方が良いかも。でもまあ、パトリックがやる気になっているなら止めることもあるまい。私は馬車の前に突っ立って、彼と盗賊の戦闘を眺める。

想像通り、勝負にならなかった。

パトリックは剣の腹で打ち据え、足を掛けて転ばせ、風魔法で吹き飛ばしと盗賊たちを圧倒する。

そんな一方的な戦いを眺めながら、私は背後から近づく気配を察知していた。手には剣を持っている彼は、パトリックを囲んで倒そうとする盗賊とは違い、私に狙いを定めたようだ。命知らずな人。

私は背後の彼に気がついていないフリをする。後ろから斬りつけられたところを最小限の動きで回避、というのをやってみたいのだ。達人みたいでカッコいい。背中に目がついているのか? とか言われてみたい。

足音を立てずに私の背後まで到達した彼が、剣を大上段から振り下ろす……ことはなかった。なぜか、後ろから手を回されて剣は私の首元に来る。

「動くな! 剣を捨てろ! こいつがどうなってもいいのか!」

背後の彼が大声で言う。

……どういうこと? 私はパトリックに目配せするが、どうも彼も状況が飲み込めていないらしい。

二人でキョトンと目を見合わせながら固まっていると、私に剣を見せびらかす彼はさらに言う。

「この嬢ちゃんが心配なら早く武器を捨てろ! 素直に金目の物を出すなら命までは取らない」

彼が何を言いたいのかが未だに分からない。パトリックは察しがついたようで、訝しげに言う。

「……人質、ということで間違いないか」

「当たり前だろ! ほら、恋人の綺麗な顔に傷がつくぞ!」

切れ味の悪そうな刃が私の顔に近づけられる。そうか人質か、今まで散々物騒な事件に巻き込まれてきたけれど、人質になるのは初めてだ。

せっかくなのだから、もっと人質っぽいことをしておきたい。一生に一度あるかのイベントだ。

演技力を総動員して助けを求める。

「た、たすけてー」

すごい棒読みになってしまった。

パトリックはやる気を無くして脱力している。おい、婚約者が危険な目に遭っているんだぞ。もっと真面目にやれよ。

私は囚われた令嬢の演技を継続する。

「私のことはいいから! 私ごと撃って! こいつを地獄に引きずり込んでやるわ!」

「ひぇっ」

薄幸美女のつもりがバトル漫画のライバルキャラみたいになってしまった。盗賊の彼は私の覚悟に慄く。

だがパトリックは心底面倒臭そうな顔をしたまま動きそうにない。薄情な、と思ったのは私だけではないようだ。彼を囲む盗賊たちが口々に言う。

「命は取らないから、剣だけ捨ててくれ、な?」

「恋人があれだけのことを言っているのに、お前には心が無いのか!」

「パトリック! 話を聞いちゃ駄目! 私はいいから!」

私も加わったことでパトリックもついに腹を決めたようだ。大きくため息をついてから、右手に持った剣を地面に放り投げる。

両手を上げながら、パトリックは盗賊たちに鋭い眼差しを向ける。

「人質とは卑怯な! 早く彼女を放せ!」

あ、パトリックも乗ってくれるんだ。

彼の迫力に盗賊たちは怯えて後ずさる。私はあまりに真に迫った彼の演技を見て、思わず吹き出してしまった。

「ふふっ、パトリックかっこよすぎ。どうしてそんなに演技が上手いの?」

「最初にやりだしたのはユミエラだろ? ほら、もう茶番は終わりだ」

彼は恥ずかしそうに顔を逸しながら、取り落とした剣を拾い上げた。

人質はそこまで楽しいものでもなかった。潮時だろうと思い、目の前に突きつけられている剣を握る。

私の握力に安物の剣が耐えられるはずもなく、剣身があっさりと折れてしまった。後ろの彼はそれを見て硬直する。

「まさか人質になる日が来るとは思っていませんでした。そこだけは感謝ですね」

「……え?」

「じゃあ、一箇所に集まっていただけますか?」

「うわっ、何だこの力!?」

彼の腕を掴んで、パトリックたちのいる方向へと放り投げる。低空を飛んだ彼は別な盗賊とぶつかり、そのまま地面に倒れ伏す。

その間にパトリックも決着を付けていたようだ。三十人ほどいた盗賊たちは倒れているか戦意を失っているかだ。

私はパトリックの隣にゆっくりと歩きながら言う。

「お疲れ様、そんなに強くなかった……よね?」

「ああ、戦い慣れていない様子だったな。武装も粗末だし、どこかの農民だと思うが……」

彼らがドルクネス領の住民だったらどうしよう。盗賊に身を落としたのには理由があるはずで、その大本は領主である私かもしれない。

「私はここ、ドルクネス領の領主なのですが、貴方達はどこから来たのですか?」

私があまり高圧的にならないように話しかけると、彼らは口々に囁き合う。

「……ドルクネスの領主? 魔王を倒したっていうあの?」

「やべえ、一番危ない方の馬車を襲っちまった」

「おい、拷問されても話すんじゃないぞ。家族の顔を思い出せ!」

恐慌状態になった彼らを見て落ち込む。私が怖がられるという定番の流れだ。

パトリックが一歩前に出て、私には下がるように手で合図する。

「話を聞くに、お前たちはどこか住処があって、そこから出稼ぎに来ているのか? なぜここを標的にした」

彼らはパトリックの問いかけにも沈黙を保ったままだ。ほら、そんなに高圧的に言うからだ。尋問は飴と鞭、適度な優しさも必要なのだ。

選手交代を申し出ようとしたところ、彼もタイミング良く交代を提案する。

「黙ったままなら、後ろの彼女と交代するしかないな」

「何でも話します!」

私を鞭に使うの、やめてくれない?

パトリックが盗賊たちから出自を聞き出すと、彼らは隣領の村人を名乗った。

事情を聞くと、村が貧しくこのままでは飢え死にするという。そこで男たちが盗賊として金目の物を積んでいそうな馬車を襲う計画を立てた次第らしい。

村が貧しいのは南側にある大きな山が原因のようだ。太陽が隠れてしまう時間帯があり、作物の収穫量が少ないと彼らは説明する。

少し離れた場所で話を聞いていた私は、疑問を口にした。

「でもどうして最近になって盗賊を始めたの? 今まではやってこられたんでしょう?」

「ひっ」

「……何もしないって」

はい、いつもの。怖がられてまーす。

パトリックが私にさらに下がるようにジェスチャーして、改めて聞く。

「最近、何かあったのか?」

「魔物です。うちの村の周りに魔物が出ることなんて無かったのですが、奴らに畑を荒らされまして」

魔物は人里の近くに出現することは稀だ。というか、魔物がいない場所に人が住んでいる。

それが村に現れるとは心配だ。私は思わず口を開いてしまった。

「大丈夫でしたか?」

「ひえっ」

「……パトリック」

そろそろ慣れてよ。ここら一帯の村々にはどんな私情報が流れているのだろうか。

うちの領の村人は、私を見てもそこまで怖がらなかったぞ。何というか……覚悟を決めたような感じだった。

ため息をついたパトリックが私の代わりに尋ねる。

「それで、被害はあったのか?」

「オレたちは怪我一つありませんでした。でも、畑が駄目になったら死んだも同然だ。領主様も助けちゃくれねえ」

元々が貧しい村が壊滅状態に。領主の助けは望めない。それらの事情を耳にして、私はとあるアイディアが思い浮かんでいた。

つい先日に思いついた領地改革案、私の力で村を開拓するというものは、住民がいないとの理由でボツになったばかりだ。

「ねえ」

「ひええ」

「……私ってそんなに怖い? まあいいや、そんなに隣の領が嫌なら、うちの子になっちゃえば?」