軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15 友達とパーティーを飛び出して

王都に来てから今日でちょうど一週間になる。いい加減、領地のほうが気がかりなので明日には王都を発つことにした。やっと帰れる。

パトリックは用事があると言って朝から出かけてしまった。教会に行った後くらいから、彼が行き先も言わずに出かける頻度が上がっている。これはまさか……。

「浮気?」

「あり得ないです」

当たらないことに定評のある私の憶測は、リタに一刀両断に否定された。まあ、ないよね。私とパトリックはラブラブカップルだから……いや違うけれど、でも無いものは無い。

「まあ無いよね、根拠は無いけれど」

「ユミエラ様は自分がどれほど愛されているのか、自覚したほうがいいです」

何それ恥ずかしい。そんなこと真顔で言われてもただただ困るだけだ。愛されてるねえ、愛されてるかあ、困るなあ。困る以外の感情は湧かないけれど。えへへ。

私の表情筋は死んでいるので、いかなる時も無表情だ。その虚無の顔面を見つめてリタは言う。

「ああ、これがパトリック様の言っていたニヤケ顔ですか。ありがたいものを見ました」

「……そんな顔してない」

「はい、してません。ユミエラ様に誓って、私の命を賭けても構いません」

彼女は忠誠心とやらを何か間違っていないか? 自分の命を蔑ろにすることと、主人への忠義は全く無関係だと思う。そこだけは違えないで欲しかった。

「リタ、あなたの命はあなただけのものだから、あまり簡単に賭けるとか言わないでよ」

「そ、そこまでユミエラ様に気遣っていただけるなんて……私は果報者です」

リタは感激に身を震わせる。そこまでリタに感激いただけるなんて……私は何者なんです?

今は昼と言うには少し遅すぎる時間帯、屋敷の玄関の方が騒がしくなる。

騒ぎの音が大きくなり、私は誰が来たのかを確信する。私の命を賭けてもいい。

◆ ◆ ◆

後頭部にブーメランが突き刺さった気がするが、それはそれ。私は公爵家に連れて行かれ、ドレスを着せられているところだった。

「ほら! やっぱりピッタリですわ!」

「どうしてドレスが必要なのですか? 夕食を一緒に、とのことでしたが」

「パーティーは普通ドレスで行きますのよ?」

パーティー? エレノーラからは食事の誘いがあったはずだ。なぜそんな話になっているのだろうか。

無理やり着せられた黒いドレスは動きづらいし肩が片方出ているしで、今すぐにでも脱ぎたい。しかし、こんな私でも原始人よりは文明的なので、邪魔だからと身に着けている物を脱いだりはしない。

「パーティーに行くとは聞いていないです」

「そうだったかしら? でも、どっちも一緒ですわ、ご飯は食べられますの!」

忘れていた。彼女は枢機卿から教会に誘われていることを、遊びに行こうで済ませる人だ。単純な食事と思わず、もっと詳細を聞くべきだった。

公爵について何か聞ければいいかな、と簡単な気持ちで来るんじゃなかったな。

晩餐会のような形式にしろ、立食パーティーにしろ、食べた気になるはずがない。食事というのは、もっとこう、自由でなきゃいけないんだ。

エレノーラはドレス姿の私を、頭の天辺から足のつま先までを何度も往復して眺め、これ以上ない笑顔で言う。

「素敵ですわ! ユミエラさんは黒が似合いますの!」

「……はあ、どうも」

彼女はそれを本気で言っている。この国に根強く残る黒髪蔑視など意にも介さず、髪とドレスの黒さが映えると真面目に思っている。

そんな純粋な彼女が喜ぶのなら、一回くらいは嫌いなパーティーに出るのも良いかもしれない、そう思えた。

「パーティーとやらはどこで開かれるのですか?」

「ここですわ! お父様主催のパーティーですの。お父様の派閥の方々が一同に会しますのよ」

それって過激派の集会じゃありませんか? 前言撤回、やっぱり行きたくない。

王城と学園に次ぐ敷地面積を誇るヒルローズ家のダンスホールは、想像よりは小さなものだった。あくまで思ったより小さいというだけで、これほどのホールを所有している貴族はそうそういないだろう。

テーブルからドアノブに至るまで、部屋中の調度品が見ただけで高価なものだと分かる。それは良く磨かれて上品な輝きを放っていた。

「わたくしがついています、緊張することはありませんわ!」

緊張はしていない、ゲンナリしているだけだ。ドレスを着せられた後、化粧をさせられ髪を編み込まれ、それで体力がほぼ無くなったのだ。ヒールのついた靴も歩きづらくてしょうがない。

私の隣にいるエレノーラも同じことをしたはずなのに、どうしてそんなに元気そうなのか。彼女は普段からドレス姿なので慣れているのかもしれない。

「公爵様もいらっしゃるのですよね? 一応、曲がりなりにも、招待されたわけですのでご挨拶はしないと……」

「お父様はいませんわよ?」

「え? 私はヒルローズ公爵に招待されたのではないのですか?」

「わたくしが招待しましたの! お父様も、お友達は何人でも連れてきていいと」

私がこの場にいることはヒルローズ公爵も知らないのではなかろうか。大丈夫?

エレノーラに詳しく話を聞くと、定期的に開かれる過激派の集まりに公爵本人が来ることは稀らしい。

いつにも増して着飾った彼女は胸を張って言う。

「だからわたくしがホスト役ですの。エドウィン様の妃になる者、これくらいの手配はできましてよ」

「はあ、エレノーラ様は何をしたのですか?」

「家令の提案を承認しましたわ!」

それって何もしていないのでは? 公爵家の家令さんも大変だな……いや、彼女に仕事を任せるほうが後始末で大変そうだ。

会場には五十人ほどの人たちがいた、公爵派の貴族家当主とその家族たちだ。彼らは予告もなしに現れた私を見て驚いている。

皆が遠巻きに私たちを眺める中、一人の男が近づいてきた。いやいや、私はテーブルに並ぶ色とりどりの料理が目当てなのだ。知らないおじさんと仲良く会話する気はない。

「エレノーラ嬢、本日もお招きいただきありがとうございます。そちらのお嬢さんは初めてお会いする方ですね」

「わたくしのお友達のユミエラさんですわ!」

何を白々しい、髪を見れば一目瞭然だろうに。彼はにこやかに笑っているつもりかもしれないが、不敵な笑みが隠せていない。

続けて何かを言おうとしたエレノーラを遮り、私に食いつく。

「初めましてドルクネス伯爵、私はアークルトンと申します。貴女と同じく伯爵位を賜っている者です」

「初めまして」

「本日の会合に出席されたということは、ドルクネス伯爵も公爵様の庇護下に入るということでよろしいか?」

「よろしくないです」

やはりと言うべきか、彼は私が過激派に鞍替えしたと思ったようだ。もしそうなら彼のように笑いたくもなるだろう。エドウィン王子を次期国王にするという計画がより盤石になるからだ。

私が否定したことで、彼は訝しげに言う。

「ではなぜ、ここに来たのです?」

「……お友達、に誘われたからです。他意はありません」

「なるほど、今日はエレノーラ嬢に会いにきただけ、と。そういうことにしておきましょう」

機嫌の良くなった彼に、存在しない真意を裏読みされた。面倒な誤解をされて、それにもう一件だけ面倒ごとの予感がする。

予感は的中、隣にいたエレノーラが私の手を両手で掴む。

「ユミエラさん! 今! お友達って! 初めてですわ、ユミエラさんから言われたのは!」

「はい、分かりましたから放してください。ほら、エレノーラ様は皆様にご挨拶が必要でしょう? ヒルローズ家のパーティーなのですから」

「そうでしたわ! では行ってきますわね!」

彼女は満面の笑みのまま、他の参加者の元へと小走りで向かう。よし、一個片付いた。

次は、私が公爵派に入る気は一切無いことを明言しなければ、と思っていると目の前の彼はエレノーラの後ろ姿を見下した顔で見る。

「貴女も苦労しているようだ。どうもあのお嬢さんは頭の中が足りない。まあ、操りやすくて我々としては良いのですがね」

エレノーラを貶める言葉に、私はムッとして言い返そうとした。しかし、私も同罪ではないだろうか。

現に今、私は彼女を言いくるめて遠ざけた。エレノーラを良いように煽って王子に突撃させる彼らと、私に何の違いがあるのだろうか。

公爵の娘だからと今まで深い関係になることを避けてきたが、彼女とは真剣に向き合うべきかもしれない。

だがその前に、私の前に立つ男だ。彼は私の様子も気にせずに言葉を並べ立てる。

「やはり次期国王に相応しいのはエドウィン殿下なのです。ドルクネス伯爵もそれに気がついていただけたようで、なによりですな」

「エドウィン殿下にその気は無いようですが? 王位を継ぐつもりはないと本人が仰っていましたよ?」

「それは外聞を気にしてそう仰ったまでのこと、心の中では王の座を欲しているのです。それを慮ってこそ忠臣と言えるでしょう」

悪い意味での忖度だなあ。彼は本気でエドウィン王子が国王の座を狙っていると思っているのか、彼の野心の無さを分かった上で祭り上げているのか。

どちらかは分からないが、彼に忠義など欠片も無いことは明白だろう。その証拠に、彼は未来の役職を予想している。現在、要職に就いている国王派は一掃され、公爵派の面々が大臣職などを拝命するという。目的は明らかにそれだ。

私が白けた目で見ていることに気づかず、彼は朗々と語る。

「何よりエドウィン殿下はかの魔王を討伐しました。貴族たるもの、国の危機に際して剣を取らねばなりません。最終的には武力が物を言うのです。ドルクネス伯爵も良くご存知でしょう?」

「そうかもしれませんね」

私が今までの困難を腕っぷしで解決してきたので、完全に否定することはできない。

でもそれは違うのだ。私は滅法強い、しかし良き貴族ではないし良き領主でもないと思う。世の中は武力だけではない。私が証拠だ。

「強さこそ全て、そう仰るのでしたら、レベルごとに偉さを決めてはいかがですか? 貴方はレベル幾つでしょうか?」

「わ、私は、戦闘は不得手でして……」

「ではあなたは、これからも零細貴族のままですね」

「な、何を! 私は国王の話をしている、魔王を倒したのはエドウィン殿下なのだぞ! エドウィン殿下に勝てる貴族がいるとでもいうのか!」

ここにいます。魔王も私が倒しました。

それくらいのことは彼も理解していると思っていた。これ以上、話をしても無駄そうだ。話を切り上げよう。

「私がいます。武力を背景に王国を統治するというのなら、私がいることをお忘れなく。貴方が出世するのを止めはしませんが、私の身の回りが脅かされるようなら、全力でお相手しますよ」

「そ、そんなことは……伯爵様と事を構えるわけありませんな」

「そうですか、では私は蚊帳の外から眺めていますので、どうぞご自由に」

私は彼に背を向けてホールを歩く。周囲で様子を伺っていた貴族たちは私を避け、会場に道ができあがった。

これで少しは過激派の熱が冷めてくれたら良いけれど、そこまで影響は無いように思う。そもそも第二王子派は、国王陛下や王太子に反旗を翻そうとしているのだ。私が立場を明確にしたところで状況が変わるわけでもない。

私は夕食を食べにきたのにどうしてこうなったのか。せめて食べられるときに食べておかないと。タダだし。

とりあえず飲み物を、と思ったところでエレノーラが目に入ってきた。

エレノーラは同年代の、私にも見覚えのある少女たちと会話をしていた。エレノーラの取り巻きとして学内で幅を利かせていた人たちだ。

「今がチャンスですよ、エドウィン殿下が国王になってエレノーラ様が王妃になって……素晴らしいです」

「でも、お父様もユミエラさんもやめた方がいいと仰っていましたわ」

「きっとエレノーラ様が嫁がれるのが寂しいだけです。お二人が結ばれたら、素直に祝福されるはずです」

「そうですの? でも、わたくしは……」

数人のご令嬢に囲まれて焚き付けられているエレノーラは、今にも考えを改めそうだ。その様子を見て、彼女たちは上手くいったと口元を歪める。

「エドウィン殿下とのご結婚まで、あと一歩ですよ」

「本当? エドウィン様と結ばれるなら……」

学園で、いつもエレノーラは人に囲まれていた。今も彼女は同年代の少女たちの中心にいる。だが、彼女に本当の味方は何人いるのだろうか。私と正反対にも見えるエレノーラは、昔の私と同じで一人ぼっちなのではなかろうか。

脳裏に昨日のヒルローズ公爵の顔が浮かぶ。悪い顔ではなく、別れ際にエレノーラを頼むと言ったときの、優しげな笑顔だった。

違う、お前は関係ない。私は私の意思でエレノーラと向き合うのだ。

「エレノーラ様、たまには私の方から誘うのも良いとは思いませんか?」

「え? ユミエラさん?」

気がついたときには既に、エレノーラの手を引いて歩いていた。取り巻きたちはポカンと私たちを見つめて、何が起こっているのか分からないといった様子だ。

ホールを飛び出して廊下をツカツカと歩く。エレノーラは騒がしいが抵抗することなく引っ張られていた。

「ちょっと! どこに行くつもりですの?」

「さあ? 決めてないです。ご飯が食べられればどこでもいいと思います」

それにしてもエレノーラは歩くのが遅い。私のペースに合わせているせいで今にも転びそうだ。そんな背伸びシューズを履いているからそうなるんだ。

私は有無を言わさずに彼女を抱きかかえた。

「ひゃあ! 駄目です、わたくしにはエドウィン様が……」

何をどう勘違いしているのか、エレノーラは顔を赤く染めて言う。お姫様だっこがそんなに恥ずかしいのか。肩車じゃないだけマシだと考えてもらいたい。

公爵邸を飛び出して、王都の道を早歩きする。靴が原因で私も歩きづらい……脱ぐか。

ヒールをそこらに脱ぎ捨てて、裸足で走る。私の足の裏に傷を付けられる小石があったらかかってこい。

「ユミエラさんがそんなに強引な方だったなんて」

「強引さならエレノーラ様も相当ですけどね。じゃあ適当な店に入りましょうか」

夕闇に紛れて走った私は、貴族街の真ん中から庶民街まで来ている。薄暗い街並みに、店の明かりがポツリポツリと灯っていた。飲食店の多い通りでも明るいとは言い難い。

普段では絶対に入らないし入れないお洒落っぽいレストランの前でエレノーラを下ろす。

「これは……誘拐、ですの?」

「ただ友達同士でご飯を食べに行くだけです」

「お友達って、普通はこういうことをするものでしたのね。わたくし知りませんでしたわ」

友達同士が普通すること? 友達少ない私が把握しているはずないので言及は控える。

それじゃあ入りますか、私は扉に手をかける。

店員は私たちを見て多少狼狽えたものの、丁寧に接客をしてくれた。

窓際の席に通された店内を見回すが思ったより豪華な所だ。貴族が利用していても何らおかしくはない。

だが店の中にはドレス姿の客など一人もいなかった。当然だが裸足の人もいない。

周囲をひとしきり観察したエレノーラが上機嫌に言う。

「素敵ですわ! こういう質素なお店にも良さがありますのね」

質素とは一体? これが質素なら、王都の私お気に入りのお店は何になってしまうのだろう。

◆ ◆ ◆

食後のお茶を飲みながらエレノーラはしみじみと言う。

「美味しかったですわ! 食材は良いとは言い難いですが、工夫が凝らされていて、食べていて楽しかったですわ」

「……ですね」

私も何か、何か味を分かっている風なことを言わないと……めっちゃうまかった。

まあ料理の話はどうでもいい。カップの中身をチビチビと飲んで時間稼ぎをしながら、私はある問題について考える。

お金、どうしよう。

ここの支払いに困らないくらいにはお金を持ち歩いている私だが、今は一文無しだ。ドレスに着替えるとき、着ていた服と一緒に公爵邸に置いてきてしまった。

これだからドレスは駄目だ。ポケットが無いのは服としての欠陥でしかない。

私と同じくお金は持っていないだろうなと、エレノーラを眺める。彼女の首元には大きな宝石のついたネックレスが……。あれは代金の代わりになるだろうか。

「ユミエラさん? どうしましたの?」

お店の人が困るだけかな、でも他に方法は無いしな、エレノーラの胸元を見つめながら思考を巡らせる。

すると横合いから聞き慣れた声が聞こえた。

「何をしているんだ?」

「パトリック!」

やった、財布が来た!

そうか、窓の外から私たちの姿が見えたのか。丁度パトリックが店の前を通りかかって、たまたま彼が私を見つけた。なんという幸運か。

「良かった、貴方が来てくれて」

「なぜ裸足だ? 靴はどうした?」

「邪魔だったから脱いだ」

「お前は子供か! ……はあ、仕方ない」

パトリックは大きくため息をついた。そしておもむろに、私を抱きかかえる。

ちょっと待って、恥ずかしい。これなら肩車の方がまだマシかもしれない……ごめん嘘。

「エレノーラ嬢も行こう、外で公爵家の馬車が待っている」

「お二人とも素敵ですわ! わたくしもエドウィン様に……ああ! エドウィン様がユミエラさんになっちゃいましたわ! 頭の中から出て行って」

エレノーラのお姫様抱っこの妄想に、私が割り込んでしまったようだ。パトリックに今度は何をしたんだという目で見られる。

誰が手配したのか、公爵家の馬車に乗り込んだエレノーラは私に一礼する。私はパトリックに抱っこされたままなので、どうも格好がつかない。

「ありがとうございます、今日は楽しかったですわ!」

「それは良かったです」

「ユミエラさんは、またわたくしを連れ出してくださいますの?」

「……機会がありましたら、また」

たまにはこういうのも良いかもしれない。四年に一回くらいなら。

それから程なく、エレノーラを見送った私たちは帰路に着く。未だに彼は下ろしてくれないので、横抱きにされたまま夜の街を進む。

人通りが少なくなってきたので顔を隠す必要もなくなった。彼の胸に埋めていた顔を戻して、夜空を見上げる。

「ねえ、パトリック」

「どうした?」

「私、友達ができたみたい」

空の星々と同じくらい綺麗なパトリックの瞳に見つめられる。私はまた、彼の胸元を鼻で押す作業に戻った。

上向きになった右耳に、優しげな声が入ってくる。

「そうか」