軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05 パトリックの母

パトリックの父であるアッシュバトン辺境伯と別れた私たちは国境線沿いを離れ、領の中央にある街へと向かう。その城壁で囲まれた街にパトリックの実家があるのだ。

リューの背中で私は彼に聞く。

「ねえ、パトリックのお母様って怖い人なの? お義父様に気をつけろって言われたんだけど」

「あー、母上は……普段は普通だから問題ない、と思う」

パトリックは口ごもってそう言った。彼の母がどんな人物なのかは見えてこない。

しかし、私と彼女に軋轢があることは想像していた。古くから、嫁と姑は仁義なき抗争を繰り返してきた。普通そういうものだ。実際にそういう場面は見たことがないけれど。

それとパトリックには兄がいたはずだ。お兄さんにも挨拶はしたい。

「あと、パトリックのお兄さんってどんな人?」

「あー、兄上はユミエラと会う……だろうか? 顔を合わせたがらない気がする」

会ってもないのに嫌われてるの? お腹が痛くなってきた。

なるべくゆっくり飛んでくれという念はリューには伝わらず、ついには街が見えてきた。

有事ということで若干のピリピリした空気はあるが、大きな混乱は見られない。

「ええっと、どこに降りればいいの?」

「中央にあるアレが領主の館だ。あそこの庭に降りてくれ」

リューはパトリックの指差した館に向かってゆっくりと降下する。あれがパトリックの家か。修練場も兼ねているだろう広いスペースがあるのでリューの着地は問題なさそうだ。

そこで屋敷から一人の女性が飛び出してきた。彼女が私たちに向かって大きく手を振ると、長い銀髪が揺れてキラキラと太陽の光を反射する。

年齢は私より少し上くらいだろうか。パトリックに姉はいないはずだから……お兄さん!? 義理の兄があんなに可愛いとか聞いてない。

「もしかして、あの人がパトリックの――」

「ああ、母だ」

まあ、女装する兄と若すぎる母なら後者のほうが現実味あるよね。

私がくだらないことを考えている間に、リューは地面にフワリと降りた。

よし、第一次嫁姑大戦だ。レベル99パワーでガツンと先制攻撃を食らわせてやるぜ。

リューから飛び降りた私はパトリックの母に駆け寄り、深々と頭を下げる。

「はじめまして、ユミエラ・ドルクネスです。よろしくお願いいたします、お義母様!」

「あらあら、そんなにかしこまらないで?」

「お気遣いありがとうございます!」

高度な政治的判断により、先制攻撃は中止となった。

私が頭を上げると、パトリックの母に顔をまじまじと見つめられる。何だろうと不思議に思っていると、おもむろに頬を掴まれた。グニグニと頬を上下に動かされる。

「可愛い! パトリックの言う通り、顔が全然変わらないのねー。でも息子はあなたの表情が分かるんですって」

「母上、ユミエラが困ってますので」

「いえ、全然困ってないです。好きなだけお触りください」

ほっぺたを触られるだけで良好な関係が築けるのなら、それでいいじゃないか。

頬を好き放題に触られながら、私はパトリックの母を観察する。本当に若い、二十代にしか見えない。

若いお母さんがいて、地味に優秀で、普通にイケメンで、パトリックは美少女ゲームの主人公適性が高いかもしれない。あ、でも個性的なヒロインポジションの人物がいないか。

ひとしきり私の顔をいじり終わった彼女は、私たちを家の中へと案内する。

「ささ、入って入って。えっとリュー君……は入れないけれど大丈夫?」

「はい、問題ありません」

私が振り返るとリューは自分の尻尾を枕にしてウトウトとしているところだった。可愛い。今日は結構な距離を飛んだので疲れているようだ。

リューはどんな所だろうと眠れるし、ついでに私もどこでも眠れる。子は親に似るものだ。

リューにも気を使って貰えるなんて、お義母様はなんていい人なのだろうか。前評判なんてあてにならない。

私たちは応接室っぽい部屋に通される。前を歩くお義母さんが扉を開けたところで振り返って言った。

「パトリック、あなたは他所に行ってなさい。久しぶりの我が家なんだから、会っておきたい人もいるでしょう?」

「……例の国が攻めてきた件についての報告があるから――」

「いいの、ユミエラちゃんから聞くから」

パトリックの話を遮るように彼女は言った。

忘れかけていたが、今は嫁姑戦争中だったのだ。パトリックを引き離すとは姑息な……。

彼はため息をついて言う。

「あまりユミエラの前で変なことは言うなよ。あとユミエラも、あまり変なことをするなよ」

え、パトリック行っちゃうの? それに、変なことなんて絶対にしない。

彼は部屋に入る前に私の耳元で囁く。

「母の前でレムレストという単語を口にするな」

耳に吐息がかかってぞくぞくってなった。やめろよ、私は声が良くてパトリックを好きになったわけじゃないんだ。だから金輪際こんな真似はやめて欲しい。どうしてもと言うのならもう一回くらい、場合によっては二回か三回くらい、最悪何回でもやって良いけれど。断じて私の希望ではない。

で……パトリックは今、何と? 話の内容が全く頭に入ってこなかった。あ、もう一回できるじゃん! 正確な情報伝達のためだ。これはしょうがない。

聞こえなかったからもう三回くらい言って欲しい、と伝えようとしたが既にパトリックは姿を消していた。

私、知ってる。息子がいなくなった途端に豹変するやつだ。昼ドラで見た。

戦々恐々としているとパトリックの母は口を開く。

「そんな所に立ってないで入ってきて座って? ユミエラちゃんが来てくれて嬉しいわ。ずっと会いたかったの」

「はい、失礼します」

ずっと会いたかったというのは、嫁いびりを楽しみにしていたという意味と捉えて良いだろうか。私は覚悟を決めて彼女の対面に腰を下ろす。

「それで、息子とはどこまで進んだの?」

「ど、どこまでと言われましても」

「あ! 少し赤くなったわ! ユミエラちゃん可愛い!」

「あ、え?」

あれ? もしかして彼女は普通に優しい良い人なのでは? 私が勝手に被害妄想を膨らませていただけだったとしたら恥ずかしい。よくよく考えたら、パトリックが婿としてドルクネス家に来るのだから、私は嫁ではないのだ。嫁姑戦争なんて、最初から存在しなかった。

それに、こんなに優しそうな人が豹変するはずがない。

「ああでも、まずは戦地の方を聞かなくちゃね。色々と話したいことはあるけれど」

「レムレストが攻めてきた件ですね。レムレスト軍は全軍が撤退しました。辺境伯はしばらく国境線沿いの砦に……お義母様?」

「ははっ! レムレストのゴミ虫どもが! 尻尾を巻いて逃げ帰るなら初めから来るなって話だ。ふんっ、私が戦地にいたなら地の果てまで追撃して、二度と太陽を拝めなくしてやるのに!」

……人って一瞬でここまで豹変するんだなあって思いました。

彼女の目はギラギラと輝き、口は歪に釣り上がっている。まじこわい。

「あ、あの……被害は無かったんですから」

「被害!? ユミエラちゃんが来ているのに満足に歓迎もできない、それを被害と言わないで何というの!? やっぱりレムレストは根絶やしにするしかないのよ」

わあい、私って結構大事に思われているみたい。嬉しいな。でも、落ち着いてくれるともっと嬉しいな。

先ほど、パトリックはこれのことを注意していたのだと思う。声の良さとかどうでも良かった。

早く、早くお義母様に落ち着いて貰わないと。何か、何か気の利いたことを言わなければ……。

「レムレストを滅ぼすのでしたら私もお供します」

あ、火に油を注いだ。いや、つい出来心で、彼女に気に入られるならそれもアリかなって……。

大丈夫、いざとなったらパトリックと辺境伯が止めてくれる。私しかり彼女しかり、乙女はアクセルとガソリンしか持ち合わせていないのだ。ブレーキと冷却油は男性チームに任せる。

どうして彼女がそこまで隣国を憎んでいるのかは分からないが、私の発言でさらにヒートアップするだろう。

……と思っていたが、パトリックの母は突然に表情を無くす。無表情が一番怖い。私が言えたことではないけれど。

自分の心音がバクバクと聞こえる。彼女が無表情になっていたのは数秒だったが、私にはとてつもなく長い時間に思えた。

またしても突然に、お義母さんは笑顔になって言う。怖い。

「……あら、ごめんなさいね、私ったらちょっと熱くなっちゃった。ユミエラちゃんを巻き込んじゃいけないわよね」

「気にしてませんから、大丈夫です。例の国は当面は大丈夫だと思います。国内が分裂しているみたいですし、また軍を出す余裕は無いんじゃないかな、と」

「そう、それは良かったわ。それじゃあ息子との出会いとか聞こうかしら? あの子ったら大事な所はぼかして伝えてくるのよ」

「えっと、初めて話をしたのは野外演習のときでして――」

私は何でもない風を装って話を続けるが、内心ではいつまた豹変するのかとビビり倒していた。

◆ ◆ ◆

数十分は話しただろうか、それくらいのタイミングでパトリックが戻ってきた。遅い。

「ユミエラも長旅で疲れているから、今日はこれくらいにしてやってくれ」

「ごめんねユミエラちゃん、つい楽しくなっちゃって」

「いえ、私も楽しかったです」

嘘です。すごい怖かったです。

その後、パトリックに客間に案内されながら聞かれる。

「母とは上手くやっていけそうか? まさか、例の国の名前を口に出してはいないよな?」

「……言っちゃった」

「あー、すまん、やはり俺も同席すれば良かった」

それより気になるのは、彼女が例の国の名前を聞いて豹変する理由だ。

私が聞く前に、パトリックは説明してくれた。

「まあ、土地柄で隣国が嫌いな人は多い。だが母は特別に極端だ、母上以外はあそこまでではない」

「うん、それは分かる」

「母があそこまで隣国を嫌う理由はな……結婚式を潰されたからだ」

「え?」

結婚式ってあの結婚式? 結婚するときにウエディングドレスを着たり、ケーキを切ったり、誓いの言葉を言ったりするあの結婚式?

「母上は中央の侯爵家の出でな、辺境伯を継ぐ父上との結婚は実家から大反対されたんだ。それを押し切って、ようやくもぎ取った結婚式の前日に、隣国との小競り合いが発生した。式どころではなくなって、父も国境まで援軍に行くことになった」

確かに、人生で一度の大事なイベントを台無しにされたら怒るだろう。私もパトリックとの結婚式を邪魔されたら……あれ? 別に良くない? ドレス着なくていいんでしょ? みんなの前でお行儀よくしなくていいんでしょ? むしろラッキーじゃない?

そもそも、何であんなイベントを開催するのが慣例になっているのだろうか。やらなくて済むのならやりたくない。デメリットは大きなケーキが食べられなくなるだけだ。

「ねえ、私たちも結婚式ってやるの? 将来の話よ?」

「もちろん。誰にも邪魔させたりしない、何があっても必ずやろう、盛大に」

「……やらないっていうのもアリじゃない? パトリック、そういうの嫌いでしょ?」

「華々しい催しはあまり好きではないが、結婚式は別だと思う」

嘘だろ、どうしてそんなに乗り気なんだパトリック。

「結婚式か……」

幸せなイメージのあるその催しは、私には何だか合わない気がした。

まだまだ先の話なので、とりあえずは保留にしておこう。