軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

04 アッシュバトン辺境伯

私は特に何もしていないけれど、バルシャイン王国とレムレスト王国の開戦は回避できた。向こうの王位継承争いのために戦争に巻き込まれてはたまらないのでこれで一安心だ。

さて、やることもやったことだし家に帰ろう……と思ったが本題がまだだった。うちの国も第二王子派なるものが出現しているらしいが、今はそんなことはどうでもいい。

アッシュバトン辺境伯つまりはパトリックの父、私の義父になるかもしれない人に挨拶に来たのだ。非礼があってはいけないし、非常識な所を見せてもいけない。私はリューと一緒に空からダイブしたくらいだから、まだセーフだろう。

ライナスがいなくなって三人だけになった天幕の中、私は咳払いをしてスカートの両端をつまみお辞儀をした。身体能力は無駄に高いので姿勢の良さには自信がある。

「改めてご挨拶を。ドルクネス伯爵家当主、ユミエラ・ドルクネスでございますわ」

パトリックの視線が痛い。無茶なことに挑戦する子供をそれも経験だろうと見守る顔だ。しばし固まっていた辺境伯は困った顔をパトリックに向けた。

「……ええと、これは?」

「ただの挨拶です。ユミエラはまだ普通の令嬢路線で通すつもりなので」

こらパトリック、私の作戦をバラすんじゃない。今までは完璧だったじゃないか。どこからどう見ても、完璧な淑女だ。空から降ってくるのも女の子っぽくてよろしい。

「ああ、なるほど。パトリックの言っていたことがやっと分かった。本当にざんね……良い子なんだね。ようこそアッシュバトン領へ、ユミエラ嬢……ドルクネス伯爵と呼んだ方が良いかな?」

おお! どうやら作戦は成功したようだ。お義父さんが柔らかく微笑みかけてくれた。パトリックはそんな笑い方はあまりしないので新鮮に感じる。歳をとったら彼もこんな感じになるのだろうか。

「ユミエラで構いませんわ」

「……普段どおりでいいんだよ?」

「どういうことでしょうか? わたくし分かりませんわ」

「ユミエラやめろ、寒気がする。父上を欺くのはもう無理だ」

作戦は失敗だったらしい。しかし欺くというのは人聞きが悪い。取り繕う、くらいにして欲しい。それでもイメージは悪いが。

猫被りは初めから見破られていたと思うと少し気まずい。私が目を泳がせていると、辺境伯は言った。

「パトリック、撤収の準備を頼む。軍の指揮権を一時的に移譲しよう」

パトリックは二つ返事で天幕の外へと出ていく。待って、二人きりってすごい気まずい。

しかしそう思っているのは私だけのようで、辺境伯はまた柔らかな微笑みを浮かべる。戦場にいたときは精悍な指揮官というイメージだった彼だが、今では優しいお父さんのようだ。

「ユミエラ嬢……でいいかな? いつも息子が世話になっている」

「い、いえ! パトリックさんには私のほうがお世話になっています」

私は腰を直角に曲げて言う。パトリックは私の様子を書いた手紙を実家に送っていた。パトリックが死にかけたアレもパトリックがキレたアレも、辺境伯には筒抜けなのだ。もうごめんなさいするしか道は無い。

「そんなに固くならないで。でも折角来てくれたのに悪いね、私はしばらくここに残らなくてはいけない。またレムレストの連中が来るかもしれない」

「やっぱり滅ぼします?」

「ユミエラ嬢が言うと冗談にならないから止めてくれ」

私を制止する辺境伯の表情と雰囲気はパトリックにそっくりだった。前にも似たようなやり取りをパトリックとしたような……それも複数回。

「レムレストが攻めて来ることは今まであったのですか?」

「小競り合いは頻繁に。この規模で来られたのは十年以上無かったがね……ユミエラ嬢が来てくれて助かった」

十年前にはあったということか。パトリックの地元は意外なことに修羅の国だった。

しばらくは辺境伯も前線の砦に駐在するらしい。来るタイミングが良かったのか、悪かったのか。

「やはり出直した方が良いですよね? あの、えっと、例の件についてのお話に伺ったのですが」

「ああ、婚約の話だね」

「……まあ、はい」

婚約、つまり結婚の約束、未だに実感が無い。私とパトリックが恋人同士だというのは間違いない、と思う。誰か恋人の定義を教えてください。

「もう同居している状態なのだから婚約どうこうって話は今更なんだけどね」

「いや、別に何かあるわけではなくて、パトリックが勝手に付いてきただけでして」

驚愕の事実が判明、私とパトリックは同棲していた。

私調べでは、同棲をきっかけに別れるカップルは多い。一緒に生活をすることで相手の嫌な部分が見えてしまうからだ。

別にワンルームに二人で暮らしているわけではないので、そんなに私生活的なズボラさは露見していないはず……だと思う。

走ったときの風圧で髪を乾かしたりもしていないし、胃袋に入れば一緒だとメインとデザートを交互に食べたりもしていない。パトリックが来てからは。

あ、頭から火が出そう。ついでに顔からも火が出そう。爆炎のユミエラが爆誕するかもしれない。それもこれも、目の前にいるパトリックのお父さんの爆弾発言が原因だ。

彼は気遣うように言う。

「大丈夫、パトリックが押しかけたというのは分かっているから。婚約は認めるよ、むしろ大歓迎だ」

「そうですよね……え!?」

そんな簡単に決めちゃっていいの? てっきり保留になるものだと思っていたので、念を入れて確認する。

「いいんですか? そんなすぐに決めてしまって」

「まあ、パトリックから前々から聞いていたことだしなあ」

パトリックは裏で色々と進めすぎだ。外堀を埋めるつもりか? 別に逃げたりしないのに。

こうして私はパトリックの正式な婚約者になった。あっさりしすぎていて、実感は何一つないけれど。

「私はもてなせないけれど、二人は家でゆっくりしてから帰るといい」

「はい、ありがとうございます」

一安心した私に、辺境伯は怖いことを言う。

「ただ、妻にだけは気をつけてくれ」

パトリックのお母さん、危ないの?