軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5-23 建築・園芸・人形・数学

◆5-23 建築・園芸・人形・数学

翌日。王城に行くのは午後からなので、午前のうちにアーキアム邸に赴く。

パトリックは、私を騙して侯爵に協力するフリを継続しなければいけない。その関係で早めに登城して侯爵と打ち合わせをしている。

エレノーラちゃんは留守番。よって私は一人でアーキアム伯爵に会わなければいけない。

例の応接間に通されて当主と対面する。

向こうも用件は察しているようで、顔を曇らせていた。しばらく眠れていないのか目の下の隈も酷い。私は絞り出すように発言する。

「……昨日はご挨拶できずにすみません」

「パーティーに来ていただけただけありがたい。しかし……面倒なことになった」

「こちらの不注意ですのでお気になさらず」

「そうとも言い切れない。ドルクネス伯爵に協力を仰ぎ、大なり小なり承諾された時点で手遅れだった。当家の前例ができれば、誰も彼もが卿に縋るようになる」

あー、そっか。侯爵が面倒な策謀を張り巡らせなくとも、似たような事態に巻き込まれていたのか。

残念だけど、彼には役職を諦めてもらうしかない。

重い空気の中、お互いに頭を下げつつ謝り合う。

「申し訳ありませんが、もう私にはどうすることも」

「こちらこそ、厄介事に巻き込んでしまい申し訳なかった」

これ以上会話を続けても、お互いに落ち込むだけだろう。

お暇しますと言うタイミングを計っていると、第三者の声が耳に入る。応接室に控えていた家令のケヴィン……伯爵家の方の腹黒お爺さんが言う。

「お待ち下さい。侯爵様の企みは阻止できるのでしょうか。来る会議にて議題自体が出なければ、ドルクネス卿を支持する声も増えましょう」

「ああ、それは大丈夫です。パトリックが……」

気に病む必要はありませんよという意図で私はパトリックの動向を喋りかけたが、ハッと気づいて口を閉じる。

ケヴィンがにっこり笑ったのを見て、余計なことを言ってしまったと悟る。

「プライナン侯爵様はドルクネス伯爵を反主流派の頭に据える計画に変更したと聞き及んでおります。ならば最適解は会議で何も言わぬこと。しかし、伯爵様は問題ないと仰る。もしやパトリック様が侯爵様に協力すると見せかけて――」

まずい。こっちにも目的のためなら良心が痛まないタイプの人間がいるのを忘れていた。

出所不明の情報であろうと、侯爵がパトリックに疑いを持ったら終わりなのだ。彼は会議で黙っているだけで70点の成果が得られる。私に公式で伯爵を助けさせ、100点満点にしようとするからこそ、何とかなりそうになっているのに。

あっちの腹黒爺さんは一つでも違和感があれば満点を諦め、堅実な選択をするように思える。

ここには私一人。パトリックの助けも望めない状況でどうする? 畳み掛けてくるケヴィンの言葉を聞きながら考えていると、部屋の外から誰かが入ってきた。

開かれたドアの向こうに立っていたのはプラモデルの同志、ドロシアだった。私と同じようにインドア派で物静かな彼女は、声を荒らげる。

「もうやめて! お父さん、ケヴィンを止めてよ!」

「ドロシア、大人の事情に口を――」

「そんなに中央貴族でいることが大事なの!? エレノーラ様にもユミエラさんにも散々迷惑をかけて、護国卿なんて何の役にも立たない役職を守るのが大事?」

ドロシアは父親に詰め寄り、一気にまくし立てる。

あの、家族喧嘩は私がいないときにやってくれませんか? 願い虚しく、父親はムッと表情をしかめて言い返す。

「俺が役職を維持するためどれだけ苦労したか。お前も知っているだろう!?」

「どうしてそこまでして地位に縋り付くの!?」

父と娘の言い合いは更にヒートアップする。ケヴィンさんも黙ってないで止めてよ。

「なっ……!? お前のため、お前にいい嫁ぎ先を用意するために地位も金も必要だったんだぞ。親心を踏みにじるな!」

「私はいい嫁ぎ先なんていらない! 人形を作って暮らせればそれでいいのに!」

「またお前は人形か。王都で暮らせなくなるかもしれないんだ、分かっているのか!?」

「領地で暮らすのも構わない。王都に執着しているのはお父さんでしょ!?」

「そんな訳あるか。俺だって領地の広い土地で、新しい工法の耐久試験がしたい!」

そこで会話は途切れたが、彼らは睨み合ってどちらも引く気配が無い。

策謀渦巻く王都より、領地で自分のやりたいことに専念したいという気持ちは理解できる。二人ともそれだけは譲れないのだろう。妥協できない一線を守るため両者は舌戦を……。

あれ? 言い合う必要、ないよね?

今にも口喧嘩は再開しそうなので、私は念のための確認をした。

「護国卿が必要な方います?」

当然の疑問を投げかけられた親子は私に顔を向ける。

そして、再び互いに顔を見合わせた。

「いらないな」

「いらないね」

少し前の威勢は消え去っていた。

あれれと首を捻る父と、ポカンと口を開ける娘。役職必要なしという共通見解が信じられない様子だ。

しばし沈黙。

アーキアム伯爵は思い出したように言った。

「息子だ。……息子に中央貴族の地位を遺さなければ」

「お兄ちゃんこそ、一番いらないと思ってるでしょ」

「あー、建築の役に立つからと三角関数を教えたのが間違いだった」

「お母さんは……暖かい時期はずっと領地にいるもんね」

「花の面倒を見なければいけないから仕方ない」

この家族、貴族らしい感性の人がいないぞ。

親子喧嘩の熱気が冷めたどころか、温度がマイナス域に突入した。誰も口には出さないが、私も含めて皆が考えていることは一つ「今までの苦労は何だったんだ?」。

父は子供の将来を想い、中央貴族の地位に固執していた。

娘は父の考えを尊重していた。

他の二人も、まあ、似たようなものなんだと思う。

最終的には護国卿を諦めるしかないので、良いちゃぶ台返しだ。……良くねえよ、私がどれだけ己の信念を曲げたことか。

何もしない卿を守るために動いた全ての人に謝ってください。ケヴィンさんも変な家族に振り回された被害者だったのかも。腹黒とか思ってごめん。

ケヴィンさんも嫌味の一つくらい言ってくださいよ、と思っていると本当に彼は発言した。

「お待ち下さい。護国卿はアーキアム家に代々受け継がれてきた重要な役職であります。先代からも先々代からも、何としてでも守り抜くよう仰せつかっております」

この腹黒、余計なことを。ちゃぶ台も手の平もひっくり返りの連鎖が止まらない。

一蹴されるかに思われた老齢の家令の言葉を、アーキアム伯爵は重く受け止めていた。

「それは……その通りだ。父や祖父、先祖の意思は受け継がねば……ならないのだろうか?」

お父さん、そんなこと気にしなくていいんですよ。

私が口を挟む前に、ケヴィンは語調を強めていった。

「アーキアム家の当主であるなら、当主らしく決断をしてください。死んだ先祖の意思と、今を生きる家族、どちらが大事かハッキリ決めて、命令すれば良いのです!」

「私は歴代の意思も尊重したい。しかし私は……俺は、家族と自分を優先したい!」

よしっ、言い切った! 偉いぞパパ!

優柔不断オーラを出しまくっていたから心配だったんだ。

宣言の直後ではあるが、何をそんなに気にしているのか、彼は再び不安げな口ぶりに戻る。

「……父は怒るだろうか?」

「由緒正しきアーキアム伯爵家において、その偉大なる当主様に逆らえる者など、いようはずがございません。使用人一同、命令に従い本拠地を王都から領地へと変える準備をいたします」

ケヴィンは腰をキッカリ直角に曲げて礼をする。

顔を上げたとき、彼は本当に嬉しそうに笑っていた。そして言う。

「だいぶ遠回りをしてしまいましたね。……ドルクネス伯爵も、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「人を巻き込むな。最初からお前が言え」

私は感動的っぽい雰囲気に流されたりしないので、普通に悪態をついた。口調も崩れてしまった。おしとやかなイメージが台無しだ。

伯爵やドロシアは泣きそうな顔をしている。伯爵とケヴィンのやり取りは、先祖代々の悲願と決別するため、憂いなく護国卿を手放すため、必要不可欠だったのだろう。共感できないし、私を巻き込むなって話でもある。ケヴィンだけこの落とし所を見据えていたはずだけど、我が家に本件を持ち込んだのも彼だ。私は体良く利用されていた。

迷惑料として、この部屋にある高そうな調度品をいくつか持って帰ってもバチは当たるまい。

成金趣味の応接間を見回して、ミニチュアの家に目が止まった。似たような模型が廊下にも飾られていたな。屋敷の模型……王都に来る前にも話題になった記憶がある。

「もしかして、アーキット商会って?」

「そうだ。私が若い頃に興し、大きく成長させた。お陰で伯爵家の借金も返せたし金銭面での苦労はしていない」

「あ、うちでもお世話になってるみたいで、ありがとうございます」

丸太運搬に行ったとき、アーキアム領のアーキット商会って紛らわしいと思っていたが、名前は似ていて当然だった。社長がそのまま領主なのだから。もう少し捻ったネーミングをしてよ。

お父さんが建築家? 設計士? 名称は分からないけれど、図面を引いたりする人なのだと思う。

「CADってあります?」

「キャド?」

「ナンデモないです」

伯爵は置いておくとして娘ドロシア……あの人形部屋は趣味の域を超えていた。私も相当に趣味人間だと思うけれど、ハマるゲームのジャンルは結構違っていたし、他の趣味もあった。あれ一本に打ち込めるのはある種の才能だと思う。

それで、お母さんは領地にいると。花とか言っていたが、この雰囲気だと園芸とかってレベルじゃないんだろうな。

息子さんは……なんだっけ? 私はドロシアの顔を見て言う。

「お兄さんは何を?」

「算術? 数学ですか? 部屋に引きこもってずっとやってるんです。師匠みたいな方もいるんですけれど、手紙でしかやり取りしてないみたいで」

「なるほど」

この世界、数学は結構進んでいるんだよな。三角関数とかは普通に出てくる。

学者が一般に知識を解放しないというか、学術書を出版するみたいな概念が希薄で研究成果を内々で発表しあって満足しているようで、あまり実感はしづらい。

数学ね。私の天敵だ。

お兄さんにはオイラーの等式を教えようかな。0と1、円周率πに虚数i、それと自然対数の底を表すe。数学のあらゆる要素が一つずつ入った宇宙で最も美しい等式。

……んで、自然対数の底って何だろう。前にwikiで読んだけど理解できなかったぞ。

説明を求められても困るので言わないでおこう。

まあ、そんな訳で、私が侯爵とやりあった諸々は全て無駄だと分かったわけだ。

散々頭を悩まされたが、悪い気はしなかった。これから王城で起こる後味の悪い撤退作戦が、ただの徒労で済むものに変わる。

全員が我が道を突っ走る家族は、見ていて気持ちがいい。

私の内心を知ってか知らずか、ケヴィンは私の顔を見て笑う。

「素敵な家族でしょう?」

お前は許さないからな。