軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5-22 パトリックが裏でやってくれました

◆5-22 パトリックが裏でやってくれました

前にお酒を飲んだときは、いつもと違う言動をしてしまい、味もあまり好きじゃなかった。だからこそ、あれ以来一滴も飲んでいなかったのだが、あのときはフワフワとした楽しい気分だったと記憶している。

しかし、今はすごい気持ち悪い。一気飲みがいけなかったのか、苦手な炭酸が悪さをしているのか。

馬車から倒れるように降りた私は、悪酔いを紛らわせるためしばらく夜風に当たることにした。

軽く跳躍して屋根に上り、ヒールでバランスが取りづらい分は筋力で強引に解決する。ドレスでこんなことするんじゃなかった。汚したくないので座ることも出来ない。

後悔しつつも夜空を見上げていた。雲の切れ間から三日月が見え隠れしている。

つい先日、月面旅行を企てて宇宙に行ったときに見えた気がしたものを探して、目を凝らす。

足首が変な方向に曲がった不安定な姿勢のまま、しばらく月を睨み続ける。

ただの月しか見えなかったが、だいぶ酔いも冷めてきた。そろそろ降りようかと思っていると、屋敷の横に馬車が止まる。正門前ではなく塀の前とは怪しい。見慣れぬ家紋のそれを観察していると、中からパトリックが降りてきた。

彼は徒歩で正門まで移動して、何食わぬ顔で屋敷に入ろうとした。

「こっち」

声を聞いて私に気がついたパトリックは、跳んで屋根まで来た。

「ドレスのときくらい、お転婆は控えたらどうだ?」

「屋根に登るのはお転婆の範疇なんだ」

「一回のジャンプで登るのはお転婆を超えている気がする。……待っててくれたのか?」

「…………うん。パトリックが無事に帰ってくるまで心配で。ついでに酔い覚まし。それと月の観察」

「そっちか。酔いは覚めたようだが、月観察? また行くつもりか?」

「しばらく宇宙旅行はいいかな。前に行こうとしたときに見えた物がないかと思って観察してた」

「月に何かあるのか?」

「旗っぽい物があった気がしたんだけど。見間違いかも」

あのとき、大気圏突入を敢行する直前、月を一瞬見上げた。旗っぽいフォルムの物が見えたような、見えなかったような。じっくり観察する暇もなく大気圏突入が始まってしまったので、だいぶ曖昧だ。

宇宙に行ったとて、私は惑星付近の衛星軌道までしか行っていない。地上と比べて月の見え方がそこまで変わるわけでもないし、やっぱり見間違いかな。

パトリックも月を見上げる。

「ここからでは見えないな」

「たしか……兎の顔あたり」

「前にも言っていたが、月の兎とは何のことだ?」

「月の模様があるでしょ? あれが餅をついてる兎に見えるって日本では言われてるの」

「ユミエラのいた世界の伝承か。それで、月の模様とは?」

いや、だから説明したじゃん。あの模様は餅をついている兎に……見えないな。ここが耳でここに杵と臼があって、と図解で説明されなければ到底兎には見えない。

また今度に絵を描いて解説するとして、今はそれどころではない。

月の兎よりずっと重要な件についてパトリックに尋ねた。

「兎はそのうち絵で説明する。それよりプライナン侯爵はどうなった?」

「どうにかなる……はずだ。明日は王城に出向く必要があるが、過激派の盛り上がりは抑えられる」

すげぇ。あの場面からの交渉でどうやったんだ?

一時はどうなるかと思ったが、パトリックが全部やってくれた。不注意の尻拭いばかりしてもらって申し訳ない。

「一人で行っちゃってごめん。私自身は失うものがないと思ってたから、プライナン侯爵と話しても問題ないと思って」

「俺も事前に気づけなかったし仕方ない。ユミエラが機転を効かせて時間を稼がなければ、今ごろ過激派はドルクネス派になっていたかもしれなかった」

本当に恐ろしいこと言う。もう侯爵の目的がユミエラ派を作ることにシフトチェンジしてたからね。野心の無いリーダーに、野心と反発心を持った人たちが集まるのは、やっぱり色々とやりやすいのだろう。

しかし、パトリックの交渉の成果で侯爵は諦めてくれたようだ。よかったよかった。

「よく諦めてくれたね。何を言ったの?」

「プライナン侯爵はまだ諦めていない。俺はむしろ、彼の後押しをしてきた」

「どゆこと?」

全然解決してないじゃん。ポカンとしたまま私が尋ねる。

するとパトリックは、都合が悪そうに目を合わさないまま口を開いた。

「ユミエラは政治に関わる意思が無い。だが俺は違う。独立性を維持してきたアッシュバトンにも限界は来るはずで、備えるために中央での地位を確保しておきたい。王族と近づき過ぎず、中央での発言権を高めるのには、かつてのヒルローズ公爵のポジションが理想だ。烏合の衆でも数がいれば構わない。だから俺はユミエラを言いくるめて、なし崩し的に派閥を形成する」

はえー、そんなこと考えてたんだ。

辺境伯領の都合で、婚約者に利用されちゃったぜ。私を言いくるめることまで言っちゃって、パトリックったら悪事に慣れてないんだから。

……なんてことはあり得ないので、彼の言葉の続きを代弁する。

「……と、プライナン侯爵に言ったのね。その後は?」

「ユミエラが帰ってパーティー会場は曖昧なまま終わってしまったので、明日の会議で改めてドルクネス派が出来るように仕向ける。具体的には、プライナン侯爵が護国卿の廃止を訴え、ユミエラが異を唱える。陛下の前でアーキアム伯爵を庇えば、彼がユミエラの庇護下にあると誰もが理解するだろう」

「……そういう手筈だと信じているプライナン侯爵の陳情に対して、私が反応しなければ解決」

「その通りだ」

なるほど。私が詰みだと考えていたのは、プライナン侯爵は行動を起こさずとも目的を達成できるからだ。黙っていれば、私がアーキアム伯爵を守ったという噂だけが残る。

そんな状況でパトリックは、噂を確定事項にするよう働きかけたのだ。

侯爵は私の反論待ちで伯爵を追い詰めて、しかし反論はされない。ユミエラ・ドルクネスは過激派貴族を助ける気など無いことが、公的な場で明らかになる。

「侯爵はよく信じてくれたね」

「打算無しでユミエラと婚約するはずがない……と彼は考えていたようだ」

あー……。パトリックが野心を出すのは想定内というか、予想通りだったんだ。

じゃあ残るのは見捨てられて役職を失うアーキアム伯爵だけだ……あー、そうなっちゃうのか。

「アーキアム伯爵は?」

「残念だが……。ユミエラにアーキアム伯爵だけでなく過激派全体を助ける気があるのなら、止めはしない」

アーキアム伯爵、すまん。役職は諦めてくれ。何もしない卿なんて無くても困らないって。

軽い調子で謝れたら楽だけど……気が重いなあ。王子の件があってからパーティー会場に乗り込むまでに会わなかったのは幸いだろうか。本人を前にして大見得切っていたら余計に謝りづらくなっていた。エレノーラちゃんも悲しむだろうし……憂鬱だ。

そのとき、パキリと音がした。心が折れる音って本当に鳴るのかな? 視界も傾いてきて……。

「あ」

足元を見れば、ヒールがポッキリと折れていた。この音か。

傾いた屋根に無理して直立していたせいで、負荷がかかっていたのだろう。

このままだと転げ落ちるのでパトリックに向かって手を伸ばした。彼は私の手をしばらく不思議そうに見つめて、手遅れになる直前になってから掴む。

「ギリギリを攻める必要あった?」

「自分だけでどうにかすると思った」

「あまり派手な動きができる服装じゃないから」

「分かってるなら屋根に登るな」

こういうやり取りはいつもは楽しかったりするのだが、今は全く楽しくなかった。

明日に控えた御前会議、その前にアーキアム伯爵に謝りに行かないといけない。

彼らの家族は領地暮らしの地方貴族になる。せめてもの償いとして、領地の楽しみ方を教えてあげよう。アーキアム領にもダンジョンが一箇所あったはずだ。十階層程度の微妙なダンジョンだったはずだけど……あ、高速周回の魅力を伝えるには丁度いいかもしれない。

それに加えてエレノーラを送り込もう。ドロシアとはまあまあ仲良しだし、あのお嬢様がいると場の鬱指数が大幅に減少する。エレノーラも楽しいはずだ。

よおし、案外悪くないぞ。パンチどーん! 魔法どかーん! で解決できない問題は苦手だけど、レベル上げを応援する分にはどーんどかーんが役に立つ。

変に拗れてしまった護国卿を巡る争いは、明日いよいよ決着する。