作品タイトル不明
第24話 凍結された選定
「ラングフォード公爵令嬢への告発には、根拠を認めない」
アマーリエ・ローデン法務官は、王妃府裁定室の中央で明瞭に読み上げた。
初秋の朝だった。高い窓から入る光は盛夏よりやわらかく、長机に置かれた公文書の封蝋を静かに照らしている。私はセルヴァン院長の隣で、両手を膝へ重ねて座っていた。反対側にはヴァレリア・エルンスト侯爵夫人と代理人、少し離れた席にはセシリアが法務官付きの同席者として座っている。
父は後列で見守っていた。ミナは室外で待っている。ノエルは薬務の記録責任者として、私の隣ではなく証拠担当者の席にいる。
誰も私の代わりに名誉を受け取ることはできない。その場へ自分で座っていることが、私には必要だった。
法務官は、告発の根拠が崩れた理由を簡潔に述べる。二地点の未開封採取、同一系列の汚染、検品免除申請、基金許可による迂回搬入。私が薬を混ぜたという訴えは、現存する記録と両立しない。
書記が、私へ正式な嫌疑撤回通知を運んだ。
受け取る時、紙がわずかに震えた。私の手が震えているのか、書記の手なのか分からない。封筒には王妃府の紋章があるが、候補推薦状のような香りは付いていなかった。乾いた紙と蝋の匂いだけがする。
「受領いたします」
声を出すと、喉に何も詰まらなかった。
通知書の本文には、私がいつ汚染を発見し、どの記録によって告発が退けられたのかが簡潔に記されていた。罪はなかった、とだけ言われるのではない。私が正しい手順で薬を止めたことまで、公の文書へ残されている。
前の人生で私の名に結び付けられたのは、毒を入れた候補という言葉だった。今、私の名は安全を守った助手として記される。
ヴァレリアの代理人が立ち上がった。
「侯爵夫人は、あくまで患者への薬を途切れさせぬために動かれました。検品免除申請は制度上認められた申請であり、申請したこと自体を権限濫用と扱われては、今後の慈善活動が萎縮します」
ヴァレリアも、席に座ったまま静かに続ける。
「わたくしは一人でも多くの患者を救いたかっただけです。商会が不正を行ったのなら、わたくしも欺かれた被害者でございましょう。選定についても、若い令嬢に国へ尽くす心構えを教えたにすぎません」
前の人生であれば、その声にまた迷ったかもしれない。人を救いたいと語る彼女と、私一人の訴えのどちらが重いか、考えて黙っただろう。
アマーリエは感情を返さず、文書を一枚めくった。
「申請制度の存在は否定しておりません。問題は、同商会の供給品に汚染が確認され、確認手順が明確に存在する中、その手順を省く申請を提出したことです。さらに、薬草院が承認しなかった後、同系列品が基金許可で施療所へ搬入されています」
代理人が言葉を挟みかける前に、施療所の立会い記録が示された。
「慈善を継続するためであれば、薬草院が提示した代替供給案も審議できました。議事紙には、施療所側が安全確認を伴う案を支持した記録があります」
ヴァレリアの視線が、ほんの一瞬私へ刺さった。
私は顔を伏せなかった。勝ち誇るためではない。私の決断を、彼女の表情で揺らさないために。
アマーリエは処分の項へ進んだ。
「危険の継続を防ぎ、最終審査の公正を保つため、エルンスト侯爵夫人の王宮施療基金理事長職、および王太子妃候補選定委員職を、本日より停止します。ベレス薬材商会との基金契約は停止し、在庫品は法務管理下で隔離します」
室内の空気が少しだけ動いた。セシリアが膝の上の手を握り、父が後列で目を閉じる。
「また、選定委員が推薦予定者へ証言を求めた文書が提出され、現体制で公正な評価を継続できないため、現年度の妃候補選定手続きを一時停止します。登録前の辞退申出は本人の権利として受理を妨げません」
セシリアの肩が、はっきりと下がった。彼女が降りる道まで閉ざされないことを、私も聞き届けた。
ヴァレリアは姪の方を見なかった。代わりに代理人へ何かを囁き、新たな弁明を整えようとしている。その姿に、突然崩れ落ちる悪人の分かりやすさはなかった。きっと彼女は最後まで、自分が守ろうとした家と名声のためだったと言うのだろう。
だから、私も怒鳴って勝つ必要はない。彼女が再び同じ権限を使えないことが、今は重要だった。
「最終的な解任、賠償、制度改定については、基金帳簿と関係書類の審査を経て、監査評議会の勧告後に公示します。暫定処分は、今止めるべき危険と権限を止めるためのものです」
侯爵夫人が処刑されるわけではない。今日ここで全てを失うわけでもない。けれど、彼女はもう基金の薬箱を動かせず、候補令嬢の声を預かることもできない。
私が死んだ道を作った二つの権限は、今、同じ書面で止められた。
裁定の後半では、代替薬供給の再開が報告された。セルヴァン院長が立ち、安全確認済みの月白草を用いた調薬が各施療所へ届き始め、追加検品と複写帳による記録を継続すると述べる。
配布係が持参した箱の見本には、鑑定印、調薬印、受領番号がすべて揃っていた。
敵の職務停止より先に、その箱を見て涙が出そうになった。薬を止めた日から、私は誰かが待っていることを忘れられなかった。正しい薬が届くなら、私がここへ立った意味はもう一つ確かになる。
裁定室を出たところで、父が歩み寄ってきた。
「オフィーリア」
父は続ける言葉を探し、結局、私の持つ嫌疑撤回通知へ目を落とした。
「守れなくて、すまなかった」
「お父様が、私を罪にしたのではありません。今、私が選ぶことを認めてくださっている。それで十分です」
父はすぐには頷けない顔をした。それでも、私を王宮へ戻すべきだとは言わなかった。
セシリアも、法務官に伴われて退出してきた。彼女の辞退届は法務室で受領され、家長確認については侯爵家の代理人と別に手続きを進めるという。
「オフィーリア様、私も登録をしないまま、ここから出られます」
「ええ。これからのことを、ゆっくり決めてください」
私たちは友人と呼べるほど互いを知らない。それでも、誰かに選ばされる道へ戻らないことだけは、同じ場所で確かめられた。
薬草院へ戻ると、職員たちは盛大な祝いを用意してはいなかった。調薬室は忙しく、リュシーは代替薬の受領印を押しながら、私を見つけると片手だけを挙げた。
「お帰り、オフィーリア助手。印の確認を一つ手伝ってくれる? 安全な箱が一度に増えて、こちらはこちらで大騒ぎなの」
その頼まれ方が、何より嬉しかった。
「もちろんです」
私は撤回通知を文書箱へ収め、手袋を換えて受領卓へ立った。ノエルが少し遅れて戻り、私がもう仕事を始めているのを見ると、苦笑した。
リュシーが赤い受領印を私へ渡す。
「今日は真っすぐ押してくださいよ。名誉が戻った日に斜めでは、格好がつきません」
「初日に斜めだったことを、まだ覚えていたの?」
「記録係ですから」
思わず笑ってしまった。朱肉を付け、鑑定印の揃った箱の受領票へ印を下ろす。今度はきれいに中央へ収まった。日々の仕事が続くことが、どんな祝辞よりも私を現実へ戻してくれる。
「本日は休む選択もあります」
「知っています。けれど、この箱の印は見たいのです」
彼は止めず、検品票をこちらへ回した。
作業が一段落した夕刻、院長が私を呼び、王妃府から届いた別の封筒を差し出した。
「嫌疑が撤回されたあなたへ、王宮薬務補佐として働く意思があるか、打診が届いています」
名誉を戻すという名目で、再び王宮の扉が開く。
私は封筒を受け取ったが、すぐには開かなかった。
王宮に認められたからこそ、王宮へ戻らないという答えも選べる。封筒の重さを手に測りながら、私は白樺小邸の薬草園を思い浮かべていた。