軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12. 帰途

その日、秋人は初めてのスケッチを完成させた。

ホテルが用意してくれたパラソルはデッキなどでテーブルに挿して使うものだったが、秋人は直接岩に穴を空けて力技で差し込んでいた。

「日陰って快適」

今日は売店で買った帽子もかぶっているし、こっそり収納魔法で冷たい飲み物もたくさん持ってきている。一人で描いているので魔法を使ってもバレないことはありがたかった。こうやってちょっとずついろいろな事を覚えていくのだろう。

ふと、また視線を感じた。合宿初日に感じた視線だ。てっきりあの黒衣の少女だったかと思っていたが、どうやら違うらしい。

遠く、崖の上に一際小さな人影がこちらを見ていた。

秋人も、視線を向ける。

なぜか、懐かしく、それと同時に厭わしい気持ちがこみあげてきた。

喉がつまるような緊張感が走る。

手に力を込める。

魔法を顕現させ、爆発させるための溜めを取る。

「如月くん!」

不意に美香が自分を呼ぶ声がした。一瞬視線を外した隙に、人影はもう見えなくなっていた。

辺りを覆っていた緊迫した空気はもうない。少しだけほっと胸を撫でおろす自分がいた。

「そろそろ片付けて!帰る時間だよ」

「分かりました!」

秋人は大きく返事をする。彼女の声は現実を呼び起こす。今は自分があれほどまでに希求した「普通」の生活の中にいることを教えてくれる。

あの黒衣の少女の遺体は、ギルドが素早く回収していた。調査の結果はおそらく薫には届くが自分までくるかは分からない。

「早く大人になりたいなぁ」

と秋人はぼやく。いつまでたっても子供扱いじゃあ、全然薫の役に立てないではないかと。

チラリと浜辺を見る。そこには美香と華と輝美がわいわいと片づけをしている様子が伺えた。

彼の大事な先輩は1歳年上で、大人びている。いつも見ている制服姿ではない、白いワンピースの裾がひらりと目に焼き付いた。

「早く大人になりたいな」

もう一度、声を少し大きくして呟いた。その気持ちが何か秋人はよくわからなかった。

ホテルの一室では帰り支度をしているところ、薫は電話にでている。当夜は黙ってそれを聞いていたが辛い。

「はい、はい。分かりました。ご苦労をおかけします」

電話にでている薫の声が冷たい。当夜は胃がキリキリと痛んだ。

『では、その黒い迷宮核の燃えた跡もこちらで解析しますので、ホテルに預けておいてください』

「承知しました」

声が硬い。ものすごく他人行儀だ。

『あの…神崎先生、その…』

電話の向こうの後藤の気持ちを思うと、当夜は居たたまれない。

「先生!」

思わず咎めるような声を上げる。「大人気ないっすよ」と小さく付け加えると、薫は一つ舌打ちする。

「今度、私をダシに秋人に依頼を受けさせたら許しませんよ」

電話の向こうの相手に向かって薫はそう告げた。

「私に緊急招集をかける時は、秋人がいないタイミングでお願いします」

薫の言葉に後藤は

『わかりました。』

と告げた。

しかし、もしもどうしても必要となれば後藤はいつでも汚い手を使うだろう。彼はギルドマスターで、すべての 探索者(シーカー) に責任をもつ男だ。そういう相手を絶対の味方だと慕ってしまった自分が悪いのだと薫は分かっている。そういうものだとあっさり認めている秋人の方がよほど大人である。

自分はどうもあの年代の男性に脇が甘い。きっと師匠を思い起こさせるからだろう。

薫は一つため息を付いて、気持ちを切り替えた。

「そういえば、後藤さん…赤城ってどこのダンジョンにいるんでしたっけ?」

『は?』

電話の向こうの相手の困惑をひしひしと感じる。当夜は顔を覆った。

「あの人、死なないんですよね? 雷神の雷鎚(トールハンマー) の練習台に丁度いいかなって」

『何かあったんですか?』

「ふふふ…何も…ないです」

『何か新しい罪状が出たんですね。秋人くん関連で』

「黙秘します。彼のいるダンジョンだけ教えてくれればいいです」

『巨福呂坂ダンジョン。朽木一族が長年管理しているCランクのダンジョンです』

「ありがとうございます」

電話の向こうでおそらく後藤も当夜と同じ顔をしているだろうことが、当夜にはひしひしと伝わってきた。

「お盆休みなんでね、当夜の故郷に行ってみるのも一興かな?」

薫は機嫌のよい声と裏腹に、悪魔のような笑顔を浮かべていた。

行きたくねえええええと当夜は心の底から叫んでいた。

「お世話になりましたー」

轟学園美術部全員でホテルスタッフに挨拶をする。ホテルのマイクロバスで駅まで送ってもらったのだ。いい塩梅にもうじき電車もくる。

きちんと皆と同じくらいの荷物を持って秋人は帰路に就いた。

「女の子、こんな重いのもって大丈夫なのかな」

と心配になるレベルだ。だいたいこれだと片手が塞がってしまうし、不便じゃないかと秋人は思った。突然モンスターが現れたらどうするんだと心配になる。

不意に雑踏に視線を感じて振り返った。

幼い12,3歳くらいの少女が笑っていた。

「いつかまた」

少女の唇がそのように動いて、その後すく人ごみに溶け込むように掻き消えた。秋人の手のひらにジワリと汗がにじむ。

「如月君、どうしたの?」

美香が不思議そうな顔を彼に問いかけた。

「なんでもないです」

笑って、駅へ向かった。