作品タイトル不明
21. しばしの安寧を
会見終了後、薫はぶっ倒れた。
秋人の言っていたことは本当で、ドクターストップを押して出てきたのだ。即入院で、病院に逆戻りである。
「すみません。リサさん。ご迷惑をおかけしております」
薫があやまるとリサは苦笑を浮かべた。
「だいぶ、術式が固定されたからもう大丈夫よ。それにしてもあの包帯はないわね。私の腕が疑われちゃうわ」
彼女の文句は最もだ。あれは薫がかなり重傷なので早く会見を終わらせろというアピールのための演出である。実際は包帯などは不要だし、見た目は完璧に治っている。
「すみません。秋人がどうしても会見を短縮しろってきかなくて」
との薫の言葉にリサは苦笑いだ。
「秋人くん、かなり怒ってたものね」
「ははは」
会見を開くことが決定した後、できるだけ騒ぎを抑えるために早く開いた方がいいという結論に達した時、ただ一人大反対したのが秋人だった。秋人は薫が完全に治ってからでいいと言い張ったのだ。そこでまた一悶着あったのだが、薫は自分の職業倫理を片手に押し通した。
「じゃあ、お大事にね」
とリサは笑って病室を出て行こうとしたが、ふっと振り返った。
「今回は私たちの過失分が大きいからあんまり言いませんけど、桜子をまた泣かしたら許しませんからね」
と釘を刺された。
アークのメンバーにとって、桜子はかけがえのない大事な仲間なのだ。薫が秋人を大切に想っているのと同じくらいに、彼女たちは桜子を愛している。そのことをこの男は知るべきだ。リサは美しい顔に笑みを浮かべていたが、次やったら分かってるんだろうな…とその目は言っていた。
「肝に銘じておきます」
と薫は深く頭を下げた。
今回のことで、アークエンジェルの特にヨナはかなり負い目を感じているようだが、薫としてはよかったと思っている。
ヨナが作為のないアクシデントとして少年の人影を如月秋人であると広言してしまった所為で、ある意味 救世来神教(エルミネイト) の策を潰すことができたからだ。
世の中に秋人があの『如月秋人』でもおかしくないと思わせる土台が出来た。
「怪我の功名ってやつだな」
救世来神教(エルミネイト) のことを彼女たちに話して巻き込むわけにいかないので、直接感謝することはできないが、近いうちに何か礼ができればいいなと薫は小さく笑った。
結局、秋人の顔は出ずじまいで、学校や家の周辺にマスコミが押し寄せたりなどということはなかった。会見に臨んだ記者たちは、微妙なラインの記事を書き、テレビ局はあれほどあちこちで「如月秋人の正体は」などと特集を組んでいたのが、さっぱりなかったことにしてしまった。やはり自分の身は可愛いようである。
一応足並みを揃えたようで、あの猫耳キャップの 探索者(シーカー) はやはり如月秋人であること、皆が想定しているよりかなり若い青年で、両親の英才教育で年若いながらもハイレベルな 探索者(シーカー) であること、現在は学業のために休眠中だが、難しい案件の場合はギルドの要請の元、ダンジョンへ潜っていることなどがさらりと報道された。
「言論統制ぱねえな」
と智輝が週刊誌を広げて秋人に尋ねたが、
「だって薫は優秀な代理人だもの」
と秋人はにこやかに笑った。
たまに、何か言いたそうに教室の周囲をうろつく生徒もいるが、彼・彼女らも結局何も言うことなく去って行った。おそらく家族の誰かがマスコミ関係なのだろう。一応顔を見にきたということだろか。
秋人はもう別に顔を出してもよかったのだ。
多少騒がしくなってもクラスメイトは皆知っているし、美香はわかってくれている。
秋人は如月秋人という看板を背負う覚悟もできていた。正義の味方ではない、ただ一人の人間としてならその名前に責任をもてるだけの心構えもあった。でも薫は
「顔バレはできるだけ避けた方がいいと思う。まともに生活できなくなるぞ」
と主張した。
「秋人はイケメンだからな。変な女の子が押し寄せてきたら困るだろ?工藤さんも大変になるし」
との発言で、秋人の覚悟は淡雪のように解け、猫耳帽子着用での会見となったのだ。まあ、あの映像でも被っていたし本人だって分かりやすかろうということであの状態になったのだが。
「偽赤城がいつくるか分からないから注意しないとな」
と薫は警戒していた。自分の目玉と指を食べていた偽赤城はいずれ地下を狙ってやってくるだろう。対策を立てないといけないのだが、秋人は若干懐疑的だ。
「その人、完璧に真似できるのは食べたパーツだけなんだよね?」
「うん。キモかった」
と薫が顔を顰めて言う。
「ってことは左目と左の指先5本でしょ。絶対偽物だってわかると思うよ」
「そうかあ。赤城も先生もよく化けてたと思うけど」
という薫に対して、秋人は首を振った。
「僕は絶対に見分ける自信あるよ」
と嘯いた。
冬由は正式に薫の預かりとなった。 救世来神教(エルミネイト) から脱退するつもりなこと、秋人と暮らしたいこと、できる限り情報提供することなどをギルドに訴えて認められたのだ。後見人はなんとレオネアである。
「困ったことがあったらなんでも話してね」
と彼女は冬由に携帯の番号を教えていた。秋人も薫も苦笑を浮かべて二人を見守っていた。
どうやら彼女は日本で生活するつもりらしい。ブラフォードが半泣きで階下に住まわせてくれと頼んできたので、秋人と相談して薫は受け入れた。美香とはお隣さんだ。時々マヌエルの悲鳴が聞こえてくるようだが、それはまあ仕方ない。
さて、冬由は相変わらず窓のない部屋である。今度こそ薫は
「俺と桜子さんが同じ部屋になればいいから、桜子さんの部屋に移るかい?」
と尋ねていたが、冬由は頑としてあの部屋を変えるつもりはなかった。正直に窓がない方が安心するのだと話すと、秋人も薫もひどく複雑な顔をしていた。
「初めての私の部屋なの。できれば、このままあの部屋にいさせてほしい」
と頼むと、薫は大きく頷いて
「本人の希望なら仕方ないけど、もし気が変わったらいつでも言ってほしい」
と少しだけ熱心に言い募っており、隣で桜子は若干頬を染めていた。
冬由は明日から轟学園の中等部一年生に編入だ。勉強は秋人と薫が見てくれたし、色々と社会常識も一通り覚えた筈だ。(秋人の経験がおおいに役に立った)
「緊張するな」
ふうと息を吐き本棚の前に座った。クラス替えの時に憂鬱そうだった秋人のことを笑えないなとくすりと笑う。
冬由は普通の子供として暮らしたことがない。学校とか友達とかそんなものは縁遠いものだった。
それが今目の前にあることに戸惑いを隠せなかった。
「これから、どうしよう」
とぽつりと呟いた。
こうして、神崎家のメンバーはしばしの平穏な日々を満喫するのだった。火種はあるが、それなりに平和な日常だった。