軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10. 油断

渋谷セントラルスクエアの周辺は急遽立ち入り禁止となった。爆破予告は出されたが、具体的に何処とは指定がなかったので、とりあえず辺り一面封鎖である。休日の渋谷の中心街で人を移動させるのだ。警察や各店舗のスタッフなどが大慌てだ。

ただ、ダンジョンがいつ出現するかもしれない昨今、この手の避難には皆慣れているのだが。

「とはいえ、莫大な損失だな」

ビルの下で秋人と当夜の姿を見守っていた薫は冬由の視線を感じた。

「何?」

「いや、一緒に行かないの?」

「足手纏いだからね」

高層ビルの半ば、殆どとっかかりのない場所での戦闘である。瞬間移動できる秋人はともかく、当夜はどういう神経をしているのか、薫は理解に苦しむ。身体強化をかけていたとしても落ちればそれなりに痛いだろうに。

「俺は戦闘系じゃないから、あそこまで行くとしたら飛ぶしかないけど、俺はまだ飛行魔法は使えないんだ。擬似的に瞬間移動魔法を使うけど、ここダンジョンでもダンジョン圏でもないから、割と魔力食うんだよね」

と薫はため息を吐いた。そりゃあ付いていけるものなら付いていきたいが。

「冬由ちゃんは、飛べる?」

「多少なら」

魔法師は飛行魔法が使える者もいる。秋人はかなり飛べるらしい。康子も得意なのだそうだ。

飛行魔法は瞬間移動で飛ぶよりゆっくりで動きも滑らかだ。どちらかというと、飛行というより浮遊である。攻撃には瞬間移動の方が向いているが、単に浮きたい場合は圧倒的に飛行魔法の方が向いている。使用する魔力の量もまったく違うし、飛行魔法の方がお手軽だ。

「いいな」

と薫はため息を吐いた。本当に習わないといけない魔法が多すぎる。

「今度教えて」

「お前、私のこと何だと思ってるんだ」

と冬由は本気で悲しくなった。ここまで、敵だと意識されないと逆に辛い。

薫は気を取り直して二人を見上げる。

「まあでも、もしも当夜が落ちたら 瞬間移動(テレポート) で呼び寄せた方がいいかなって」

とはいえ、当夜は危なげなくビルの壁を登っている。念の為に出している杖を手持ち無沙汰に振ってみた。

「山羊みたいだな」

「ああ、アルプスアイベックスか。確かにな」

金子も上を仰見ながら、頷いている。

「猫耳だけどな」

「あれ、要るのか?」

秋人は例の認識阻害機能付きの猫耳帽子を念の為被っている。どこで撮影されるかわからないからだ。

「渋谷だからな。スマホ構えてる連中も多いだろう」

「まあ、仕方ないか」

と金子も納得したが、天下の如月秋人が猫耳だとそれこそ解釈違いが大量に発生しそうである。

上部に隠れている相手は、仮説だが人間の知覚を惑わす能力があるかもしれないので、一旦 片眼鏡(モノクル) は当夜に貸している。反対に、秋人はもう既に相手の魔力を感知できるように自分の視界を調整済みだ。薫にはもう見えないが、さっき確認した辺りに二人が到着した。

そこから本当にあっさりと曲者は逮捕できたのでほっと一安心である。

「一件落着か?」

「やけに、簡単すぎるな」

と薫と金子が気楽に話していた。

その時、薫はふと強い視線を感じた。

道路を挟んだ反対側。

薫はその相手を見て、声を無くした。

薫の尋常じゃない様子に金子も気がついて、薫の視線の先を見て絶句する。

「バカな…」

金子もよく知っている人物だ。

朝まで酒を飲まされた記憶は忘れ難い。豪放磊落とは彼のことを言うのだなと思ったことを覚えている。薫と二人、いつも楽しそうだった。

その彼が嗤っている。本物とは似ても似つかない笑い方だ。

嫌らしい、吐き気がするような醜悪な笑顔を浮かべている。

だが、彼は死んだはずだ。

他ならぬ薫の腕の中で。

金子が絶句している傍で薫が杖を掲げた。

「貴様…」

金子はガタガタと震えている薫に気がついた。

「よくも、よくも先生を!!先生の姿を!!」

緑色の魔石が激しく明滅する。30秒の魔力チャージを待つのも腹立たしい。

【雷神の雷…】

「よせ!神崎!街中だ!!」

金子が慌てて薫を抑えようとするが、魔力圧で近づけない。

「くそ!!」

金子が自分の被害覚悟で薫を抑えようとした時、上空から声が飛んだ。

「薫!!」

秋人が急降下してくる。薫の異変に気がついたのだ。

一瞬薫の意識が秋人に向かったのを幸いに、金子が薫に体当たりして地面に転がる。

「うわっ」

金子は極度の運動音痴故これしか方法がなかった。金子と二人、もつれるように転倒し、薫の手から杖が転がり落ちた。

「くっ」

あまりの不意打ちに、我を忘れかけていた薫も正気に戻った。

「すまん」

慌てて薫が立ち上がる。髪を掻き上げながら薫は大きく息を吐いた。あれが加藤のはずがないのは薫が一番わかっている。それでも、彼の姿を冒涜されたことは許せなかった。

薫が再度道の向こうを見ると、秋人がそちらに攻撃を仕掛けていた。周囲に被害がないように男の周辺に結界を張って攻撃を仕掛ける。

「先生!」

上空で捉えた犯人を担いで当夜が降りてきた。

「あれは?」

「 救世来神教(エルミネイト) 」

と薫が一言で終わらせる。

「ちょっと行ってくる」

薫が杖を拾って駆け出そうとした時、当夜の肩の上で動けなくなっていた男がまるで、生き返った魚のように体を大きく揺さぶった。

「うわっ、コイツ!」

当夜が抑えようとしたが、その隙をついて男の手が薫に触れた。

瞬間

薫の姿が消えた。

「え?」

当夜が思わず呟く。金子も声もなく立ち尽くした。からんと薫が取り損なった杖が転がる音が響いた。

「動くな」

道路の反対側、男の腕の中に薫が移動している。男の手には大きめのナイフが握られていた。

秋人は何が起こったのか一瞬で理解した。

「 瞬間移動(テレポート) !!」

「あいつは触れた物を見た範囲にしか動かせないけどな」

にやりと男は嗤った。

「くそ、放せ!」

薫が暴れようとしたが、相手は暴力のプロである。簡単に腕を掴まれて動きを押さえ込まれた。

「お前は、こっちの顔で相手してやろう」

男の声色が変わった。薫は先程まで加藤の顔だった男の顔が変化するところを間近で見ていた。

秋人の顔色が変わる。

「ほら、這いつくばれ、野良犬め。誰が俺に剣を向けていいと言った」

その声を秋人は嫌と言うほど知っている。ほんの2年にもならない前のことだ。

「あ、赤城さん…」

震える声で秋人が呟いた。