軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12. 不死鳥狩り 2

そもそも不死鳥というモンスターは「捨てるところがない」と言われている幻のモンスターだ。

魔石は希少価値があり、高出力の火属性。羽は美しい黄金色で高値で取引され、世界中のセレブのアクセサリーや衣装になる。足の爪は魔法薬の材料として珍重されているし、血液は魔力回復薬の重要な要素だ。目玉や嘴も魔道具の材料に使用できる。まさに、『飛ぶ黄金』と呼ばれるにふさわしいモンスターだ。

「それの群生場所なんてよく見つけたな」

と当夜が尋ねると秋人は困った顔でチラリと薫を見た。

「前にこのダンジョンがちょっとダンジョンブレイクを起こしかけた時に、行けって言われて入ったんだけど。そこで少し怪我して動けなくなって、モンスターがいなさそうな通路に潜り込んだら、そこから通じてたんだよ」

薫の目を見ないで秋人がぼそぼそ説明する。

一気に薫の機嫌が悪くなった。おそらく薫は今の秋人の説明で、秋人がここで大怪我をして再生するまで動けなくなったことを理解しただろう。

「そんな強力なモンスターがいるのか?このダンジョン」

と当夜が不安そうな顔をする。秋人は笑って首を振った。

「ううん、11歳くらいの頃だったから、僕が弱かったんだ」

と彼は言ったが、当夜も少しだけ気まずそうに頭をかいた。薫の顔がまともに見れない。

傍の弁護士の機嫌は氷点下だ。ぶつぶつと赤城や坂田に対する呪詛を振り撒いている。

そして、背後からヒヤリとした空気が漂ってきて、当夜が慌てて振り返ると後ろからついてきているレオネアも恐ろしい形相をしていた。

「秋人、いじめられてたの?」

と尋ねる彼女に、秋人は苦笑する。

「もういない人です。死んじゃったんで」

と返すと、彼女は残念そうに眉を寄せた。

「私が殺したかった」

と物騒なことを言う。いかにも治外法権のアルデバルダの主らしい思考だ。

薫はため息をついた。

「ここは日本なので、法律に基づいて裁かれます。いきなり殺すとか実行しないでくださいね」

と弁護士として忠告すると、レオネアはひやっと首をすくめた。

「ごめんなさい。ブラフォードにも日本は法治国家だから気をつけてくださいって散々言われてるんだけど」

しゅんと肩を落とす。

それよりも薫は大事なことがあったので、秋人に向き直った。

「秋人、赤城が死んだこと、いつ知ったんだ?」

言っていなかったのに。

「うん、なんか癖で彼の魔法の痕跡を追っちゃってて。ある日突然消えたから、ああ死んだんだなって思ったんだ。合ってる?」

「合ってるよ。ダンジョンで負った怪我が元で回復しなかった」

と薫が告げると「ふうん」と秋人は呟いたが、それ以上の反応はなかった。

本当は 救世来神教(エルミネイト) に暗殺された可能性が高いのだが、レオネアの前でその名前を出すのは憚られた。

ダンジョンの入り口付近から例の身体強化アンド強行突破でダンジョンを駆け抜ける作戦を説明すると、レオネアはぽんと手を打った。

「まあ、なんて合理的な作戦」

と感動している。しかし、マヌエルは途方に暮れた。身体強化をそこまで維持して走れるだろうか。

「はい」

と当夜が魔法回復薬を手渡す。これで回復しながら付いてこいと言うことらしい。

「途中で無理だったら離脱してください。帰還のスクロールは準備してますよね?」

と薫が言う。ここへ同行する条件に帰還のスクロールを人数分用意しろと言われていた意味が、マヌエルはやっとわかった。

「あの、因みに御三方はそれできるんですか?」

と恐る恐る尋ねると、3人とも

「何、当たり前のこと聞いてるんだ、こいつは」

という顔をして頷いた。

がっくりとマヌエルは肩を落とす。そりゃあ、関心も持たれないはずだ。このランクの 探索者(シーカー) にとって、自分など道端に転がる石のようなものだろう。

マヌエルはなんとか22階層までは付いていくことはできた。オアシスにたどり着いた時にはへとへとで声も出なかったが。反対にレオネアはぴんぴんしており、秋人と薫がキャンプの準備をしだした周囲でうろちょろして楽しんでいた。

「お疲れ様」

と当夜が同情のたっぷりこもったねぎらいの言葉を掛けた。肩で息をしているマヌエルに「はい」とポーションを手渡す。マヌエルは頭を下げて受け取った。

「いつも、こんなことを?」

と尋ねると、当夜は小さく笑って頷く。

「今日はここで一泊しますってさ」

「もしかして、私の所為ですか?」

「そうっすね」

当夜が頷いたので、マヌエルは項垂れた。配慮されていると思うと忸怩たる想いが込み上げてくる。自分にはそんなことをしてもらう資格はない。

「秋人は優しいいい子ですよ」

ボソリと当夜が呟く。はっとして顔を見上げると、人の良さそうな青年の顔の中に、ほんの少しだけ苛立ちを感じた。

「あ…」

その一言で、このポーションの気遣いが秋人からだと知れた。自分で手渡すのではなく当夜に頼んだことを含めてだ。

マヌエルはいい知れない羞恥と後悔に襲われた。自分より10歳以上年下の少年の方が、よほど大人だ。ブラフォードの言葉が思い出された。

彼は言ったではないか。秋人は人間として我々よりはるかに上等の人種だと。

「私は…」

マヌエルは声もなくただ立ち尽くした。

薫が相変わらず空気を読まないキャンプ飯を作成し、秋人と当夜が美味しい美味しいと喜んで食べている。レオネアとマヌエルは薫の腕前にも驚嘆していたが、ダンジョンで普通の食事を取れることに驚いていた。

「明日は早いので、そろそろ休みましょう」

と薫が言って出した例のお高い簡易住居にも二人は目を白黒させている。

「おやすみなさい」

と秋人が挨拶をすると、レオネアは嬉しそうに頷いた。

薫は夜中にふと目を覚まして、テントの外に出た。

ダンジョンの中は薄明るいので、特別な照明は必要ないのだが、ぽつんと焚き火のそばに座っている人影を見て苦笑する。

「眠れませんか?」

薫の問いかけにレオネアは顔をあげた。

「ダンジョンの中で寝台で寝るのに慣れていないの」

肩をすくめて語る彼女の横に腰を掛けた。

「あなた、正気でしょう?」

薫の言葉にレオネアは黙って薫の顔を見る。

「弁護士なんでね。本当に記憶を改竄してしまった人を、何人も見たことがあります」

「そう…そうね。あなたはやっぱり騙せないわね」

彼女は大きくため息をついた。

「それが分かってて、どうして私があの子のそばにいることを許したの?」

彼女の声は弱々しかった。あの島で聞いた支配者としての威厳はかけらもなかった。

「秋人が、苦しんでいるから」

ぽつんと薫が呟いた言葉に、レオネアは俯いた。

「あの子は、どうにかしてあの時エファネル嬢を助けられなかっただろうか?と、ここ最近ずっと自分を責めています」

薫は静かに囁く。

「貴方を救うことで、その罪悪感が少しでも弱まればいいと思ったので、承諾しました」

「秋人の為?」

レオネアが小さく呟く。

「ええ。それと、エファネル嬢の為…ですかね」

薫は脳裏に焼きついて離れない、最後に見た彼女の表情を思い浮かべた。

「あなたが、もし秋人を恨んでいるならお門違いです。最初に彼女に生きたいか、死にたいかと尋ねたのは私だ」

薫の言葉にレオネアは力なく首を振った。

「恨んでないわ。むしろ、ありがたく思ってる。あの子、あんな風に笑って逝けた」

秋人の言葉に安堵して死んでいった娘。笑顔で心から安らかな顔をして逝った。

「本当はもっと早く手放しあげるべきだった。分かっていたの。あんなことになってもあの子、まだ教皇の支配から完全には抜けきれていなかった。ダンジョンを異界から呼んだのも、たくさんの子供たちを無理やり作らされたのも、全部自分の意思でやったと思わされてた」

激しい怒りで体が震える。レオネアの心の中には今も 救世来神教(エルミネイト) の教皇に対する呪詛が渦巻いていた。娘の尊厳を踏み躙り、人としての領域を犯したあの男を許せるはずはない。

「あの子が、そのことに絶望して、死にたいって思ってたのも、本当は分かっていたの。でも恐ろしくて聞けなかった。あんな状態で生かされていることが、正常なわけないって分かってたの。分かっていたのよ」

涙が白い頬を伝って落ちる。

もう何年も何十年も泣いたりしなかった。夫が死んだ時も、娘が死んだ時も、呆然とその喪失感に恐怖しているだけで、涙は出なかった。

「娘が残した秋人が、普通に生活しているのを見たかったのは本当。私たちには与えられなかった、『当たり前の幸せ』の中にいる姿を確かめたかったの。そっと遠くから様子が知れたら、もう死んでもいいって思ってた」

だから秋人の気配を追って学校へ向かった。秋人の探知範囲が広いので校内には入れなかったから、遠くから一目だけ、一目みたら引き返して、アルデバルダに骨を埋めようとそう思っていた。

「私、秋人の優しさに縋ってしまった」

レオネアは項垂れてそうぽつりと呟いた。

学校での秋人はキラキラと楽しそうで、輝いていて、幸せそうだった。

ほんの少しだけ、自分もそれを味わってみたかった。当たり前の幸せな生活を送りたいと思ってしまった。

夫と娘と3人で暮らしたあのわずか数ヶ月の月日と同じように。

ほんの少しだけ、人として暮らす夢を見たかった。

「明日、帰ります」

彼女はぽつりと呟いたが、薫は大きく首を振った。

「言ったでしょう。あなたを受け入れたのは秋人の為だって」

「え?」

レオネアが思わず聞き返す。

「秋人の気が済むまで、そばにいてやってください」

にこりと薫が微笑んだ。

レオネアは薫のその笑顔を見て、初めて本心から美しいと思った。