軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10. 誰かの代わりではなく

ブラフォードが引かないので秋人はとうとう根負けした。

「わかりました。レオネアさんを受け入れます」

という秋人の返事に薫は当初かなりの難色を示した。

「秋人は優しすぎる」

と不満たらたらだったが、秋人だって別にニコニコ相手をする気はない。ただ、普通に親族として少しだけ近くにいたいというのであれば、受け入れましょうというだけである。

しかし、秋人としても引けない部分はある。特に母に対してだ。

「ただし、僕の母はエファネルさんではなくて如月夏実です。レオネアさんにとっては不快な存在かもしれませんが、そこを譲る気はありません」

秋人の言葉にブラフォードは表情を固くした。秋人が母にそこまで思い入れがあるとは想定していなかったのだ。

「母は僕を生かすために命をかけました。あなた方にとっては憎い実験体かもしれませんが、僕にとっては掛け替えのないたった一人の母です。父も同じです。僕の両親への侮辱を感じた時点で、この話はなかったことにします。それは、レオネアさんだけじゃなくて、随行の全ての方に対してもです」

秋人の言い分は最もだ。秋人の両親も秋人自身も、どうやって生まれたかに責任などない。

「心得ました」

ブラフォードは静かに了承した。ただ、レオネアはその事実を理解できない可能性が高い。その点については秋人も仕方ないと受け入れた。

薫も注意を付け加えた。

「秋人は基本的にはSランク 探索者(シーカー) の如月秋人であることは隠して生活しています。そのつもりで扱ってください」

「は?そんなこと可能なんですか?」

ブラフォードは思わず薫を見る。

Sランクの 探索者(シーカー) は世界中で重要視される存在だ。各国熱狂的なアイドル並の扱いが普通である。

「以前にご報告した通り、秋人は正体を隠されてたのでね。世間一般では如月秋人は成年のまあまあ年嵩の男性だと思われているので、案外気がつかれないんですよ」

「そんな物ですか…」

「人の認知なんてそんな程度です」

薫がくすりと笑う。

「私がSランクの 探索者(シーカー) であることは、既に世間に知れ渡っておりますので、当面は私関連の知人ということで手配してください。秋人の血縁であることは、内密で」

「かしこまりました」

ブラフォードが大きく頷き、細かな調整は後日ということで、この日は解散となった。

秋人は美香に説明をしに彼女の住居へ向かい、薫は自宅へ引き上げた。

家に帰ると美味しそうな夕飯がテーブルに準備してあった。

「あ、桜子さん、ありがとう。すいません。今日は俺が担当だったのに」

薫がキッチンで後片付けをしている婚約者に謝ると、彼女は笑って否定した。

「いつもいつもは無理だけど、たまにはね。お互い様でしょ」

「ありがとうございます」

再度、薫は礼を言って桜子の横に移動した。

「食べないの?」

「秋人が戻ってきたら一緒に食べます」

「ふふふ…相変わらずだねぇ」

薫ができる限り秋人とご飯を一緒に食べようとしていることは知っている。

「俺の中で、一緒に家でご飯を食べるって行為は、一番家族らしい振る舞いなんですよ」

薫が困ったように呟く。

「もう何年もそんな機会がなかったので、こうして大勢で食卓を囲める時間というのは、幸せの象徴というか、何というか…」

照れくさそうに薫が告げる。日頃あまり弱音を吐かない薫の珍しい言動に、桜子は片付けの手を止めて、薫の目を覗き込んだ。

「何があったの?」

という柔らかい問いかけに、薫はほんの少し躊躇うも、ことの顛末を話した。

アルデバルダでのこと

レオネアやエファネルのこと

ブラフォードの願いのこと

「秋人はたぶんエファネルさんを死なせてしまったことに対して、酷く後悔があるんだと思います。だから、その母であるレオネアさんに対して厳しく接することができないのかなと」

薫は緑茶を飲みながらため息をついた。

「でも、それを言うなら俺なんですよ。俺が彼女に『死にたいか、生きたいか』って最初に聞いたんですから」

あの時のあの問いかけは、彼女への言葉というよりは人間の尊厳に対する自分への問いかけだったのだ。今でも答えは出ない。

どんな姿でも、どんな罪を犯していても、それでも生きていてほしいと、いつか秋人に対して自分も願うのだろうか。

「レオネアさんはエファネルさんではないし、秋人の母でもない。誰かが誰かの代わりになどなりはしないんです」

薫は難しい顔で告げる。

「秋人はあの時、最善を尽くしました。彼以外あの場でエファネルさんを救うことができる人間はいなかったでしょう」

桜子は黙って聞いている。

「それでも秋人の中で収まりきらないものがあるなら、レオネアさんを受け入れるのも仕方ないと思うことにしました」

薫は大きく息を吐いた。

「秋人は本当に真っ当で優しい人間なんです。そのことを、彼自身が信じていないのが、俺には気がかりです」

「幼少時にひどく扱われると、自己肯定感が低くなるからなぁ」

桜子は自分の経験からそれを知っている。

仲間と一緒に行動している間にだいぶ改善されたが、ふとした際に「私なんて」という思考が頭をもたげることがままあるのだ。

「でも、薫さんが秋人を大切に想っていることは、秋人には伝わっているわけだし、そのために自分を大事にしようってところまでは来てるんだから、あともう一息ってとこじゃない?」

と桜子が困った顔で囁くと、薫は深いため息をついた。

「俺は、秋人自身のために秋人を大事にして欲しいんですけどね」

「まあ、そこは追々だねえ」

と桜子は笑った。なんだか余裕である。そのことが、薫には羨ましい。

「桜子さんは、秋人の師匠だからいいなぁ」

と薫がポツリと呟くので、桜子は肩をすくめる。

「秋人にはこの前『師匠は薫の婚約者だからいいなぁ』って言われたんだけど、それってどうなの?」

とぼやく彼女に、薫は申し訳ないが笑ってしまった。

「ただいまー」

玄関から秋人の声がする。話はここまでとなった。

ブラフォードがホテルに帰ると、レオネアがご機嫌に秋人と美香とのカフェでのやりとりを聞かせてくれた。

「それでね、美香はすごく優しくて親切で可愛い女の子だったの」

「…そうですか」

「秋人は男の子だからちょっとつんけんしてる感じ。でも、美香にはすごーく甘くて優しい瞳をしていたわ。あんな小さくても男ねぇ」

しみじみとした口調でレオネアが小さく微笑んだ。

「学校の話も色々聞いたの。秋人は今度サッカーの試合に出るんですって。サッカーってフットボールのことよね?父兄も見れるらしいのよ。ブラフォード!お願い手配してちょうだい!私どうしても秋人が学校で普通に生活してるところが見たいのよ!」

「ミスター・神崎に相談してみます」

「ええ、お願いね。じゃあ、私ちょっと疲れたから休むわ。おやすみなさい」

彼女は邪気のない笑みを浮かべて寝室へと向かった。

「マヌエルくん、レオネア様から目を離すなと言っただろう」

冷ややかなブラフォードの言葉にマヌエルは申し訳なさそうに俯いた。

「それと、先日の秋人くんに対しての君の態度もさっき聞いたよ。先に話しておいて欲しかったな」

「申し訳ありません。その…レオネアさまの世話から外されるのではないかと思ってしまって」

マヌエルの言葉にブラフォードは大きくため息をついた。

「つまり、君は秋人くんへの無礼の方が重要度が低いと判断した訳だ。事ここにきてさえ、なおまだ君が彼に対してそういう振る舞いをするというのなら、今すぐ帰国を命じるしかない。彼は軽んじられるべき存在ではないということが、まだ分かってないようだ」

鋭い叱責を受けてマヌエルは唇を噛み締めた。

彼の中ではどうしても秋人を受け入れることができなかった。反省の見えない様子にブラフォードは深くため息をついた。

「もう、アルデバルダに帰りなさい。彼はレオネア様の様子がおかしいことに気がついて殺さずにいてくれた。自分の首を刎ねようとした相手にだ。その事一つとっても人間として我々よりはるかに上等の人種だ。その事に感謝し、尊重できないのであれば、ここにいる資格はない。君を含む全ての人員がだ」

側で聞いていた全てのスタッフの顔色が変わる。

「如月秋人くんに対して、ほんのわずかでも彼に不利益のある行動をするなら、即行帰国を命じる。言っておくが、あちらには審議官がいる。隠しても無駄だからな」

厳しい上司の言葉に、その場の全員が項垂れたのだった。