軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9. 記憶改竄

結局、3人でカフェに行きパフェを食べて、レオネアが宿泊しているという都内の高級ホテルまで送り届けた。

「優しい人ね」

と美香が手を振りながら秋人に言うも、秋人の表情が硬いことには気がついていた。

「美香、今後あの人が美香の前に現れても、絶対に二人きりにはならないでほしい」

秋人が絞り出すように呟く。

「僕はあの人に、この春休みに殺されかけた」

「え!?」

美香の顔に驚きの表情が浮かぶ。

「ちょっと、ごめん。急いで帰る」

秋人は美香をさっと抱き上げて、ビルの影から瞬間移動で帰路についた。

美香を自宅前まで送り届けて絶対に連絡するまで鍵を開けないように言い含めてから、秋人も帰宅した。しかし、薫は不在だった。

「あ、なんか来客中。まだ事務所みたいよ」

と桜子が告げる。

「わかった」

秋人は踵を返し、加藤法律事務所の階へ向かった。

「金子さん、すいません。薫はまだ来客ち…」

入り口で帰宅しようとしていた金子を捕まえた秋人が問いかけようとしたその時

「巫山戯るな!!!」

と大音響の薫の怒鳴り声が聞こえた。

思わず事務所内の全員が飛び上がって所長室を向くほどの大声だ。

「珍しいな、あいつがあんな風に人を怒鳴るなんて…」

と金子が呟くも、秋人はその声を聞いて所長室に駆け出した。

秋人には、薫が我を忘れて怒る事態のだいたいの原因は自分だという自覚があった。

「薫!!」

ノックもせずにドアを開けた。

「秋人!」

薫が驚いて目を見開くも、秋人は秋人で目の前の光景に大きな目をこぼれんばかりに見開いて立ち尽くした。

薫の足元に成人した男性が蹲っている。いや、よく見たら違う。土下座しているのだ。

「えっと…ブラフォードさん?」

つい先月出会った 探索者連盟(シーカーギルド) 本部総裁らしき人が、薫の足にすがりつかんばかりに這いつくばっているのだ。誰だって驚くに違いない。

「無茶は重々承知しています。ですが、どうか」

「くどい!!あんたたちは毎回毎回どういう了見なんだ!秋人は確かにSランクの 探索者(シーカー) だが、まだ16歳の少年なんだ!あんたたちの都合に付き合う謂れはない!!」

薫が激昂して叫ぶ。

「わかってます。ですが、我々としても秋人くんにお願いするしかなくて」

「黙れ!先月殺されそうになったばかりの相手を、どうして秋人が接待しなくちゃならんのだ!!勝手言うな!!!」

「そこをなんとか!レオネア様は病気なんです!お願いします!!」

薫が無言でブラフォードを蹴り上げようと身体強化を自分にかけたのを見て、秋人は慌てて止めに入った。

「待って!薫、落ち着いて!ブラフォードさんノーガードだよ。死んじゃうよ」

「放せ!秋人!!こいつらはもう本当に常軌を逸してる。お前のことを便利な道具かなんかと勘違いしてるんだ!」

「待って!お願い!僕は平気だよ!薫!ここは法律事務所で、薫は僕の代理人だ!そうでしょ?」

強く秋人が薫の腕を引いたので、薫は渋々足を下ろした。

床に這いつくばったままの紳士に向かって秋人は告げる。

「レオネアさんなら、学校に来ましたよ」

「え?」

薫とブラフォードが同時に声をあげる。

「一緒にパフェ食べてきました」

と秋人が告げると、ブラフォードの表情が地獄で仏に会ったような希望に満ちた顔になった

「ありがとう!秋人くん!ありがとう」

と感極まった様子で感謝の言葉を紡いだが、すぐ横に立っている薫から吹き荒れる冷たい魔力圧に押し黙る。

「秋人、学校にあの人が来たの?」

「うん、めちゃくちゃびっくりしたよ。校門の前に居たんだ」

秋人がため息をつく。

「それで、どうしたんだ?」

薫は無表情だ。

「魔力の型ですぐにレオネアさんだって分かったから、全力で 圧縮衝撃波(ハイ・プレッシャー) をぶっ放そうかと思ったんだけど、ちょうど美香を連れてたから、女の人に問答無用で魔法叩き込むのは流石に印象悪いかなと思って止めた」

淡々と秋人が告げる言葉に、ブラフォードは固まった。

圧縮衝撃波(ハイ・プレッシャー) は秋人の中でもかなり殺傷力の高い魔法で、攻撃範囲も広い殲滅魔法である。いつも出力が強すぎてダンジョンの通路を壊すのにしか使ってないくらいだ。

心の底から秋人が彼女連れでよかったと思った。

「でも、なんか調子狂うというか、変だったよあの人」

秋人の困惑を見て薫が息を呑んだ。

「じゃあ、本当にそうなんですね…」

「はい」

沈痛な面持ちでブラフォードが頷く。

「レオネア様は、精神を病んでしまわれたのです」

悔恨と諦念の籠った声でブラフォードは告げた。

秋人との戦いでエファネルを失ったレオネアは、しばらく放心状態だったという。食べ物も飲み物も受け付けず、じっと氷室のエファネルを保管していた装置の横に座り込んでいた。

そして、とうとう10日すぎた頃に倒れた。どうしてそこまで放っておいたのかと、薫はまず言いたいのだが、レオネアはアルデバルダの守護神だ。一族は彼女をなかなか一般人のように扱うことができなかった。

彼女を回収した一族の者は献身的に看病したが、そこからさらに10日ほどレオネアは昏睡していた。そして、目覚めた。

「目覚めると同時に日本に行くと言い出されて。もちろん、止めました。私たちは秋人くんへの復讐は無意味だとひたすら説得したのです。彼は何も悪くない。全ての元凶は 救世来神教(エルミネイト) にあると」

ブラフォードたちは懸命に翻意を促したが、彼女はまったく理解できないという顔で彼らに告げた。

「まあ、どうして私が孫を憎むの?」

と。

「孫ですか?ひ孫ではなく?」

薫の問いかけに、秋人はそういえば彼女は「おばあちゃんと呼んで」と言っていたなと思い返した。

「目覚めた後、レオネア様の中でエファネル様は病気で亡くなったことになっていて、秋人くんは彼女の残した息子ということになってしまってました」

レオネアにとって、エファネルの最期はそれだけ受け入れがたく耐えられないものだったのだろう。

人は本当に辛すぎる記憶は、歪めてしまうことがある。弁護士の薫はそれをよく知っていた。

「孫の様子をそっと見守るだけだと。今まで放ったらかしにしておいて、今更引き取ろうなどとは思っていない。でも、幸せに過ごしている姿を見て安心したいのだと仰って…」

ブラフォードは堪えるように顔を覆った。

「それで、絆されて連れてきたと。島から出さないと我々にあれほど約束したにも関わらず」

薫の冷たい声に、彼は項垂れた。

「実際、彼女は見守るだけでなく秋人の前に現れている。どうするおつもりもですか?まさか、このまま孫のフリをしろとか言いませんよね?」

薫の態度は絶対零度だ。引くつもりも妥協するつもりもなかった。

「あのね、ミスター・ブラフォード」

薫は悪魔のような笑みを浮かべて切り出した。

「秋人が彼女に殺されかけてから、二ヶ月も経ってないのです。彼女が何をやったか私が知らないと思っていい加減なことを言わないでくださいね。私、秋人に全部見せてもらいました。私の魔法ご存知ですよね?」

薫のジョブを思い出し、ブラフォードは顔色を変えた。審議官の最もポピュラーな魔法【 審判の眼(ハイ・スコープ) 】は、物や人の記憶を見ることができる魔法だ。

「彼女の所業も、加えてあなたの秘書のマヌエル氏からの秋人に対する不当な言いがかりも全て、私は知ってます」

秋人はため息をついた。

レオネアとの戦闘以外にも、マヌエルとのやりとりは見せたくはなかったのだが、薫に促されて見せざるをえなかったのだ。

ちなみに、薫の前だけ取り繕うつもりだと秋人がマヌエルに説明した部分もバレて、大説教をくらった。本当に災難だった。

何と言っても、薫にものすごく悲しそうな顔をさせてしまったことに秋人はかなり凹んだ。

「ねえ、あんな目に合わされた16歳の少年に、あなた方は一体何をどれだけ求めるおつもりか?」

薫の表情は氷点下を超えている。魔力圧が冷気のようにブラフォードに降り注いだ。彼だって自分たちが明らかにおかしいことを願っているのは分かっているのだ。だが、どうしても譲れない。

「本当に申し訳なく思ってます。ミスター神崎の怒りは最もだ。でも、頼みます。少しの間だけでいい。仲良くしてやってくれとはいいません。愛想よく振る舞ってほしいとも思わない。でも、ほんの少しの間だけ、あの方が秋人くんの近くにいることを許してやってほしいのです」

ブラフォードは懇願した。

「あの方は、もう長くない」

龍神族といえども、度重なる氷室での冷凍睡眠と無茶な魔力放出、娘に対する膨大な魔力の受け渡しを長年繰り返した所為で、彼女の寿命は尽きようとしていた。

「おそらく、あと半年もないでしょう。お願いです。この通りです」

レオネアや彼女の夫や娘は言ってしまえばアルデバルダの犠牲者だ。島のダンジョンを維持するために長年犯してきた罪の証だ。このままあの3人が共に悲惨な最期を迎えるのを、族長として黙って見てはいられなかった。

「せめてレオネア様を、彼女を人として逝かせてやりたいのです。どうか、お願いいたします」

ブラフォードは床に頭を擦り付けて薫と秋人に希った。