作品タイトル不明
18. 昔語り
レオネアが長い眠りについて16年が過ぎた。通常なら20年は眠り続けるところ、予定外に覚醒されたのだ。誰かの悲鳴に近い声を聞いた。
定期以外の覚醒に一族の者は驚いたが、バツがわるそうにしていた。
「私の夫は?娘はどこ?」
レオネアが起きたのだ。すぐに迎えてくれるはずの両名がこないことに不吉な予感を覚えた。
「夫と娘はどこにいるの!?」
彼女は叫んだ。
初めての叱責に一族は慄いた。彼女は守り神にも等しい存在だ。その彼女に激昂されて言い訳できる者はいなかった。
夫はすぐに連れてこられた。見るも無惨な姿だった。明らかに拷問にかけられて精神が崩壊している生きる屍だった。
「どうして?誰がこんなひどいことを!?」
と彼女が叫ぶも一族は誰も答えない。
「言いなさい!!」
その時の族長を捕まえて迫った。言わなければ自白魔法をかけると脅すとペラペラと喋った。
これは仕方のないことだと彼は言った。
せっかく新たな龍神が生まれたというのに、この男はそれを隠して育て、どこかへ逃してしまったのだ。だから隠し先を聞いたのだが、一向に答えようとしないからこうなったと族長は早口で説明をした。
「だから、こうなったって意味がわからないわ。勝手になるわけないじゃない!誰が私の夫に手を出したの!?」
彼女の激怒に堪えきれず、複数人が答えた。
「だってこいつはあなたを穢したのだ」
そう彼らは主張した。
侵してはならない聖域であるレオネアを甘言で惑わし、あまつさえ子供まで生ませた。一族の者として許せる罪ではない。と彼らは開き直ってそう嘯いた。
「だから新たな龍神を我々の妻としてよこせと言ったら、この男はどこか外国へ逃してしまった」
と彼らは主張した。
レオネアは生まれて初めて殺意を覚えた。
彼と娘はレオネアにとって己が人である縁のようなものだった。この何の喜びのない人生の中で、唯一自分が生まれてきてよかったと思える証だったのだ。
それを踏み躙っておいて、しゃーしゃーと自分たちは悪くないと言い張るこの外道どもには吐き気を覚えた。すぐにも爆発する感情とともに目の前の汚物を消し去ろうと構えた時にそれは起こった。
「レオネア…」
不意に夫が小さく囁いた。もう意識もなく話すこともできないだろうと思っていたが、微かな呼吸の元、彼は妻に囁きかけた。
「ダニエル?」
レオネアは慌てて夫に駆け寄った。もはやその命が風前の灯火なのは目に見えていた。死に際の彼の言葉だ。一音だって聞き逃したくなかった。
「すまない。娘を守れなかった」
「ダニエル」
「ここに置いていたら何をされるかわからなかったから、外に逃すしかなかった。でも、連絡がとれなくなって…。探しに行こうと思ったら捕まってしまった。ごめんよ」
夫はその言葉をレオネアに残すために全ての力を使って彼女を起こし、ほんのわずかに己を回復させたのだ。
「エファネルを探しておくれ」
そう言い残して夫は死んだ。
降り積もる後悔にレオネアは押しつぶされそうだった。彼は自分との約束を守る為に命をかけたのだ。こんな化け物の自分への愛のために人生を浪費させてしまった。
「いい人だったわ。あなたの綺麗な人に負けないくらいに」
レオネアは秋人にそう囁いた。その時の笑顔だけは、美しい邪気のないものだった。
レオネアは一族の罪人を皆の見ている前で残酷に処刑し一族を掌握した。そして、娘を探すことに全リソースを使った。
しかし、待っていたのはあまりにも辛い現実だった。
世間知らずの彼女の娘はあっさりと連中の、 救世来神教(エルミネイト) の毒牙にかかっていた。
連中からしたら喉から手が出るほど欲しかった龍神族だ。娘は意思を奪われ傀儡として教皇の命令の元にあの大惨事を引き起こす引き金を引いた。
「50年前のダンジョンが世界中に湧き出したあれは、娘が 救世来神教(エルミネイト) に操られて異界の門をこじ開けたから」
レオネアは霜のように冷たい口調でそう呟いた。
「教皇は人を支配するスキルを持っているの。娘はかなり抵抗したようで精神が焼き切れていたわ」
助け出した時にはもう彼女の人格は残っていなかった。
それどころか、人体としても成立していなかった。
「連中は失敗したのはエファネルが不完全だったからだと判断した。それで、彼女を切り刻んで研究材料にしたのよ。文字通り頭と心臓だけを残して全て取り払われ、必要な時に必要なパーツだけを再生するように躾けられていた」
レオネアの目からは涙も出ない。娘をこんな目に合わせた世界そのものが憎かった。
「あなたの母親も、あの子の卵子から生まれてきた実験体よ」
秋人が一歩後退る。母であるレオネアの空気に飲み込まれそうだった。
「もう、あの子は人としての形を止めていない。あの子はもうどの状態が正常なのかを理解できないから正しい人体として再生できない。だから、あなたの体がいるの」
レオネアはそう秋人に告げた。
「薫!薫!!」
自分を呼ぶ声と共に薫は目を開いた。
「ここは?」
ゆっくりと頭を動かす。ずきりと右足首に痛みが走った。
「あちゃ、着地に失敗したか」
あらぬ方向に曲がっている足に薫はため息をついた。暗かったのでどうやら地面の目測を誤ったらしい。
【 光点魔法(ライティング) 】
薫が唱えると周囲がよく見えた。暗がりに瓦礫とともに墜落したようだった。
「よかった。目が覚めて」
そう安堵の声をあげる 冬由(ふゆ) に、薫は苦笑をこぼした。
「よくはないな。流石にこれじゃ歩けない」
体を起こすと足首以外もあちこち痛めていた。
「私を庇った所為だ」
冬由が唇を噛む。自分を無視して一人だけで跳べばおそらく、薫はここまでひどい怪我をする必要はなかった。
「・・・・・冬由ちゃん、手を出して」
薫が言うままに冬由は右腕を差し出した。歩行の介助をしろという意味だと思ったが、薫は首を振った。
「反対」
「えっ」
反対の腕には例の魔力抑制のリングが付いている。
「ダンジョンでもしも俺に何かあった場合、これつけてたら君は逃げられないだろ」
くすりと笑って薫は何の躊躇いもなく冬由のリングを解除した。乾いた金属音がして床にそれが転がった。
「さて、行こうか」
薫が無理やり体を起こす。
「大丈夫、エリクサー持ってるから」
と笑顔で薫が言うと同時だった。
【回復魔法】
冬由が唱えると薫の傷はほぼ癒えた。
「すごいな!」
と手放しで褒める薫に、嫌そうに冬由は顔を顰めた。
「欠損までは治せない。気をつけなさい」
と彼女は厳しい声で告げる。
「逃げないの?」
「ここを脱出するまでは、共同戦線を張りましょう。どうせ、秋人があなたのところに来るんでしょ」
冬由は揶揄するように軽口を叩いたが、薫の表情は暗かった。
「いや、俺が助けにいかなくちゃいけない事態の可能性が高い」
「?」
薫の言葉に冬由は眉を顰めた。
「さっきの爆発、ホテルが吹っ飛ぶほどのものだった。それを耐えたってことは秋人は自分の方のリソースを減らしたはずだ」
薫は大きくため息をついた。
「やっぱり、一人で行かせるんじゃなかった」
狙われているのではないかと思っていたが、想像以上に厄介な相手だ。
「とにかくダンジョンから脱出しよう」
薫は魔力復活薬を一瓶煽った。
【迷宮探索】
薫の呪文に答えて3Dモデルが構築されていく。ダンジョン内なので、想定よりは少ない魔力で構築できた。
「よしよし。何とかできたな」
ふうっと薫がため息をついた。いつもは秋人がしてくれるが、今彼は隣にいない。
「この部屋はなんだ?」
3Dモデルでは今いるところから5分ほど進んだところに不自然な空間があった。
「何か隠してるのかも。弱みかもしれないから見に行ってみよう」
と大変いい笑顔で薫が言うと、冬由は嫌そうに顔を歪めた。