作品タイトル不明
12. アルデバルダの主
「レオネア様…」
薫と秋人を除く全員が頭を下げる。薫たちがいなければ膝さえついていそうな様子だった。
「お客様に対して失礼のないようにと、私は言いましたよね?」
静かな口調だったがそこはかとない怒りの成分が満ちていた。
「はるばる日本から来ていただいたのに、一体どういうことですか?ブラフォード」
「面目次第もございません」
探索者連盟(シーカーギルド) 本部の総裁が、ここまで下手に出る相手だ。秋人と薫は警戒心をあげて少し距離を取った。
しかし、そんな二人の行動など気にしていないのか、美女はそっと両手を胸の前でにぎり、
「こんにちわ。わたしのにほんごわかりますか?」
とさきほどとは打って変わった声音で秋人に向かってそう囁いた。秋人は黙って頷く。彼女のややぎこちないそれは、しかし真摯な思いやりに満ちた声だった。
女性は床を滑るように秋人の近くまで歩み寄った。彼女は震える指で秋人の頬をそっと撫でる。秋人はいつもなら避けるか、払うかするだろうが、なぜかそんな気持ちになれなかった。
どこか懐かしい声に当てられたのかもしれない。
「ああ、あなたはやはりわたしのむすめによくにている。秋人、もっとかおをみせて」
彼女は切なそうに囁いた。
「あなたのおかあさんは、おそらくわたしのむすめのむすめなの。だからあなたはわたしのひまごね?」
「え?」
薫が思わず声をあげる。
どう見てもひ孫がいる年にその女性は見えない。せいぜい30前後だろう。
薫の声に気がついたのか、女性は薫のを方を見た。
「かんざきせんせい、ひまごがおせわになっております。わたくしはレオネア。せいはございません。このアルデバルダのあるじでございます」
女性はすっと目を細めて薫を見た。その視線はまるで観察するようで、好意よりはやや悪意に近い冷徹さを含んでいた。
薫はこんな風に、自分の容姿に無関心な女性には滅多にお目にかかれないので少々驚いた。
「ご丁寧に、どうも。神崎薫です。英語でしたら私も秋人も理解できますので英語でかまいませんよ」
と水を向けると彼女は少し残念そうに眉を寄せた。
「もう少し学習の成果を披露させてくれてもいいでしょうに。意地悪ね」
レオネアが不愉快そうに眉を寄せるも、薫は苦笑に止めた。
「あの…手を離してください」
秋人がそう頼むと彼女はしぶしぶといった様子で秋人の頬から手を離した。
「とても強い魔力を持っているのね。もしかしたら私より強いかもしれないわ」
レオネアが秋人を見つめてそう呟くと、周囲のギャラリーがぎょっとして秋人を見た。
「あの…」
秋人が彼女から少し距離を取る。さっきの博士よりも厄介だなと薫は思った。島の最高権力者が秋人にかなり入れ込んでいるのは困った。
曽祖母やら妹やらいきなり大変なことになったなと薫が思っていると、秋人が薫の袖を引いた。
「ああ、うん。そうだな。ミスター・ブラフォード。続きをしますか?仕切り直しますか?我々はあまり時間がない。秋人は春休みが終わるまでに日本に帰らなければなりません」
薫がブラフォードに問いかけると、彼は慌てて頷いた。
「ごもっともです、ミスター。長旅のところこんな騒ぎになりまして申し訳ありません。今日のところは一旦仕切り直しで。明日お時間をください。本日の宿にご案内します」
彼の提案に薫と秋人は頷いて部屋を後にした。総裁と秘書、例の博士がその後を追うように退出していく。
部屋にはレオネアとそれ以外の職員が残された。
「お前たち、わかっているでしょうね」
地を這うような声音に全員が震え上がった。
「秋人は絶対に逃がさないで」
彼女の声にはなんの感情も見出せなかった。
ホテルへ案内される前に、秋人と薫は隣の部屋の少女を回収した。
「名前わからないと不便なんだけど。名前は?」
秋人が尋ねるも彼女は答えない。
「じゃあ、 冬由(ふゆ) って呼ぶね」
「何それ」
「妹が生まれたら冬由、弟が生まれたら冬樹ってつける予定だった」
秋人がぼそりと呟く。
「お母さんの日記に書いてあった」
「・・・・・・ふうん」
彼女は気のない返事をしたが、ほんの少しだけ頬が紅潮していた。
薫は二人の会話を静かに聞いていた。秋人もおそらく気がついている。
彼女は秋人の母が生んだ子供ではない。おそらく両親は彼女の存在すら知らないだろう。もしくは可能性くらいは考えていたかもしれないが。
秋人があのダンジョンで発見した母の日記には、楽しい話もあったが辛い現実も書かれていた。
秋人の両親は二人とも遺伝子的に組み合わされて生まれた存在だった。どこかから攫ったり、騙したりして集めた、世界中の蔵持ちたちの血筋を引く少年少女から集められた生殖細胞から生まれてきた掛け合わせだ。
そして、強い力を持つものは残され、弱い者は淘汰されていった。そのある意味頂点が秋人の両親なのだろう。
少女が言っていたナンバーズというのは、強い魔力を持っている者たちだ。その中をさらに選別して、 救世来神教(エルミネイト) は龍神族をコツコツと作り上げてきたのだ。
しかし、それでも本当に龍神族といえる存在は秋人一人だ。
もしかしたら、その事を知った 救世来神教(エルミネイト) が秋人の父と母と同じ組み合わせで子供を人工授精させたのかもしれない。或いは、たまたま同じ組み合わせが試みられ、後に秋人と同じであると判別され彼女自身が監視対象になったのかもしれない。
どちらにしても、彼女は秋人の両親から生まれた子供ではない。しかし、遺伝的には妹だ。
おまけに、彼女には嘘を教えている。お前は両親に捨てられたのだ、彼らはお前の兄だけが大切だったのだと言い聞かせ、彼女の両親を慕う気持ちを逆手にとって必要以上の憎しみを攻撃力に変換させている。
人の心を踏み躙り弄ぶような所業だった。
秋人への虐待のことも考えると、おのずと 救世来神教(エルミネイト) の腐り具合が見えてくるようだ。
「胸糞の悪い話だな」
ぼそりと薫が呟いた。
車で連れて行かれたホテルは美しい白亜の建物で、海が見える高級リゾートホテルだった。探索者専用らしい。
「うわあ、綺麗だねえ」
秋人が嬉しそうに感嘆の声を上げた。
「お待たせしました。ご案内いたします」
ホテルの係が案内してくれて最上階のスイートルームへ通された。
「なんか、一生こんなところに来そうにないから堪能しておこう」
と薫が思わず呟く。あまりの豪華さに目が回りそうである。
「あ、冬由ちゃんはそこ使ってね」
一応別室にベッドを入れてくれていた。
「流石に女性と男性で同じ部屋はだめだろって思ってたんだけど、ちゃんと分けてくれててよかった」
と薫が胸を撫で下ろした。弁護士としてはその辺は慎重に対応したいところなのだ。
少女もほっとしたのか少し表情が緩んだ。それを見透かされたことに憤ったのか
「お前たちに穢されるくらいなら舌を噛んで死んだ方がましだ」
と暴言を吐かれて薫が思い切りよく眉を顰めた。それ以上に秋人が憤慨した。
「薫は弁護士だからそんなことはしないし、僕には立派な恋人がいる!君にそんなことする意味がない」
という秋人の言葉に冬由がさらに食ってかかった。
「男はみんなそういうもんだ!女なんて食い散らかして好きなようにすればいいと思ってるだろう」
「男で括るな!そんなのは単なるクズだ!」
ぎゃんぎゃんと二人が吠え合うので、薫が
「どうどう」
と仲裁に入る。
「いいかい、諸君。それは男も女も関係ない。相手を性的な対象としか見れなくて自分の好き勝手できるとか勘違いしている、所謂変態はこの世のあちこちに生息し、いかにも正常者のように振る舞っている。しかし、常に奴らの頭は沸いていてピンクな妄想しかない。連中はこれと決めた獲物を追いかけまわし、生活を乱し、精神を弱らせ、判断力を鈍らせる悪魔の尖兵だ」
思わず二人が同時に息を飲むような迫力である。目が座っている。
「相手にその兆候が見られたら男女問わず蹴散らせ。問答無用である。連中は叩いても叩いてもやってくるハエかゴキブリのようなものだ。一匹見つけたら百匹後ろにいると思え。情けは無用である。奴らはしぶといみみずのように死なないので、多少やりすぎてもへこたれないので平気だ。曖昧な態度はつけあがらせるだけだからな。いいな、二人とも。変態は気づいた瞬間ぶちのめせ。返事は?」
鬼気迫る薫の様子に二人は
「はい」
と同時に答えた。
「よろしい」
と薫が大きく頷く。
「あの人、一体どうなってるのよ」
ぼそりと冬由が秋人に尋ねると、秋人は遠くを見つめ、
「色々、辛いことがあったんだよ」
と小さく囁いた。