作品タイトル不明
6. 不可視の分析
薫は不思議な感覚に囚われていた。
前回この魔法を使った時は初めての魔力切れもあってあまり記憶にないのだ。
まるで、異空間に解析対象と自分だけが切り分けられたような不思議な感覚である。
「ああ、なるほど。こういう感じなんだな…」
思わず呟く。薫はゆっくりと解析に没頭していった。
黒い迷宮核へ掛けられた魔法の解析が進む。先日 契約の門(カヴェナント) を文字化した経験も大きいのだろう。複雑に絡み合った呪詛のような魔法を丁寧に解いていく。
「ようするに、違法な契約って事だな…」
本来のダンジョンに存在している 理(ことわり) を、偽の情報を流して上書きしているのが、この黒迷宮核の正体だ。
「ああ、 異界閉鎖(クローズ・ワールド) を使うと罠が発動する仕組みになってる」
秋人がダンジョンを閉鎖する時に利用する高度なダンジョン閉鎖の呪文。 救世来神教(エルミネイト) は秋人を取り込むことをまだ諦めていないのだ。
「支配の指輪と同じ仕組みだな…」
異界閉鎖(クローズ・ワールド) の呪文を唱えた対象を支配する罠が仕掛けられていた。
もしも、あの海辺の復活ダンジョンに秋人が一緒に潜っていたら、康子ではなく秋人がダンジョンを閉鎖していたら、今頃は大変なことになっていただろう。
「危機一髪だったな」
薫は小さく安堵のため息を漏らした。
解析が終了すると共に、薫は魔法を重ねがけする。
「
【 契約の門(カヴェナント) 】
ダンジョンにおける創造主の理を歪める行為は違法。よって、審議官の権限により契約の解除を命じる」
薫が宣言すると、迷宮核に掛けられていた魔法が解け、通常のガラスのような透明な色に戻った。
「薫!!」
不意に秋人の声がして薫は閉じていた目を開いた。ぐらりと視界が揺れる。
「危ない!」
咄嗟に近くにいたレアが薫を支えた。薫は立っていられず、思わず地面に片膝をついてしまった。
「うわ、結構魔力食ったな」
「結構なんてもんじゃないよ!3時間もぶっ続けだったよ」
「え?マジか」
薫はいつものレトロな腕時計を見て驚いた。どうやら 不可視の分析(インビジブルジャッジ) を行っている間の時間感覚が吹っ飛んでいたらしい。薫は苦笑を溢した。
「ずっと終わるの立って待ってたのか?座ってれば良かったのに」
「途中で切ったらどうなるか分からなかったから」
ぎゅっと秋人が唇を噛む。
「心配かけて悪かったな。思ってたより魔力は食ったが価値はあったぞ」
にこりと薫が秋人に笑いかけ、秋人はほっと安堵の息を吐いた。
薫は、分析の結果を二人に説明した。黒い迷宮核が人工的に歪められている状態であることをレアは知らなかったので、そこから説明をした。
「黒い迷宮核は 異界閉鎖(クローズ・ワールド) は使えないってことだな。これは後藤さんにまた国際報告してもらわないとだめだなあ」
うーんと薫が唸る。
「でも、これ解放できるのって、薫の 不可視の分析(インビジブルジャッジ) だけ?」
秋人が不安そうな顔をした。フランスで見つかったということは他国でもそのうち発見されるだろう。
「いや、さっきも言ったとおり、迷宮核を康子さんがやったみたいに燃やしてしまえば問題ないから」
「でも、閉鎖したくないダンジョンだったりしたら、薫が海外まで呼び出されるんじゃない?」
「うーん、一応他の魔法でも解除は出来そうだけどな。呪いみたいなもんだから、神聖職関係の人なら。まあ高位のだけど」
「春日さんとか?」
「ああ、春日さんは聖騎士だからな。Sランクだし」
薫と秋人の話についていけないレアは目を白黒させて聞いていた。
「つまりこれって誰かがわざとダンジョンを暴走させようとしたってこと?」
とレアが不安そうに薫に尋ねると、彼は静かにしかし断固とした表情で頷いた。
レアはここまで酷い悪行を知らない。パリのど真ん中にあるパリ第一ダンジョンを崩壊させようと企てる組織があるなんて、どんなテロリストよりも恐ろしい企だった。
「あの、それでこれからどうするの?」
レアが恐る恐る尋ねると、秋人は双剣を構えた。
「この変な粘菌だけは、除去しておいたほうがいいと思うのでやります」
秋人が珍しく少々緊張した顔つきになった。
「炎系の魔法はあんまり得意じゃないんだけど、仕方ないか」
とそう呟くと
【 炎熱魔法(ファイヤー) 】
と唱える。秋人の魔法剣から金色の炎が吹き出した。繊細なコントロールの元、迷宮核はそのままにその周辺に蔓延っていた粘菌だけを焼き払っていく。
「おお、すごく綺麗。ナイアガラみたい」
薫がパチパチと拍手をしている。
「炎熱魔法ってこんな火力強くないし、こんなにコントロールできませんよ」
レアの抗議を他所に秋人は綺麗に迷宮核だけを残して、他を焼き払った。
「ぎゃあああああ」
とその時、悲鳴が聞こえて3人は思わず飛び上がった。
「え?僕の所為?誰か隠れてたの?」
秋人が思わず周囲を見渡す。
レアがいつもの癖で二人の前に出た。パーティーのタンク役として、魔法使いやリーダーの壁となっていたからだ。
「誰だ!?姿を見せろ!」
レアが叫ぶ。
「いや、隠れている人にそれ言っても出てこないと思うんだよなぁ」
と呑気な薫が呟く。レアは思わず薫を恨みがましい目で見つめてしまった。しかし、薫が魔力回復薬を既に飲んでいる事に気がついて、気持ちを引き締めた。
おそらくこの迷宮核に何かの細工をした相手なのだろう。ようするにテロリストである。レアはごくりと唾を飲み込んだ。これまで 探索者(シーカー) 崩れのならずものや、犯罪者に身を落とした元 探索者(シーカー) などと対峙したことはあったが、明確な殺意を持ってる相手とは初めてだった。
「やってくれたわね」
小さく呟く声にレアは目を見張った。秋人でさえ驚いたのに、出てきた存在はさらにそれよりも若い少女だった。少女の足元には苦悶を浮かべて地面に這いつくばっている男性がいたが、少女は彼を足蹴にして、前に踏み出した。
その少女の姿を見て明らかに薫が動揺した。
「げっ!」
と思わず声を出した薫に少女は憎悪の籠った視線を向けた。
「げっとは何だ、げっとは。女性に向かってその態度はどうなの!神崎薫!!」
少女の言葉は日本語だ。レアは思わず秋人を見た。突如場違いに現れた少女は秋人によく似ていたからだ。
「あー、お嬢さん、ちょっとだけ時間をくれ。秋人、俺は、その…お前に大事な事を話すのを忘れてて…」
慌てて薫が早口で秋人に言い訳を開始する。
「巫山戯るな!貴様などどうでもいい!私はそこの男に話がある!!」
少女が秋人を指さす。
「僕?」
秋人はこの少女に見覚えがあった。あの夏の日、一瞬だけ見えた相手だとすぐにわかった。魔力の痕跡を覚えていたからだ。
「君は誰?」
秋人の問いかけに少女は深い恨みの籠った視線を送る。薫が遮ろうとしたその時、少女は叫んだ。
「私はお前の妹だ!」
と。秋人は大きな目を更に大きく見開いて固まった。薫は思わず頭を抱える。
ちゃんと調査してから話すつもりだったのが裏目に出たと臍を噛んだ。