作品タイトル不明
2. 再生能力
「秋人、この後少しいいか?」
食事の後片付けが終わった後、薫が秋人に声をかけた。秋人は黙って頷く。
「じゃあ、お先にー」
と桜子と当夜が自室に戻ったので、二人はダイニングテーブルに座った。薫が緑茶を淹れてくれたので、ありがたく受け取る。
「何から話したらいいのか…」
手元の湯飲みを見つめながら薫が呟く。秋人は薫の方をチラリと見つめてから、覚悟を決めた。
「いつから、僕の再生能力について知ってたの?」
とストレートに尋ねると、薫は少し困った顔をした。
「まあ、実際に知ってたわけじゃない…推測だな」
薫は手元の湯飲みを両手で包んで少し間を置いた。
「最初にその事に気が付いたのは、俺じゃなくて後藤さんだ」
「後藤さん…」
意外な人物の名前に秋人は戸惑った。
「後藤さんは君が赤城や坂田に搾取されてたと知った時に、当時の装備を確認してる。おそらく、それまでも装備はさほど変わってないだろうと思ったみたいだ」
「ああ」
なるほど納得である。
後藤はおそらく気が付いたのだ。こんな装備でSランクのダンジョンを討伐できるわけがないと。
「それで、最初は君に高度な治療魔法があるんじゃないかと思ったらしい」
しかし、秋人のジョブは魔法剣士だ。初期の治療魔法くらいは習得できるだろうが、高度な、それこそ欠損を補えるような魔法の習得は前例がなかった。そこで魔法の線は消えた。
「次に君が魔法ではない別の方法で、体の再生ができるスキルを持ちあわせているのではないかと思ったみたいだ。けれども、秋人は魔力回復薬も1本も持ってなかった。だからスキルですらない可能性があると後藤さんは判断した。それで、俺にそのことを教えてくれた」
薫は、そこでうーんと小さく唸る。
「まあ、でもなぁ。俺はあんまり 探索者(シーカー) について詳しくないし、魔法もスキルも今一つ違いが分からない。どちらも魔力が必要だってことくらいしか知らないしなぁ。もし、それ以外の方法で秋人が怪我を治せるならラッキーだったなってくらいの発想しかなかったんだよ」
という薫の言葉に秋人は苦笑を零した。おそらく後藤の懊悩の半分も理解していないのだろう。
「後藤さんはたぶん、僕が人間じゃないかもしれないくらいに思ってるよ」
と秋人が言うと、薫はさらに首を捻った。
「うん。なんかそんなことも言ってた。でもなぁ…まあ特殊な能力を秋人が持っているってだけだからな。陸上のホルトが100メートルを8秒で走ったり、歌手のMEDOが5オクターブ声が出るのも魔力は使わないじゃないか。それと同じって感じだな、俺の中では」
アスリートやアーティストの才能と同じだと言われると秋人も返答に困る。
「秋人はどう思ったの?最初にその能力が使えた時に」
薫の静かな瞳が秋人を見つめる。秋人は少し目を閉じた。
「最初にこの能力を使ったのは、初めのSランクの討伐の時だったんだ。あそこへ行けって言われて、まだその頃は少しくらいは何かを怖がったりする感情が残ってたから、結構嫌だったなぁ。死にたくないなぁって思ったんだよ」
後に秋人は感情が摩耗してしまって、あまり恐怖は感じなくなるのだが、その頃はまだ少し怖かった。
おそらく赤城は遺産目当てに秋人を厄介払いするつもりで、Sランクのダンジョンへのソロ討伐を命じたのだろう。
「斬撃を避けそこなってね。ざっくり体がほぼ真っ二つになって、辛うじて背骨だけつながってる感じだったかな。すごく熱かった。痛くはなかったかな。たぶん神経が焼き切れたんだと思う」
どちらかというと、痛みより斬られたことに対する衝撃の方を強く覚えている。
「ああ、死ぬんだって思った」
何でもない事のように秋人が話すと、薫は酷く辛そうな顔をした。
「秋人…辛いなら…」
「ううん。ちょっと誰かに話したいかも。話すなら薫がいい。薫が嫌じゃなければ」
「俺は大丈夫だよ」
薫が優しい顔で頷いた。
秋人は少しあの頃の自分が慰められるような気がした。孤独で寂しい子供だった自分。
「気が付いたら、ダンジョンの地面に転がってた。ざっくりいったはずのお腹は特に何の傷跡もなかった。斬られたのは夢だったのかと思ったけど、服は切れてたし『僕はもしかしてアンデッドになったんじゃないか』って思ったよ」
「ああ、それは俺も思った。新宿第三で」
「そう言ってたね」
二人は小さく笑いあった。
「その後、同じ相手に5回斬られた。3回目は意識がある状態で再生したから、もう何というかパニックだった」
魔力を使うでもなく体が再生される。腹も腕も足も目も何もしなくても自動で修復された。
「正直怖かった。死んだ方がよかったって思ったよ。まじでモンスターになったと思ったもんね」
秋人は自身がダンジョンのモンスターとして討伐されるのではないかと怯えた。しかし、ダンジョンを討伐して恐る恐る帰還したが、誰にも咎められることはなかった。ダンジョンから抜け出しても、消えたり死んだりすることもなかった。瘴気を出して周囲にダンジョン圏ができることもなかった。
秋人はそこでその能力については考えるのをやめた。
誰にも相談できなかったし、相談したら排斥されるだろうということは想像がついた。誰だって理屈もわからず生き返る生物は怖いに違いない。
そこからそのことをひた隠しにして生きてきた。
「どういう再生機能なのかは分かるのか?」
薫の言葉に秋人は首を傾げた。
「うーん。たぶん、空気中の何かを変換して体を治してるのかなぁ。感覚的には世界から何かをもらって作り直すみたいな。音がするんだ。何かを削ってそこからもらってる感じ」
「便利だな」
薫の言葉に秋人は少し笑った。そんな風に言ってくれる人に出会えたのが奇跡だと知ってる。
「まあ、でもゾンビみたいなもんだよ。僕たぶん生まれた時からの元々のパーツは、もう頭部と心臓くらいしか残ってないと思う」
おそらくそこは急所だと感覚的に秋人は分かっている。その二つは再生できない。
「再生も自分でコントロールできるようになったし」
だからこの前のように敢えて再生しないという事も出来たのだ。自分の指を何本も落として練習したことは薫には絶対黙っていようと秋人は思った。しかし、薫は非常に怖い顔をして秋人の手を取った。
「練習したんだな」
秒で見透かされた。
「痛みは感じるんだろう。だったら二度とするな」
薫の声は鋭く、哀しみに満ちていた。
「はい」
と秋人は素直に頷いた。