軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13. 勇気

ダンジョンが発生するメカニズムはまだ解明されていない。ある日、突然それは起こる。場所も時間も関係なく唐突にそこに出現するのだ。

ダンジョンが出現した後はスタンピードが発生する。ダンジョンから一斉にモンスターが吐き出され、周囲の人間に襲い掛かる現象をそう称する。

モンスターの数はダンジョンのランクによって大きく異なる。

一番最悪なのはSランクのダンジョンで、そうなった場合、ほとんど途切れることなくモンスターが出現し続ける。Sランクのダンジョンが討伐されるまで、その現象は続くので被害も桁違いだ。

しかし、通常のダンジョンはまずはモンスターの発生が途切れるまで、外で 探索者(シーカー) たちはモンスターを迎え撃つ。そうして、モンスターの波が途切れたら結界を張りダンジョンの調査が始まる。ランクや発生場所によってダンジョンは存続か討伐かを決定する。

スタンピードが発生した場所は、モンスターが討伐されるまでは、「ダンジョン圏」と呼ばれる空間となる。ダンジョンと同じく魔力と瘴気が溢れ、24時間滞在すれば自動的に 探索者(シーカー) になってしまうのだ。金子の弟が瘴気中毒症に罹ったのもこのダンジョン圏でのことだ。ダンジョン圏の範囲はこれもダンジョンのランクによって異なるがモンスターが出現して移動する範囲…だいたい半径0.5から5kmにも及ぶこともある。

「…大きい」

秋人はダンジョンから発せられる魔力を感じて躊躇った。Aランク、最悪ならSかもしれない魔力量だ。

チラリとクラスメイトの顔を見る。心配そうな明子の顔、いぶかし気な智輝の顔、こちらを見ている友人たちの表情。

このまま…なんとか黙って園外に誘導できないだろうか…

ふとそんな気持ちが湧いた。

今まさにダンジョンが発生しようとしているその場で、己は 探索者(シーカー) だというのに、秋人は自分の力をふるうことに躊躇いを覚えた。

それは、夏休みに訪れた巨福呂坂ダンジョンでの一コマが大きく関係していた。

『化け物!』

と遊馬に呼ばれた時の衝撃。ほんの何時間前まで親しくしていた相手からの心からの恐怖。

今また初めてできた友人たちから同じように罵倒されることを想像すると、秋人は怖くて堪らなかった。

自分はいつの間にかこんなにも欲張りになった

大切なものは薫だけでいいと思っていたのに

こんなにも大切なものが増えて

無くしたくないなんて思っている

「大丈夫?如月くん。顔色が真っ青よ」

明子が心配そうに秋人の肩に振れる。

「こんな寒いとこで待ち合わせとかしたからでしょう」

誰かの怒る声。

「智輝、どうする?どっかあったかいとこへ戻るか?」

「そうだなあ…」

そんな会話が耳の奥遠く聞こえた。

ふと、智輝の被っているキャップが目に入った。

「俺がいずれ入団予定のメジャーのチームロゴだ」

と彼は嘯いて、でも本当の本気で笑っていた。

織田は、同じくイギリスのフットボールチームのロゴの入ったブルゾンを着てるし、町田のバックパックには箱根駅伝で応援していたチームのキーホルダーがぶら下がっていた。

他にも何人もスポーツを将来の夢にしている友人たちがいる。いや、今はまだでも、この先もしかしたら何かのきっかけで目指すことがあるかもしれない。

「ゴメン…」

秋人は小さく呟く。勇気がほしい。たった一言を切り出すための勇気が。

このままダンジョンが顕現したら、もし運悪くこのダンジョン圏に24時間滞在することになれば、彼らの夢は打ち砕かれる。

アメリカで出会ったパトリックの暗い目を思い出す。彼は望んだわけもなく 探索者(シーカー) となり夢を追うことができなかった故に暴挙に出た。

「薫、助けて」

ぐっと秋人が拳を握る。

「秋人?」

智輝が不思議そうに首を傾げた。

『うーん、俺はそう思わないけどな』

不意にあの夏の日の記憶が蘇る。

あれは、秋人が昔の方が依頼をこなすことに対してもっと上手だったという悩みを打ち明けた時だ。薫は言ったのだ。

『君が悩んで苦しんで、必死に考えて抗った結果、彼女の命とみんなの笑顔を守ることができた』

そして

『俺はそれをとても誇りに思うよ』

と彼は秋人の大好きな美しい笑顔でそう言ってくれたのだ。

秋人は 探索者(シーカー) だ。

探索者(シーカー) はその力を誰の為に使わなくてはならない?

そんなことは決まっている。

「…智輝、委員長。いますぐ、ここから逃げて」

「え?」

「ダンジョンが出現する、時間がない」

「何言って…」

「ここは僕は食い止めるから、みんなは逃げて」

秋人は毅然と顔を上げてそう告げた

「お、お前、冗談も休み休み…」

思わず智輝がそう言いかけると、その場の全員が凍り付く、女の悲鳴のような高い音が響き渡った。

「来る…」

秋人は今まで外の討伐は経験がない。溢れてくるモンスターを狩るという事、人間が沢山いる中で戦わなくてはならないこと、どれも未知の領域だ。

「いいか、よく聞いて。今からあそこに15分後くらいにダンジョンが発生する。規模はおそらくA、最悪ならSだ。すぐに避難しなくちゃいけない。園に協力してもらって避難誘導を頼むんだ」

「な、なに言って!そんなの、誰が信じて!」

委員長が怒鳴るも、女生徒の一人が

「あ、あれ!!」

とデステニー城の前を指さす。そこの空間が歪んで城の姿がたわんで見えた。

「これを」

秋人は収納魔法から金色のカードを取り出した。

「朝の集合場所だったところに受付があっただろう。こういう大きな施設には必ずある。そこに行ってこれを見せて。必ずダンジョン顕現時のマニュアルがある。その通りに動いてくれる」

「こ、これ…」

金色のギルドカードには「如月秋人」の名前が刻まれている。

「『如月秋人がダンジョンが出現するって言ってる』って言えば、これがあれば納得してくれる。急いで!」

クラスメイトが全員異質なものを見る目で秋人を見つめた。

その視線が秋人には辛い。けれども、今自分で決めたことだ。

「お前、お前、そういう…そういうことはなあ」

沈黙を破ったのは智輝である。

ああ、そういうことだったのか…

すとんと智輝は腑に落ちた。謎だった沢山のピースが全て嵌った。

そりゃあ、朝の話は全部出鱈目だってなるだろう。何しろ本人だったのだから。

騙されて扱き使われていた?

親が死んでから地を這うように生きてきた?

ああ、そうだろうとも。あの如月秋人がこの如月秋人だったのならどれだけの修羅場を一人でこなしてきたのだろう。何年も、何年も。

如月秋人はソロで3つのSランクのダンジョンを踏破した。

ソロだ。たった一人だ。

自分と同じ年の少年が、そんなのは断然おかしいだろう。

「黙っててごめんね」

泣き笑いのような顔をする秋人の胸倉をつかんだ。

「木下くん!!」

明子が叫ぶ。

「逃げるぞ!お前が全部やる必要なんてない!俺たちと一緒に逃げるんだ!」

秋人はびっくりしたような顔をした。

「そ、それは想定してなかった」

と呑気な返事をしてから、心の底から嬉しそうに、冬の陽が淡く溶けるように笑った。

「ありがとう。でも僕がやらなくちゃ」

秋人はそっと、智輝の手の上に自分の手を重ねた。

「僕は3S 探索者(シーカー) 如月秋人だ」

そう言い放った。

「できるだけダンジョン圏が広がらないように努力はするけど、数が多いと僕一人では対処しきれないかもしれない。援軍がほしい。智輝は薫の連絡先知ってるよね。薫に連絡してほしい。頼むよ」

ぐだぐだしていればいるほど大切な時間が無くなる。

「後ろを振り向かずに走って。受付にさっきの伝言をしたら、君たちは全員もっと遠くに逃げて。ダンジョン圏は園の外までだって広がる可能性がある。できるだけ、学校くらいまで逃げて」

「き、如月君」

女子の何人かはそれでも足が動かない。しかし、さきほどの叫び声のような音がまた響く。心なしか大きくなった。

「行って!!」

強い命令と共に秋人の両手に光る剣が顕現した。美しい水色の光の剣だ。

周囲で何事かと足を止めていた客がぎょっとして後退る。

「振り返らず、走れ!!」

秋人の声に、ぐっと智輝が拳を握った。

「いいか、絶対に話聞かせてもらうからな!お前の口から以外は信じねえからな!!」

智輝はそう叫ぶと、クラス全員に向かって号令をかけた。

「おら、逃げるぞ!」

「でも!置いて行くなんて!」

明子の言葉に智輝はぎゅっと眉を寄せた。

「うるせえ、俺たちがいたらあいつが大変なんだよ。逃げるしか…できねえんだよ」

智輝の目尻には涙が浮かんでいた。明子は何も言えず、黙って智輝に従った。