軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5. いざ鎌倉

車の運転席に薫が座ったので、秋人は不思議そうな顔をした。実は薫が運転するところを見たことがないのだ。

「薫、運転できるんだ」

「そりゃあね。この車は元々俺のだから」

「そっか」

当たり前のことにやたらと感心してしまった。

「秋人も18になったら免許取りに行くか?」

「行きたい」

「分かった」

これで、18歳の秋人の誕生日プレゼントは確定だなと薫は思った。当夜はこれで、絶対に薫からの秋人の18歳の誕生日プレゼントは車だなと思った。

薫はハンドルを握ると

「いざ、鎌倉って感じ?」

ニヤリと笑った。

「すごい威力っすね」

当夜が思わずため息を付く。

帰省ラッシュの始まった首都高に上がるまでの渋滞を、薫の運転する車はほとんどノンストップで切り抜けていく。ほんの少しの空きがあると強引に薫が車体を入れるのだが、男も女も薫が申し訳なさそうに微笑みながら頭をさげると、すっと道を譲ってくれるのだ。

「まあ、変なところで時間をロスするのももったいないから利用できるものは利用する」

ウインカーを出しながら薫が右手を上げると、隣車線を走っていた中年の紳士は慌てて前に入れてくれた。

「老若男女関係なしなところが恐ろしいな」

桜子がぽつりとつぶやく。さきほどから道を譲ってくれたのは20代前半の女子大生っぽい車、50代くらいとおぼしき男性の高級外車、30代のサラリーマンの営業車、60代の枯葉マークをつけた老婦人の軽と幅広い。

首都高に上がり、ある程度車が走り出すと薫はサングラスをかけた。

「サービス終了ー」

サービスだったんだ…と同乗の3人は同時に思った。薫がアクセルを踏み込む。

「一応弁護士なので、法定速度でいくから、次当夜と交代な」

「ういーっす」

当夜が頷く。

「渋滞したら先生が運転した方がいいっすか」

「そうだな。そのときは交代する」

「わかりました」

当夜がすでにあきらめの境地で頷いた。

ほどなく湘南方面に到着。ここから鎌倉、さらに山のほうへ進む。

「朽木の一族は山の方面なんで、もう少し時間かかります」

「じゃあ、どっかで昼食べていくか?」

薫が湘南・鎌倉のガイドブックを見ている。

「海沿いにカレーが美味そうな店がある」

「カレー好き」

秋人の一言で行き先が決定した。

シーフードカレーの店に着いて、4人でテーブルを囲んでいると、当夜はものすごく視線を感じた。

「このテーブルでフツメン俺だけじゃん」

そっと周囲を見渡すと、女性は秋人と薫、男性は桜子に視線が集中している。

桜子は一応いつもの髪型ではなく、降ろしてキャップを被ってサングラスをかけている。薫もサングラスをそのまま継続しているので、顔の全体が見えているのは秋人だけだが、それでもかなりの破壊力があった。

「いたたまれねぇ」

小さく呟きながらため息を付いた。

食事が終わり駐車場に戻った時、不意に声がかかった。

「当夜!」

思わず振り向くとそこには大学の時の彼女が手を振っていた。

「うえ」

思わず声がもれる。

「知り合い?」

秋人が小さく尋ねる。

「大学の時の元カノ。俺が分家の跡継がないって言ったら振られた」

「へえ」

薫が小さく呟いた。

「久しぶり。元気だった?」

彼女はまるで何事もなかったように当夜の傍に近寄ってきた。

「帰ってきたのね?当夜の知り合いの方?紹介してよ」

当夜の腕を取り、自分の胸に押し付けるようにして上目遣いで見あげた。

「あーそういえば、俺この目線に弱かったなぁ」

と当夜はしみじみ思った。

「可愛いと思ってたんだけどなあ」

ふうっとため息を漏らす。

当夜が大学を辞めて薫の元に就職すると言った時、他の誰にも言わなかったが彼女にだけは話した。彼は兄の事も彼女に相談していたし、家を継ぐ気がないことも話していたから、まさかあんなに反対されるとは思っていなかった。

「当夜は私の事真面目に考えてくれてないの!?」

と叫ばれて困ったが、もちろん当夜は真面目に考えていた。だからこそ、大事な秘密を打ち明けたのだ。

「何度も言っただろ。俺は兄貴を差し置いて後を継ぐ気はないって。このままここにいたらいずれそうなる。今回のことは最大のチャンスなんだよ。お前のことはちゃんと迎えにいくから…」

待っていてほしいとそう続けようとした時、彼女の表情が変わった。

「あーあ。ばっかみたい。大事な大学生活の最初の一年をこんな腰抜けの為に無駄にしちゃったわ」

「へ?」

当夜は彼女の言葉の半分も理解できなかった。

「朽木の家を出るあんたなんか、用なしよ。とっと消えて。二度と私に付きまとわないでね」

冷たいごみを見るような目線に当夜は茫然となった。彼女はそんな当夜を振り返ることなく、さっさと去っていった。

彼が正式に大学を中退した時も、周りにいた何人もの友達がいなくなった。彼らとの関係は実は自分への友情ではなく家に対してのゴマすりだったのだと、当夜は初めてその時悟った。

こんな思いを兄は10歳の時にしたのかと思うと切なかった。

「ねえ、ねえ。こちらの方は当夜のお友達?」

猫なで声が気持ち悪かった。吐き気がするのに体が動かない。何か言ってやりたいのに言葉が出なかった。

いつもは明るい当夜が酷い顔色で硬直していることに気が付いて、桜子が声をかけようとした時それは起こった。

「当夜、趣味わるっ」

秋人である。秀麗な顔を思い切りゆがめて吐き捨てる。

「こんな性格悪そうな ブ(・) ス(・) と付き合ってたとかあり得ないんだけど」

「ああ、当夜はお人よしだから、言い寄られてこんなのでも仕方なく付き合ってやってたんだろ」

こちらは薫である。これもなかなかに容赦ない。口元の冷笑が本当に心の底から小ばかにしていることを隠そうともしていない。

桜子が思わず硬直するような冷え冷えとした空気である。超絶美形二人でやると、もはや見えない言葉の刃だ。

「絶対茜ちゃんの方がいいよ。性格いいし、かわいいと思う」

「俺も同感。こんなねちょねちょした感じの女、一番最悪。雇い主としては、絶許だね」

薫がチラリとサングラスをずらす。

「どっかいけよ、阿婆擦れ」

彼女は真っ青になって思わず当夜の腕を離した。

「行こう、当夜」

秋人がその腕をつかんで強引に引き離した。

車に乗り込んで彼らが走り去るまで、彼女は駐車場で茫然と佇んでいた。震えが止まらなかった。

「いやあ、びっくりしたな」

桜子が感心したような声を上げる。

「さっきの二人は息ぴったりの罵倒だったな。痛快だった」

秋人は桜子の言葉にいつものおっとりとした空気感で「え?そうかな。上手くできてた?」とか本気で喜んでいる。

「保護者としては、あまりそこで喜んでほしくないんだが…。まああれはあっちが悪いよな」

うんうんと頷きながら薫がハンドルを切る。

「秋人も薫さんも当夜くんのことが大好きなんだね」

桜子が微笑むと秋人は「はい」と返事をし、薫は明後日の方を見る。

「その…ありがと」

当夜が呟くと二人はにこりと笑うだけだった。胸の奥につかえていたものがとれたような不思議な爽快感だった。

彼女のことには傷ついた。去っていった友人たちにも失望した。でも代わりに何のメリットもないのにあんな風に自分のために怒ってくれる人とつながれたことは、当夜にとって掛け替えのない自分だけの財産だった。