軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

精霊王サミット  前編

帝国では、一月一日に大々的に新年を祝うのは皇都だけだ。

各領地では、皇都での新年と成人祝いの式典に参加した領主達が帰ってくる二日以降に、その土地のやり方で本格的に新年を祝う。

ただし、前夜祭は派手にやる。

どこの港でも同じだろうけど、ベリサリオでも年が変わると同時に港に停泊している船がいっせいに汽笛を鳴らす。

城にいても聞こえるくらいの音だから、港近くにいたら寝ている子供が飛び起きる騒音だと思うわ。

港近くの公園にはたくさんの明かりが灯され、ずらりと並んだ屋台が深夜まで営業する。 酒と食べ物を買い込み、屋台近くに並べられたテーブルで飲み食いする様子は、前世の屋外フードコートのようだ。

ベリサリオは一年を通じて比較的温暖な気候なので、外で食事をする店や屋台が多く、明け方まで騒いで一日はゆっくりと休み、家族と過ごし、二日からまた大騒ぎするのだ。

今年は辺境伯嫡男の成人を祝い、城前の港町では公園で無料で酒が振舞われ、格安で食べ物を販売する屋台が並ぶ。一日中音楽が奏でられ、輸入物や帝国各地から集められた品物が並ぶ市場も開く予定だ。

クリスお兄様の成人を祝うグッズや記念コインも販売されるので、ベリサリオ全域から人が集まってきている。

私は今年も例年通り、汽笛を聞いてから眠りについた。

違うのは、いつもなら皇都に宿泊している両親も、あまりに帰ってこなかったので顔を忘れていた祖父母も城にいることだ。

祖父母が前回、ベリサリオに帰ってきたのって何年前だったかしら。

たぶん五年以上前だったと思う。

皇都のタウンハウスには顔を出したことがあるらしくて、両親やクリスお兄様は一年位前に会っていたそうだけど、私はすっかり存在すら忘れていて、初めましてって挨拶して泣かれたわ。

悪いの私じゃないよね。

あ、カミルは四日ほど前から皇宮住まいよ。

ルフタネンから正式な外交官達がやってきたので、一緒に皇都に滞在している。

転移魔法があるんだから、国に帰って王太子に挨拶しなくていいのかって聞いたら、すっかり仲良くなっていちゃついている王太子と婚約者の邪魔をしたくないと言っていた。

婚約者としては、挨拶だけでもしてくれた方が嬉しいと思うんだけどね。

一日は早朝に起こされて、メイド達に出かける準備をしてもらいながら、軽く朝食をつまんだ。

皇都での成人祝いの式典に出るとあって、お母様やメイド達の力の入れ具合が半端ないのよ。さすが妖精姫と言われるようにしなくてはと、前日から爪の手入れやドレスの最終チェックが行われた。

今日は成人した人たちが主役だ。

デビュタントの女性は白を基調にしたドレスを着るので、私は目立たないように小豆色のドレスを作ってもらった。

色はね、確かに目立たないわ。

ただ、十歳の子供が小豆色を着ているのは珍しいし、金糸銀糸の刺繍が見事すぎた。

お母様、力入れすぎですわ。これは地味じゃありませんわ。

転送陣で皇宮に移動した私達は、そこで祖父母と別れて精霊車に乗り込んだ。

式典の前に、精霊王に成人したという報告と新年の挨拶をするのだ。

今までは適当に泉に行って瑠璃に挨拶して、遊びに来た精霊王達とも雑談して帰ってきていたんだけど、私が一緒に行けば精霊王が四人揃うじゃない。皇太子の成人を四人の精霊王が祝ったっていうのが大事なんだってさ。

ノーランドとコルケットは息子に爵位を譲り、今後は引退した身として皇太子の仕事を手伝うことになった。

いつまでも辺境伯が領地に帰らないのでは、国境の守りや軍隊の統率に支障をきたしかねないからね。

若い辺境伯の誕生で、ノーランドもコルケットも二日から祝いの祭りがおこなわれるそうだ。

あちらこちらで祝典が行われるから、貴族達は大変だよ?

お祝いに顔を出さなくてはいけないし、贈り物だってしないといけない。

うちだって両辺境伯の祝典にも顔を出さないとね。

どこからどう顔を出すかだって重要なわけだ。

私?

十歳の子供は祝典になんか行かなくても平気よ。

全部回っていたら、休みが明けて学園の後期が始まってしまうわ。

雪がちらつく皇都は寒い。

しかも行く場所はアーロンの滝。

水しぶきを上げる滝のそばだよ。寒いに決まっている。

だから精霊車の中で、ふわふわのコートをドレスの上に着こんで、モフモフのウサギに似た魔獣の毛皮で作ったマフラーと耳当てと帽子もかぶった。

「ディア、かわいい!」

「うわこれ、触り心地いいね」

やめろ。家族全員で私を撫でまわすな。

子供サイズのぬいぐるみじゃないんだぞ。

アーロンの滝に到着して精霊車を降りた私を見て、みんな顔が綻んでいた。

癒し担当ディアドラよ。

でもね、この世界は人間の住んでいる土地なんてほんのちょっとで、ほとんどが未開の地だから魔物の数が多いし、合皮なんてものはないわけだ。みんな魔物の毛皮やなめし皮を外套や装備にしているのね。だから金持ちは羽振りのいいホストみたいな外套を着てるのよ。

もこもこ具合ではみんな同じようなものよ。

耳当てと帽子がないだけでしょ。

皇太子なんてすごいよ。さすがロイヤル。

黒いなめし革のマントは縁にモフモフの毛皮がついていて、金色の台座に大きな宝石がはまっている肩の装飾品で落ちないように留められている。その装飾品から伸びる飾り紐も、皇族の紋章の入った大きなペンダントにつけられた布も、皇族だけが使えるディープロイヤルブルーだ。

派手だし、重そう。

第二皇子も似たようなマントだし、男性陣は外套よりマントの人が多いんだよな。

近衛騎士団の制服もマントだ。

いざという時のことを考えると、腕の可動域は重要だからかな。もこもこの外套じゃ確かに動きにくいわ。

アーロンの滝に来たのは、皇族ふたりと辺境伯三人。それとパウエル公爵とパオロだ。

パウエル公爵は中央政府の中心人物になっている。

中央の貴族達の期待を一身に集め、多くの貴族がいなくなってしまった皇宮の運営が円滑に進むよう尽力し、辺境伯とも良好な関係を築いている。

パオロは近衛騎士団長だから皇族の警護の責任者としてこの場に顔を出しているのだけど、パウエル公爵家とランプリング公爵家の当主がいるのに、グッドフォロー公爵家だけいないというのは大丈夫なんだろうか。

皇族だけ側近を連れてきているから、デリックがいるのが救いだわ。

なんでベリサリオだけ家族全員がいるかというと、お父様は辺境伯だから当然いるでしょ? お母様はまだ十歳の妖精姫の保護者として来ている。他に男しかいないしね。

で、お兄様方なんだけど、ふたりは琥珀と翡翠のお気に入りだから、彼らはいないの? と聞かれるよりは呼んでおけというのが理由のひとつ。

もう一つは、

「ディアが何かやらかしそうになったら、おまえ達で止めろよ」

と皇太子が言い出したからだ。

私が何をするっていうのさ。

手前の広場で精霊車を停め、そこからはいつも通り徒歩で滝に向かう。小型化した精霊獣達に囲まれて、じゃりじゃりと雪を踏みしめて歩いていく間にどんどん足先から冷たくなっていく。

ここだけ街中より気温が何度か低いんじゃないかな。

吐く息が白くて鼻の頭が赤くなりそう。

でもアーロンの滝の前の一部分だけ、まるで屋根があるように雪が降っていなかった。

滝の水の落下する部分以外湖はすっかり凍り付いていて、滝の水も上のほうは表面が凍っているのに、円形に地面が乾き、その中だけ少し暖かい。

試しに息を吐いてみたら、白くならなかった。

『よく来たな』

『人間達は寒そうだから、話しやすいようにしておいた』

呼ぶまでもなくあっさりと姿を現した精霊王達は、雪の中に浮いているというのにいつもと同じ装いだ。見ているこっちが寒くなってしまう。

「本日は新年のご挨拶と、無事に成人を迎えることが出来ましたことの御報告に伺いました」

ベリサリオの兄妹と皇族ふたりを除いた者達が、いつものように跪く。つまり子供ばかりが立ったままだ。

『もう成人か。人間は大人になるのが早いな』

話し始めたのは琥珀だ。

中央は琥珀の担当地域だからね。

『中央も精霊や精霊獣が増え、平和な日々が続いている。それもこれも、皇太子を始めとした帝国の貴族達が、多くの困難を乗り越え我らとの共存の道を選んでくれたからだ。アンドリュー皇太子。あなたが次期皇帝でよかった。私達はこれからも助力を惜しまないわ』

「ありがとうございます」

他の精霊王達も皇太子と言葉を交わしているというのに、瑠璃がスーッと横に移動して少し離れた場所に立ち、こっちにこいと私を手招きした。

イケメンだし精霊王だとわかっているからいいけど、ちょっと間違えたら幽霊よ。

「どうしたの?」

呼ばれたから家族から離れてひとりで近づいたのに、モフモフした帽子の手触りを楽しんでいないで。他の精霊王達までちらちらこっちを見ているじゃない。

『今日、皇太子の成人を祝うと聞いて、他国の精霊王達がやってきている』

「え? なんで?」

『人間と精霊の共存がこんなにうまく進んでいるのは帝国だけだ。ルフタネンもベジャイアもまだ手探りの段階だから、この国ではどんな様子なのか見たいのだろう。まあ、ディアに会いたいというのが一番の目的だろうな』

「余計なことは言わないでしょうね」

『おまえの事情は話してある。だが、会いたくないなら断ってもいいぞ』

断っていいの? わざわざ来ているのに?

『どうする?』

「私はかまわないけど、皇太子殿下の意見を聞いてもらいたいわ」

『なんだ、断らないのか?』

蘇芳までこっちにやってきた。

『琥珀、皆に説明してくれ』

瑠璃に言われて、琥珀がみんなに他国の精霊王が来ていることを話した。

まだ自分の国の人間とも会っていないシュタルク王国やデュシャン王国。新しく出来た遊牧民の国のタブークの精霊王まで来ているらしい。

タブークの精霊王って、前はペンデルスの精霊王だったんでしょ?

なんで大集合したの? 精霊王サミット?

皇太子の了解を得て琥珀が声をかけると、うじゃうじゃと精霊王が姿を現した。

一瞬で現れる者。ぼんやりとした姿が徐々にはっきりしてくる者。凍った湖の中から現れる者。空中にぼっと音がして炎が現れ、その中から姿を現すという派手な登場の仕方をする者もいた。

これが夜だったら幽霊の集会かと思うわよ。

それにみんな、人間離れした整った容姿をしているのよ。

前世で北欧のすっごく奇麗なモデルさんの写真をネットで見た時に、ゲームのCGムービーに出てくる美女かお人形みたいで、生きている人間らしさがないなって思ったんだけど、その時以上に違和感を感じてしまう。

たぶん話をして表情が変わるのを見ていくうちに、イメージは変わっていくと思うのよ。瑠璃達もそうだったから。

いや、彼らは最初から表情豊かだったか。

精霊王の共通点は、属性によって髪の色が同じだってことだけだ。

肌の色も目の色もみんな違う。

着ている服は、ルフタネンは南国らしい色や花柄だったり、タブークの精霊王は遊牧民の姿だったり、それぞれの国で特徴があった。

この世界は精霊と人間が共存することを前提に作られているんだと思う。

豊かな自然がなくては精霊が生まれないので、人間は下手に自然を壊せない。壊したら精霊王の怒りを買って国ごと滅ぼされる危険がある。

この世界って前世の世界で人間が増えすぎたから、転生先として作られた世界のひとつだから、あまり人間を増やしたくないんだろう。

そういえば前世の先進国って、出生率が減って国民の数が減っていたよね。

よその世界に転生させたからっていうのも、原因のひとつなんじゃないの?

共存するのが前提で作られている以上、人間がいなくては精霊獣も精霊王も存在出来ない。

人間の手つかずの大自然の中には、人間には見えない弱い精霊しかいない。

この世界は空気中に魔力が含まれているから、精霊は生きていけても成長はしない。

そこに人が集まりだし村として成長していくと、自然に放出される人間の魔力のおかげで精霊が育ち、精霊が育つと人間にとって住みやすい土地になっていく。

そうして村が街になり都市になり人が増えていくと、精霊王が生まれるんだって。

生まれるというか、神様が作るらしい。

じゃあ瑠璃とモアナが兄妹ってどういうことよって聞いたら、ベリサリオとルフタネンの北島って、ほぼ同じ時期に小さな国になったらしいの。都市国家っていうのかな。

その頃は王家は名乗っていなかったけど、ベリサリオがこの地方を治めるリーダーだったのよ。

なのでふたり同時に神様が作ったから兄妹と思っているだけで、血の繋がりとか親が同じという人間の兄妹とは違うの。

精霊王に繁殖能力はないのかもね。

繁殖行動をいたすかどうかは別にして。

つまり瑠璃は、ベリサリオが帝国に組み込まれる前からずっと、この土地にいた精霊王なわけだ。

そのベリサリオに転生者が生まれたので、かなり嬉しかったらしい。

それで私に甘いのね。

もう近所のおじちゃん……お兄様みたいな感覚よ。

だって瑠璃の見た目ってアラサーくらいなんだもん。

今のお父様よりは年下に見える……あああ、重要なことに気づいたわ。

私いずれは、瑠璃の見た目に追いついて追い越すのね。

それでも子ども扱いされたらどうしよう。

まあそれは今はいいわ。考えてもしょうがない。

目の前の空中に出現した六か国の精霊王達が大問題よ。

アゼリア帝国の精霊王達は、私や皇太子と他国の精霊王達の間に立っている。

七か国の精霊王が集まるって、このあたり一帯の魔力は大丈夫?

ここにいる人間の魔力が強くなっちゃったり……はっ! いいことを考えた。

あんまり魔力のない、うちのロイヤルファミリーの魔力が増えたらラッキーじゃない?

あの湖の水は、精霊王達の真下にあるんだから魔力が増えてるかもしれない。

皇族ふたりに寒中水泳させたらどう?

……死ぬな。

寒さで凍えて凍傷間違いなしだな。

その前に皇太子に怒られるわ。

黙っておこう。