軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ダンスレッスン  後編

「あなた達、そこに一列に並びなさい!」

その中で私は、腰に手を当てて仁王立ちになって精霊獣を怒鳴りつけていた。

「今は危険がある状況じゃなかったでしょ? あなた達だってわかっていたわよね。なのにどうして邪魔をしたの? 怪我をしたかもしれないのよ」

さっきまで大騒ぎしていたのに、尻尾や耳をへにゃんと下げてしょぼんとするな!

私が悪いみたいじゃないか。

「ルフタネンにはまだ強い精霊獣が少なくて、こいつらはいつも遠巻きにされてしまうんだ。でもベリサリオの精霊獣は遊んでくれるから、つい羽目を外してしまったんだよ」

「カミル。あなたがここで甘やかしては駄目。皇宮での式典の最中に今のようなことをしたらどうするの?」

「う……さすがにその時には静かにするさ」

「へえ?」

片眉をあげて睨んだら、カミルは胸の前で両掌をこちらに向けてガードしながら後退った。

毎回逃げているな、この男は。

「いい? ダンスの練習が終わるまで部屋の隅に待機するか、精霊の状態になるかどっちかよ。また邪魔をしたら、当分顕現禁止!」

少し離れた場所で足を止めたお友達やアランお兄様まで、私に近づくのをためらっているのはなんでかしら?

共存するということは、精霊獣達も私も一緒に暮らすために約束を守るのは当り前よ。

ひゅんひゅんと音がしそうな速さで精霊獣達は光の玉の形状になり、私とカミルの肩の上に移動した。

顕現出来なくても傍にいる方がいいと思ってくれるのは嬉しくて、ちょっと怒りすぎたかなと思わないでもないけど、ここは厳しくしないと。

「ぶふっ」

腰に手を当てたまま、ふんっと髪を後ろに払った私を見て、唐突にカミルが噴出した。

「くっ……くくっ……あははははは」

どうしたの突然?!

腹を抱えて笑うってどういうこと?!

「ご、ごめ……だって……うぎゃって。今もどや顔だし」

そんなことがおかしいの?

箸が転がってもおかしい年頃ってやつ?

「女の子がきゃって可愛く倒れると思ったら大間違いよ。ねえ?」

お友達に同意を求めたのに、黙って視線をそらされちゃった。

え? みんな転ぶ時に可愛く声をあげるの?

息を呑んで悲鳴を出せないか、うおっとか低い声が出ちゃうでしょ?

「ディア、御令嬢がつまずいてうぎゃって言っているところは見たことがないよ」

「僕も……」

ダグラスとヘンリーは、まだ女の子の本性を知らないだけよ。

ふたりの周りでつまずいた御令嬢なんて、ほんの二~三人でしょ。

親しくなるきっかけが欲しくて、わざとつまずいた子だっていたかもしれない。

ともかくみんなして、残念そうな顔をするのはやめて。

サロモンと同じ扱いの気がして、とっても不満だわ。

「カミル。いつまで笑っているの」

「初めて……会った時のこと……思い出した。げーーって……」

「……そんなこともあったわね」

だとしても、大爆笑するほどおかしいか?

ストレスの反動が来てるんじゃないの?

「最後に転んだのは仕方ないとして、ダンスは問題ないんじゃない? ふたりともちゃんと踊れていたわよ」

「さすがパティ。やさしい」

見事な赤毛をハーフアップにして白い髪飾りを付けたパティは、今日もとても魅力的。レースをふんだんに使った淡いピンク色のドレス姿は、たぶんカミルが怖くて近づけないくらいほっそりしている。

なにがずるいって、そんなにほっそりしているのに最近女性らしい体つきになってきたのよね。美人で細くて出るべきところは出ているって完璧でしょう。

「でも緊張してたでしょ」

「だって、みんなが見ているんだもん」

「本番はもっと多くの人が見てるわよ」

エセルに呆れた顔をされてしまった。

彼女もダンスは苦手仲間かと思っていたのに意外だわ。

「ダンスは得意よ。勉強よりよっぽど楽しいし、体を動かすのは得意な方だもの」

「なるほど。運動の一環なのね」

私はストレッチをしたり訓練場で走っているけど、多くの御令嬢にとって、ダンスは数少ない運動する機会ではあるのか。

踊るのって、ぴしっと背筋を伸ばして姿勢よくしなくちゃいけないし、けっこう疲れるのよ。

「ダンスだけじゃないわよ。実は私、小さな頃から剣の練習もしてたの。ほら」

目の前に差し出された掌は、お兄様達と同じ位置が硬くなっていた。関節も太くて、潰れそうになっている肉刺まである。

気さくで活発で私と一番近い性格だと思っていたけど、まさか剣の修行をしているとは思わなかった。

「エセル……知らなかったわ」

パティもエルダも言葉をなくしている。

この手は、御令嬢の手としてはやばいのよ。この世界の常識はガッチガチに固まっているんだから、嫁ぎ先が一気に減ってしまうの。

嫁ぐ気ならね。

嫁ぐ気ないよな、この子。

「私ね、近衛騎士団に入団することにしたの。アランとは同僚になるわね」

「おい」

「ヘンリー、あなたは黙ってて。もうお父様に許可は得ているの。モニカかスザンナが皇妃になった時に、護衛として傍で守りたいの。ちょうど今、女性の部隊を作る話が出ているって聞いたわ。入団試験を受けるつもりよ」

パンジー色のドレスに下ろしたままの赤毛。腰に手を当てて笑顔で話す様子からして、お嬢様としておしとやかにしているのは嫌なんだろうなと思わせる態度だ。

「大変よ? 男の人とは腕の長さも腕力も違うし、自分以外の人のためにずっと気を張っていなくてはいけないのよ?」

「わかっているわ。でも火の剣精がきてくれたの。まだ三属性だけど、風の剣精も手に入れてみせるわ。そうしたら男にだって負けないはず」

「手に入れただけじゃ意味ないよ。精霊獣に育てて、一緒に戦えるように訓練して、やっと戦力になるんだ。十五までに出来るの?」

「やるわ」

アランお兄様の指摘に、エセルはむっとした顔で答えた。

エセルが十五になる三年後、近衛騎士団の皇妃専用の女性の部隊の入団試験があるそうだ。

皇太子が十八になって即位したら、皇太子婚約者は皇帝の婚約者になり、彼女が十八になった年に婚礼が行われる。モニカもスザンナもエセルの一つ年上だから、十七になるまでに一人前にならないと部隊にいられない。

おそらく特別な部隊だから、欠員が出なくては新しくメンバーを入れないだろう。

「そうか。じゃあ頑張れ」

「反対なの? アランは応援してくれると思ったのに。ディアは? まさかやめろって言わないわよね」

「言わないわよ。エセルの人生だもの。あなたが納得出来る道を進むべきだと思うわ。ただ、しんどい道だとは思うわよ」

皇妃や彼女の友人達が茶会で楽しんでいるときも、背後に控えて警護に当たり、彼女達に子供が出来て家族と過ごす時間が増えても、エセルは独身で、剣の鍛錬を欠かさず、自分の命を差し出しても皇妃を守らなくてはいけない。

いくら活発でも、伯爵令嬢として育てられたエセルにそれが出来るのかは疑問だ。

でもマイラー伯爵は許可を出したんだもんね。

「たしかに侯爵になったマイラー家としては、エセルが皇妃の護衛についているというのは悪くないわよね。どこかに嫁がせるより、妬みも少なく皇族とも近くなる」

「なるほど。そう考えれば伯爵が許可を出すのも頷けるな。新年になってすぐ、ディアと近衛の訓練の見学に行くことになっている。エセルも来ればいい。剣精の使い方がわかると思うよ」

「アラン。止めてくれよ。侯爵令嬢が騎士団にはいるなんて、ありえないだろう!」

弟としては複雑な気持ちなのはわかるけど、止めるのが遅いわ。

あんな手になるほどに剣を学ぶ前に止めないと。

「周りがいくら止めたって本人が納得しなくちゃ無意味だ」

「だけどさ」

今まで黙っていたダグラスが口を開いた。

「戦えなくなったとき、つまり騎士団をやめた時、どうするかは考えた方がいいぞ」

「だよなー。怪我をして戦えなくなったり、歳をとって辞めたらそのあとどうするんだ? 嫁にもらってくれる人はいないだろ? かといって、ヘンリーが嫁を貰って家族がいる屋敷にも戻れないしさ」

「そんな話は、もう嫌ってほど何回も聞いているわ」

ジュードは反対。ダグラスは……反対なのかな?

男の子からしたらそうだよなあ。

私はひとりでもいいじゃんって思うけどね。騎士団の女性達はみんな同じ立場だろうから、仲間はいるし。

「そもそも、男は結婚しても騎士団にいるのに、エセルは騎士団にいる間は結婚出来ないって考えがおかしいでしょ」

「そうよね! さすがディアよ!」

「相手を見つけるのは大変でしょうけど」

「……そうよね」

「まあその時には、私のところに来て商会を手伝ってよ。結婚した先でも商会は作る気だから」

「結婚する気はあるんだ」

「あるわよ。どういうことよ」

エセルは騎士団に入りたいって言うし、エルダは商会の仕事がしたいって言うし、変わった御令嬢が多いわね。

でも私は違うから。

普通に恋愛して普通に結婚したいって、ささやかな夢しか持っていないから。

「カミル……だったかしら? 女の子に慣れていないなら、私とダンスの練習をしましょう。私なら少し足を踏まれたくらいじゃびくともしないから。それとも豆のある手なんて嫌かしら?」

「そんなことはない。よろしくたのむ」

エセルが見せた掌を覗き込んでから、カミルも掌を見せて、どうしてもここが硬くなるよねとふたりで話しながら広間の中央に歩いていく。

平民と接する機会の多い元王子は、エセルの話にさして驚いた様子がない。友達ということもあって、帝国の男共のほうが驚いているようだ。

「パティ、僕も練習したいから付き合ってくれる?」

「え? ええ、私でよければ喜んで」

他の子がエセルの話と行動に戸惑っているうちに、アランお兄様はパティの手を取って歩き出した。

まさかお兄様がパティを誘うとは思っていなかったのか、みんなびっくりした顔をしている。

好きな子が出来たら、ぐいぐいいくタイプだったかー。

ポーカーフェイスの顔と声で、行動だけぐいぐいいくタイプだった。

それって、相手からしたらわかりにくいよ。

それとも踊っている最中に口説く気なのかな。

「ディア、きみもまだ練習するんだろ?」

「そうね」

「俺なら足を踏んでも遠慮しないでいられるだろ」

「そんなことはないわよ。申し訳ないと思うわよ」

声をかけてきてくれたのはダグラスだ。

私達が部屋の中央に行く途中で曲が始まった。

「アランはディアを誘うと思った」

「兄妹で練習する気だったら、みんなを招待したりしないわよ」

「それもそうか。あいつ、もしかしてパティのこと?」

「ダンスの練習をするだけでそんな話になるの?」

「なるよ」

まじか。

夜会でダンスを踊る順番が重要だとは聞いていたけど、こんな時まで気にしなくちゃいけないのか。

「パティがエルドレッド殿下の婚約者ではないと聞いて、喜んでいた男は多いからな。ジュードも今日は誘おうと思っていたんじゃないか?」

「ノーランドは赤毛の子を嫡男の嫁にする気になったの?」

「あ……そうか。辺境伯はそこを気にするんだったな」

パティもエセルも赤毛だから、子供は絶対に赤毛の子になる。

他民族の辺境伯の領民は、いまだに自分の民族の誇りを持っていて、領主が赤毛になることを良しとしない。

ったく、強すぎるのよ赤毛の遺伝子。

ベリサリオはクリスお兄様がノーランドかオルランディの令嬢と結婚するから、アランお兄様は赤毛の令嬢と結婚して問題ないし、中央と友好的にお付き合いする気があると示せて、むしろプラスになる。

ダグラスは自分も赤毛だし、嫁の髪の色なんて何色でもかまわないから気にしたこともないんだろう。

「……カミル……様? 王弟で公爵だっけ? いつの間にあんなに親しくなったんだ?」

「そんな親しいってわけでもないわよ。ちゃんと話したのはうちに滞在するようになってからよ」

「ベリサリオはルフタネンと太いパイプが出来たとは聞いていたが……」

なんで難しい顔をしているんだろう?

ダグラスってルフタネンに嫌なイメージでもあるのかな。

「ベリサリオはディアの縁組を進めているのか?」

「は? なんで? 私の自由でいいって言われているわよ?」

「じゃあディアがいってえ!」

私が足を踏んだ途端、やばいと思ったのかリヴァが回復魔法をダグラスに浴びせかけた。

ダグラスだって水の精霊がいて、慌てて回復しようとしたから眩しいったらない。

「平気だよ。怪我してないよ」

「あああ、ごめんなさい。話すとダメなのよ。ダンスに集中すれば踏まないのに」

それに遠慮しているのか、ダグラスのリードはソフトなのよ。

どっちに進むのかわからない時があるの。

「いや、これが普通だろ。いつも大人と練習しているから、その力加減で慣れてるんじゃないか?」

「でもカミルと踊った時も同じ……あ、彼は男の子と練習してたんだ。その時の感覚でやっているのかな。細身なのに腕力もあるのかも」

「……俺だって剣の鍛錬はしてるぞ。それに力でリードされるのに慣れていたら、体が大きくなった時にどうするんだよ。体重だって増えて」

「は?」

「い……いや、ディアは細いよ」

十歳であろうと、女性に体重の話は厳禁よ。

健康と美容のために、毎日運動しているんだからね。

「春先からルフタネンに行くんだろ? カミルが一緒なのか?」

「そうね」

「……ふーーん」

ずいぶんカミルを気にするわね。なんなのよ。

あれか、ベリサリオがルフタネンとあまりに親しいと、帝国を裏切って独立する気があるんじゃないかと思うのか?

皇帝が即位する前の不安定な時期だもんね。

ダグラスって、その辺はいろいろ考えているのね。