軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

派手過ぎる地下牢侵入   2

静かな地下牢に響く足音が徐々に大きくなる。

何人かはわからないけど、複数の人間がいるみたいだ。

「来たら顔以外を凍らせて」

人間を生きたまま石にするような魔法は知らないので、氷で固めて動けないようにするしかない。

あまり長い時間やると凍傷になるかもしれないけど、あとで回復してあげればいいでしょ。

階段から扉まではたいした距離じゃないのに、時間がとても長く感じられた。

やがて足音が扉のすぐ近くまで迫り、

「火事?!」

扉の向こうから焦った声が聞こえてきた。

「鍵が!」

「しっ!」

鍵を壊した犯人が中にいる可能性に気付いた一人が注意したけど、もう遅いでしょ。

しばらく物音ひとつしない時間が流れ、その後、扉が少しだけそーっと開かれたので、たぶんそこから中を覗いたんだろうな。

「女の子?!」

浄化の魔法で新築のようにピカピカに綺麗になって、照明も明るくなった地下牢のど真ん中に、仁王立ちしているローブ姿の少女がいたらそりゃ驚くよね。

「……あ、男もひとり」

だとしても隣にいるカミルの存在に気付くのがだいぶ遅いし、精霊獣の存在も気付いていないみたい。

イフリーなんて堂々と独房から顔を覗かせているのよ。

その独房に入れられていた人が遠慮して、困った顔で壁際に寄っているのが申し訳ないわ。

「ディア、フードが降りてる」

あ。顔が出てたか。

銀色の髪も、この明るさだと目立ちまくりね。

「こんな可愛い子が地下牢にいたら、そりゃあ私に注目するわね」

「うん」

「……そこは同意しないで、笑うところよ」

「本当のことなのに?」

うちの家族といいカミルといい、私の傍にいる男共はどうしてこうなの。

「女の子?」

「男も」

「ひとりなんだろ」

ばんっと扉を開けて三人の黒いローブを纏った男が飛び込んできて、一瞬で顔以外氷漬けになっていた。

アホや。

「女の子だと思って油断するから……」

「危ない!」

突然カミルが私を両手で抱え、ぐるりと半回転した。

一瞬のことで何が起こっているのかわからず動転していた私に見えたのは、飛んでくるナイフの切っ先のきらめきと、出口に駆け出す男の姿だ。

もちろん精霊王に守られているカミルの背に、ナイフが刺さるなんてことはない。

カミルの体に近付きすぎたナイフは、先端から砂になって、地面に落ちる間もなく金色の光に溶けて消えていく。

カミルは無傷で、私も抱きしめてくる腕がきつく感じたくらいで何も問題はない。

でも、あのナイフを投げた男が狙ったのは私で、あの男が隠れていた地下牢の鍵を開けたのも私だ。

部屋の隅に蹲って動かなかったから弱っているんだろうと思ってそのままにしていた。

足の鎖を外すのは端からしていたので、あの男の牢屋まではまだ辿り着いていなかった。

頭の中で、自分がミスをしたんだという悔恨と、カミルにナイフが刺さっていたかもしれないという恐怖が同時に湧き上がった。

カミルがもし怪我をしていたら?

そのせいで死んでしまったら?

精霊王が守っていてくれているから、そんなことはありえないと頭ではわかっているのに、感情がついていかない。

こわかった。

彼が死ぬ危険があったということが。

あのナイフが自分に向かってきて、自分の目の前で消えても、ここまで感情的にはならなかったと思う。

自分のことならいくらでも冷静になれる。

でも大事な人達が傷つくのは嫌だ。

あの男の投げたナイフは、私の大事な人を傷つける可能性があった。

それは許せない。

ほんの何秒かの間に、様々な感情が頭の中で渦巻いて、最後に残ったのは怒りだった。

「ディア? どうし……」

「イフリー!」

アランお兄様に出来て私に出来ないはずはない。

如意棒もどきを伸ばし、火を纏わせる。

ただの火じゃ駄目よ。

熱く強く。

何もかも切り裂けるくらいの熱を。

「よくも私に攻撃したわね」

理性も理屈もどうでもいい。

アランお兄様の剣は燃え上がる鮮やかな真紅だけど、私の剣の色は中心が黒で外側は緋色。

そして絶えず黄色の光が生まれては消えてを繰り返していた。

「ディア! 落ち着け」

カミルの声は聞こえるけど止まらない。

今後、いろんなことがあるたびに私達の命を狙う者はまたきっと出てくる。

精霊王に守られているといくら言ったところで、精霊王に会ったことがなく、魔法を見たこともないやつらには実感が湧かないのよ。

そういうやつらには、あいつらは馬鹿みたいに強いから手を出しちゃいけないって思わせた方がいいの。

本気で相手を殺す気はなかったわよ。

脅せば充分だった。

隙だらけだろうと構うもんか。

遥か昔にテレビで観た時代劇みたいに、両手で掴んだ剣を少し斜めに下ろした構えから、一気に頭上に振り上げた。

「うわあああ。待て待て待て!」

なぜかカミルが、今まで見たことがないほど大慌てで私の肩を掴んできた。

「何よ」

「もうさっきの敵も凍っているんだ。これ以上の攻撃は必要ない」

「でも」

「今後もこういうことはきっとある。そのたびにそんなに動揺するなら、きみを連れて行けない場所が多くなるよ」

それは……困る。

置いていかれるのは嫌だ。

「でもそれならカミルだって、精霊王に守ってもらっているんだから私を庇うために飛び出す必要なんてなかったのよ。今後もこういうことはあるだろうから、冷静になってほしいわ」

「それは無理だ。体が勝手に動いたんだから」

「じゃあ私も無理。私達に攻撃した相手がどうなるか示すためなら、ひとりくらい殺すのも止むを得ないわ」

きっと長い間後悔するんだろうけど、それでもやらなくてはいけないことはある。

私達を殺そうとする相手は、自分が殺される覚悟くらいしているでしょう。

「それはそうなんだが」

「あいつらだって……あれ?」

ふと前を見たら、氷漬けになった男達は顎が外れそうなほどに口を開けて、私の頭上を凝視していた。

「え?」

彼らの視線を追って斜め上に視線を移動しようとして、独房と独房の間の柱に真っ赤な線が引かれていることに気付いた。

王宮って大きな建物だから、地下の柱はかなり太いのよ。

だから独房の入り口の格子部分は柱が邪魔で狭くて、部屋の奥は広い造りになっているの。

その柱に天井まで伸びる赤い線が綺麗に引かれているのを見ているうちに、ようやく理解した。

あれは私の剣がつけた傷だ。

如意棒を伸ばす時にここが地下で、天井が低い狭い場所だなんて考えなかった。

それに剣なら、長いごつい剣の方が格好いいじゃない?

小さい子が大きな剣を振り回すのって、オタク心をくすぐるものよ。

だから本当なら私の長すぎる剣は、あの傷がある柱に剣先がぶつかって、止まるかがりがりって引っかかっていたはずなのに、なんの衝撃もなく剣を振り上げてしまっているのはなんでだろう。

「やばい。溶けてる」

「え?」

もう一度柱を見たら、赤い線がゆっくりと広がり、周囲がドロドロと溶けて垂れていた。

まるで溶岩みたいに……。

「あ」

この剣の色、溶岩の色だわ。

「その剣を収めるんだ。建物がやばい」

攻撃力は強い方がいいって思ったけど、まさか石造りの建物をケーキみたいに切り裂く剣が出来上がるなんて思わないじゃない。

もうすっかり怒りは冷めて、やらかした感満載よ。

剣を収めるって言われても、振り上げてしまった以上、振り下ろすしかないわよね。

これ以上被害を大きくしてはいけないからゆっくりと、そっと、出来るだけ剣先が建物を切り裂かないように剣を降ろした。

ウィン!!

それなのに。

宇宙を舞台にした某超大作の剣のような音がして、振り下ろした軌道に沿って、赤い線が前方に飛び出した。

衝撃波? 薄い刃?

よくわからないけど、その線は開けたままになっていた扉とその両側の壁を音もなく通り抜け、廊下の向こうの壁に吸い込まれるように消えていった。

「ひーーーーー」

「なんで剣なのに遠距離攻撃するんだよ!」

「知らないわよ」

「溶けてる溶けてるー!!」

「助けてくれ!」

氷漬けにされているせいで逃げ出せない看守達は大騒ぎだ。

さっき自分達のすぐ近くを赤い線が通り抜けて行ったから、パニックになっているのかも。

誰にも当たらなかったのは奇跡ね。

「ディア、魔法を解くんだ。床も溶けてる」

「あ、そうか」

剣を下ろす前に魔法をやめればよかったんだ。

「イフリー」

『もう終わりか』

残念そうに言わないで。

「危ない。天井から上の家具が落ちそうです」

この様子に看守だけじゃなくて、地下牢に入れられていた人達も焦っていた。

まだ鎖に繋がれている人は逃げられないもんね。

「凍らせるんだ。すぐに!」

「溶けたところだけよ。周りは冷やさないでね」

冷凍庫になっちゃうからね。

『急速冷凍!』

『手伝う!』

ぱきぱきぱきと音を立てながら、分厚い氷が溶けた壁の部分を覆っていく。

一気に部屋の中の気温が下がって、少し寒くなってきた。

「ディアの精霊獣は加減を知らないのか?」

「加減しているじゃない」

「…………加減してこれかよ」

前方に飛んで行った赤い線は、壁を五カ所くらいぶち抜いていたらしい。

切った痕が溶けて広がって、随分先まで見えるようになっている。

しばらく氷と熱のせめぎ合いが続いて、ようやく壁が溶けるのが収まるのに五分近くかかったかもしれない。

天井から落ちかけた椅子の足が、氷漬けのオブジェみたいになっているのは、気にしないことにしよう。

「王宮に傷をつけてごめんなさい。攻撃されて動揺してしまって」

「いいえ。こちらこそ、看守の存在に気付かずすみませんでした」

「それはしかたないわ。みなさん、意識が朦朧としていたでしょう」

ひとりだけ残っていた看守が私達の足音を聞きつけて、急いで独房に捕まっている振りをしていて、仲間が来たので逃げ出そうとして、私にナイフを投げつけたっていうのが事の顛末だ。

訓練したことがないとやっぱり駄目ね。

精霊王に守られていなかったら、血を見ていたわ。

主に敵が。

「携帯食を持っています。ミルクチョコレートをまずどうぞ。糖分は疲労回復になりますよ」

カミルが看守の持っている鍵を見つけたので、彼が鍵を外している間、私は食べ物と温かいスープを配った。

「ここに座って食べてください」

助けた人達は互いの無事を喜んでいたけど、全員の鎖を外し終え、カミルが私達のところに戻ってくると、不安げに顔を見回し立ち上がった。

「あとふたり、いるはずなんですが」

「……間に合いませんでした」

「ええ?!」

「そんな、昨日は会話して……」

走れる人はバタバタと、その力のない人もどうにか歩いて地下牢の奥に行き、間に合わなかった人の牢屋に向かい、すぐに嗚咽や涙交じりの声が聞こえて来た。

「カミル、亡くなった人も連れて行こう」

「そうだな。きっと家族の元に帰りたいよな」

じゃあ、どうやって運ぼう。

私のマジックバッグの中に何かあったっけ。

……主に食べ物しか入ってないや。

だってほら、船に乗ってしばらく外に出られなくなるから、ひどい食事しか出て来なくても買いに行けないじゃない。

それにほとんどが、助けた人達のための携帯食料よ。

「あ、精霊車が入ってる」

「この通路に収まる大きさなのか?」

「無理。カミルの方はどうなのよ」

「俺の魔力はディアほど人間離れしていないんだよ」

うーん。困ったなあ。

『あいかわらず、おまえはやることがおもしろいな』

不意に声がしたので振り返ったら、蘇芳がにやにやしながら姿を現した。