作品タイトル不明
さすがにみんな慣れてきた
精霊車の中で待機すること三時間。
ベジャイアとシュタルクの合同軍が到着するという報告を受けて、出迎えの列に私も加わった。
たった三時間の誤差で到着って奇跡みたいなものよ。
私は船室でカーラとフィットネスしていればよかったけど、彼らは精霊がいない人ばかりだから、馬と馬車でガタガタの道をかなり無理な日程で移動してきたんだもん。なにより馬がつらかったはず。
私達がのんびりと休憩している間も、兵士の皆さんはテキパキと働いていたのよね。
港の中は物資で溢れ、港から出た広場には馬の餌や水が用意され、その先の道沿いで炊き出しがされている光景は、私にとっては戦争中の風景というより、前世の被災地の風景と重なって見える。
「あのフライ、すごいな。ふたり用か」
ハミルトンが見ているのは、ベリサリオが用意したふたり乗りのフライだ。
バイクの横に椅子のはいった箱がついているのを見たことないかな。サイドカーっていうやつ。
あれのフライ版と後ろにふたり乗りの座席があるフライも用意されている。
馬をこれ以上走らせたら死んじゃうから、彼らはここで休憩させて、精霊のいない兵士はそれに乗せて移動してもらうのよ。
人々が忙しそうに行き来しているから、風景の異様さが少しは緩和されて見えるけど、それでもここまで状況がひどいとは想像していなかった。
木々は枯れ、枝が乾いて折れ曲がり、かつては建物だったはずのレンガが崩れ、ところどころ砂山になっている。
地面も干上がってひびが入り、元はどこが街道でどこが林や草原で、どこからが村だったのかほとんどわからない状態だ。
動物の姿が見えないだけでなく、おそらく虫一匹この土地では生きられないんじゃないかな。
「これでは作物は育たないわね」
「このあたりはひどいようですね。領主が早くから精霊を育て始めることを推奨したり、農民が暴動を起こして精霊を育て始めていた領地は、こんなにはひどくありませんよ。それと、王都周辺の農民に地方で精霊を育てさせた政策が、地方にとってはいい結果になったようです」
説明してくれたのは、一足早く到着した伝令の人だ。
倒れそうなほど疲れているだろうに仲間が到着するまでは休む気がないのか、体中砂だらけの姿でどうにか立っている。
そういえば、なんで彼は私の隣にいるのよ。
お父様達がいる方にいなさいよ。
私が前に出すぎ?
ほら、カミルが心配して近寄ってきたわよ。
「あ、あの」
「?」
「誰ひとり、村で強奪を働いたり乱暴をしたりしていません。野営も村から離れてしましたので、迷惑はかけていないはずです」
ん? なんの話?
「ですから、薪は勘弁してください」
「薪? あーーー!」
必死な顔で何を言うかと思ったら、ベジャイア国王に送った手紙の話か。
「なんでそんなことをあなたが知っているの?」
「陛下が出陣の折に手紙を読み上げましたので」
「えええ?! あれは本気じゃないわよ。ちゃんとベジャイア兵を信じているわよ」
「あ、そうなんですね。よかった」
バルターク!!
いや、他国の国王を呼び捨てにしちゃいけないけども!
おまけの追伸まで読まなくていいじゃない。
「すごいな。ベジャイア軍を脅したのか」
笑うな、カミル。
ジョークよ、本気じゃなかったのよ。
「ほら、頑張ったあなたにご褒美よ。特別だからね。みんなに内緒よ」
伝令に恩着せがましく手渡したのは、ひと口で食べ終わってしまうような小さなアーモンドチョコレートだ。
アーモンドもチョコも疲れた時に食べるといいはずよ。
「ありがとうございます!」
「涙ぐむほどの物じゃないでしょ。見えないように向こう向いて食べちゃって」
「はい。……おいしい。実は炊き出しのいい匂いがして、空腹で死にそうでした」
あー、美味しそうな匂いがするもんね。
向こうからすさまじい砂煙をあげて近付いて来る軍勢も、この匂いに釣られているのかもしれないな。
実際に間近で見ると、あの数が一度に移動するのってすごい迫力だし、地響きするし揺れるのよ。
味方だってわかっているからいいけど、そうじゃなかったら恐怖よ。
「おーー、妖精姫がいるぞ!」
ガイオ! 先頭を走りながら余計なことを言わないで!
「「「おおおおおお!!!」」」
うわあ、歓声が……。
穴があったら入りたい。
みんなの後ろに隠れてしまいたい。
軍隊は私達からだいぶ離れた位置で止まり、先頭から順に馬を降り、指揮官クラスの人達だけがこちらに歩み寄ってきた。
「よお、ひさしぶりだな」
指揮官クラスの中では最も若いガイオは軍の制服がよく似合って、英雄と称えられるのも頷けるくらい堂々とした姿だった。
水を得た魚って、こういう状態を言うのね。
「こっちは上手くいった。そっちは?」
「だいたい予定通りだ。おまえは相変わらず独占欲が強いな。妖精姫との間に割り込むなよ」
「その砂だらけの姿で近付くな」
「ああ。そうか」
ガイオとカミルって、やっぱり気が合う感じ。
こうやって愛想のない言葉の応酬をしていても楽しそうなのよ。
クリスお兄様と陛下もこんな感じだから、男同士って仲良くなると素っ気ない雰囲気になるのかしら。
「ディア、精霊車で話をするよ。カーラやハミルトンも来てくれ」
前を通り過ぎていく兵士が頭を下げたり敬礼したりしてくれるので、それに応えていたらお父様に呼ばれた。
精霊獣を連れた兵士にぐるりと取り囲まれた精霊車が、指揮官の作戦本部になっている。
さっきまで私達がいた精霊車ね。
全員が席に着いてまず、国ごとにひとりずつ名前や役職などの説明がされ、初対面同士は挨拶を交わした。
オベール辺境伯とハドリー将軍は初対面なので、私もちゃんと挨拶したわよ。
将軍って聞いたから、ベジャイアのビューレン公爵みたいな人を想像していたのよ。
大きくて胸板が厚くて、厳しくて、そこそこの年齢な感じよ。
でもハドリー将軍はパウロタイプだった。
髪は金色で整ったいかにも貴族ですという品のよさそうな顔で、長身で細身なの。
だからってひ弱な感じではないのよ。
目つきは鋭いし、きびきびとした動作で背筋がぴしっと伸びていて、軍人ですって雰囲気の人よ。
オベール辺境伯は物静かそうな顎髭のイケオジタイプの人で、息子さんとは陛下の誕生日会で顔を合わせたはず……たぶん。
あまりに他のメンバーが濃かったから、印象に残っていないのよ。
「まずお伝えしたい大事なことがありまして」
席に着いてすぐ、お父様が言いにくそうに口を開いた。
「何か問題でも?」
「いえ、パニアグアと王太子はすでに捕らえました」
「……え?」
「は?」
驚くのはわかる。
まさか王宮から出て、こんなところまでのこのこ私を出迎えに来るとは思わないよね。
私も思わなかったよ。
だからここに迎えに来た一団を捕らえた後、味方の兵士にシュタルク兵の制服を着せて、カザーレに騙されている振りで王宮に行こうと思っていたんだもん。
カーラやハミルトンの活躍はまだこの後も続く予定だったのに、呆気なく終わっちゃったのよ。
「今は石にして港の精霊車に積んでいますので、あとでご覧になってください」
積むとかご覧になるとか、すでに扱いが彫像であって人じゃなくなっている。
「それは……ありがたい話ですが」
こっち見ないで。
あなた達の手で捕まえたかったんだとしても、悪いのは私じゃないから。
お馬鹿なふたりに文句を言って。
「それでですね、最近国王の姿が見えなかったそうですが」
「はい」
「王太子が殺害したと話していました」
お父様が話すたびにシュタルクの人達がダメージを負っている。
せっかくここまで来て、こんな知らせを聞くことになるとは思わなかっただろうな。
でも、王太子と強盗犯が捕まったのはいいことよ。
お父様達は今後の打ち合わせがあるけど、私は挨拶が済めばお役御免なのよね。
さっきまでみたいに離れた席でカーラ達と待機していてもいいんだけど、いい加減疲れたのでベリサリオ用の精霊車でだらーっとしたいなと思っていたら、お父様がまずはカーラとハミルトンに声をかけた。
「きみ達は一回国に帰ったらどうだ? パニアグアを捕らえられたので囮は必要なくなったし、今後、行く先々の状況はかなりひどいと聞く。無理をしてひどい様子を見る必要はないだろう。裁判等で必要になった時にまたシュタルクに来ればいい。きみ達なら、すぐに転移魔法で自宅に帰れるだろう」
転移魔法が使えると聞いて、他国の人達はふたりに一気に興味が湧いたみたいだ。
「すごいですね。帝国では、こんな若い方でも転移魔法が使えるのですか」
「このふたりはディアの幼馴染なので、幼少の頃から精霊を育て、魔法を覚えるのも早かったんですよ」
お父様の説明を聞いて、特にシュタルクの将軍と辺境伯は感心したように何度も頷いていた。
精霊すら見たことがない人がほとんどのシュタルクだもんね。
港に精霊獣がたくさんいるのを見て、シュタルク兵は呆気に取られていたっけ。
彼らにとっては別世界みたいだったんだろう。
「確かにそうですね。これ以上ここにいても出来ることはありませんから」
ハミルトンもカーラも船から下りて、帝国の見知った人達に会えたおかげでほっとした分、顔に疲れが見えている。
気を張っていた時は気付かないものだよね。
「疲れているだろうが、急いで報告書を書くので伝令と一緒に皇宮に行き、陛下に報告をしてもらいたい。その後は陛下の指示に従ってくれ。ディアはどうする?」
お父様に聞かれても、すぐには答えが出せなかった。
私がいなくなったら、帝国の精霊王は手を引くんじゃないかな。
他の精霊王は?
人間には干渉しないという線引きをどのあたりにしているかはわからないけど、私の存在は便利だと思うのよ。
それに、私は何か出来ることがあるんじゃないかな。
庶民を助けるために動くのは、本当に聖女扱いされるから駄目だ。
いろんな国の兵士がシュタルクの兵士と力を合わせて村を救い、精霊王が精霊を育てられるようにしてくれるっていう流れが、今後のためにもいいはずだもん。
他国民の私が目立ちすぎちゃいけない。
つか、今まで全く人間には姿を見せなかったけど、地方で精霊を育てようとしたらすぐに精霊が育ったってことは、シュタルクの精霊王達は人間を見捨てるどころか、ずっと見守って内緒で力を貸していたんじゃない?
シュタルク国内の魔力じゃ、精霊を、しかも農民が育てるって無理なはず。
優しいなあ。
そんな優しい精霊王のためにも、この状況から国を立て直していこうとしている人達のためにも、出来ることがあるならしたいんだよなあ。
私だから出来ること。
私しか出来ないことがあるんじゃない?
「あ」
小さい声で呟いただけだけど、みんなが私の答えに注目していたから、全員が何を言い出すんだろうという顔で息を呑んだ。
「私ちょっと、シュタルク王宮の地下牢に行ってきます」
いつもならここで時が止まるんだけど、今回はシュタルクの人達以外は納得したような脱力したような、諦めたような顔つきになった。
「言うと思ったよ……」
「え? そうなの? すごいね、カミル。私は今思いついたのに、予想していたんだ」
「いや、みんな予想していたと思う」
「むしろ今まで言い出していなかったのが驚きだ」
ガイオも予想していたの?
苦笑いしているお父様も?
「カミルと一緒じゃないと許可出来ない」
「当然です。誰が何と言おうとついて行きます」
「いつの間にかカミルの信頼度が大幅アップしている……」
カミルには一緒に来てもらおうと思っていたよ。
さすがにひとりで行こうとは思っていなかったって。
にしても、驚かれも反対もされないとは思わなかったわ。