軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ノーランド辺境伯領

ノーランド辺境伯領はアゼリア帝国の東にある。ベリサリオ辺境伯領とは国の反対側ね。

遥かに続く大草原と岩のむき出しになった丘。魔獣が群れをなして移動する姿を見かけるほどの、人間にとっては厳しい大自然が広がっている。ザ・サバイバルの世界だ。

ノーランド辺境伯の城のある城壁都市は、魔獣から人々を守るために、高さの違う三層の城壁に囲まれている。ウィキくんで調べたら、前世の世界のテオドシウスの城壁をもっとごつくした感じに近かった。

私達が転送陣で訪れた城も、城というよりは砦といった方がいい建造物で、街に大型の魔獣が飛び込んできた場合、人々を城内に避難させられる設備が整っているらしい。

城壁がどんなに頑丈でも、空から来られたら防げないからね。

だから精霊獣への期待が大きいのよ。防御が厚くなり、回復魔法を使える人が増えるんだから。彼らにとっては切実な問題なの。

でも城内の、特に客人を迎える一角は、ちょっと他とは違う方向性で豪華だった。

だって、壁に巨大な月熊の毛皮が飾られているのよ。頭付きよ。グロいわ!

動物愛護の考えが浸透していた前世の記憶を持つ私は、これはちょっとどうなのって一瞬思ったけど、ここの人達は日々、こういう魔獣と戦っているんだ。

これぞファンタジーの世界だけど、小説で読むのはいいけど実際に生き抜くのは大変よ。

転送陣の間に続く控室を出たホールの中心には、巨大な赤い魔石がガラスのケースに入れて展示されていた。

「さすがノーランド」

「実は金持ちの領地ランキングで三本の指に入るだけあるね」

うちは入ってないよ。どこからどう見ても金持ちだから。

港のある貿易都市だもんね。

この地方は、高値の付く希少な素材が手に入るから、金持ちが多いのよ。

一獲千金を求めて冒険者が集まるでしょ?

そしたら彼らのための宿が必要になるじゃない。武器や防具だってほしいよね。

ランクが高くなって報酬がよくなれば、高い武器や防具だって揃えたくなる。だから腕のいい職人だって集まるし育つ。

そうして街は大きくなって栄えていくわけだ。

最近では宮廷が大量の苗木を買い付けてくれたので、さらに景気は上向きで、城の人達も警備の人達も表情が明るい。

そして今回やっと、待ちに待った精霊王への挨拶が出来るとなれば、そりゃあ私達の歓迎会も豪華になるわよ。

おかげで私はまた豪華なドレスを着せられて、髪を編み込まれて、頭の皮が突っ張ってしまっている。こんな髪型ばかりしていたら、将来絶対に薄毛で悩むことになるんだからやめてほしい。

「この部屋でおとなしくしているんだよ。ジェマ、後は頼んだ」

「ニック、馬車の確認に行こう」

「かしこまりました」

歓迎会の前に、お父様は明日からの日程の打ち合わせや、皇帝からの祝いの品の引き渡しがあるんだって。全国の精霊関係の仕事を一手に引き受けている部署の大臣になってしまったから、調整がいろいろと難しいらしい。

アランお兄様は納品した精霊馬車と、事前に届いているはずの私達の精霊馬車の確認に行ってしまった。

フェアリー商会の代表としてはニックが同行している。

本当ならもっと年上のグレンやヒューが対応出来ればいいんだけど、まだ貴族相手の礼儀作法のお勉強中なの。ニックは貴族だし、クリスお兄様の執事をしていたくらいだから、安心して任せられる。

因みにクリスお兄様は、領地の仕事が忙しいのでお留守番。

コルケットには絶対に僕が行く! と叫んでいました。

「私だけ、こんなに暇でいいのかしら。なにかやれることはない?」

「おとなしくこの部屋で待っている事が、今一番やらなければいけない事です」

なにもみんなして扉の前に立たなくても、出て行ったりしないわよ。

なんで私に対する態度が問題児扱いになっているの。中身三十過ぎなんだから、子供みたいに目を離したらいなくなるとか、おとなしくしていられないとかはないわよ。

しょうがないから、窓際のイスに座って外を見ながらお茶をいただくことにした。

ただ丘の上に建つベリサリオの城と違って、ここのお城は平地に建っているから、窓の外から遠くを見ても壁しか見えないのよね。海と街並みを見下ろせるベリサリオの城に慣れている私には、この閉塞感はきつい。

「お嬢様、ヨハネス侯爵家のカーラ様がご挨拶にいらっしゃっています」

「カーラ様?!」

ヨハネス侯爵家は避暑地として長年のライバル関係にあった土地だ。

でも、うちは精霊の地になっちゃったし、どちらも瑠璃の担当している海沿いの土地なのよ。ある意味、仲間?

だから要請があってすぐに、精霊についての説明をするために真冬に浮く馬車をかっ飛ばしてお邪魔したことがあるのだ。

こちらとしては、ちょうど都合のいいのが冬だっただけなんだけど、ものすごく感謝されちゃって。避暑地として同じ悩みを抱えていたりなんかもして、今ではすっかり家族ぐるみのお付き合いなの。

ヨハネス侯爵って代替わりしたばっかりで若いのよ。まだ二十四歳だったかな。

長女のカーラ様は私と同い年で、侯爵領に行った時にお友達になったのよ。

「お通ししてよろしいですか?」

「もちろんよ」

カーラ様は、下に弟がいるからしっかり者のお姉ちゃんって感じの子だ。

黒に近い鉄色の髪は光が当たると、とても綺麗なグリーンの天使の輪が出来るの。

瞳の色は濃いグレイの、将来楽しみなエキゾチックな美人さんよ。

「カーラ様、まさかここでお会いできるとは思いませんでしたわ」

「ノーランド辺境伯家は、母の実家なんです。ディアドラ様がいらっしゃると聞いて、わがままを言って連れて来てもらったんです」

「まあ、会えて嬉しいですわ。どうぞお座りになって」

今はこんなぶりっ子な会話をしているけど、周りに執事やメイドがいるからよ。

ヨハネス侯爵のお屋敷に三泊もしたから、カーラ様のお部屋でお泊り会をしていろんな話をしたの。それですっかりマブダチなのよ。

「今日は火の精霊王様が担当する地方の、いろんな領地からたくさんのお客様がおみえだそうですわ。普段、中央にいらっしゃる方もおみえになっているんですって」

「……私、名前を覚えるのが本当に苦手ですの。特に男の方は苦手で」

「だから側近を傍に置くんじゃありませんか。そっと教えてもらえばよろしいのよ」

あ、映画で見たことある。傍にいる人にメモを見てもらって、聞きながら挨拶していた。

でもジェマは背が高いからばれるよね。今度アイリス様にお願いしようかしら……。

「それで、今夜はこちらにお泊りですよね」

「はい。出発は明日の早朝だそうです」

「モニカ様がお部屋に招待してくださっているのです。一緒にいかがですか?」

おお、女の子だけのお泊り会ね。

「喜んでお伺いしますわ。でも……あの、モニカ様というのは」

「ノーランド辺境伯のお孫様です」

「……孫?!」

「はい、今年七歳だそうですわ。ひとつ上のジュード様とお孫さんはおふたりです」

まじか。あのヒト、五十代だとは思っていたけど、孫がふたりもいるのか。

この世界、結婚するのが早いからなあ。十八で子供を生んでその子供も十八で子供を生んで……あれ? 二十でも平気か? あれ? 二十二で生んでも八歳の孫はありえる?

え、前世の日本でも充分にありえるのか。

私が三十近くまで一度も結婚を考えていなかったから、あの若さで孫って衝撃がでかいだけか。

「ディアドラ様? どうかなさいました?」

「いえ、なんでもありませんわ」

いや、結婚して親に孫を見せてあげたいんだから、むしろ参考にしなくちゃ駄目よ。恋愛からして経験ないんだから、ハードル高いんだから。

この世界では女性は二十を過ぎたら行き遅れよ。

うわ……なんてハードモードなの。

「明日は私が責任をもってみなさんをお守りしますよ」

「ノーランド辺境伯もカムイ火山まで行かれるんですか?」

「当然でしょう。精霊王にお目にかかれるのに行かないなんて選択肢はありませんよ」

歓迎会は大きなホールとテラスを使用して盛大に行われた。

私やアランお兄様が参加するのは昼の部だけね。夜会は成人しないと出席出来ないから。

ノーランド領の人達はみんな大きくて、男の人は身長二メートル以上の人がたくさんいる。女の人でも百八十以上の人がほとんどなのよ。私なんて、股の間をくぐれるわよ。

この人がお爺さんなのかーという目で見ても、やっぱりノーランド辺境伯は若々しくて、まだまだ女性にもてそう。

若い頃には街の近くに魔獣が出たと聞くと、自ら愛剣を手に討伐に出向いたんだって。

「息子はもう精霊獣を顕現させたのに、私は魔力が足りなくてまだまだですよ。剣を使うからと魔力を増やさなかったせいですな。そろそろ引退して、あとは息子に任せて冒険者にでもなろうかと思っています」

引退して冒険者ってなに?

おかしいだろ。

「明日が楽しみですな」

ノーランド以外からも多くの貴族が明日はカムイ火山を目指す。みんな冒険者や護衛を連れて行くのに、自分が護衛をすると言い出しているのは、ノーランド辺境伯くらいよ。

私とアランお兄様の場合、精霊獣がいるから護衛いらないんだけどね。

「精霊馬車も楽しみにしていてください。揺れませんよ」

「精霊獣をお借りして本当にいいのかい?」

「はい。一緒に走るので大丈夫です」

カムイ火山に向かう人は、この中の一割もいない。

興奮している人、楽しみにしている人がいる一方で、不安そうな人も結構いる。

私も不安よ。

精霊がいるから守ってくれるだろうけど、出来れば危険には近付きたくない。

一番の目標は長生きなんだから、魔獣は遠くからちらっと見えるくらいでいいんだからね。傍に来ないでね。

お父様に連れられて、初めて会う大人の方々へのご挨拶をようやく終えて、アランお兄様と子供達が集まっている一角に向かった。

「ただでさえ目立つんだから、おとなしくしてるんだよ」

アランお兄様は、男の子が集まるテラスに行ってしまった。

どこでも男の子と女の子は別に集まるんだね。そして男の子は外が好きだね。

私は女の子が集まっているテーブルに近付いた。美味しそうなスイーツを食べながらいくつかのグループになって話している。

えっと、ここで一番高位の貴族のご令嬢は誰だろう。瑠璃の担当地域の関係者はだいぶ覚えたんだけど、蘇芳の担当地域に来るのは初めてだから、知らない顔がいっぱいでわかりにくいったらないわ。

きょろきょろと女の子達の様子を窺っていたら、ひとりの女の子と目が合った。あの見事な赤毛は中央近くの領地の子ね。

目尻が上がった大きな目が気の強そうな印象で、真っ直ぐに背筋を伸ばして椅子に浅く腰かけて、顔つきはまだ幼いのに表情はすっかり大人びている。

このホールに来てすぐに、ジェマが覚えておいた方がいい子供達の名前を教えてくれた。

たしかあの子は、先代の皇帝の妹君が嫁いだ公爵家のご令嬢だ。この場で一番身分が高い家のご令嬢のはず。

あちらも私に気付いて、わざわざ立ち上がって近づいてきた。

なのに少し離れた場所に立ったまま、無言で私を見ている。

あれ? もしかして、あなた生意気なのよってガンつけられてる?

でもそういう表情でもないのよね。そわそわしているし、手にした扇がせわしなくパタパタしている。

目を逸らしてはちらっとこっちを見ているから、どうしたのかなと思って首を傾げたら、助けを求めるようにまわりを見て、ちょっと頬が赤くなってきた。

あ、もしかして。

「あの……」

私が声をかけた途端、はっと振り返った顔はもう頬が真っ赤で目元が潤んでいる。

やばい、これはこっちから声をかける場面だったのか?!

「あの!」

もう一度言いながら、つつつ…と傍に近付き扇で口元を隠した。

「そちら公爵様のご令嬢ですよね。ですから私、お声を待っていたんですけれど」

「何をおっしゃっているの? ベリサリオ辺境伯は皇帝に次ぐ公爵同等の家柄じゃありませんか。皇帝一家以外はそちらからお声がけくださいませ」

うはーーー! そうだった。でも実感なかったーー!

とはいっても、誰にでも私から声をかけていいわけではないのよ。辺境伯はお父様であって私ではないから。子供同士なら誰に声をかけても平気だけど、大人相手だとまたいろいろめんどうな決まりがあるのよ。

もうさ、面倒だからこういう時は一列に並んで、さっさと端から挨拶して行こうよ。

かわいそうにこの子、真っ赤になっちゃっているじゃない。

「私、グッドフォロー公爵家のパトリシアと申します」

すっと一歩下がってあいさつしたパトリシアちゃんは、耳まで赤くなっちゃってた。

「ベリサリオ辺境伯家のディアドラですわ。パトリシア様」

「はい?」

「かわいい」

「は?!」

「もうすっごくかわいい! ぜひお友達になってくださいませ!」

「え? あ、はい」

ずいっと前に進みながら言ったら、少しのけぞっていた。

でもこの可愛さは友達になりたいでしょう。

優等生っぽい目尻のあがった気の強そうな女の子が、真っ赤になっちゃって涙目なのよ。

かーわーいーいー!

「あ、カーラ様」

「まあパトリシア様。……ディアドラ様、何を?」

「え? あまりにパトリシア様が可愛いからつい」

「お気持ちはわかりますけど、パトリシア様が困っていらっしゃいますわ」

そうか。ふたりは知り合いだったのね。

避暑にヨハネス侯爵領に遊びに行ってたのかな。

「ディア」

名前を呼ばれて振り返ったら、今度はアランお兄様が呆れ顔で立っていた。

はっ! もしかして私がパトリシア様を虐めているみたいに見えたのかな。それはやばい。

「向こうまで声が聞こえていたよ。うちの妹がご迷惑をかけていませんか?」

「いえ、お友達になっていただきましたのよ。私、グッドフォロー公爵家のパトリシアと申します」

「ベリサリオ辺境伯家のアランです。よろしく。ちょっと変わっているけど面白い子なんで仲良くしてください」

「はい。喜んで」

うわー、アランお兄様の外面のよさって、相変わらずにすごいな。さすがクリスお兄様と兄弟。パトリシア様だけじゃなくて、他の女の子達もすっかり見惚れてる。

しかし、妹を面白い子って紹介するのはどうなの。

それはちっとも褒めてないよね。

「アランお兄様、パトリシア様ってかわいいと思いません?」

「え?」

「も、もうディアドラ様、何をおっしゃってるの?」

「かわいいですわよね!」

「あ……うん」

アランお兄様が照れて横を向きながら頷いたら、またパトリシア様が赤くなってしまった。

なんだろうね、この甘酸っぱい雰囲気。

おばさんには遠い思い出すぎるぜ。見た目は六歳だけどな!