軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

黒髪の男の子

私が船を見ているのを、ブラッドとジェマは興味があるんだと思ったみたい。確かに私なら、この船一隻くらいなら浮かしてホバークラフトもどきに出来るとは思う。やる意味があるかどうかは別にして。

用があれば呼んでくれと、ジェマは少し離れた位置で周囲を警戒し、ブラッドは私が欲しがった物を買いに屋台に向かった。

公園の中にあまり人がいないのは、入場規制をかけてくれているのかもしれない。長居すると迷惑になるかな。

『あの人間、全属性を持っているな』

『違う国の精霊だ』

しばらくぼんやりと海を見ていたら、精霊獣達が話し始めた。

「どの人?」

『あっち。ひとりで海を見ている』

ジンが前足を伸ばした先に、私と同じように欄干にもたれている黒髪の子供がいた。

さすが精霊の国ルフタネンの子供だ。たしかに頭上に全属性の精霊がいる。あの大きさなら精霊獣にもなれるのかもしれない。

『泣いてる』

普段無口なガイアがぽつりと言った。

「マジで?」

まだ子供だ。黒髪の子供にとってここは外国のはず。

膝まで隠れそうな長さの縞のシャツと白いパンツ姿で、欄干に組んだ手を乗せて、顔を隠すのに身長が足りなくて背伸びになっている。泣いているのを知られたくないのかもしれないけど心配だ。

ジェマに言おうかな。でも突然、大人に声をかけられたら怖いかな。

精霊獣は大丈夫でしょう。彼らも心配しているみたいだし、あの子も持っているだろうし。

「どうしたの? 具合悪いの?」

すたたた……と駆け寄って、ちょっと離れた位置からそっと声をかけてみた。

「え?」

振り返った顔の可愛いこと。

駄目だよ、こんな場所にひとりでいちゃ。悪い大人に 攫(さら) われるよ。

私を見て大きく見開かれた瞳は濃い茶色だった。光の加減で黒にも見える。

たぶんこの子は混血なんだろうな。ハワイアンにしては彫が浅くて東洋人にしては顔が立体的。瞳の色からしていくつもの国の血が混じっていそう。

くっきりとした 二重(ふたえ) で 睫(まつげ) が長い。日に焼けているから、活発な子なのかもしれない。

「どこか痛いの?」

肩まで伸びた少し癖のある髪が、幾筋か濡れた頬に張り付いている。

涙を隠して、口をへの字にして首を横に振って、乱暴に目を擦ろうとするからハンカチを差し出した。

「目が傷ついちゃうよ。これでふいて」

女の子がひとりで泣いているのをほうっておけないよ。

「ありがとう」

『おまえは何者だ』

その子がハンカチを受け取るのとほぼ同時に、その子の精霊が、ふたりの間に割り込み、ぐるぐると円を描いて回りながら尋ねてきた。

これは何かのフォーメーションなのかな? たぶん威嚇されているんだよね。

でも光の球がくるくる回っているだけだから、綺麗だなとしか思えない。音楽が流れたら踊っているように見えたかもしれない。

『この地は我が精霊王の地。その祝福を受けた子供にその態度は許さぬ』

『我が主も祝福を受けている、気安く近づくな』

え? 待って。

なんで精霊同士で喧嘩しているの?!

「具合が悪いのかなって気になっただけなの。邪魔をしたならごめんなさい。あなた達がこんなところで喧嘩なんて始めたら、精霊王達の迷惑になるから落ち着いて」

『しかしこいつらが』

「イフリーいいのよ、ありがとう。みんなも怒らないで」

イフリーの首筋を撫でると少しは落ち着いたのか、わざと見せつけるように甘えた様子ですり寄ってきた。

『あんなことを言いながら、あいつらは精霊獣にはなれないのだ。他国でその国の精霊王を怒らせるわけにはいかないからな』

「イフリー、煽らないの」

「みんなもだよ。おとなしくして」

その子が注意すると、精霊達はおとなしくフォーメーションを解いたけど、どうもまだ警戒されているみたい。

『何か渡された、危険じゃないか』

『待て。向こうも子供だ』

『そうだ、やつらも精霊王の恥になる行いは出来ないはず』

『あの水の精霊、俺達に似ている』

彼女の精霊はおしゃべりみたいだ。楽しそうに会話しているなと見物していたら、今度は全員揃ってリヴァに張り付きそうなほど近づいた。

『似てる』

『竜だ』

『仲間だ』

精霊の姿が似るのは仕方ないと思うのよ。

オリジナリティーを出せって言われても、動物系か妖精系になる人がほとんどだ。今はクリスお兄様の影響でネコ型の精霊獣が増えているらしいよ。

「こら、迷惑になるから離れて」

ハンカチで簡単に涙をぬぐってもまだ目元は赤いままだけど、どうやら本当に具合が悪いわけではないみたい。

「ごめんね。僕の精霊獣が迷惑かけて」

……へ? 今、なんて?

「僕?」

「うん?」

「げーーーーー! 男の子?!」

思わず指をさして叫んだものだから、また精霊達が興奮してフォーメーション開始して、ジェマがすっ飛んできて、うちの精霊獣は呆れたのか他人の振りしてた。

「お嬢様? どうなさいました?!」

「ジェマ! この子男の子だって!」

「……ええ、そうでしょうね」

「え?」

「男の子だと思っていましたけど、私は」

こいつ何を言っているんだろうという顔で見られた。

あれ? 私の感覚がおかしいの?

「……男です」

そしてその子……いや、彼は耳まで真っ赤にしながら頬を少し膨らませて呟いた。

拗ねた顔も可愛いね。

なのに本当に男の子なの? ついてるの? うそでしょう?!

美形の多い世界はこわい。性別関係なくかわいい子がうろうろしているのか。で、こいつらが大きくなるとイケメンになって女の子を泣かすのか。

「やー、可愛いからてっきり女の子かと思っちゃった」

『こいつおかしい』

『なぜ精霊王はこいつに祝福なんてした?』

「誰がこいつよ」

こいつ呼ばわりは失礼だろうと、今更だけど文句を言いつつにらみつけたら、彼の精霊達は慌てて彼の背後に隠れてしまった。

フォーメーションはどうした。

そこで主を盾にするとは何事だ。

「本当にごめんなさい」

「ああ、気にしないで。本当に平気だから頭を下げないで。私の方が失礼だったから」

「まったくです。うちのお嬢様が失礼いたしました」

私のせいでふたりが頭を下げ合っているわ。恥ずかしくて、ちょっとこの場を逃げ出したい。

「えーっと、そうそう。どうしてひとりでな……こんなところにいたの? 迷子?」

「違う。迎えを待っているだけ」

「迎え? あ、ジェマ、もしかして入場規制してる?」

「ええ。でも用事や待ち合わせの人は入って来られるはずですよ」

私とジェマと話しながら入口の方を振り返る。

こっちまで来る人はいないけど、噴水や屋台の近くにはちらほらと人がいた。

「早く迎えが来るといいね」

「べつに……精霊もいるから平気」

「そっかー。あなたはルフタネンの人? いいなー、黒髪」

「黒髪がいい?」

「うん」

日本人だった頃は染めていたくせに、こうして転生したら懐かしくなっている。

でもべつに自分が黒髪になりたいわけじゃなくて、街を往く黒髪の人を見かけて、ちょっとほっとするような、何だろうこの気持ち。

まだ昔を引きずっているのかな。

「金色の髪の方が綺麗だ」

「ん?」

「……なんでもない」

あ、私寂しそうな顔になっちゃってたかな。慰めてくれてたのかな。

「ありがとう」

「聞こえてたんだ……」

「ふふふ…」

「あ、あの人じゃないですか?」

ジェマに言われて振り返って、ブラッドと並んで歩いてくるハワイアンを見つけた。

もうね、アロハ着ていなくてもカメハメハ系に見えちゃうよ。

黒髪黒目の四十くらいの長身の美丈夫で、ちょっと毛深い。髭が濃い。胸毛生えてそう。

「ああよかった。カミル、待たせたね」

「大丈夫」

急ぎ足で近づいてきた彼は、カミルの無事を確認してほっとしたみたいだった。

「ここに子供をひとりにするのは危険だわ。港側からもここは見えるんですよ」

こちらから向こうが見えるという事は、向こうからもこちらが見えているんだから、荷を積んでいる人からも、船の周りをうろうろしている人達からも、私達、まる見えなのよ。そこに可愛い子がぽつんといてロリ好物のおじさんに連れて行かれたらどうするの?

私みたいに女の子に間違える人もきっといるはず。

可愛いから男の子でもオッケーの人だっているはずよ。

「おお、失礼しました。以後気をつけます」

「お嬢様、こちら、商会と取引のあるコーレイン商会のコニングさんです」

ブラッドが紹介してくれた。

なんと、フェアリー商会の取引相手だったとは。世界は狭いな。

「ご紹介にあずかりましたコーレイン商会のエルンスト・コニングです」

「ディアドラ・エイベル・フォン・ベリサリオです」

「ベリサリオ? 辺境伯の?!」

カミルは驚いた顔で一歩後退った。

そうなるかー。なるよね。この地域一番の偉い人の子供だもんね。

「こちら辺境伯のお嬢様ですよ」

会話しながらブラッドとジェマが私を挟んで立ち、コニングさんは紹介されて軽く頭を下げた後、カミルの隣に行って肩に手を回した。

「彼はカミル。うちの商会長の孫で、今回は勉強もかねて私と一緒にアゼリアに来たんです」

「コーレイン商会ってナッツやアーモンドの?」

「はい。よくご存じですね」

店舗の方でジェラートのトッピングに使うのに、何種類か取り寄せたことがある。その袋に書いてあったはずだ。

服飾関係のお針子さんや料理人には何人も会っているけど、そういえば仕入れの商人とは会っていなかったわ。会ってれば、もっと早く黒髪に遭遇してたのね。

「お嬢様、店の予約の時間がありますからそろそろ行きましょう」

「はい。ではこれで」

「あ、あのこれ、濡れちゃって」

「大丈夫、全然気にしないから。馬車の壁に貼り付けておけばすぐに乾くわ」

「……馬車の壁?」

「じゃあね、バイバイ」

濡れたハンカチを返していいか迷っているみたいだったから、笑顔で受け取って、ひらひらと手を振って歩き出した。

コニングさんは胸に手を当てて頭を軽く下げ、カミルは胸の横に手をあげて、ちょっとだけ遠慮がちに手を振ってくれた。

初のお出かけでの出会い。旅先での思い出みたいで楽しかった。

「私、クリス様とアラン様がおっしゃっていたことが、今回よくわかりました」

城に戻るために馬車に乗ってから、ジェマが真顔で言い出した。

私は濡れたハンカチを椅子の横の壁にペタッと貼り付けようとして、ふたりに止められて、仕方なく畳んでいるところだ。

「うちの妹は賢いし可愛いんだけど、残念なんだよって」

「え? 私のどこが残念なのかしら?」

はい、ブラッドくん。自分は無関係だという顔で窓の外を見るのはやめなさい。

今、ちらっと私を見たでしょ。

「普通はあそこで、ハンカチは取り返しません」

「取り返すって、気を使っていたみたいだから受け取っただけよ」

「いえ、素早い動作でさっと奪っていました。ハンカチを渡したままにしておくのは、返すために会いに来てねって意味ですよ」

「ルフタネンから? 城まで? 子供になんて厳しいことをさせる気なのよ」

「現実的過ぎます。もう会えないとわかっていても、思い出してねって意味もあります」

「性別間違えたのを思い出されたくありません」

「あーーーんもう、残念過ぎる!!」

なんでそこで悶えるのよ。

「せっかくかわいい男の子と可憐な女の子の出会いで素敵だったのに!!」

あなたのほうが、よっぽど残念だわ。