軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 カーラとカザーレ    後編

カザーレは現在の状況にかなり焦りを感じていた。

年が明け春になってもカーラとの関係はまったく進展せず、仕事の話をしながら食事をするだけの関係が続いている。

学園では留学生に積極的に近付き、結婚相手を探していたとジルドに聞いていたので、父親への反抗心で異国の男と関係を持とうとする愚かな子供なら、両親のせいで平民に落とされ傷心している今なら、簡単に依存させ操れると思っていたのに。

「愚かどころか、商売であんなに成果を出せるなんておかしいだろ」

苛立たし気に頭を掻くカザーレを、仲間はにやにやしながら眺めている。

「裏に妖精姫がいるんだろ。俺達のこともばれてるんじゃねえか?」

「いや、妖精姫と接触した形跡はない。彼女は屋敷からほとんど出ていないんだ」

「あんたじゃ年が離れすぎていて、恋愛対象にならないんだろうさ。学生くらいが好みなんだろう」

「じゃあどうすんだ。仲間にそんなガキはいねえ!」

ジルドはベジャイアに帰ってしまった。

残されたメンバーは、カザーレと同じか年上ばかりだ。

「俺ならやれるってやつがいるなら代われ。ガキのお守はもうたくさんだ」

「まあ落ち着けって。おまえは紳士らしくちゃんとやってるさ」

「もうクスリを使っちまったらいいじゃんか。これ以上時間をかけてはいられねえだろ」

仲間に肩を叩かれ宥められ、カザーレは深く息を吸い込み吐き出して気を落ち着かせた。

「クスリの準備は出来ているのか」

「ああ。錠剤と液体の両方を用意した。液体の方はかなり薄めて使わないとやばいぞ」

「飲み物に少量混ぜるだけだ。ちょうど会う約束がある。フェアリーカフェに連れて行ってくれるそうだ」

珍しくカーラの方から連絡があり、フェアリーカフェの個室を予約出来たから食事をしようと誘われたのだ。

「おい、大丈夫なのか? あそこは妖精姫の……」

「むしろ好都合だ。よく知っている店なら油断するだろう。出来れば妖精姫にも一度会っておきたいが、そううまくはいかないだろうな」

カザーレは、書類が山積みになった机に寄りかかった。

計画を進めるのならこの店も閉めて証拠を消さなくてはいけないのだが、店の売り上げが順調に伸びているために、どうしてももったいなく感じてしまう。

「少女を薬漬けにして操るなんてあくどいよなあ」

「国では辺境伯家を中心に精霊を育てている平民が集まり、ニコデムス教を捨て貴族達の弾圧に抵抗しようという動きがある。状況は刻一刻と悪くなっているんだ。他に方法がない以上、苦労知らずのお嬢様には犠牲になってもらうさ。魔道具の方はちゃんと動くんだろうな」

「確認は済んでいる」

カザーレは満足そうに頷き、仲間に指示を出した。

屋敷を見張っている者からの報告によると、今でも目立たないように警備の兵士が配備されているらしい。

出かけるたびに尾行されていたとしても、出かける先はデートスポットばかり。今回はフェアリーカフェだ。気まぐれに男と遊び歩いているだけだと思うだろう。

「どうせノーランドにとっては、彼女は立場が微妙で邪魔な存在だろうさ」

この際、カーラを攫ってもいい。

監禁してから薬漬けにする方が手っ取り早い。

彼女を人質にして妖精姫を誘い出し、実はカーラが進んでシュタルクに行こうとしていると話せばいいのだ。

「問題は精霊王だけだ」

人間に不干渉という話だが、妖精姫に関しては別のようだ。

だからどうあってもカーラは自分から望んでシュタルクに行こうとしていて、妖精姫は心配してついてくるという形にしなくてはならない。

「我ながら無茶をしているとは思うがな」

「もう帝国はこれだけ発展しているんだ。次は俺達に妖精姫を回してくれてもいいはずだ」

「ベジャイアだって妖精姫に助けられているんだろう? そんな力をもう精霊王と上手くやっているルフタネンに渡すなんて、皇帝は何を考えているんだ」

祖国の貴族共など無視すれば、カザーレ達が不自由なく生活出来るだけの利益が店にはある。

それでも新しい生活への一歩が踏み出せない。

少女を犠牲にすることになっても、今までと同じ生活を続けることの方がたやすいのだ。

そして何もかもを妖精姫だよりにしている。

シュタルクの貴族達も彼らも、考え方の根本は同じだった。

それでも約束の日になり、店の前にカーラの乗った精霊車が停まった時には、この計画は無謀なのではないかとカザーレは一瞬手を引こうとさえ思った。

迎えに行くなどと言っていたのが恥ずかしくなるくらい、元侯爵家の精霊車は豪華だった。

見た目だけではない。

中が空間魔法で広くなっていて、自宅の居間で寛いでいる時と同じようなソファーセットが用意されていた。

「これが……空間魔法」

「空間魔法を使用した精霊車に乗るのは初めて?」

カーラはいつも、シンプルだが高価な生地を使用した仕立てのいいドレスを着ている。

平民になったとしても、本人が言っていた通り、ノーランド辺境伯の姪という立場は貴族と何ら変わらない生活が保障されているのだろう。

「これはきみが魔法を?」

「まさか。この状態で販売されているのよ。ベジャイアも三年もしたら貴族はみんな精霊車を乗り回すようになるわ」

「三年?」

「帝国では十年かかって今の状況になったけど、先駆者がいて技術指導すれば、一足飛びに発展するでしょう。でも皇都は辺境伯領に比べればだいぶ遅れているのよ。ああ、商売をしているのならベリサリオに行ったことはあるわよね。あそこはすごいでしょ。歩道とフライの通る場所と精霊車の場所が分かれているのよ。横断歩道って知ってる? そこに歩行者がいる時はフライも精霊車も止まらないといけないの」

ベリサリオ領やその周辺の街は身元のチェックがかなり厳しいと聞いているため、カザーレはまだベリサリオ領には近付いたことすらない。

皇都でさえシュタルクやベジャイアからしたら整備の進んだ美しく機能的な街だ。これ以上の街など想像出来ない。

「うちの商店の規模では精霊車までは扱えないな」

「そうなの? もし興味があるのならベリサリオの誰かを紹介しようかと思ったんだけど」

「……紹介してもらえるのはありがたい」

話しているうちにフェアリーカフェに到着した。

前を通ったことは何度もあるが、門の中に入るのは初めてのカザーレは、窓に額を押し付けるようにして外を眺めた。

想像していた以上に建物が大きく、精霊車や馬車を停めておくスペースも広い。

皇都の中心にこれだけの土地を確保出来るというだけでも、ベリサリオの権力と財力が大きいということがわかる。

「予約しているから入り口が違うの」

ふたりの乗った精霊車は正面玄関前に並んで停められた精霊車の列から逸れ、建物の右手に進み、小さな入り口の前で停まった。

「ここから入るのよ」

小さくとも扉は重厚で、出迎えの店員が四人も待機している。

ふたりが精霊車を降りるのを待ち、ふたりの店員が店内に案内してくれた。

「よく来るのかい?」

「最近はあまり……。でも、ディアと食事する時にはだいたいここを使うの」

階段を上った二階のスペースは、貴族用に用意されたスペースだとカーラに聞いてはいたが、店内の内装も案内する店員の立ち居振る舞いも、カザーレが普段食事する店とは別世界のようだった。

カーラがジョアンナを連れているように、カザーレが連れてきた仲間も気後れしているようで、ちらっと背後を見たら、そわそわと落ち着かない様子で周囲を眺めまわしている。

カザーレもシュタルクの貴族の生まれだ。

しかし、今まで一度もこのような店に来たことがなく、贅沢とは無縁の生活をしてきた。

カザーレの家族達も明日食べる物にさえ苦労する日々だ。

それに比べ……。

恵まれたカーラの生活を目にするうち、徐々に後ろめたさは消えて、彼女を利用することに喜びさえ感じ始めていた。

「こちらのお部屋です」

案内された部屋は品のいい落ち着いた雰囲気で、中央に衝立で仕切りが設けられていた。

手前が侍女や従者の控え用の席になっていて、カーラとカザーレだけが奥の席に座った。

たった衝立一枚でも、精霊獣が結界を張れば会話を聞かれる心配はない。

「どうぞ」

「ありがとう」

「おひさしぶりです、カーラ様」

初老の男性はこの店の支配人だと名乗っていた。

わざわざ支配人が挨拶に来るほど、カーラはこの店の大事な客なのだ。

席に座るとすぐに飲み物の準備がされた。

「なかなか予約が取れないんだろう?」

「そうなの。実は結構前に予約したのよ」

「ありがとう。お礼というわけではないんだけど、プレゼントを受け取ってほしいんだ」

カザーレはテーブルの中央に箱を置き、カーラが見えるように蓋を開けた。

中に入っているのは、いかにもベジャイアらしいデザインの腕輪だった。

複雑に編み込まれた金色の細い鎖が五本、留め金の部分でまとめられていて、そこに大きな紅い宝石が輝いている。

「え? こんな高価な物はいただけないわ」

「今までの店への貢献も考えたらたいしたことはないさ。つけてみて」

箱をカーラの方に押しやると、彼女は何度もカザーレの顔と腕輪の間で視線を動かし迷っている素振りを見せ、やがてそっと手を伸ばして腕輪を手に取った。

鎖同士がこすれ合いしゃらしゃらと音がする。

留め金の形が変わっているため苦労しているカーラを見て、カザーレは立ち上がり、横から留め金を留めてあげた。

「この宝石の色は初めて見ます」

「ペンデルスとの国境付近にある鉱山で採掘された石なんだ」

「そうなのね。とても素敵だわ。ありがとう」

嬉し気に腕輪を揺らすカーラの笑顔は年相応に幼く見えた。

やがて料理が運ばれ、無駄のない動作で皿がテーブルに並べられた。

コース料理を注文してあるということで、自分で料理を選ばなくていいことに内心カザーレはほっとした。

「やめてください」

「そんな騒ぐほどのことじゃないだろう」

店員が部屋から出て行き、さあ食べようかという時に、衝立の向こうから声が聞こえてきた。

どうやらジョアンナがカザーレの従者と揉めているようだ。

カーラは急いで席を立ち、衝立の向こうに早足で向かった。

「どうしたの?」

「カーラ様」

カーラの姿が見えなくなるのを確認し、奥の席に残されたカザーレは急いでポケットからクスリを取り出し、カーラの飲み物に一滴垂らした。

この薬は一種の麻薬のような物だ。

高揚感と多幸感と共に体はだるくなり、手足から力が抜ける。

常用性があり、飲み続けると廃人になる危険があった。

「何事だ?」

何食わぬ顔でカザーレが衝立の向こうに行くと、ジョアンナが青い顔でカーラにしがみついていた。

「何をしたんだ?」

「いや、あまりに手が綺麗だったから、ちょっと触ってしまっただけなんです。他には何も」

カザーレが問いながら小さく頷くと、従者役の仲間は何度も頭を下げながら口端に笑みを浮かべた。

「女性の手に安易に触れるなんて。このような人とジョアンナをふたりだけにはしておけません」

大きな大人の男とふたりきりになるだけでもジョアンナにとっては心細いことだったのだろう。

カーラのドレスを握り締める手が震えていた。

「申し訳ない。彼には二度とこのようなことはさせないので落ち着いてくれ」

「本当に申し訳ありません。私はあちらの席に移りますのでお許しください」

警護や従者など複数の人間を連れてくる貴族もいるため、大きなテーブルの置かれている奥とは違い、こちら側は丸い小型のテーブルが三カ所に並べられている。

従者は一番奥のテーブルを指さし、自分の分のグラスを持ってそちらに移動した。

「カーラ様、騒いですみません。大丈夫ですわ」

「本当に? 向こうで一緒に食事してもいいのよ」

「侍女がそのようなことをしては、店の方に笑われてしまいます。どうぞ食事に戻ってください」

ジョアンナがきっぱりと言ったので、カーラは迷った様子を見せつつも自分の席に戻った。

それからは特に問題もなく、運ばれてくるコース料理を楽しんでいたのだが、カザーレはカーラの背後に浮いている精霊達の輝きが、徐々に鈍く小さくなっているのに気付いていた。

カーラ自身も体調が悪くなってきているようで、フォークを持つ手が震え、顔色が悪くなってきている。

「カーラ、どうかしたかい?」

「す……こし、気分が悪くて……」

「それはいけないな。無理に食べない方がいい。店には悪いが帰ろうか」

「いえ、少し休めば……ジョアンナ」

力のない声でもジョアンナは気付いたようで、すぐにガタリと音がして衝立の向こうから侍女が顔を出した。

「お呼びでしょうか……まあ、カーラ様!」

顔を見ただけでも具合の悪いことがわかったのだろう。

ジョアンナは慌ててカーラに駆け寄った。

「少し……休みたいの」

「わかりました。お店の方に」

「待ってくれ。ここから俺の店まですぐ近くだ。ここで休むより、うちで休む方がいいだろう」

「いえ、ここで」

「カーラ、うちなら何時間いてくれてもかまわない。でもここでは迷惑になる」

「ジョアンナ、支配人を呼んで」

「カーラ! 俺と一緒に帰るんだ!」

「命令しないで!」

掴もうと伸ばされたカザーレの手を、カーラは力いっぱい叩き落した。

「お父様みたいに私に言うことを聞かせようとしないで! 私がどうするかは私が決めるの!」

先程までぐったりしていたのが嘘のように、大きな声で言いながら勢い良く動いたためにふらつき、カーラはテーブルに置かれていた皿を床に落としてしまった。

皿の割れる音が響き、残っていた料理が零れ、ソースが飛び散る。

「きゃあ!」

「カーラ様」

よろめくカーラをジョアンナが支えようとしたが、ふたりしてその場に座り込んでしまった。

「いかがいたしましたか?!」

これだけ騒げば廊下にも聞こえる。

扉が開き、支配人と店員が部屋に駆け込んできた。

「あ……ああ、すまない。彼女が体調を崩してしまったようで」

「カーラ様! きみはすぐに割れた皿を片付けろ。きみは女性の従業員を呼んでくれ」

店員に指示を出しながら、支配人はカザーレを押し退ける勢いでカーラに歩み寄った。

「別室でお休みになりますか? 医者を呼びましょうか」

「いいえ。屋敷に帰りたいんです」

「かしこまりました。すぐに連絡して精霊車を入り口に回すように手配します」

「待ってくれ。俺の店の方が近いんだ。彼女はそちらに連れて行く」

「お断りいたします」

腕を伸ばしたカザーレからカーラを守るように体を割り込ませ、支配人は背筋を伸ばして立ち上がった。

「カーラ様はベリサリオと大変親しい特別な御令嬢です。私どもは彼女の意思を最優先いたします。彼女も侍女もあなた方を少しも頼りにしていないようにお見受けしますので、さほど親しい間柄ではないのでは? それなのに大人の男性が少女を自分の店に連れて行くというのは非常識です」

「なんだと」

従者役の男が低い声で呟いた途端、支配人を守るように鋭い牙を持つ二頭の大きな犬が姿を現した。火と風の精霊獣のようだ。

「このフェアリーカフェで騒ぎを起こすおつもりなら、それ相応の覚悟をしていただきたいですね」

気付くと部屋の入り口近くに待機している従業員達も、小型化しているとはいえ精霊獣を顕現させている。

それらすべてが明らかに戦闘態勢に入っているのを見てしまっては、さすがにこれ以上騒ぐわけにもいかず、カザーレは両手を胸の横で広げ、おとなしく自分の椅子に腰を降ろした。