作品タイトル不明
四年目の学園生活 後編
留学生は皇族主催のお茶会には招待されていなかったし、夜間に他の寮を訪問するのは表向きは禁止されている。
男の子達は抜け出して遊んでいるみたいだけど、令嬢がそんなことをすると悪い噂になるからよほどのことがなければ寮でおとなしくするしかない。
だから開園式でカミルがいるのは確認したけど、会話する時間が全くなかったの。
「ディア、やっと話せる」
そのせいで翌日のお昼にカフェに行った時、アランお兄様やジュードと一緒に建物の前で待っていてくれたカミルがまず言ったのは、この言葉だった。
カミルの制服姿は試着した時に見ていたけど、改めて見ても黒髪に紺色の制服って懐かしさ補正も加わって、とっても似合って見える。
三人の中では一番貴公子風に見えるアランお兄様と異国の魅力満載のカミル、ベジャイア人に負けないくらい体格がよくて将来は渋い雰囲気になりそうなジュードという、まったくタイプの違うイケメンが並んでいるもんだから、通り過ぎる女子がほぼ全員振り返っている。
即位したばかりの陛下とブレインのメンバーのクリスお兄様は忙しくて、学園に顔を出そうとしたら寝る時間が無くなりそうなので、一年早く卒業してしまったの。
ふたりがいなくなった今、注目されているのがこの三人なのよ。
そのうちふたりはすでに婚約者が決まっているので、ジュードに群がる女生徒が多くなるのは仕方ないよね。
うちの教室にいるデリルとヘンリーもモテてはいるけど、彼らはカフェに顔を出す気がない。
高等教育課程の生徒にも留学生にも用がないからだ。
ダグラスなんて殿下を放置して食堂に行ってしまったみたいで、途中でモニカと合流した時に殿下も一緒についてきた。
大好きな兄貴の婚約者だからね。守らないといけないもんね。
殿下の場合は陛下が結婚するまでは独身を貫くと明言しているので、割と平和に学園生活を送れそうだ。
「ここは学園だから、婚約者でも近付きすぎるのは禁止だぞ」
「デリルと親しくしているって聞いて、さっきからピリピリしてんだよ」
私を見つけて駆け寄ろうとしたカミルを、両脇からアランお兄様とジュードががしっと腕を掴んで止めた。
もうそんな話が彼らに伝わっているの?
「アランお兄様はわかっているでしょう? 昨日話していた私のアイデアを詳しく聞きたくて、朝からデリルが話しかけてきただけよ」
「あいつは朝からずっと一緒に授業を受けられるのに、俺は昼の一時間しか会えないなんて」
「往復の時間があるから、もっと短いな」
「アラン、おまえだって同じ立場だろうが」
アランお兄様とカミルがじゃれ合っているのは放置しよう。
皇太子殿下がいるというのに挨拶もしないなんて、いくらなんでも失礼でしょう。
「殿下、先に参りましょう」
「ディアを口説こうなんて勇気のある者はいないから、心配しなくてもいいのにな」
「ディアの魅力がそう簡単にわかってたまるか」
「その通り」
カミルとアランお兄様の様子に殿下は呆れてしまっている。
カミルが陛下と親しいというのは知っていたけど、三人で話している様子からして、いつの間にか殿下とも親しくなっていたみたいだ。
「こいつらはほっといて行こう」
「ジュードは加わらないの?」
「おまえの魅力について聞かされるのはもうたくさんだよ。あいつら教室でもあんな感じなんだから」
うわあ、やめてくれー。
私を話題に出さないで。
めちゃくちゃ恥ずかしいじゃない。
「行きましょう。カフェでエルダが待っているはずよ」
モニカに言われて私達が歩き出したら、カミル達もすぐ後ろをついてきた。
今年の学園生活も賑やかになりそうだわ。
「あら? 何か揉めているみたい」
先頭をモニカとジュードが並んで歩いていたので、モニカが最初に気付いて足を止めた。
エルダの周りに男の子が四人も取り囲んで、なにやら熱心に話している。
エルダの方はうんざりしているようで、イライラした様子で口を開いた。
「私のことはほっといて。ついこの間まで、小説なんて書いているやつは令嬢らしくないと言っていたくせに、うちが侯爵になった途端に態度を変えても遅いわよ」
「侯爵になったからじゃない。ノーランドとの縁談の話が出ていると聞いたからだ」
「そうだよ。きみの家はベリサリオとも親しいんだから、結婚相手は慎重に選ばないと」
「ノーランドがこれ以上力を持ったら、バントック派の二の舞になるだろう。それよりは伯爵家と縁組した方がよくないか?」
「ジュードなんて年下じゃないか」
結局は自分がエルダと婚約したいくせに、何を言っているの?
しかもこんな場所で。
カフェの入り口の真ん前よ。
「留学生もいるこんな場所でやめてよ。私はね、自分をアピールするために他の人を悪く言う人は大嫌いよ。ひとりで話しかける勇気もないくせにしつこいのよ」
腰に手を当ててきつい口調で言うエルダと自分の姿が重なった。
うん。気を付けよう。
私もあんな感じなんだよね、たぶん。
確かにきっつい感じがするわ。
「そんな言い方をしなくても」
「今更バントック派の話を持ち出すということは、俺や兄上は信用出来ないということだな」
エルダを取り囲んでいたせいで私達が近付くのに気付かなかった彼らは、殿下の声にびくっと肩を揺らして慌てて振り返った。
そして私達の顔ぶれを見てこれはまずいと思ったんだろう。
「い、いえ。そんな、まったく」
「私達はべつに……なあ」
「そ、そうですよ。あ、食事に行こうか」
「去年、ヨハネスの発言が問題になったばかりなのに、まだこんなことをする人がいるなんて」
モニカが悲し気に顔を伏せた横で、私は無言のまま彼らを冷ややかに見つめた。
おまえら何してくれているんだ。それでベリサリオと親しくなろうなんて甘いぞ、という目付きをしようとしていたんだけど、不意に肩にカミルが腕を回してきたので、驚いてそっちに気を取られてしまった。
「こんなやつらにまで、ディアは俺のだって態度で示す必要はないだろう」
「こういう馬鹿どもはすぐに勘違いするもんだ」
アランお兄様とカミルが大きな声で話すものだから、彼らを睨むどころか俯いてしまったわ。
婚約する前から公式の場でカミルはずっと隣にいたから、もう帝国中の貴族がわかっているから勘違いなんてしないわよ。
「おまえ達は自分の発言が皇族とノーランドを侮辱する発言だとわかって言っているのか。わからずに失言するような愚か者が侯爵家と縁組出来るなんて思うな」
ジュードがずかずかと近付くと、エルダを取り囲んでいたやつらは気圧されて後退り、慌てて逃げだした。
いつも思うんだけど、逃げ出すなんてみっともないことをするくらいなら始めから変な発言しなければいいのに。
親に口説いて来いと命じられているのかなあ。
でももう少し口説き方を考えないと、もっとときめくようなセリフを言わないとただの嫌がらせになるわよ。
「おまえも、こんなところにひとりで来るからだ。もう侯爵令嬢なんだぞ」
「私が悪いの?!」
「いつまでも婚約者を決めないから、ああいう男達が近付いて来るんだ」
うおおい、ジュードはなんでエルダにまで食って掛かっているの?!
「ヤキモチで八つ当たりしているな」
アランお兄様が呟いた声を聞いて、私達全員は驚いてお兄様の顔を見て、その後全員いっせいにジュードに注目した。
あ、モニカだけは額に手を当ててため息をついているからわかっていたのね。
私はジュードがヤキモチを妬くほどエルダを好きだとは気付いてなかったわ。
「お互い条件を考えたら、いつまでもごねるより決めた方がいいと言っているだろう」
「条件条件って、毎回うるさいわよ」
「おまえだって自分勝手な条件を並べていたじゃないか。小説を書きたいから女主人の仕事はしないとか、皇都に自分の屋敷を持ってそこで仕事をするとか。家族のことなんて考えていないような条件だっただろう」
「……もういいわ。食欲がなくなった」
「おい」
ジュードの手を振り切って、エルダは私達には目もくれずに校舎の方に走り出してしまった。
「追いかけないの?」
モニカに言われても、ジュードはふんと顔を背けてカフェに入ろうとしている。
駄目だわ、この男。
「ちょっと待ちなさいよ」
「今はおまえの文句を聞く気分じゃない」
「いいから聞け」
私が頼むまでもなく、ガイアとイフリーがジュードの前に回り込んで行く手を塞いでくれた。
私の精霊獣はすごいでしょ。
「ジュードの言っていたエルダの条件の話、最後に聞いたのはいつだった?」
「いつって、いつも言っているだろう」
「最近は聞かないわよ」
パティもジュードに怒っているようで、いつもよりきつい口調で言いながら一歩前に踏み出した。
「私が聞いたのは……ノーランドを訪問する前だったかな。それ以降はそういう話は一切しなくなったのよね」
「…………まじか」
「さっきの男共もそうだけど、女の子を口説くのに条件がどうとか何を言っているの? おまえには興味がないけど条件が合うんだから、親を納得させるために表向きだけ婚約しておけとでも言いたいの?」
私も前に踏み出したから、ジュードは私とパティに挟まれて腰が引けてしまっている。
「そんなことは思ってない」
「だったらどう思っているのか話さないと駄目だろう」
私が前に出た時に離れずに、肩を抱いたままついてきたカミルが言った。
「話さなくてもわかるなんて思うのは馬鹿だぞ。話してもわかっていない時があるんだ」
「待って。それは私の話?」
わかっていない時なんてあった?
話してくれれば、ちゃんとわかるわよ。
「そもそも」
パティがずんずんとジュードに近付いて行こうとするのを、アランお兄様が慌てて止めている。
「去年は一度もカフェに顔を出さなかったエルダが、なんで今年は一日目からここにいたと思っているのよ。誰に会うためかわからないの?」
「……俺に?」
恐る恐るという感じで自分を指さしながら聞いたジュードは、その場にいる全員が頷くのを見て頭を抱えた。
「嘘だろ。くそっ」
慌てて駆け出したのはいいけど、エルダって足が速いのよね。
「シロ、エルダを探してジュードに居場所を教えてあげて」
『呼ばれたー。まかされたー。何やってんだー!』
空にふわふわ浮いた状態で現れたシロは、ジュードを追い抜く時にわざと背中にぶつかっていった。
「クロも行ってやれ」
『はーい。女の子を泣かすなんて!』
クロも体当たりしてるわ。
まあジュードは自業自得よね。
お母様は社交シーズンの間精霊の森の屋敷を拠点として、ほぼお父様とセットで動くから、今は私がシロを連れている。
国王夫妻が王宮に戻ったので王子を守る役目の終わったクロも、今はカミルにくっついているのでシロクロ揃うと賑やかよ。
これでふたりの仲が少しは進展して、仲良くなってくれるといいな。
ともかくまずは会話が大事よ。
好きな相手の前でいいところを見せたい気持ちはわかるけど、どうせ続かないんだから。
「ディアー!!」
その日の夜学園二日目にして、クリスお兄様が寮にやってきた。
「昨日来るかと思ったのに、一日は我慢したんだね」
「馬鹿を言うなアラン。ちゃんと大事な話があるから来たんだ。遊びに来たわけじゃない」
三人とも夕飯は食べた後なのでお茶だけ用意して、私の部屋で話すことにした。
部屋の中では普段の服装なので、三人揃うとベリサリオ城にいる気分になる。
「カーラに動きがあると報告があった。ディアは学園にいるから僕の方に先に報告が来たんだ」
「ちゃんと教えてくれるならかまいません」
「もちろん教えるさ。約束したんだから」
「さすがクリスお兄様」
信用してくれているんだなって嬉しくて腕を組んで寄りかかったら、クリスお兄様はとても嬉しそうな顔をした。
最近は会える機会が減っているから、こうして三人で一緒にいられるのは私もとても嬉しい。
「ベジャイアの家具や小物を売る店に頻繁に顔を出しているようだ」
「あ、それならもしかして。前に会った時にカーラに聞いた話をしましたよね」
「提案型の展示方法を教えたんだっけ?」
「はい」
大型家具店に行くと、ベッドにベッドカバー、カーテン照明、家具までコーディネートして、小さな部屋を作って展示しているでしょ?
ベジャイア風のお茶会をしてみたいって貴族がいても、まだベジャイア風って浸透していなくてわからない人が多いのよ。
でも浸透していないってことは、今成功させたら流行先取りなわけじゃない。
だからテーブルや椅子を並べて、茶器や食器、小物をテーブルにセットして展示して、これをそのまま買えばベジャイア風のお茶会が出来ますよって見本を見せたら、まとめて買う人もいるんじゃないのって話したのよ。
「それは聞いた。だがその後も頻繁に出入りして、特にカザーレという男とよく出かけているようだ」
「出かける? 店以外に?」
「一緒に食事をしている」
本格的に商売を始める気になったのかな。
それとも、その人に惹かれているの?
「店とその男を調べるつもりだ」
「そうですね。万が一ということもあります。私のせいでカーラが危険な目に遭うのは嫌だから、ぜひそうしてください」
「弟と協力して貴族に戻るために動くかと思ったが、結局は恋人を作って相手に守ってもらうことを選ぶのかもしれない」
「それでもいいんです。世の中、強い人ばかりじゃないんですから。カーラが幸せになれるかどうかが重要なんです」
もしその人と恋愛関係になっても、弟のことを放置して自分だけ結婚はしないと思うんだよなあ。
カーラはそういう子じゃないもん。
彼女を支えてくれる男性と出会えたなら応援したいわ。