軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 きっかけ   1    カーラ視点

少しだけ肌寒さを感じて、カーラはショールをかけ直し雲の垂れこめた空を見上げた。

もう雪の季節がすぐそこに来ている。

社交の季節が始まる前の今は、茶会や舞踏会のための準備を整えている貴族が多いため、皇都が一番人で賑わう時期だ。

貴族の家の精霊車や平民の馬車が大通りを行き来し、歩道を大勢の人が忙しそうに早足で歩いている。

「精霊車から上着を取ってきましょうか?」

道が混んでいたため精霊車を先にフェアリー商会に行かせ、歩いて買物をすることにしたカーラは、周りの人達に比べて薄着だった。

ここは貴族街から近く、道の両側には高価な品物を扱う店が並び、行き来する人達も貴族の屋敷で働いている者か関係者がほとんどなので、カーラでも安心して歩ける。

「ジョアンナ、呼び捨てにしてって言っているでしょ? 今ではあなたの方が身分が上なのよ」

「そうはいきません。カーラ様はノーランド辺境伯家の親戚の御令嬢であることに変わりありません」

ヨハネス家が爵位を取り上げられ平民になっても、侍女として仕えさせてくれとジョアンナは屋敷に残ってくれた。

カーラとしては友達のように接してくれていいのにと思うのだが、ジョアンナは頑なに敬語をやめない。

財産も差し押さえられた時にはどうなることかと思ったが、それはヨハネスが財産を自分のために使ってしまうことを防ぐためだったと知った時には、心の底からほっとした。

平民になったことを受け入れられず酒に逃げたヨハネスは、屋敷で働いてくれていた者達への支払いさえせず、元領地の屋敷も放置したままになっていたのだ。

ブレインが財産管理人を用意して不要な物や屋敷を売り払い、使用人に給金を支払い、財産を生前贈与出来るように手筈を整えてくれたおかげで、贅沢をしなければ一生食べていけるだけのお金をカーラは持っている。

ノーランドの貴族達もヨハネスが爵位を取り上げられたと知り溜飲が下がったのだろう。

カーラやハミルトンに同情的で、態度が柔らかくなった。

貴族なんて、だいたいがそんなものだ。

人脈と財産を持つ子供がふたり。

嫌われるよりは好かれて利用した方が得なのだ。

「それで、何にしましょうか」

「うーん。ハンカチはどう? 扇でもいいかもしれないわ」

「でしたらあちらのお店に行ってみましょうか」

今日は久しぶりにディアドラとパトリシアに会う約束をしている。

会うか会わないか迷いに迷って、今日の様子次第でこれを最後にしようと決めた。

カーラが失ったものすべてを持っていて、カーラが欲しいのに手に入れられないものも持っているふたり。

会えば惨めな気持ちになるかもしれない。

大好きだからこそ、好きでいられるうちに会うのをやめた方がいいのだろう。

「カーラ?」

「え?」

「やあ、ひさしぶり」

人込みの中で名前を呼ばれ、反射的に振り返った先にいたのは、ベジャイアからの留学生のジルドだった。

「こんにちは」

「聞いたよ。大変だったんだってね」

帝国から逃げ出したいと思っていた時期に、外国に嫁ぎたくて留学生と親しくなろうとしたことがあり、その時に知り合ったのが彼だ。

何度か学園のカフェで食事をしただけなのに妙に積極的で、学園以外でも何かと声をかけられた。

家族と上手くいかず邪魔にされているので、帝国の貴族と繋がりを持つことで見返してやりたいと話す彼にとって、カーラは恰好の相手だったんだろう。

でもカーラにとっては、外国に嫁ぐだけでも大きな賭けなのに、嫡男でもなく、仕事も決まっていない相手を選ぶことは出来ない。それで避けていた相手だった。

「ええ……まあ」

「僕は国に帰ることになったよ」

「まあ、そうなの? 学園は?」

「もう行かないんだ。ベジャイアに妖精姫が来て、王宮の庭に大きな精霊の集う木が生えたのは知っているだろう。それから徐々に国中の精霊が増えているらしくて、少しずつ復興が進んでいるんだよ」

「それはよかったわね。でも、家族と上手くいってなかったんじゃなかった?」

「うん。呼び戻されはしているけど、家族の元には帰らない。王宮で人員を募集しているらしいんだ。だから国に帰って働こうと思っている」

自分の行く道を決めたからなのか、しつこく声をかけてきた時と違って今日のジルドの表情は晴れやかだ。

「時間ある? よければお別れにプレゼントさせてくれないか。もう会うこともないだろうし」

「そんな、悪いわ。それに、友達と約束があるの」

「すぐそこの店だよ。ベジャイアの小物を扱っているんだ。実は今、そこで貿易の勉強をしているんだよ」

これで最後なら、変に警戒するのも失礼だ。

一時は自分の方から声をかけていたのに、急に興味をなくしたような態度を取ったことも後ろめたくて、カーラは少しだけ彼に付き合うことにした。

「そうね。友達に何か買っていこうと思っていたところだし、品物を見てみたいわ」

「小さい店だけど、なかなかいい物があるんだよ。こっちだ」

ジルドの後をついて歩き、大通りを曲がって路地に入る。

これ以上細い路地に行くのなら、そこで彼とは別れようと思っていたが、すぐにジルドは足を止めて少し先の店を指さした。

「あの店なんだ」

この地域で大通りから曲がってすぐの場所に店を持つのは、かなりの資本金がなくては無理だ。

それほど大きな店ではないが、ベジャイアの小物が並ぶ店先は異国情緒豊かで、つい覗いてみたくなる雰囲気だった。

「素敵な店ね」

「ありがとう。どんな物がいいかな。小物や雑貨を多く扱っているけど、アクセサリーもあるよ」

「迷ってしまうわ」

小物入れや宝石箱、照明、家具やアクセサリーまで、ベジャイア風の物がずらりと揃っている。

雑多でごちゃごちゃしているようにも見えるが、市場で品物を選んでいるような気分にさせてくれる店だ。

「これはどうかな。中に香りのする蝋燭を入れて蓋をすると、透かし彫りから光が漏れて綺麗だし香りも楽しめる」

「ベジャイアではこういうものを使うの?」

「そうだね。香りにこだわりを持つ貴族が多いんだ」

ディアドラもパトリシアも照明としてなら使うかもしれない。

でも特にディアドラが香りにこだわって、中の蝋燭を変えて楽しむ姿は想像できない。

最初の何回かは試して、面倒になって放置しそうだ。

「店の中の香りもこの蝋燭の?」

「そうだよ」

「帝国民にはちょっときついんじゃないかしら。帝国では香水もあまりきついと品がないと言われるの。食事会やお茶会では、食べ物やお茶の香りも楽しむものだから使えないし、精霊獣もきつい香りは嫌がるのよ」

「そうなのか。さすがに学園では香りを控えめにするように言われていたけど、普段からそうだとは知らなかった」

留学生が初めて訪れた時、ベジャイアの女性の服装と同じくらい香りも話題にはなっていた。

当初はそれが揉め事の原因になったこともある。

文化を尊重はするが、帝国の学園に通うなら帝国に合わせてくれと申し入れ、改善されてほのかに香るようにしてからは、ベジャイア風の香りは人気が出て、愛用している御令嬢もいるのだ。

「これは、参考になる話ですね」

カーラが説明している途中で近付いてきて、黙って話を聞いていた店員らしい男性が笑顔で頷いた。

ベジャイア人らしく体格がいいので、帝国風の服を着ていても店員というより軍人に見える。

どこにでもいるような平凡な顔だが、物腰や視線の強さで魅力的に見えるタイプだ。

「突然すみません。私はジョン・カザーレと申します。この店の共同経営者です」

「ご丁寧にどうも」

家名を名乗るということは彼も貴族だ。

カーラは貴族なら誰でもマスターしている綺麗な愛想笑いを浮かべて会釈した。

「カザーレさん。彼女は学園にいた頃の友人なんです。お世話になったので、帰国する前に何かプレゼントしたくて店に来てもらいました」

「ああ、そうだったのか。気に入ってもらえる物があるといいですね。香りについては参考にさせてもらいます」

カザーレは彼らの元を離れると、さっそく他の店員に指示を出していた。

すぐに対応する辺り、かなり実行力があるようだ。

「若いけど優秀な人なんですよ」

「そう」

「蝋燭が駄目なら、照明の魔道具はどうかな。向こうの宝石箱も綺麗だと思うよ」

店のことには興味がないので、どうしても反応が鈍くなってしまう。

聞かれてもいないのに名乗るのも、共同経営者ですとわざわざ言うのも自己顕示欲が強いのか、カーラを上客だと思ってのことなのか。もし自分のことを知っているのなら、この店には二度と来たくないと思った。

元侯爵令嬢で今では平民。未来の皇妃の従妹なのに平民。

同情した振りで近付いて来る人達はもうたくさんだ。

「まあ、素敵だわ。これなら喜ばれるのではないですか?」

暗い考えに沈みそうになっていたカーラは、ジョアンナの声にハッとしてこの店に来た目的を思い出した。

ジョアンナの言う通り、細かい細工の施された宝石箱はとても美しかった。

小物入れとしても使えるし、これなら邪魔にはならないだろう。

「これと……これを。ジョアンナも好きなのをひとつ選んで」

「え? いえ、私は」

「せっかくだし、最後にジルドの売り上げに貢献しましょうよ」

「いやいや、それじゃプレゼントの意味がなくなってしまうじゃないか」

「そんなことはないわよ。プレゼントはこの照明がいいわ。とても綺麗」

「もっと大きいのにしたらどうかな。きみが買ってくれる物に比べて安すぎるよ」

「でもこれが気に入ったんだもの」

申し訳なさそうなジルドの様子に思わず笑みが零れる。

学園にいた頃にこうして気軽な会話を出来ていたら、もっといい関係を作れたのかもしれない。

「あまり時間がないの。プレゼント用に包んでくれる?」

「ああ、そうだったね。すぐ用意するよ」

品物が用意されるまでの間、ジルドは奥に用意されている椅子に座っているように言ってくれたが、カーラは他の商品も見たくて店の中を歩き回っていた。

そこにカザーレが近付いてきた。

「お買い上げありがとうございます。商品をお待ちの間、少しだけお話を聞かせていただけませんか?」

「話?」

自信満々な様子で、まっすぐに相手の目を見てくるカザーレがカーラはどうも苦手だ。

身長差が大きいため、見降ろされるからか余計に警戒してしまう。

「私は定期的に帝国とベジャイアを行き来して、買い付けの仕事をしているんです。こちらに来る時にはベジャイアの品を船に積んできて、帰る時には帝国の品物を持って帰って向こうの店で販売しているんですよ」

「はあ」

「それで、帝国の御令嬢には今何が流行っているのか教えていただけないでしょうか。なんでもいいんです。ベジャイアでは今帝国の物が大人気なんです。こちらで流行っている物は間違いなく向こうでも流行るんですよ」

ディアドラが派手にやらかした影響が、こんなところにも出ているらしい。

「ごめんなさい。私は流行には疎くて。男の子の間でフライが流行っているくらいしか知らないわ」

ハミルトンが最新式のフライを買って、ジュードやアランに乗り方を教わっていた。

格好よくフライを乗りこなせる子が人気者になれるらしい。

ルフタネンではアクロバティックな乗り方を見せて商売にしている人もいると聞いた。

「フライですか。何回か見かけたことはありますが、平民が仕事に使う道具かと思っていました」

「もともとはベリサリオで、広い城の敷地内を移動するために作られたものなんです。貴族は用途に合わせて複数所持しています」

「ほおほお。騎士団でも使っているんでしたっけ。馬に乗る騎士団が、これからはフライで空を滑走していく時代ですか。早速調べて仕入れてみます。……御令嬢の流行は」

「わかりません」

弟の方が流行に敏感だというのも悲しい話だが、カーラは今、流行なんて気にしていられる状況じゃない。

ハミルトンだって流行っているからというより、マスターしていた方が仕事を探す時に有利になるからとフライの練習を始めたのに、すっかりはまってしまって、フェアリー商会の最高級品が欲しいと言い始めている。

カーラは乗るのがこわいので、何がそんなに楽しいのか理解出来なかった。

「でもお友達に会う約束があるので、聞いてみましょうか」

「それはありがたい。もしベジャイアで流行したら、お礼をさせていただきますよ。情報は大事ですから」

参考になる話が聞けて嬉しかったのか、カザーレは何度も礼を言ってから店を出て行った。

さっそくフライを売っている店を調査するのかもしれない。

始めはあまりいい印象ではなかった彼だが、商売熱心で、まだ子供のカーラの話も真剣に聞くあたり、思っていたよりは付き合いやすい人なのかもしれない。

支払いを済ませて店を出て改めて周囲を見回したら、フェアリー商会の店のすぐ近くにいることに気付いた。

この路地は近道になるようだ。

「こっちから行きましょうか」

「あまり細い道はおやめになった方が」

「ここをまっすぐ行くだけよ。あ、待って」

精霊車が近付いてきたので足を止め、建物の壁に背がつくほど端に寄る。

倉庫が店の裏にある建物が多いため、道幅が狭い路地でもこうして精霊車が通るのは珍しくない。

「あら?」

精霊車の窓はカーテンで閉じられていたのだが、隙間から一瞬、中に乗っていた人の顔が見えた。

「どうしました」

「…………ううん。さあ、行きましょう」

知っている顔に似ていた気がして、カーラは遠ざかる精霊車をしばらく見送ってから歩き出した。