作品タイトル不明
カーラの受難 3
海に面している地域の多い帝国で、不法侵入を完全に防ぐことは不可能だ。
でもそれを出来る限り最小限にするために、多くの人達が昼夜問わず警備にあたってくれているというのに、その馬鹿は堂々と漂流してきた外国人を放置したというの?
「漁船の乗組員は四人。国籍は不明。発見者は彼らを保護し、村で唯一の宿に預けて村長にすぐに連絡したの。村長も急いでその地域を治める子爵に知らせたのよ。でもその子爵が面倒くさがったのか、たいした問題じゃないと思ったのか知らないけど、放置したんだって。その間に四人は姿を消してしまって行方不明よ」
エルダの説明を聞くうちに、室内の空気がどんどん重くなっていく。
フランセル達の計画は馬鹿らしくて笑うことも出来たけど、こちらはそうはいかない。
「付け加えると」
クリスお兄様が口を開くと嫌な予感がして心臓に悪い。
表情が変わらないせいで、どんな話かわからないから余計にドキドキする。
「その子爵は事の重大さに気付き、税金を横領して家族と国外逃亡を企てて、家族全員処刑された」
「え?」
処刑?
家族全員?
それも過去形?
「皇宮の動きの早さで、どれだけ神経質になっているかがわかるわね」
エルダは驚かないの?
確かに子爵は罪は犯したけど、子供まで処刑よ。
「ディア、これで少し自分の立場を理解出来たかい?」
「私の立場?」
「妖精姫は、ある意味アンディより重要な立場にいるんだと自覚してくれ。精霊王を動かし、帝国、ルフタネン、ベジャイアの最高権力者を動かせる人間は他にはいない。それだけじゃない。その三国の貴族や平民でさえ、大多数がきみを特別な少女だと思っている。ニコデムスが動くまでもなく、きみはもう聖女みたいなものなんだ」
「……」
私がしてきたことが普通じゃないことは自覚していた。
でも決して力を悪い方向には使ってこなかったので、多少怖がられてはいたけど、感謝され、友好的に迎え入れられていた。
だから、問題ないと思っていた。
特別視されるのは好きじゃないけど、これだけ自由にやらせてもらっていれば充分だし。
「不法入国者はただの難民かもしれない。本当に漁師なのかもしれない。それでも、アンディとディアの両方に危険を及ぼす可能性のある人間を野放しにしたというのは、許せないことなんだ。そこまでしなくてもと思われるくらいの処罰を与えなくては、貴族達が納得しない。ルフタネンやベジャイアからも苦情が来るだろう」
「その前に、ベリサリオ、ブリス、エドキンズの領民が納得しないわよ。ディアは彼らにとっては大切なベリサリオのお姫様なのよ。その行方不明になったやつらが事件を起こしたら、ヨハネスや彼の周囲の貴族達は殺されかねないわよ」
家族や友人が私を動かすために利用される危険は考えていたけど、面識のない人達までが、妖精姫に特別な思いを持って、私のために喜んだり怒ったり、場合によっては武器を手にすることもあるなんてことまでは考えたことがなかった。
エルダに大袈裟だって言えたらいいんだけど、とても言えない。
ベリサリオで私の精霊車を見かけただけで、とても多くの人が手をふったり頭を下げたりしてくれるんだもの。
ルフタネンでもベジャイアでも私は恩人だと思われている。
今回のことが広まったら、帝国に妖精姫を守る気はあるのかと大問題になるかも。
「子爵はシュタルクの問題を知らなかったし、戴冠式前で警備を厳しくするように命令が出ていることも知らなかった。知っていなくてはいけないことを知らされていなかった責任はヨハネスにある」
正直、ヨハネスは自業自得過ぎてどうでもいい。
カーラとハミルトンが気の毒で、どうにかしてあげたくてもどかしかったけど……。
もしかして。
私が動くことでまた、私の知らない場所で、私の知らない人にまで影響が出たりするのかな。
「今は混乱を避けるために、この件はごく一部の人間しか知らされていない。きみ達も他言しないでくれ。戴冠式が終わり次第、改めてヨハネスは処罰を受けることになる。かなり厳しい処罰になると覚悟しておいたほうがいい」
「……はい」
意外なことにカーラは衝撃を受けた様子もなく、クリスお兄様の目をまっすぐに見てはっきりと返事をした。
そしてもっと意外なのは、クリスお兄様がそんなカーラに優しく笑いかけたことだ。
「そう悪いことばかりではないと思うよ。今、ノーランドできみに厳しい意見が多いのは、ヨハネスの処罰が軽かったせいだ。厳しい処罰が下れば、きみやハミルトンに同情する声が大きくなるだろう。バーソロミュー様が動きやすくなる」
「今でもとてもよくして頂いているのに、これ以上なんて望んだら罰が当たるわ。ディアやエルダに会えなくなるのは寂しいけど、私は大丈夫。今までありがとう」
「なに言っているのよ!」
エルダは勢い良く立ち上がり、カーラに駆け寄って両手を握り締めた。
「あなたはヨハネスの娘であると同時に、クラリッサ様の娘でもあるのよ。離婚したからもう関係ないなんて言わせるもんですか。それにディアやモニカに会えなくなっても、私まで会っちゃいけないわけじゃないわよ」
「駄目よ、エルダ。あなたももう侯爵令嬢になるの。自分の影響力に気付いて」
エルダとカーラの会話は聞こえていたけど、私は動けなかった。
私が関わることで、カーラに悪い影響が出るんじゃない?
他のお友達は身分の高い家の御令嬢だから、いつもしっかりと守ってもらえているけど、これからカーラはどうなるの?
「ディア?」
よっぽど情けない顔をしていたのか、心配そうにクリスお兄様が声をかけてくれた。
「カーラを守ってくれる人はいるんですか? 侍女だけじゃ心配です。処罰でヨハネスの身分が低くなっても、カーラが私の友人だってことは誰もが知っているんです。会えなくなっても危険は減らないですよね」
「きみ達はなんで今生の別れみたいな雰囲気になっているのかな?」
「だって」
「さっきクリスが連絡するなって言ったんじゃない」
まるでクリスお兄様からカーラを守るみたいに前に出ながらエルダが言ったので、私もうんうんと何度も頷いた。
「モニカに連絡しないでくれとは言ったよ。戴冠式が終われば、モニカは皇帝の婚約者だ。今までのように簡単に会えると思ってもらっては困る。ディアにも直接は会いに来るなとは言ったね」
「え? つまり……直接でなければいいってことですか?」
「連絡を取る手段は、こちらで考える。ノーランドはカーラを守るために警護をつけると話していたから、彼らからノーランドに連絡をつけてもらえばいい。必要だと判断されたらノーランドからこちらに打診が来るだろう」
今までのように気軽には会えなくなるけど、会う方法はあるのか。
そもそも、身分が変わったカーラが私に会いたいと思うかどうかもわからない。
私が連絡すると、カーラの負担になることも考えないと。
「今のカーラはしっかりと自分を持っている。それなら会わせても問題ないと判断した。以前の、留学生と親しくなって帝国から逃げ出そうとしていたカーラのままだったら許可しなかったよ」
「フランセルがドルーを使ったのも、カーラが甘える相手欲しさに引っかかると思っていたのかもしれないわね。確かにこれからは、モニカやディアは慎重に行動しないとだめね。でも私は……」
「エルダ、落ち着いてよく考えてくれ。この先ヨハネスの処遇が決まってカーラの身分が低くなっても、ディアやエルダが友人として親しくしているのを他の令嬢に見られた時に、どう思われる? 贔屓だ。特別扱いだと騒がれた時、立場が悪くなるのはカーラだ」
「うっ……」
言い返せなくて、エルダはその場にぺたんと座り込んだ。
「こんなのってある? 他の子はみんな幸せな生活を送れているのに、なんでカーラばかりつらい目に合わなくちゃいけないの?」
全部まるっと両親のせいよ。
父親も許せないけど、クラリッサだって問題大ありだっていうのに、ノーランドに帰ってのんびり過ごしているんでしょ?
子供達のことはほったらかしだよ?
バーソロミュー夫妻は娘に甘すぎるわよ。
ずるい気がして、出来るだけウィキくんに頼らないようにしてきたけど、今回ばかりはそうはいかないわ。
それだけじゃなくて、私も情報を集める方法を探さないと。
気付くのがもっと早ければなんて後悔はしたくないもの。