作品タイトル不明
ベジャイア国王と妖精姫 1
ほぼ飾り気のない藍色のドレスを用意した。
これで皇宮に行ったら騒ぎになりそうなくらい地味なドレスだ。
スカートのふくらみも抑え気味にして、代わりに以前イレーネが刺繍してくれたショールを腕にかける。
薄いラベンダーグレイに青の濃淡で波と水のしずくが刺繍されたショールは、ため息が出るほど綺麗で、私の目指す幻想的なイメージにはぴったりだ。
まずは形からよ。
前回は失敗したけど、今度こそ新生ディアドラの強さを見せてやるんだ。
子供っぽさも可愛らしさもいらない。
儚さ? そんなものが私にあるわけないでしょ。
妖精姫は怒らせてはいけない存在だと知らしめるのが大事よ。
二度と誰にもお母様に失礼な態度を取らせたりはしないんだからね。
顔をきつい感じにする化粧も試してみたのよ?
でも、かなり濃い化粧をしないと駄目なせいで、大人っぽく見せたくて子供が頑張っちゃっている感が出ちゃう。
だったら以前から言われていたホラー的な雰囲気で行こうと思ったのよ。
無表情ですーっと歩いて、魔力が強くて威圧感……いや、存在感がある女性。これでいくの。
もうベジャイアからの客が部屋に案内されている頃だ。
まさか国王が近衛騎士団の団長をお供にやって来るとは思わなかったけど、帝国の皇太子や近衛騎士団団長にはしょっちゅう会っているんだから、同じだと思えばいいのよ。
ルフタネンの国王にも会ったことあったじゃない。
カミルのお兄ちゃんという印象が強かったし、失礼なことを言われたせいで遠慮なんてなくなっていたけどね。
「にしても、精霊王に言われたからって、こんな大変な時に国を留守にしていいのかな」
ベジャイアの最新事情は、ウィキくんでチェック済みよ。
新しい記述がたくさん増えていて驚いたよ。
軍の偉い人が国王の命令に背いて、精霊を育てるなと命じてた?
精霊王を怒らせて石にされた人がいる?
おかげで今、天候が大荒れで大変なことになってる?
何をやっているのさ! 歴史の教科書に大々的に書かれるような出来事のオンパレードよ。
「でも知らない振りをしなくちゃ」
ウィキくん情報は心に留めつつも同情はしない。
この際、ベジャイアの歴史にしっかりと妖精姫の名前を残してやるわよ。
皇太子は私が許さない限り、たとえベジャイア国王であろうと面会する気はないと言って、彼らが皇宮に滞在することを許可しなかったの。
ベリサリオに詫びを入れるのも、何もかも全部、まずは妖精姫の許しを得ろ。話はそれからだってことになっている。
一国の未来が未成年の少女の意見で決まるって、普通に考えたらありえないわ。
今更か。
「ディア様、よろしいですか。アラン様とカミル様がいらしてます」
「はーい」
入ってきたふたりも、今日はばっちりと決めている。
アランお兄様は近衛騎士団の制服姿で、カミルはいつもの民族服姿よ。
ふたりとも年明けには成人して大人の仲間入りをする年齢だもん、男の子っぽさがだんだん消えて逞しくなっている。
前世だったら十五はまだ少年のイメージだったけど、この世界は子供の期間が短いのよね。
そのくせいつまでも若々しい人が多いのは、金の力か魔法の力か。
「今日はまたいつもと雰囲気が違うね。それも素敵だ」
「そりゃあ僕の妹は、何を着ても素敵だろう。素がいいんだから」
服の印象を聞こうと思っていたけど、このふたりに聞いても無駄だわ。
どんな服を着ても誉め言葉しか出て来ない人達だった。
「もっとこうあるでしょう。いつもより大人っぽいとか。近寄りがたい雰囲気があるとか」
「それは兄妹ではわからないな」
「大人っぽいよ。服が地味だと可愛さが引き立つ」
「それじゃ駄目なの。妖精姫はこわいとか変わっているとか、怒らせたらいけないとか思わせたいのよ」
私がどこかに行くたびに、何かしら面倒事が起こるでしょ。
私と家族が平和に暮らすためには、よっぽどのことがないと妖精姫に近付かない方がいいと思われてちょうどいいくらいよ。
「変だとは初対面から思ってたよ。変わった子だなって」
「僕なんて、ディアが赤ん坊の時から思ってたよ」
「変の方向性が違うと思う……。ともかく無表情を貫くから、笑わせないでね」
「他国の国王に会うのに笑いを取ろうとはしないだろ」
アランお兄様のその突っ込みで笑いそうになるのよ。やめて。
兄妹で漫才をしに行くんじゃないの。
「相手の顔をまっすぐに見て多少威圧しつつ話せば、ディアの魔力ならたぶんこわいと思ってもらえるよ。精霊獣も顕現したまま連れていくんだろ?」
「もちろんよ。新生ディアドラは近寄りがたい存在なのよ」
「……そうなんだ」
カミル、今少し笑いそうになったでしょ。
手で隠したって、口元が緩んでいるのはわかっているのよ。
「ふん。見てなさい。ベジャイア国王をビビらせてやるわ」
「手配は済んでいるから頑張れ」
「アランお兄様、他人事のように言わないでください」
でも国王は私に会いに来るんだから、私が対応しないとね。
カミルの存在もアランお兄様の近衛の制服もプレッシャーになるだろうけど、私達全員まだ未成年だ。
ベジャイア国王はどういう態度を取るだろう。
「それよりアッケルマン侯爵がネリーを突き飛ばしたって話、アンディーに教えてもらうまで知らなかったんだけど、どういうことかな?」
あ……やばい。カミルに話すのを忘れていた。
「でもほら、私が怪我したんじゃないのよ? ネリーもその場で精霊が回復してくれたの。だからってアッケルマン侯爵を許したりはしないけど、あまり騒ぎを大きくするのもどうかと思わない?」
「そうだね。皇宮で外国人の親父に突き飛ばされるなんて、ネリーの精神的なショックも大きいだろう」
「そうよね。ほんとムカつくわ」
「これからもディアに近付こうとするやつはたくさんいるだろう。手段を選ばない馬鹿もいるはずだ」
「だからそうならないように、近付きにくい雰囲気にするんじゃない」
「馬鹿にはそういうことはわからない」
それを言ったらおしまいよ。
そこまでの馬鹿は仕方ないとして、私を利用しようとするやつを少しでも減らしたいのよ。
「だから、リュイとミミをベリサリオに派遣することにした」
「ええっ?!」
どうしてそんな話になるの?!
ルフタネンで囮になった時も、突然押しかけた時も、対応してくれたのがリュイとミミだ。
ふたりともとてもいい子達だし、頼りにはなるけども!
「あのふたりなら護衛も出来る。自分の身も守れる。それにルフタネンに嫁いでからきみに仕える侍女がどんな人かわかっているほうが、ベリサリオ家の人達も安心だろう。もうふたりは準備を始めているから夏までにはこちらに来られる」
「そこまでしてもらわなくても……」
「そのくらいディアを嫁にしたいなら当然だ」
「アランお兄様?」
「って、父上と兄上が言ってた」
あのふたりはーーー!
結婚まではまだ五年あるのよ?
そんな前から嫁予定の子の家に、しかも外国に、侍女を派遣して警護につかせるなんて話聞いたことないわよ。
「本人達がやる気になっているから問題ない」
「断れなかっただけじゃないの?」
「いや、むしろ乗り気だった」
いやいやいや。立場的に断れなかっただけだって。
公爵相手に断ったら、仕事を失うでしょ。
「ふたりともその話はあとだ。そろそろ行こう」
アランお兄様に言われて、もうだいぶベジャイア国王を待たせていることに気付いた。
カミルのせいで、面会することを忘れかけていたわよ。
「よし。気合い入れていくわよ。えいえいおー!」
「イメージ台無しだな」
「どこが新生なのか、まったくわからない」
うっさいな。
そんな簡単に人間が変わるわけないでしょう。
精霊の森の私の屋敷は、もともと裕福なバントック派の貴族の屋敷だったから、外も中もピカピカに磨き上げた今はかなりゴージャスな雰囲気になっている。
窓の外には広い庭があって、周囲は精霊の森に包まれていて、空気に含まれる魔力量もとても多い。
ここで作物を栽培したら、かなり質のいい物が大量に実ると思う。
駄目だけどね。
精霊の森は琥珀の住居なので、新しく建物を作るのは禁止よ。畑も駄目。
私達三人にそれぞれ執事や側近がついて、精霊獣達が前後を守って廊下を進み階段を降りる。
お客様をお迎えするための部屋が並ぶ一角に差し掛かると、廊下にベリサリオとベジャイアの警護の人間が控えているせいで、一気に人口密度があがった。
ベジャイア側は緊張してピリピリした雰囲気なのに、それに比べてベリサリオ側は人数がかなり少ない。
今日の警備兵は全員精霊獣を顕現させているし、私達だけでも戦闘力がものすごいから、はっきり言って警護なんていらないのよ。
相手の警護の人達なんて、イフリーを見て腰が引けちゃっている。
「ルフタネンの警護は?」
「俺とキースに警護はいらない」
「私だってそうだけど、体裁ってものがあるでしょう」
とはいっても、ここにルフタネンの警備兵までいたら、人数が多すぎて邪魔だったかもしれない。
「こちらへどうぞ」
警護の兵士が壁際に控える場所を、まずはアランお兄様が進み、その後ろにカミルにエスコートされた状態で歩いていく。
まっすぐ前だけを見て、警護の者達には視線を向けず、無表情で、ずるずると落ちそうになるショールを出来るだけさりげなく腕にかけ直して、ベジャイア国王の待つ部屋に足を踏み入れた。
女性らしい優しい色合いでまとめられた部屋の内装を見て、ちょっと失敗したと思ったけどもう遅い。
三人掛けのゆったりしたソファーに腰かけていたふたりが、国王と近衛騎士団団長だろう。
ふたりとも体格がよくて厳ついから、部屋の雰囲気に全く似合わない。いっそ気の毒なくらいだ。
私達を見て、すぐに迷いなく立ち上がって出迎える様子を見ると、どうやらきちんと謝罪する気があるみたいね。
《少女の中に何が入ってるんだ? あの存在感はなんだ?》
《ガイオの話していた通りですな。背筋に震えが来ました》
ベジャイア語って早口で話されると聞き取れないのよ。
低い声の小声だから余計に聞き取りにくい。
でもふたりが私を見る表情がフェイクでないなら、かなり緊張しているはずだ。額に汗かいてるもん。
やっぱり今日の服装でよかったのね。
可愛らしいリボンや花柄のドレスはもう卒業よ。