作品タイトル不明
ベジャイア国王と妖精姫 2
《お待たせしてしまい申し訳ございません。ディアドラ・エイベル・フォン・ベリサリオです》
かすかに動揺が見て取れたけど、ベジャイア語が話せるくらいで驚いた顔を見せたりはしないか。
ベジャイア側にとってはむしろ、この場にカミルがいることの方が意外だったかもしれない。
《皇太子殿下に命じられて、兄のアランがこの場に立ち会うことになりました。アッケルマン侯爵の件がありましたから、私ひとりでは不安でしょう? そして、こちらは私の婚約者のイースディル公爵……もしかして、もうお会いしたことがあるのかしら?》
今まで無表情を貫いていたけど、カミルの方を振り返った時だけ微かに口元だけで微笑んでみせる。
カミルも微笑み返してくれたので、とても仲のいいカップルに見えるだろう。
実際、仲いいしね。
ルフタネンは嫁ぎ先なんだから、あの国に何かするのも私を怒らせる要因になるってことを、きっちり胸に刻んでもらわないと。
「ディア、彼らはアゼリア語が話せるよ」
「あら、そうでしたか」
「御無沙汰しています、バルターク国王。このような形で再会することになるとは、非常に残念です」
「まったくもって同感だ。私は帝国ともルフタネンとも友好関係を維持したいと心より思っている。アッケルマン侯爵の行動は、我々への裏切りでもあったということを考慮していただきたい」
こっちの人が国王か。
それじゃあ、隣の厳つさが三割増しの人のほうが近衛騎士団団長のビューレン公爵ね。
うそ、国王の父親とビューレン公爵は親友で、年齢がほぼ同じだったよね。
ベジャイアは何歳から結婚出来るんだっけ? 十七? 十六?
そんな年の差があるように見えないわよ。
国王は老けているというか……お疲れ?
目の下に隈が出来ているし、皴も刻まれている。
でも仕方ないか。突然父親が戦死して自分が国王にならなくちゃいけなくなって、どうにか国を復興させるために忙しい毎日を送っていたはずだ。
それでただでさえ心身ともにお疲れだったというのに、帝国とルフタネンを怒らせてしまう阿呆のせいで、嵐の中を船で異国に行かなくちゃいけなくなっちゃったら、そりゃ老け込みもするわ。
「ともかくお掛けになって」
無言のまま全員が席に着くとすぐ、侍女が退出するのも待たずにバルターク国王が話し始めた。
「まずは謝罪をさせていただきたい。たとえ彼の仕出かしたことが我々の意に反していたとしても、彼を帝国への使者にしてしまった私の落ち度だ。申し訳ない」
座ったままだとはいえ、一国の国王が膝に手を当てて頭を下げたのよ。
妖精姫の影響力がやばい。更にやばさがアップしている。
何が問題って本人はそんなことは望んでいないし、本当はもっと平和に普通の令嬢と変わらない生活が送りたかったってことよ。
「怪我をさせてしまった御令嬢にも、是非お詫びをさせていただきたい。それが彼女の負担になるというのなら、せめてお詫びの品だけでもお渡ししたい。もちろんベリサリオ辺境伯夫人や御家族にも、妖精姫にも、お詫びの品を御用意しています」
「物はいりません」
「誤解しないでください。物や金銭で解決しようなどと思っているのではありません」
まずはその敬語をどうにかしようか。
私の方が身分は下だからね。
国王がそんな簡単に敬語を使ったり頭を下げちゃ駄目でしょ。
横にいる近衛騎士団長、何か言ってあげなさいよ。
私を見たまま固まっているんじゃないわよ。
それに畳みかけるように話を進めて、勢いで終わらせようとしてない?
ここまで国王が誠意を見せたんだから、謝罪を受けない方が礼儀がなっていないと思わせる作戦か?
甘いわ。
新生ディアドラは、そんなことで許したりしないのだ。
「そうですか。それより、質問してもよろしいでしょうか」
「……どうぞ」
「なぜ、アッケルマン侯爵を私の誕生日祝いの使者になさったのですか? あの方が、このような行動に出るとは予想出来なかったのでしょうか」
「…………」
いや、黙らないでよ。
そこ、とても重要だからね。
「アッケルマン侯爵は、甥が帝国の大使館に勤務しており、アゼリア語が堪能で、以前にも帝国を訪問した経験がありましたので、彼を指名しました」
「彼を信頼していたということですね?」
「……はい。信頼していない者を帝国に送ったりはしません。ただ……彼の主な役目はガイオとの面会だったのです。報告はもらっていましたが、あのガイオが皇太子殿下や妖精姫と大変親しくなっているとは、俄かには信じられなかったのです。大変失礼な態度を取ってしまった経緯もありますので」
ああ……そっちがメインだったか。
英雄が帰って来ないし、帝国に取り込まれそうだから連れて帰って来いと。
妖精姫はベジャイアとしては、それほど重要視していなかったのね。
「もちろん妖精姫へのお祝いとベリサリオ辺境伯への御挨拶も、彼の任務ではありました。しかし夏には戴冠式があり私が出席する予定でしたので、改めてガイオの件のお詫び等はするので、御挨拶だけでいいからと念を押してあったのですが……なぜあのようなことをしでかしたのか」
余計なことはするなと。
挨拶だけして、お祝いの品を渡して、英雄を連れて帰って来いと。
なんであんなことをしたか?
まったく信頼されていないから焦ったんでしょう。
「なんとなく事情はわかりましたわ。ベジャイアは帝国民が思っている以上に、人材不足なんですね」
「うっ……いや、復興や治水工事など、今は大変な時期なのです」
いいのか、この国王。
さっきから、ぽろぽろと失言しているわよ。
私に謝罪に来たのに、私の誕生日祝いよりガイオの方が重要だったって言ったのよ?
しかも今は外交に人を割けないくらいに大変なんでしょう?
「だからディアの誕生日祝いなどに、まともな人材を割いてはいられないってことですか」
カミルの目つきがやばくなっている。
あれは本気で怒っている顔だ。
ちょっと待って。今日こそ新生ディアドラがバシッと決めないといけないんだから。私に言わせて。
「ベジャイアは精霊王や精霊の存在を、どうも軽く見ているようだ。まさか、またニコデムスと……」
「それはない。精霊王には復興に力を貸していただいているんだ。ベジャイアもルフタネンや帝国のように、精霊と共存する国づくりを目指して……」
「ではどうして、精霊を育てていないんですか?」
精霊の話になったので食い気味に発言したら、国王の話をぶった切ってしまった。
非常にまずいことをしたんだけど、やっちゃったものはしょうがない。
「……先程お話したように、今は復興や治水工事で忙しいのです。精霊を育て始めている人ももちろんいます」
「精霊王の力を借りているのに、精霊を育てることは後回しにしたということですか?」
「そうではありません。しかし帝国でもいまだに精霊がいない領地があるそうじゃないですか。十年近く経っても帝国にそういう土地があるというのなら、我が国にまだ、精霊を育てるということが根付いていないことは御理解いただきたい」
「新しいことを拒否する人は必ずいますものね」
「そうなんです」
「でも私が言っているのはそういう話じゃないんです」
ブレスレット型のマジックバッグから扇を取り出し、一振りで広げたら、力を入れ過ぎてバサッと大きな音がしてしまった。
その音に、ベジャイアの近衛騎士団長と後ろに立っている元大使館員が、びくっと体を震わせたんだけど、いくらなんでもそんなに私はこわいか?
妖精姫は近寄りがたいと思わせたいんであって、突然襲い掛かりそうだと思われたいんじゃないのよ。
「うちの皇族は魔力量はそれほど多くはありません。でも皇太子殿下も第二皇子殿下も、精霊と共存する国を作ると決めた時から、しっかりと精霊獣を育てています。精霊王に力を貸していただいているなら、国のトップにいる人達が率先して精霊を育て、皆に手本を見せるべきじゃありませんか? 復興? 精霊が増え、木々や空気中に魔力が増えれば作物が豊かに実り、食糧危機は改善されるでしょう。治水工事? 精霊王が手助けしてくれるようになってだいぶ経ちますよね?」
国王に負けじとこちらも畳みかけるように話し始めると、ベジャイア側はぴしっと背筋を伸ばして、背凭れに体を押し付けるようにした。
出来るだけ私から距離を取りたいという無意識の行動よね、それ。
「ディア、落ち着いて」
いけない。
アランお兄様が止めてくれてよかった。
あまり他国の国王を追い詰めちゃ駄目だ。
「バルターク国王、あなたは本当に謝罪しに来たんですか? それともディアの感情を逆なでしに来たんですか」
「カミル」
「心の籠らないうわべだけの言葉を、しかも矛盾している言葉を並べてみせて、帝国やルフタネンとの関係が改善すると思っているんですか?」
「そのようなつもりは……」
そうよそう。カミルの言う通りよ。
政治家的な、遠回しにのらりくらりと痛い話題は避けて、自分のペースで話をするやり方は脳筋には無理だから。
特に私は、そういうのはグーで殴りたくなるからね。
「カミルありがとう。でも、国王陛下にわざわざ足を運んでいただいたというのに、手ぶらでお返しするわけにはいきませんわ。それで、私のお願いを聞いていただけるのなら、今までの非礼は全てなかったことにして、交易もすぐに再開しようと思うのですが、いかが?」
「…………お願いというのは?」
突然の提案に、だいぶバルターク国王は戸惑ったようだ。
ちらっと隣を見ても、近衛騎士団長は政治的なことは当てにならないんじゃないかなあ。
元大使館員達も互いに顔を見合わせ、そわそわと挙動不審になっている。
「とても簡単なことです。私、ベジャイア王都を見てみたいんです」
「我が国を訪問するという話ですか?」
何を言われるのだろうとビビっていたのが、思っていたより簡単なお願いだったせいか国王は表情を緩めてほっと息をついた。
「大歓迎しますよ。今は雨季ですので、ひと月ほど経ってからのほうが天候的によろしいと思います」
「いえ、今これから伺うという話です」
「…………は?」
「瑠璃が連れていってくれるんですって」
「……最初からそのつもりで」
元大使館員のひとりが呟いた声は、皆が黙っていたせいで私の耳にもしっかりと届いた。
国王も近衛騎士団長も、一気に顔が強張って顔色も悪くなっている。
「そうです。最初からそのつもりで精霊王にお願いしてありました。だって海峡の向こうには行ったことがないんですもの。精霊王や国王陛下と一緒なら、家族も安心でしょう? せっかくですから王宮にもお邪魔させていただきたいわ」
「…………」
「何か問題があります?」
そりゃあ問題だらけよね。
冷や汗なのか具合が悪いのか知らないけど、ベジャイアの人達は倒れそうになっている。
べつに潰しに行くんじゃないわよ?
むしろ復興を協力してあげる気だってあるんだから。
ベジャイアは海峡の向こうに存在していてくれないと困るのよ。
シュタルクとペンデルスの残党が手を組んで、海峡の向こう全部を治めるようになったらめんどうでしょう?
だからといってベジャイアが力を持ちすぎても困る。
「今はかなり天候が悪くて……その……あまり街の様子が見えないのではないでしょうか」
「それならベジャイアの精霊王に頼んで、私のいる間は天気をよくしてもらいましょう」
「我々は……船で来ましたので……」
「船はあとから返せばいいじゃないですか。精霊を育てられないほどお忙しいのでしょう? 一瞬で帰れますよ?」
「…………それは……その」
「もしかしてお嫌だと?」
「いえ、そんなことはありません」
「よかった。では精霊王に来ていただきますね」
よっしゃ。
私の目的の半分はこれで達成したわよ。