作品タイトル不明
ベジャイア宮廷 ガイオ視点 1
アゼリア帝国皇太子とルフタネン国王からの親書を手に、閉鎖された大使館に勤めていた外交官達と共にベジャイアに戻った。
船でのんびりと帰らず、さっさと転移して帰国し答えを持って来いと皇太子に命じられ、精霊省の魔道士によって、全員まとめてベジャイア王都にある帝国の大使館まで飛ばされたのだ。
転移魔法だぞ。
妖精姫が壁一面をぶち抜いて、皇宮とベリサリオの港を繋げた時も度肝を抜かれたが、微かに眩暈を感じた途端に、一瞬前までいた場所とは違う室内に立っていると気付いた時には、底知れない恐怖で冷や汗が出た。
これが帝国貴族にとっては、たいして珍しくもない移動手段だっていうんだから、常識が違いすぎる。
「我々はここを閉鎖してすぐに帝国に戻ります。出国の書類を揃えておきましたので、手続きをお願いします」
「……ああ」
すでに説明を受けていたらしく、大使館の人間達は荷物をまとめて帰国する準備をしていた。
両国の大使館が閉鎖されるというのは非常事態だというのに、帝国の大使館員は平然としている。
あのくそジジイ、何をしてくれやがるんだ。
帝国はベジャイアと貿易しなくても何も問題ないが、こっちは食糧危機に陥るんだぞ。
大使館の建物から外に出てまず感じたのは、埃っぽさだ。
そして匂い。
帝国の皇都では徐々に精霊車が増え、道も馬車が通る場所と人間が歩く場所が区別され始めている。それに精霊は魔力を糧とするため、糞尿の処分の必要がない。
便利さにばかり目がいっていたが、衛生面や安全面でもベジャイア王都は帝国にだいぶ後れを取っている。
「私は帝国に三年赴任しておりました。……王都はまったく変わっていないのですね」
「馬車はこんなに揺れるんでしたか。忘れていました」
大使館員達の言葉に憂鬱だった気分がさらに落ち込んでいく。
ベジャイア国内しか知らないやつらに、どう外国との文化の差を知らせれば理解されるんだ?
俺だって留学する前は、こんなに祖国が貧しい国だとは気付いていなかった。
埃にまみれた街角には、ぼろ布を 纏(まと) って 蹲(うずくま) っているやつが何人もいる。
行き来する庶民の服は簡素で、柄物の服を着ている者など滅多にいない。
馬車が近付くと道を歩いていた者達が慌てて横に避け、車輪が巻き上げた砂ぼこりが屋台の売り物に飛んでいく。
帝国では庶民もずっと裕福で、最近は手頃なアクセサリーや嗜好品がよく売れると聞いた。
それだけ庶民も生活に余裕があるということだ。
「国の外に出ないとわからないことも多いな」
「ガイオ様は変わられましたね」
「どうか、ベジャイアが滅んでしまわないように、お願いします」
留学することになった時には、皇太子と妖精姫に無礼を働いた非常識な馬鹿野郎だと、帝国民にも大使館員にも冷ややかな目で見られたものだ。
あの頃の自分の態度を今思い出すと、内臓を冷たい手で撫でられたような感覚がする。
わかっていないというのは恐ろしいぞ。ディアに対するあの態度は、自殺行為だった。
だが今では、護衛の兵士より大使館員や帝国の学生のほうが会話して楽しい相手になっている。
男のくせに鍛えていないと情けないとか、戦えない男は価値が低いとか、戦争に行く人間を増やすために作った価値観でしかない。
「戦争で功績をあげた者に褒賞で地位を与えてきたせいで、大臣のほとんどが元軍人だというのがまず間違いだな」
「そうなんです!」
「自分の部署の仕事を何もわかっていない人が、威張り散らして予算を勝手に使っているんです」
それで国王や宰相がどれだけ苦労しているか、俺は傍で見ていたはずなのに、政治についてはわからないと気にしなかった。
今のベジャイアは国を使ったおままごとをしているようなものだ。
帝国との問題が無事に片付いても、貴族の意識改革をしなくては、近いうちにベジャイアは崩壊するだろう。
国王への謁見は問題なく許可され、俺達は首脳陣が会議をしている部屋に案内された。
謁見を申し込んだ時に、親書は先に国王に直に手渡してくれとたのんでおいたので、俺達が会議室に到着した時には、国王はすでに親書を読んでいる途中だった。
国王は前国王の甥にあたる。
ニコデムスとの関係を巡って王弟殿下だった父親の公爵が戦時中に亡くなり、志を継いで国王になった人だ。
公爵は非常に優秀な方で健康だったため、陛下は補佐的な仕事しか任されていなかったそうだ。
領地を持ち自ら治めた経験もなく、帝王学を学んだこともないまま国王になってしまって、いまだに手探り状態だというのに、そこに脳みそにまで筋肉が詰まっている大臣達が群がっているのが、今のベジャイアだ。
室内に足を踏み入れると、真正面に国王を中心に補佐官達が座る席が見える。
左右にずらりと大臣達とその補佐官が座り、中央にはそれぞれの問題の説明をする者が立つためにスペースが開けられている。
「なんだ、その服は」
「帝国かぶれなんじゃないか?」
「英雄と言われた男が情けない」
俺が外交官達を引き連れて中央のスペースを進み、国王の元まで歩き始めると、両側から悪意を込めた野次が飛んだ。
だがそんなものにいちいち反応していられない。
俺も外交官も切羽詰まった形相で国王の前で跪いた。
「まずは帰国の挨拶をと言いたいところだが、その時間が惜しいな」
バルターク国王は金色の髪を短く刈り上げ、がっしりとした顎と高い頬骨が目立つ男らしい顔をした男だ。
立つと俺よりもでかく、戦場では勇猛果敢だった。
それが今は眉を寄せ、頭痛がするのかこめかみを押さえてため息をついている。
「アッケルマン侯爵がまたやらかしたそうだな」
親書をばさりと机に置きながら、うんざりとした口調で言うのに無言で頷く。
「発言を許可する。おまえ達は大使館の職員だったな。おまえ達も発言していい。説明してくれ」
「簡単な話です。アッケルマン侯爵は会いたくないと面会を拒んだ妖精姫に皇宮で突撃し、彼女の側近に暴力を振るったんです。その側近はトマトケチャップで有名なエドキンズ伯爵家の御令嬢で、近衛騎士団長であるランプリング公爵の義妹です」
「……それで大使館閉鎖か」
「それだけではありません。アッケルマン侯爵は投獄されました。今後の我が国の対応によっては、国交断絶。つまり帝国とルフタネンとの貿易が出来なくなります」
「なんでルフタネンが出てくるんだ!」
大声で怒鳴るやつの相手をするのは、ベジャイアではよくあることだ。
威圧と大きい声で相手を黙らせて自分の意見を通すやり方が、このような場でも珍しくない。
「たかが小娘に怪我をさせたくらいで、国際問題にするだと!」
「帝国は仕方ないとして、ルフタネンが偉そうに!」
「貿易が出来なくなるなら向こうだってこま……」
「うるさい!」
我慢出来なくなり、怒鳴りつけながら立ち上がった。
「陛下への報告中に、許可を得ないまま発言してはいけないという決まりも理解出来ないのか!」
「なんだと!」
「それが目上の者に対する態度か!」
「あんた達はまだわからないのか。妖精姫を本気で怒らせたんだぞ。彼女がその気になったら、ベジャイアは一瞬で砂漠になるんだぞ!」
しーんと会議室が静かになったがそれも一瞬だ。
「大袈裟だな。妖精姫はまだ子供だろう」
「そ、そうだ。国を亡ぼす決断なんて出来るはずがない」
「ガイオ、おまえは妖精姫と親しくなったそうだな」
「はい」
大臣達を睨みつけてから国王に向き直り、すぐに再び跪いた。
「印象を聞かせてくれ」
「彼女を人間だと思うのはやめてください」
「何?」
「基本的に優しくおおらかで、滅多に怒らない女性です。あまり自分が目立ってはまずいと皇太子をたて、自分はおとなしい少女でいようとして失敗するのを繰り返してきたようです。でも今回のことで本気で怒り、もう力を隠すことをやめたのでしょう」
いったん言葉を切り、大きく息を吐いてから顔をあげて国王と視線を合わせた。
「私は戦場で敵の大将と戦ったことがあります。敵に囲まれたこともあります。しかし妖精姫を怒らせる恐怖に比べれば、そんな物はこわくも何ともありませんでした。どうあがいても勝てない相手の前に立ったことがありますか? 彼女がその気になったら、指先すら動かすことなく俺を倒せるでしょう」
強さに価値を感じる者達を説得するなら、強さを基準にすればいい。
ディアが自分でそう言ったんだから、遠慮する必要はないし嘘はついていない。
「……妖精姫の話だよな?」
「はい。普通に接していればとても愛らしい少女ですが、私は彼女に背中を無防備に向ける勇気は持てません」
ざわざわと明らかに先程までとは異質のざわめきが背後から聞こえてくる。
小さくて愛らしい少女が、実は英雄といわれた男を震え上がらせる化け物だと想像した大臣達は、少しはおとなしくする気になったようだ。
「よろしいでしょうか」
大使館員のひとりが小さく片手をあげて発言した。
「私はアッケルマン侯爵が問題を起こした時、その場に偶然居合わせていました」
「ほう。では何があったか見ていたのか?」
「いえ、だいぶ距離が離れていたので騒ぎが起こったと気付いた時には、もう遅かったのです。しかし私が急いでそちらに向かった時、妖精姫が金色に光り輝いているのが見えました」
「……は?」
「眩しいくらいに金色に光り輝いていたのです。そのあとすぐ近くに、床から天井まで柱のように光が爆発したので、誰か砂にされたのかと思いました」
やばい。事情を聞いているから笑ってしまいそうだ。
まさか精霊獣が頑張りすぎて、本人も気付かないうちに発光していたとは言えない。
出来るだけ深刻そうな顔で俯くしかないな。
「そんなことがあったら、皇宮は混乱しただろう」
「いえ、誰も驚いていませんでした」
「帝国ではよくあることです」
……マジか。
知らなかったぞ。
「帝国とベジャイアでは常識が違うのです。帝国の高位貴族はもう転送陣を使いません。転移魔法を使える人が増えているんです。出来ない場合は雇ってでも転移用の部屋を使うのがステータスになっています」
「精霊獣を複数持つのも当たり前なのです。皇宮内も小型化していれば精霊獣を……ああ、そういえば、小型化すると精霊獣は子猫や子犬の大きさになるのに、妖精姫の炎のフェンリルは牛よりも大きいんです」
「それだけじゃありません。竜と呼ばれる精霊獣は本来の大きさは、砂漠地帯に棲むドラゴンと同じくらいに巨大だそうです。実際、妖精姫の竜の精霊獣はノーランドでドラゴンと対峙したことがあるそうです」
妖精姫の恐怖話がどんどん増えていく。
どれも事実なんだけども、たぶん国王や大臣達の頭の中の妖精姫はとんでもないことになっているだろう。
「ガイオ、よくその少女と友人になれたな」
「陛下、彼女は心の広い女性です。こちらも友人だと思って接すれば、ほがらかで会話も楽しい人なんです。ですが、彼女は家族と友人をとても大事にしているので、その両方を傷つけ侮辱したアッケルマン侯爵に激怒したんです。私も皇族の誕生日会で失礼な態度を取ってしまいましたから、まだ信頼を得るところまでは出来ていません」
「……そうか」
「それに」
「まだあるのか」
「なぜルフタネンが出てくるのだと聞いていた方がいましたが、アッケルマン侯爵がルフタネンとの貿易を減らして裏取引する提案を、ベリサリオ辺境伯にしたことをお忘れではないですよね」
跪いたまま左右に威圧を込めた視線を向けると、誰もが不自然に目を逸らした。
「イースディル公爵は、妖精姫と結婚するために精霊王に後ろ盾になってくれと頼み込むほど、妖精姫を溺愛している男です。それなのに、ルフタネンとベリサリオの関係に亀裂を入れるような発言をしたんですよ。まだ賠償が終わっていないのに」
「そう……だな」
「ちなみにイースディル公爵も化け物です。全属性の精霊獣全てがドラゴンと戦闘出来る力を持つ竜なんですよ。精霊王の力を借りなくてもあのふたりだけで国のひとつやふたつ、簡単に滅ぼせます」
そこに精霊王まで加わるんだから、もう存在そのものが反則だ。
ひとつ間違えたら、この世界を滅ぼしかねない夫婦がいずれ出来上がるんだぞ。
それなのに、そいつらに喧嘩を吹っ掛けるなんて、ベジャイアを滅亡させちゃってくださいって頼みに行ったようなものだ。
「謝罪と賠償に……帝国とルフタネンに行く必要があるな」
「はい。もう後がありません。次はベジャイア滅亡です」
「誰を使者にするんですか。もう使える外交官はいないのでは?」
「宰相は……」
「内政をどうするつもりだ」
「文官を何人か送ればいいだろう」
「わしのところは無理だ」
「うちだって」
駄目だこれは。
自分の責任になるのが嫌で、押し付け合いになっている。
「そうだ。精霊王に頼めばいいじゃないか。妖精姫と話すなら精霊王だろう」
「いい考えだ。以前、妖精姫を怒らせた責任があるんだから、精霊王に……うわっ」
帝国で目撃されたのは光の柱だったが、ベジャイアでは炎の柱が燃え上がった。