軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

またやらかしたベジャイア  後編

「申し訳ありません。でも非常時なんです。緊急なんです。お願いです。話だけでも聞いていただけませんか」

「ジェマ、あまり騒ぎを大きくしないで」

ジェマとネリーが作った防衛ラインにギリギリまで近づいて、ふたりの肩越しに見たベジャイア大使は、眼鏡をかけた地味な顔をした男性だった。

「ベジャイアの大使? 初対面ですよね」

「……いえ、赴任してきた時に……ベリサリオにご挨拶に伺いました」

私が声をかけると慌てて、胸に片手を当てて軽く頭を下げた。

そのまま頭をあげないから表情が読めないけど、歯切れの悪い話し方だ。さっきまでの勢いはどうしたの。

「何年前ですか?」

「ジェマ?」

「……五年」

「その頃、ディア様はまだ八歳ですよ。他国の大使と面会するわけないでしょう!」

ジェマの剣幕がすごい。

「帝国に滞在する大使が、妖精姫に正式にご挨拶したこともないなんて。よく図々しく話しかけてきましたね」

ネリーも負けていない。

新生ディアドラを見せつけるチャンスのはずなのに、私が一番おとなしい子になってしまっている。

これでは駄目だ。

「あのー」

いかーん。こんな声のかけ方をしたら弱気なやつだと思われる。

でもじゃあ、こういう時はなんて声をかければいいの?

「ガイオが問題を起こした時にはいなかったんですか?」

「その……使節団がいましたので、私は出席しませんでした」

「そういえばあの時は謝罪にも来なかったんですね」

「あ……それは、使節団が謝罪したので」

「ああ、自分には関係ないということですか。ベジャイアの大使なのに」

ジェマ、その台詞、私が言いたかった。

それを言うためにこの話題をふった私の努力が……。

「もう行きましょう。これ以上話す気にならないわ」

「そうですね」

「待ってください」

額の汗を拭きながら落ち着かない様子で話す大使は、挙動不審で怪しい。

よっぽどアッケルマン侯爵がこわいのかな。

「大使、どうなっているんだ」

あー、近くでアッケルマン侯爵が待機していたから、早く私に面会の許可を取りたかったのか。

彼って強制送還されるんだよね? それなのに野放しにしてるの?

帰国しないで逃げたら困るじゃない。

警備の兵士は何をやっているのよ。

そう思って周囲に視線を向けたら、近衛騎士がバタバタと動き出していた。

こちらにも何名か来てくれるみたいだ。

「妖精姫。ベリサリオに面会要請をしたんですが、忙しいと断られたんですぞ。それなのに、侍女と遊びに行くところですか」

は?

なんで私が文句を言われているの?

「アッケルマン侯爵、もう少し待っていてください」

「うるさい。おまえでは話にならんのだろう」

「それ以上、近付かないでください!」

どんどん私に近付こうとするアッケルマン侯爵を止めようとして、ネリーが両手を広げて道を塞いだ。

相手は歳をとっていても眼光の鋭い、背が高くて胸板の厚い男性だ。

こわかったと思う。

でも私のために迷わず立ち塞がってくれたのよ。

それなのに……。

「邪魔だ、どけ」

アッケルマン侯爵はネリーの肩を掴んで、乱暴に押し退けた。

相手はか弱い女の子よ。

横に飛ばされて柱にぶつかり、肩を押さえて蹲った。

精霊獣が彼女の姿が見えなくなるほどの回復魔法をかけているから大丈夫だろうけど、たぶんかなり痛かったと思う。

「なにをしてくれてんのよ!」

さすがの私もこれには切れた。

「な、それが他国の侯爵に対する態度ですか」

「そっちこそ、それが謝罪しなくてはいけない相手への態度なの! 侯爵? それが何よ。ベジャイア国王が出て来ても、私の側近を怪我させたことは謝罪くらいじゃ許さないわよ」

なぜか彼の驚いた顔や、ネリーに手を貸している近衛騎士が金色のフィルター越しの風景のように見えた。

怒ると目の前が赤くなるって言うけど、金色になる場合もあるのかな?

「な……」

ようやく私が怒っているのが伝わったのか、アッケルマン侯爵の顔色が変わった。

少し震えてない? 大袈裟だな。

「リヴァ、皇太子殿下に報告して来て」

『わかった』

「そこのあなた、パオロを呼んできて! 大至急よ!」

リヴァが転移して消えるのを視界の端に見ながら、ちょうど駆けつけてきた近衛騎士に指示を出す。

「それで、この状況の責任をどう取るつもりなの?」

私と侯爵の間に近衛騎士がふたり立ち塞がってくれていたから、ふたりの間から顔を出して、腰に手を当てて仁王立ちよ。

背の高い近衛騎士の間から小さな私が、ひょこっと見えている状況ではちっとも怖くなさそうなのに、アッケルマン侯爵は真っ青な顔でふらふらと後退った。

「ちょ……ちょっと押しただけだ」

「ちょっと? あれが?」

「あの侍女が……」

「言い訳ばかりみっともない男ね!」

私を守っているはずの近衛騎士まで、ちらちらとこちらを見て、徐々に私から遠ざかって侯爵の近くに移動していくのは何?

ジェマやネリーまで目を丸くしているような……。

「ディア!!」

「何が起こったんだ!」

アランお兄様とパオロがもう駆けつけてきた。

呼びに行った近衛騎士、優秀だな。

「パオロ、この男がネリーに暴力をふるったわ」

「……なんだと」

話を聞いてパオロの顔つきが変わった。

帝国でも五本の指に入るだろう美形が、怒りに満ちた顔をすると迫力があるよ。

まさか、こんなに怒るとは思わなかったわ。

「もう治っているじゃ……いや……あの……」

「ほう。では、あなたの腕を切り落としても、回復すればいいんだな」

……その台詞も私が言いたかった。

でも、パオロが切れているので文句も言えない。

「団長! 剣を抜くのはやめてください!」

「皇宮で流血沙汰はまずいです!」

近衛騎士が三人がかりで止めないと、アッケルマン侯爵を切り刻みそうな勢いに押されて、私の怒りがすーっと冷めてしまった。

新生ディアドラは、次の機会だな。

「な、なんなんだ。たかが侍女」

「アッケルマン侯爵、あなたが突き飛ばした子はね、エドキンズ伯爵家の御令嬢で近衛騎士団長の、つまりこの人ね、ランプリング公爵の義妹なのよ」

「エド……トマトケチャップの?!」

反応するのはそこなんだ。

「あ、そうか。ベジャイアはトマトケチャップを大量に輸入しているのよね。兵士が遠征先に持っていくようになったんでしたっけ? もう輸入出来なくなるかも」

「ま、待ってくれ」

トマトケチャップ強いな。

美味しく調合されたソースを容器に詰めて売るなんて、今までなかったのよね。

遠征先や訓練中に、塩味だけの携帯食料を毎日食べていたベジャイアの兵士達は、トマトケチャップを使えるようになって大喜びだったらしい。

食事に文句を言うのは男らしくないとか何とかで、なんの工夫もしてこないから心が荒むのよ。

「ケチャップだけじゃないわよ。ベリサリオ港へのベジャイア船舶の立ち入りを全面禁止するわよ」

私が近衛騎士の間から一歩前に出ると、アッケルマン侯爵は後退ろうとしてバランスを崩して尻もちをついた。

「団長、おやめください」

まだやってたのか!

「離せ。女性に暴力をふるって謝罪も出来ないようなクズは、自分も同じ痛みを感じなくては理解出来ないんだ」

「ネリー」

今まで少し離れた位置から見ていたアランお兄様が、ネリーを呼んで耳元で何か囁いた。

「……本気?」

「うんうん」

ネリーは困った顔で私を見て、アランお兄様を見て、意を決したように、まだ剣を抜きそうになっているパオロに歩み寄った。

「あんな男を斬ったせいで、お義兄様が捕まったら困ります」

ネリーの言葉を聞いて、パオロはピタッと動きを止めて、顔だけ動かしてネリーを見た。

「今、なんて?」

「お義兄様が捕まったら、結婚式が出来なくなるかもしれないじゃないですか。お姉様を泣かせたら許しませんよ」

「……そうか。そうだな。……お義兄様か」

急に怒りを収めて嬉しそうな顔をしている団長を見て、近衛騎士達は脱力してしまっている。

一人っ子で早くに両親を亡くしているパオロにとっては、お嫁さんと義妹が一度に出来るって嬉しいんだろうな。

こうしてまた、シスコンが増えるのね……。

「ディア、光ってる光ってる」

いつの間にか隣に来ていたアランお兄様が、眩しいよって笑いながら言った。

「光ってる? どこが?」

「ディアが」

「私?!」

「ガイアとリヴァはどこ?」

「リヴァは皇太子殿下のところ。ガイアは……」

話していたら、目の前の世界が元の色に戻り、すぐ横にガイアが姿を現した。

「犯人はガイアか」

「どういうこと?」

『ディアを守るため、身体強化とバリアの魔法を使った』

そのバリアが光って、世界が金色がかって見えたのか。

うわー、周りから見たらどんな状況だったんだろう。

近衛騎士までびびっていたってことは、ど派手だったんじゃない?

『駄目だった? 怒ってる?』

「駄目じゃないよ。守ってくれたんでしょ。ありがとう」

『防御はまかせて』

自主的に動いてくれるのは非常にありがたいけど、もう少しこう地味に出来ないかね。

目立たないように防御アップするやり方を研究しないと。

『報告した。いろいろ連れてきた』

「え?」

リヴァが空中に姿を現すと同時に、私のすぐ横の床が丸く光り、天井まで光の柱が出来た。

やばい。私の精霊獣達は、やることがいちいち派手だ。

光の近くにいた人達が慌てて避けると、パウエル公爵と外交官、そして近衛騎士が三人も姿を現した。

皇太子が転移の許可を出したんだろうけど、パウエル公爵まで来てくれちゃったか。

どっかりと椅子に座って指示だけ出していればいい立場の人なのに、すぐに動いてくれるのがありがたい。そして申し訳ない。

「僕達はいなくてもいいんじゃないか?」

アランお兄様はさっきから楽しそうに立っているだけだ。

きっとあとで、クリスお兄様におもしろい現場に遭遇したと自慢するんだろう。

「しかし毎回、ディアっておもしろいよね」

「クリスお兄様にも飽きないと言われてます……」

「うんうん。ディアはこのままでいてくれよ」

周りが大騒ぎになってしまっているのに、私とアランお兄様だけまったりしてしまっている。

台風の目は静かだって言葉を思い出してしまった。

「迎えに行くまで大使館で待機だと連絡しましたよね」

私達がすっかり傍観体勢に入っている間にも、周囲では緊迫した雰囲気の中、どんどん見物人が増えて大変なことになっていた。

誰だよ。光の演出で人を集めてしまったのは。

「なぜ皇宮にいるんでしょう。妖精姫に会うことはベリサリオ辺境伯が許可していないと聞いていますが?」

パウエル公爵は、声を荒げなくても表情を作らなくても、普段通りそこに立っているだけで存在感がある。

私が目指すのはこういうのよ。パウエル公爵を目標にしよう。

「謝罪を……帰国前に、しようと……」

「嫌がっている相手に押しかけてする謝罪は、相手に負担になるだけです。あなたの行動が二国間の状況を悪化させているという自覚を持っていただきたい。近衛騎士団長、アッケルマン侯爵と大使を拘束してください」

「なっ! なんだと!」

「帰国は許されません。妖精姫に対する無礼な行動に皇太子殿下はたいそうお怒りです。しかも伯爵令嬢に暴力を振るうなど犯罪ですよ。大使も拘束し、大使館は閉鎖します」

私の今後の計画にとっては、アッケルマン侯爵が再びやらかしてくれたのはむしろプラスだわ。

ベジャイアはどう出てくるか楽しみだ。

「新生ディアドラって」

「なんですか? アランお兄様」

「発光体になること?」

「違います!」

この場にはたくさんの人がいたから、ベジャイアが帝国を怒らせたって話と一緒に、妖精姫が発光していたって噂が世界中に広がったりして?

やだ。思っていた新生ディアドラはそんなんじゃないのに。