作品タイトル不明
突撃ルフタネン 後編
「…………」
「…………」
割とスムーズにカミルに会えたのはいいけれど、いざとなると言葉が出て来ない。
話したいことはあるのよ?
でも侍女長まで部屋に残っているから、私とカミルが座っているソファーの左右に、計五人も侍女が控えているのよ。ものすごく話しにくいよ。
これが友達や家族なら気にしないんだけど、相手がカミルだと意識してしまう。
意識するような内容の話がしたいわけじゃないんだけどさ。
「あの……戴冠式の頃に帝国からルフタネンにパック旅行する人の数を聞いた?」
「ああ、予想以上に多いな」
「そうなんだ」
「知っていて聞いたんじゃないのか?」
「ごめん。ベリサリオに滞在したいって人も予想以上に多くて大変なのよ」
「ベリサリオに? そんなに海外の客が多いのか?」
「そういうわけではなくて……」
これってどこまで話していいものなのかな。
戴冠式が終わったら、貴族の大整理が行われるなんて話は外国人に話しちゃ駄目でしょ。
ヨハネス侯爵家が左遷されるなんて話も、広めていい話題じゃないわよね。
聞いてしまったら、カミルとしては国王に話さないわけにいかないでしょ?
「そんな難しい顔をしなくても、話せないことならそう言えばいいじゃないか。無理に聞き出そうなんてしないよ」
「うん。ここで話すのはちょっと……」
話を聞いている人が五人もいるしね。
防音の結界を張ってもいいんだけどさ、ふたりでずっと内緒話するのって侍女を信じていないみたいじゃない?
貴族って周りに人がいるのに慣れ切っているし、執事や侍女が控えていても平気でいちゃつくのよ。侍女にとってもそれが普通なの。
「ああ、そうか。みんな下がってくれ」
「駄目です」
「カミル様、いけません」
公爵の命令を速攻否定する侍女長強し。
最初に否定したのはネリーだけどね。彼女は私の侍女だし貴族だから言いやすいよね。
「奥様にくれぐれもよろしくと言われているので、私はここから動きません。これからもこうしてディア様と会いたいのであれば、ふたりだけになるのは控えてください」
「ネリー、あなた石頭ね」
「ジェマは黙ってて」
私がここに来ていることを知っているのはお母様だけなの。
お父様もお兄様方も皇都に行っていて留守だったから、夕食までに帰ってくるならいいんじゃない? と送り出してくれたのよ。
「俺ってそんなに信用ないのか」
「こういう件に関しては男を信用してはいけないとおっしゃっていました」
「なるほど」
カミルもネリーも真顔で話しているから、どういう顔をしていればいいのか迷ってしまう。
私にはなんの話かわかりませんって顔をしていればいいのかな。
「キスしたって夫人に話したのかと思った」
「んなわけあるかい!」
不意にカミルが身を寄せてきたので何かと思ったら、耳元でアホなことを言い出した。
そんな報告をするわけがないし、くっついた状態でキスの話をしないで。
「にしても五人とも近すぎないか? 圧がすごいんだが」
「そうよね。話しにくいわ」
「失礼しました」
侍女長が一礼して二歩下がったので、他の四人もそれに倣って二歩だけ下がった。二歩だけ。
「ま、まあいいんだけど」
「うちは元々フェアリーカフェのオープンもあるんで、観光業に力を入れようとしていたからいいんだが、そっちは大丈夫なのか?」
突然話が元に戻ったから、一瞬なんの話かわからなかった。
旅行者が予想外に多いって話ね。
「ブリス伯爵家を巻き込むことにしたわ。あそこの旧市街には古いベリサリオ様式の建物が結構残っているのよ。でも今は街道沿いの新市街のほうが栄えていて、空き家が多くなってたの」
「それを活用するのか」
「そう。通りの両側を全部買い取って、改装して、宿泊施設や店舗にする予定よ」
侯爵になるとか領地が増えるとか、めでたいことではあるけど負担が結構大変になるはずなのよ。
ヨハネス侯爵領には仕事をなくした人が増えるはずでしょ? 観光業全滅だから。
しかも民族問題の噂で失敗している人達なのよ。
そこにベリサリオ至上主義の領主が来るんだから、かなりめんどくさいことになるのは間違いないの。
「その話はまあいいじゃない。今日は試作品を」
「あ、試作品で思い出した」
どうもさっきから試作品の話題を遮られている気がする。
気のせいかな。
「フェアリーカフェオープン記念の、なんだっけ、マスカット?」
それは葡萄や。
「マスコットね。それも持ってきたわよ」
自信満々にマジックバッグから取り出したのは、片手に収まるくらいの小さなぬいぐるみだ。
ルフタネンは島国だから、丸々と太ったフグのような魚の姿をモチーフにした。
色も可愛くパステルカラーで、背中側はルフタネン風の模様入り。眠そうな、ちょっと間の抜けたような目とたらこ唇で、ぶさかわいさを追求してみました。しかもにぎにぎすると新素材のあの手触りが楽しめる。
背中に紐がついているから、ぶら下げても使えるし、開店一か月間しか手にはいらない限定プレゼントとしてはなかなかでしょ。
「かわいい」
「これが噂の……」
噂?
「それを欲しがる人がいるのかどうか謎で、サロモンが前回の試作品を何人かに見せたら、女性と子供に大人気で」
「カフェで食事をしないともらえないんだから……あ、商品として売れって言われた?」
「いや、カフェの予約がもう埋まった」
「は? 一か月全部?!」
「予約が取れなかった人から苦情が来ている」
マジか。そんなに受けたのか。
でもぬいぐるみ目当てに食事をする客が増えるのは、複雑な気分なんだけど。
「ぬいぐるみって別に珍しくないわよね。やっぱりこの手触りのせい?」
「それもあるが、精霊王が作り方を教えてくれた新素材ということで、縁起がいいという話になってしまっているんだ。ルフタネンでは、中にあの素材を入れた人形生産を始める店が出来始めている。そこに妖精姫が手掛ける店のオープン限定品となると、ありがたさが更にアップするんだろう」
帝国では寝具や椅子の座面に使おうと盛り上がっていて、ルフタネンではぬいぐるみ?
意外な展開だ……あ、もしかして。
「今までこういうデザインの人形ってなかったり?」
「そうだな。本物に近い形ばかりだった。そもそも魚の人形なんてない」
「これは可愛いです! さすがディア様」
男共はありがたさが受けていると思っているようだけど、それはちょっと違うんじゃないかと私は思う。
実はこれ、ネリーやジェマも欲しがっていたのよ。
それで帝国のフェアリーカフェでも、戴冠式記念で同じようなぬいぐるみを作る予定なの。
「ベリサリオの店と皇都の店でデザインを微妙に変えようかと思っていたけど、やめた方がいいかもしれないな」
前世で可愛いという単語を全世界に広めた日本風の感性は、こちらの世界でも通用したか。
可愛いは国境を越えて次元を超えて、異世界にまで広がるのね。
「帝国ではどんな人形にする予定なんだ?」
「これ」
取り出したのはシロをモデルにした、つまり赤ちゃんフェネックのように耳が大きくて、顔は丸くアレンジして、垂れ目で手足の短いぶさかわいいマスコットだ。
こちらも片手で握れるくらいの大きさで、頭に紐がついている。
そういえば人間のように足を前に投げ出して座っている動物のぬいぐるみって、この世界では見かけないわね。
円筒状の手足を縫い付けるだけの方が簡単だから、子供の持っているぬいぐるみって、たいてい手足がだらーんと垂れ下がっていた。
「か、可愛い」
「座るんですか?」
「まあ」
これも好評ね。
侍女長まで目を輝かせているわ。
「これも期間限定プレゼント?」
「もちろん。あ、生産が間に合わなかったら、ルフタネンに発注してもいい?」
「大歓迎だが、一回でやめると苦情が来るかもしれない」
「人気があるなら、季節やイベントごとにデザインを変えて出せばいいのよ。なんならプレゼントとは違う服でも着せて販売してもいいかも」
「……なるほど」
「あ、いいこと思いついた!」
「え?」
なんで腰が引き気味になっているのよ。
新素材を活用して、北島に新しい産業が出来たらラッキーじゃない。
「カミルの精霊獣をマスコットにして、四色に色分けしたものをイースディル商会のカフェの看板にしたらどう?」
「ディア?」
「ぬいぐるみも大きさを取り揃えて売るの。守り神みたいなもんじゃない?」
「落ち着こうか。兄貴達がいないから、俺が止めないとな」
「え? 駄目?」
「ついさっき生産を増やさなければいけないって話しただろう。その後は戴冠式記念でまた忙しいのに、これ以上は無理だ」
「……そうだった」
またやってしまったか。
楽しそうなことを思いつくと、こんなこともあんなこともっていろいろとやりたくなっちゃうのよね。
「残念だけど仕方ないわね」
「ディアが成人して、正式に婚約する時に記念に出したらどうだ?」
「婚約記念?」
自分の婚約記念って、引き出物みたいなものでしょ?
それはちょっと恥ずかしくない?
それに婚約記念に竜のマスコットっておかしくない?
「ディアー?」
「え? あ、ごめんなさい。ともかく今はカフェのオープンをまず成功させないとね」
「そうだな」
「それで試作品で」
「あ、お茶をくれないか?」
「カミル?!」
思わず立ち上がって腰に手を当ててカミルを見下ろした。
「さっきからなんなの? 試作品を見たくないの?」
「そうじゃないけど、ディアはそれを渡したら、用事は終わったと満足してすぐに帰りそうじゃないか」
「いくらなんでも、まだ三十分も経っていないのに帰らないわよ」
「絶対?」
「絶対!」
どんなイメージを持たれているのよ。
カミルって私は会いたいと思っていないとか、実はそんなにカミルのことを好きじゃないとか思っているんじゃないでしょうね。
……やばい。そう思わせていたら、間違いなく私のせいだ。
思わせる原因になるような行動に覚えがありすぎる。
「なんか……」
「ん?」
「仕事の話ばかりでごめんね」
「ぶっ」
なんでそこで笑うのよ。
すっごい真面目に悪いと思っているのに!
「それは普通、男の方が言う台詞じゃないか?」
「私に今更普通を求めないで」
「求めてないし、こうして話していて楽しいから謝る必要はないよ。ほら、座って」
カミルのようにすぐ隣にくっついて座るのは恥ずかしいので、ちょっとだけ離れて座ったら、すぐにカミルが横に移動してくっついてきた。
ちらっと隣を見て、ちょっと後悔。
なんで離れたの? と言いたいのか、ちょっと目付きが悪くなってる。
「これ、これを見せたかったの」
こういう時は誤魔化すしかない。
「ぬいぐるみに入れているのと同じ素材じゃないのか?」
「触ってみて」
「……お、ひんやりする」
「でしょう」
「もう新素材を作ったのか?!」
新しい素材を玩具みたいに喜んで、いろいろ実験しているやつがいるからね。
冬場に生徒が通ってくる期間以外、閑散とした学園でひとりで黙々と実験していたロイにとっては、今は遣り甲斐あるし仲間はいるしで楽しくてしょうがないらしい。
「暑い日用の枕を作ろうかと思っているの」
「それも作るのに、新しいマスコットまで手を広げようとしていたのか?!」
「作る場所が違うのよ。寝具は中央の老舗の店に頼むの」
「ふーーん」
「そしてこれはカミルにプレゼント。抱き枕だよ」
あいにくオタクが思う方の抱き枕じゃないわよ。
推しキャラの印刷なんてされていないからね。
要はただの円筒形の枕よ。
「抱き枕ってなんだ?」
「抱えて寝る用の枕よ。横向きに寝る時に枕を抱えて、上の足を枕に乗せると楽なのよ」
「へー」
反応が鈍いなあ。
「いらないなら侍女長にあげよう。腰が悪い人にもいいのよ?」
侍女長の腰が悪いかどうかは知らないけど。
「それはありがたいです」
「待て。いらないとは言っていない」
侍女長は四十代半ばくらいかな。
カミルの屋敷やこの屋敷にいる人は、自分の身は自分で守れる人ばかりなのよね。
ということは、侍女長もそっちの侍女達も戦えるの?
マジか。戦闘メイドなの? なにそれカッコいい!
「ディアの代わりに抱きしめて寝ればいいんだろう?」
「そういうことを、いちいち言うな!」
こんの男! いつからそういうことをしれっと言うようになったの?!
前は女の子は傍にいなかったから、付き合い方がわからないとか言ってたくせに!
「いてっ。痛いって」
抱き枕はカミルを叩くのにも便利だったわ。
ちっとも痛くないくせに、痛い振りをすんな!