作品タイトル不明
睡眠は大事 後編
昆虫に比べたら、カエルはまだ見ている分には平気だけど、進んで仲良くなりたいかと言われれば謹んでお断りしたい対象だ。
「ルフタネンにいるカエルなのか」
クリスお兄様もそう思っているのか、 若干(じゃっかん) 嫌そうな顔をしている。
「魔獣の一種だ。このくらいの大きさのピンクのカエルで」
「私の顔くらいの大きさじゃない?」
両手で作った円と私の顔を見比べて、カミルは更に円の大きさを広げた。
「もっと大きいの?! しかもピンク?!」
「魔獣にしてはおとなしいけど、見た目がね。かなり濃いピンク色でべとべとしていて」
「うえ」
「泡を吐いて住処を作るんだ」
その泡が素材なのか。
気持ちは悪いけどカエルの養殖なら簡単そうよ。
「東島の一部では雨期の初めに、卵を産むために大量のアワガエルが陸地を移動して、途中で泡を吐きまくるものだから、街道や庭や建物が泡まみれになってしまうんだよ。それでその時期はアワガエルを退治すると報奨金が出るくらいなんだ」
「それが役に立つようになったら、東島の住人は大喜びだね」
クリスお兄様とカミルは顔を見合わせて黙り込んだ。
ふたつの素材が帝国とルフタネンで活用されると喜ばれる素材だっていうのは、偶然のわけがない。
「瑠璃、嬉しいけどちょっと……」
『気にすることはない。問題は素材に含まれる物質と魔力量だ。他国にも同じ物質を含む様々な素材がある。帝国で有用性が示された時には、各国で活用出来る素材を、その国の精霊王が伝えればいい。むしろ人間と話すきっかけになる話題が出来て、こちらも都合がいいのだ』
「人間と話すきっかけ? 他国はまだ精霊王と人間が話していないの?」
せっかく顔合わせしたのに?
てっきりもう、王族とくらいは話をしていると思っていたわ。
『いろいろとあんだよ。ルフタネンは賢王の頃に土台が出来ていた。帝国はベリサリオが環境を作ってくれた。ベジャイアは内戦や戦争のせいで土地が荒れていて、精霊王との協力は必要不可欠だった。でも他の国は精霊王がいなくても平和だ。そこに大きな力を持つ精霊王が現れたせいで、誰が精霊王と接触するかで問題が起きている』
蘇芳の説明に頭を抱えるしかない。
人間って、どうしてそうなの。
「全精霊王と最初に接触したのに、他の貴族との橋渡しをしようなんて貴族はベリサリオくらいだよな。どこの国の貴族だって、自分の家の権力第一だ」
「うちもベリサリオ第一だよ。だから帝国全部の責任は負いたくなくて、辺境伯を巻き込んだんじゃないか」
「違います。精霊王の住居を領地に持つ貴族との橋渡しをしたんです。人間は寿命が短いんですから、ベリサリオだけ親しいなんてことにしたら、ルフタネンのようになってしまうかもしれないじゃないですか」
「カミルの前ではっきり言うね」
言うわよ。遠慮するところじゃないでしょ。
どの国も指導者は百年後くらいのことは考えておいてよ。
三代変われば世界情勢がどうなっているか全くわからない。栄えていた一族が没落している可能性もあるわ。
『おまえのように考えられるのは、自由な立場だからかもしれないぞ』
瑠璃の手がそっと私の頭に乗せられた。
『リルバーン連合国は五つの国の集まりだ。だが精霊王は四人』
「うっ……」
『デュシャン王国は一年の半分を雪の中で暮らす国だ。だが精霊王が力を使えば、一年中雪の降らない場所を作れる。翡翠や蘇芳の住居のようにな』
「それは……一年中作物が確保出来るということよね」
『そうだ。そのために個人が接触するのではなく、各精霊王のための神殿を作り、神官が会うことにすればどうかという話になりつつある』
また宗教か。
今度は精霊王を崇める宗教ね。
うまくいけば、それが一番ファンタジー世界らしい姿になるかもしれないけど、神殿に富と権力が集中するのは危険だわ。
じゃあどこなら安全かと言われると、どこもかしこも危険だわ。
『今のところディアが頭を悩ます問題じゃない。そんな顔をするな』
蘇芳に頬を突かれた。
『そうだぞ。他国のことはその国の者に任せるべきだ。カミルと正式に婚約したら、我が国に来て相談に乗ってくれと言い出す精霊王はいそうだが……今は、他国のことまで気にしている余裕はあるまい?』
「そうでした。やりたいこともやらなくちゃいけないことも山積みよ。このクッションはもらっていいの?」
『むろんだ』
「ありがとう! 試したいことがたくさんあるの」
『ようやく顔つきが明るくなったな』
もしかして、私が落ち込んでいたから心配してくれちゃったのかな。
モアナってば、瑠璃に何かと報告するみたいだし。
しっかりしなくちゃ。元気に前向きに全力でが私のモットーよ。
『戴冠式が楽しみだ』
『おう。たまには遊びに来いよ』
来るときも唐突だけど、帰る時もあっさりしてるなあ。
ふたりとも一瞬で姿を消してしまった。
でも、いつもいつも本当にありがたい。
山ほどお土産を持って、精霊王の住居に突撃しないと。
「すぐの話ではなくても、素材の確保はしておこうか」
「そうだな。王宮に話を通しておかないと」
結局やることになるんじゃない。
でも、そんなに人気が出るかな?
この世界の人の住に対する比重はよくわからないのよ。
食はね、わかりやすいでしょ? 誰だって美味しいものは食べたいはず。
日本人の食へのこだわりは異常だって聞いたことはあるけど、今のところ食べ物関係で失敗してないもん。
それに比べると椅子やベッドのクッション性なんて、お金をかけられる時には気にするけど優先順位は低いんじゃないかな。
政治が絡んでまで開発する価値あるかなあ?
でも私は欲しい。
家族にも作ってあげたい。
政治的な話や経済効果は専門家に任せて、私は商品開発よ。
他にもいろいろと作りたいものがあるわよ!
意外なことに、瑠璃と蘇芳が持ってきてくれたクッションの触り心地を、両親はものすごく気に入った。
両親だけじゃない。
大人の人達の方が椅子の座り心地や、ベッドの寝やすさには敏感だった。
体に疲れが残りやすくなるお年頃なんだね。目覚めすっきりと聞いたら飛びつきたくなるのか。
人を駄目にする系クッション自体はお気に召さなかったようなので、お母様が連れてきた侍女達に中身だけ使用してもらって、抱き枕と普通の枕、そして足を乗せる枕を作ってもらった。
足枕大好評よ。舞踏会も夜会も、立っている時間が長いもんね。
抱き枕も、横向きに寝た時に腰や肩の負担軽減になっていいのよね。
年配の人に売り込めば、間違いなく売れるわ。
優先するのは、うちの家族。次に皇太子と王太子。カミルも足枕くらいは作ってあげよう。
もうそれで瑠璃にもらったクッションの中身はなくなるから、さっそく開発してもらわないと。
あ……自分の分を忘れた。
打ち合わせることがさらに増えたので、両親とクリスお兄様、スザンナは夕食を食べてからベリサリオに帰った。
夜会? だいぶ遅刻よ。行くのやめたのかもしれない。
もうこのまま一緒に帰ってもいいんじゃないかというお父様をお母様が引き連れて帰ってくれたので、私は予定通り屋敷に泊まって帰ることになった。
クリスお兄様はアランお兄様と話し込んだ後、
「少しカミルが不憫になった」
って言って、私を連れて帰ろうとしなかったんだけど、カミルのどこが不憫なの?
私、何もしてないよ。
クリスお兄様にまで不憫がられるって、私ってばもしかして恋人や婚約者として問題あり?
ついさっきネリーが就寝の準備を終わらせて下がっていったので、私は部屋にひとりきり。
結局家具は決められなかったので、居間はがらんと空っぽのままだ。
まだ眠くないので、窓を開けたまま床に座り込み、ぼんやりと星空を眺めた。
顕現したままの精霊獣達はいつもどおり、それぞれ思い思いの場所で寝転がっている。
こんな風に時間を持て余したのは久しぶりだわ。
ベリサリオに戻ったら、精霊の森の屋敷の整備や戴冠式の準備をしなくちゃ。まだドレスで迷っていたんだ。
クッションの中身の開発は早めにしたい。
戴冠式の時にはベリサリオに足を運ぶ外国のお客様もいるでしょう?
そこであの素材を活用出来たら、話題になるんじゃない?
もともとベリサリオは、避暑地として有名だったことを忘れてもらっちゃ困るわよ。
紅茶だってそろそろ新しく何かしたいし、ああ、スザンナに婚約祝いを渡すのを忘れている。
こうやって考えると、やることがたくさんあるよね。
我ながら、なにを焦って新しいことに手を出しているんだよって呆れるわ。
生き急いでいる気はないのだけど、私だけが前世の記憶を持っていると思うと、特別扱いしてもらっているのだから、何かこの世界に貢献しなくちゃいけないって思ってしまうのはある。
そうして前ばかり向いていて、大事なものを見落としてはいない?
カミルとちゃんと向き合ってる?
カーラの話をもっと聞かなくて平気?
私は?
自分のためには何かしてる?
それは……毎日が充実して楽しいからいいかな。
婚約者も出来て気持ちも安定しているし、久しぶりに会えばドキドキもして、ちゃんと思春期しているなって思えるのも嬉しい。
これでニコデムスが消えてくれれば最高なんだけど。
『カミルだ』
「え?!」
精霊獣達がふいに空間を見上げガイアが呟くと同時に、カミルが部屋の中心にポッと湧いて出た。
窓際に座っていたから、精霊獣の視線の先を見るために体を捻って後ろを振り返った状態で、転移してきたカミルと目が合って、
「うわあ」
「へ?」
思いっきりカミルに驚かれた。
「なんでここにいるんだよ」
「私の部屋よ」
「家具のない部屋にいると思わないだろう。明かりもつけないで髪を降ろしたままで、床に倒れ込んでいたら何かと思うじゃないか」
「床に座って外を見ていたら精霊獣が一カ所を注目したから、何事かと私も見ていただけよ」
またホラーか。
いっそ髪で顔を隠して、這って近寄ってやればよかった。
「それより、こんな時間に何よ」
「何って、あとで話そうって言っただろ」
「え? いつ?」
そんな話をしたっけ?
「またしばらく会えないんだから、少しくらい付き合えよ」
カミルはため息をついて私の隣に腰を降ろした。
まずい。またがっかりさせちゃった?
「寒くないの?」
「いや、大丈夫」
私は寝巻の上に厚手のショールを羽織っているのに、カミルはシャツにベストだけよ。
皇都では雪が降っているのに、ここでは窓を開けたままで夜も平気。
年中こういう気候だから、国民がおおらかになるのかもしれない。
「もう少しゆっくりできると思ったんだけどな」
「アクシデントがあったから仕方ないよ」
「次に会えるのは何か月後だっけ?」
ふたり並んで星空を見上げる。
私とカミルの間はほんの少しだけあいているけど、ちょっと体を傾ければ肩に寄りかかれる距離だ。
恋人ならここで肩に頭を乗せるとか、寒いでしょってショールの中に一緒にくるまるとか、そういうシチュエーションよ。
いや……無理。
私からそんな積極的なことは出来ない。
ちょっとしてみたいし、嫌がられないとは思うけど、やっぱり無理。
「ディア?」
「え?」
「俯いてしまってどうした? 少し顔が赤くないか? 熱があるんじゃ」
「大丈夫。外の明かりしかないからそう見えるだけよ」
ごめんよ、カミル。恋人らしく出来なくて。
その分、転移して会いに来るよ。
驚かせてやるぞーって思えば、迷わず出来るから。
「……なに?」
私がいろいろ考えている間も、カミルはじっと私を見つめたままだ。
優しいまなざしに、また意識しちゃって緊張するからやめてほしい。
「かわいいなって」
「うあぁあ」
両手で顔を隠して悶えたら、カミルに笑われてしまった。
「赤いのは熱じゃなくて……」
「言わなくていいから。そういうのは気付かない振りをするもんなの」
「ディア」
「なによ」
すぐ近くで声がしたから、からかわれてむっとした振りで振り返ったら、唇に何か柔らかいものが触れた。
鼻の頭が触れ合うほど近くにカミルの顔がある。
「また会いに行く」
「う……うん。私も」
「来てくれるのか」
「ま、まかせなさい」
もしかしなくても、今、キスされたよね。
唇がちょっと触れ合うだけのお子様のキスだとしても、私にとってはファーストキスよ。
どうしよう。驚きでよく感覚がわからなかった。勿体ない。
でも、もう一度やってみてとは言えない。
「あの……」
「うん?」
「いや、なんでもな……」
今度はもう少し長く触れあった唇。
目を開けたままだったと気付いたのは、カミルが帰ってひとりになってからだった。