軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

味方が強すぎた

真っ青な顔でよろめいたシプリアンを支えた補佐官は四十代くらいのおじさんで、眉を寄せてきっついまなざしで私を睨みつけながら、この状況をどうしようか必死に考えているようだった。

アホな王子を補佐するために優秀な人がつけられたんだとしたら、こうなる前に犯罪に手を出さないように出来なかったのかな。

その他大勢の誘拐犯達は、金で雇われたならず者って感じね。

シュタルク語を使っているから、帝国の人間じゃなさそうでほっとしたわ。

彼らにとっては私もアランお兄様も、こんなところまでのこのことやってきた馬鹿な貴族の子供でしかないんだろう。

ただ私達の横に兵士がいるから下手に手を出せなくて、剣の柄に手を当てて構えた状態で様子を窺っている。

兵士は行方不明の子供の捜査に駆り出された憲兵三人と、私達の護衛兼犯人を捕まえるために派遣された兵士三人ね。精霊がいないのは憲兵さんだけだから、他はたぶんみんな貴族だ。

ジェマとルーサーは兵士の邪魔にならないように控えながらも、私やアランお兄様の傍を片時も離れない。

精霊王の助けを借りなくても、こっちのメンバーの方が明らかに優秀だったわ。

その精霊王はというと、いつの間にか瑠璃の姿が見えなくなっていた。

人間同士の諍いには干渉しないという立場を貫いているのかも。でも、もうひとりの精霊王はおかまいなしみたいだよ?

王子のすぐ後ろにいる補佐官が、腕を伸ばして小さな建物を示すとすぐに、男がふたり建物の入り口に駆け寄った。誘拐した子を盾にして脅す作戦をしたかったんだろうね。

でも次の瞬間には扉が内側から枠ごと吹っ飛んできて、前にいた男に直撃して、その男が後ろにいた男に直撃して、ふたりしてひっくり返ってしまった。

『おや。人がいたか。気付かなかった』

事故じゃ仕方ないなあ。

でも蘇芳、扉は手で開けるものであって、足で蹴り開けるものではないよ。

静かな森に突然大きな音が響き渡ったから、遠くで鳥が羽ばたく音がして、大きな方の建物から男が三人飛び出してきた。

三人か。意外と少ない?

やっぱり少年を拉致しに行っているのかな。

ドアが小さすぎて、片手で壊れたドア枠の上の部分を押さえて、身を屈めながら出てきた蘇芳は、あらゆる意味でこの場で浮きまくっていた。

薄汚い服を着て剣を構えた男達の中で、彼だけ服装がまず違うし、この場が貴族の屋敷の中庭か何かのように、ゆったりと洗練された動作で歩いている。

『子供が三人いたぞ』

蘇芳の言葉に男達が剣を抜いた。

抜いたけど、誰も飛び掛かる勇気がなくて、腰が引けた状態で遠巻きにしている。

「急がなくて平気だよ。ゆっくり歩いてこっちに……あ、まだ中にいた方がいいですかね」

マイペースなのはレックスも一緒だな。

身を寄せ合った姉妹の少女達と、ふらつきながら歩く少女と、彼女を支える兵士を連れて建物の入り口に顔を出し、その場に足を止めた。

「隊長、こいつらを捕まえてくれ」

「う、動くな!!」

アランお兄様が指示を出して、少女達の保護を確認した隊長たちが動こうとした時、シプリアンが叫んだ。

この場で、この状況で、彼の命令に従うやつがいると思っているならびっくりよ。

びっくりしすぎて動きを止めてしまったわよ。

「ディアドラ、おまえが私とシュタルクに来ると言えばこんなことはしなくて済んだんだ」

「は? この期に及んでまだ人のせいにするの?」

「情けないな。自分のしたことの責任も取れないのか」

なんとなく熱いなと思って振り返ったら、シプリアンの台詞に怒ったアランお兄様が、火の剣精を剣に変えて切りかかりそうな体勢になっていた。

お兄様、そういう技は最後の方に取っておくものでしょう。

なんでしょっぱなから披露して、さっさとケリをつけようとしちゃうの。

こんなやつら相手に本気出すことないんだから。

……まあ、精霊王を連れてきた時点で本気なんだけど。

「おまえのこの犯罪のせいで、帝国からの輸出は止まり、シュタルクは深刻な食糧不足になるとわかっているのか」

「うるさい! 俺だって好きでこんなところに来るものか。精霊王のせいで精霊がいなくなったんだ。他所から連れていくしかないだろう」

「何もかも相手のせいなのね。アランお兄様、会話するだけ無駄ですわ」

いくら話しても、話の通じない相手っているのよね。

根本の考え方が違うんだわ。

「そうだな。もういい。彼らを捕らえよ」

そこからの兵士の動きは素晴らしかった。

隊長と彼の部下ふたりで、次々に敵を無力化していくの。

動けなくなった敵を憲兵が縄で縛って、どんどん芋虫のように地面に横たわるならず者が作られていく。

「強いですね!」

「ディア、隊長とその部下の人は、グラスプールの部隊の中ではエリート中のエリートだよ」

もしかして特殊部隊とかかしら。

訓練を受けた優秀な特殊部隊の兵士とならず者では勝負にならないわね。

『ほう、なかなか面白いな』

戦闘が起こっている間、物珍しそうに魔道コンロを眺めたり、建物の中を覗いていた蘇芳が戻ってきた。

今度、浜辺でバーベキューでもしてあげようかな。

喜んでくれそう。

「おまえ達の手下は全員捕まえたぞ。その間、ふたり並んで突っ立っているだけとか、全く役に立たないくせに、なんでこんなところまで来たんだ?」

あいかわらず火の剣精を剣にしたままで、アランお兄様がシプリアンに質問した。

彼と補佐官はさっきからなにもしないまま、ふたりだけぽつんと立っている。

補佐官だって貴族だろうし、王子の補佐の仕事は出来ても、少女誘拐に関しては素人でしょ?

現場に来ても何も出来ないのは仕方ないよ。出来たらむしろ怖いよ。

それなのにこの場にいるもんだから、私やアランお兄様に目撃されて言い逃れのしようがない。

「おとなしく船にいればよかったものを」

「何を偉そうに。我が国と帝国の違いは、妖精姫がいたかいないかの差だけだろうが!」

「何を……」

「帝国だって精霊王を怒らせて、中央の精霊が消えたことは知っているんだ。妖精姫が生まれなかったら、誰も精霊のことなんて考えず、我が国と同じになっていたはずだ。その娘さえ我が国に生まれていれば、立場が逆になっていたのに!」

それがシュタルクの言い分なのか。

私が帝国じゃなくてシュタルクに生まれていたら、今頃立場が逆になっていたんだから、帝国はもっとシュタルクに協力するべきだって。

もうね、呆れて笑えてしまうわ。

だから今からでも私がシュタルクに行けば、シュタルクも帝国のようになれると思っているんでしょう?

そう簡単な話のわけないでしょう。子供に出来ることなんて限られているのよ?

「シュタルクは、確か私が四歳の頃から我が国に来てくれって言ってたわよね」

私が腰に手を当てて一歩前に出たら、シプリアンは顎を引いてずりずりと片足を後ろに引いた。

そんなに私がこわいのか。

「そ、そうだ」

「てことは、その頃からベリサリオで何が行われていたかわかっていたのよね」

「……」

「だったらマネをすればよかったじゃない。帝国でも精霊王の住処を壊してしまったことで怒りを買ったという話は、シュタルクに届いていたでしょう? だったら壊した住処を返せばいいじゃない」

「馬鹿を言うな。重要な軍港と国王陛下の別邸だぞ!」

「国のためを考えたら、国王が率先して返すべきでしょうが」

「そ、そんなこと出来るか!」

「じゃあ、私がシュタルクにいても駄目じゃない」

「帝国だって、別の場所を渡しただろう。おまえがそう精霊王と話をつけたんだろう!!」

地団駄を踏むってこういうことか。

追い詰められて逆切れしたのか、シプリアンは両手を握り締めて片足でガンガンと地面を蹴りながら喚きたてている。

「シュタルクだって、ほら、この間の茶会に出席していた辺境伯家の子息は精霊がいたじゃない? 少数民族の人達は精霊王と仲がいいと聞くわ。彼らに頼んで……」

「辺境伯なんて田舎者や風の民だぞ! あんなやつらの話など誰が聞くか!」

「なに言ってんの? あなた本当に馬鹿なのね」

さすがに私だって切れるわよ。

「なんだと?!」

「私はベリサリオ 辺(・) 境(・) 伯(・) の娘なのよ。辺境伯のような田舎者の意見が聞けないなら、私がシュタルクに生まれても、誰も私の意見を聞かなかったわよね」

「うっ……」

「それにベリサリオは皇族とは違う民族なのよ。少数民族を蔑むあなた達と帝国を一緒にしないで。私がシュタルクに生まれていたら? たぶん幼少の頃に拉致されて軟禁されて、殺されていたわよ!」

「違う! 違う! 偉そうに私に意見するな!!」

ほんの一歩よ。

さっき片足を後ろに引いていたから、正確に言うと元の位置に足を戻しただけよ。

でも、シプリアンが片手で私の顔を指さしながら足を前に動かした途端に、私に向けられた腕が指先からさーーーっと砂になって風に飛ばされた。

「ぎゃーーーーーー!!」

「殺さないで!!」

今回は服は砂になっていなかったので、二の腕あたりで砂になるのが止まった時、傷口を見ないで済んだのは非常にありがたかった。

それに意外に痛みはそれほどひどくないのか、なくなった側の袖をもう片方の手で掴んでしゃがみこんだまま、シプリアンは何が起こったのか理解出来ていない顔でぽかんと私を見上げている。

『この男、生かしておく価値があるのか』

いつの間にか瑠璃が私の背後に立っていた。

『おまえなあ、やることがいきなりなんだよ』

『あまりに自分勝手な無神経さにむかついた。こいつが無茶苦茶なことを言い続けていたのは、ディアをどうにかして傷つけ悲しませたかったからだ』

『ふむ。ディアを意図的に傷つけようとしたなら許せないな』

精霊王の過保護が怖いぞ。

カミルもこれからルフタネンの精霊王に過保護にされるのかしら。

ふたり揃っている時に何かあったら、ずらりと背後に精霊王が並んだりしちゃうの?

「こいつの話はあとで聞けばいい。瑠璃様、逃げ出したやつはいませんか?」

『いない。まともな指揮系統のないこいつらに、何も出来やしない』

「ディア、ここからみんなを転移で港まで移動したい。僕は最初に行くよ。父上や皇太子殿下に報告して、港に停留中のシュタルクの船に乗り込んで調査する必要がある」

おおう、船の強制調査ね。

もう拉致されて船に運ばれた人もいるかもしれないもんね。

「わかったわ。今、扉を……」

「ぐわっ」

突然、ドサっという音とともに苦悩の声が聞こえた。

「な、なぜ……」

音のした方を慌てて振り返ると、補佐官が背後からおぶさるようにシプリアンを剣で刺していた。

よろめいて前に手を突いたシプリアンの傷口と口から、ぽたぽたと地面に血が流れ、彼にもたれかかったままの補佐官の口端からもつーっと血が顎まで流れている。

「何をしている!!」

「お兄様剣を抜いて!」

無理矢理剣を抜いたら、出血がひどくなるかもしれない。ショック死する危険もあるかも。

でもどっちにしてもこのままでは死んでしまう。

だったら剣を抜いて治療しないと。

「回復と浄化! 全力でやって!」

兵士が補佐官を横に移動させ、アランお兄様とルーサーがシプリアンから剣を引き抜いてすぐ、その場にいた精霊のほとんどが回復魔法を全力で使い始めた。

「ま、まぶし」

昼並みに明るくなった広場で、ぐったりしていた補佐官が、

「な、なぜ……」

口の端から血を流したまま唖然とした顔で光を浴びていた。

「あの男、毒を隠し持っていました」

「王子を殺して自殺するはずが、傍にいたせいで回復と浄化の光を浴びて元気になっちゃったのね」

シプリアンも一命をとりとめたけど、すぐ横にいた補佐官の顔を恐怖に満ちた顔で見つめ、地面を転がるほど慌てながら彼から離れた。

唯一の身内のような男に裏切られたら、そうなっても仕方ないわよね。

転移用の扉を作って、まずアランお兄様が報告のために私を引っ張って港に戻った。

ここなら私を守るための人員も豊富だから、絶対にここを動くなと念押しされたけど、私の周囲に執事達と警護の兵士が壁のように取り囲んでいるし、転移のドアを維持しなくちゃいけないから動けないわよ。

精霊王達はいつの間にか消えていたから、あとでお礼を言いに行かないと。

「やあディア。そんなところで何をしているのかな?」

げっ! なんでクリスお兄様の声が?!

「アランに不審者の調査を頼んではいたけど……なんできみまでいるのかな?」

さーっと兵士の壁が開いて、優しく微笑むクリスお兄様の姿が見えた。

「あの……伝令の報告を聞いて、私も何かしたいなーって」

「御令嬢が深夜に森の中に捜査に行くのはどうなの?」

「でもあの……」

「父上も会議室にいるから、そこでゆっくり話を聞かせてもらおうか」

うう……クリスお兄様の微笑がこわい。

これは、お叱りを受けるコースだ。

瑠璃達はこれがわかっていて逃げたんじゃないでしょうね。

『おまえを心配しているんだ。叱られて来い』

瑠璃の声が頭の中に響いた。

わかってるんだけどさ、でもさ、こういう時は男の子に生まれたかったって思うわ。

男の子だったら、たぶん褒められている場面よね。