作品タイトル不明
恋愛初心者 中編
この部屋は来客用の部屋の中でも一番窓から見える景色が素敵で、ここに案内されれば、うちの家族にとっては大切な客人だと、ベリサリオの城で働いている人達の共通認識になる部屋なの。
壁の一面を占める大きな窓の外には広いルーフバルコニーがあり、その向こうには青い海が広がっているのが見える。
丘の上の一番高い場所にある城の三階だから、視界を遮るものが何もないのよ。
広いバルコニーや大きな窓の雰囲気は、ルフタネンの建物と近い雰囲気があるかもしれない。
窓から外を眺められる位置に小さな丸いテーブルと椅子が置いてあるので、そこでお茶にしようかと思っていたんだけど、執事達が私を案内したのは、先程カミルがクリスお兄様と話していた部屋の中央にある応接セットのソファーだった。
私とカミルが並んでソファーに座れるように、ブラッドがさりげなく案内してくれているみたいだから、ここでいいのかな? と、なんとなく部屋を見回したら、奥の壁際にエドガーが借りてきた猫のように息をひそめて立っていた。
「私がこのようなことを話す立場ではないとわかっているのですが、少しよろしいでしょうか」
私達がソファーに並んで腰を下ろしてすぐに、テーブルの向こう側の椅子と椅子の間にブラッドが跪いて話し出した。
「椅子に座ったら?」
「そうだよ。かまわないよ」
「いえ、これでけっこうです」
カミルもいいって言っているのに、真面目ね。
外国の公爵様がお客様だから、平民で執事のブラッドが勝手に口を開くだけでも、本来は問題ありなんだけど、カミルはそういうのは気にしないし、もうすっかり顔馴染みなのに。
「話とはディアのことかな?」
「おふたりのことです」
「きみが話すということは、ディアのためになることなんだろう? 聞くよ」
カミルとブラッドの会話を聞いているだけなのに、居心地が悪い。
何度もソファーに座り直しちゃう。
「私は結婚して子供もいますが、今の妻と結婚するまでに何人もの女性に振られてきました。冒険者をしていましたので、依頼があれば街を離れて連絡がつかなくなることも多かったんです」
なんで急にブラッドの身の上話?
しかも女性の話?
「忙しくても少しでも時間が取れれば街に戻り、恋人には会いに行っていました。ほんの短い時間でも、会って顔を見られれば嬉しくて、また仕事を頑張ろうという気になったものです」
「うんうん」
カミルが隣で何度も頷いている。
そういうものなの?
髪飾りを持ってきてくれたときもそうだけど、すぐに帰ってしまうから、そんなに忙しいならこの時間に寝た方がいいんじゃないかなって思ってたのに。
それでも、私の顔を見る方が重要な時があるのかな。
「でもそれでは自分は満足しても、女性側は不満が募るそうなんです」
「え?」
「女性は次に会う日を約束して、その準備をする間も楽しいんだそうです。当日も恋人のためにおしゃれする時間も重要なんだそうで……」
やめろー。いっせいにこっちを向かないで。
だいたい高位貴族令嬢の周囲に、女性が誰もいないこの空間はおかしいでしょう。
ああ、妖精姫なんて目立つ存在になっちゃったから護衛が出来る者がいないと駄目で、商会の仕事をやっているせいで、侍女だけではフォローしきれない私が悪いんですね。
でもジェマやネリーはどうしたの?
もしかしてふたりともカミル贔屓過ぎて、クリスお兄様に排除されたとか?
クリスお兄様は諦めたって言ったり、さっきみたいにカミルと仲良く話していたりするくせに、なんでときどきそういう意味不明なことをするの?
複雑な男心か何かなの?
「おしゃれも何もしていない時に突然押しかけてきて、会いたいと思った時には会えない男は、恋人としては失格だと言われました」
それは、なんて言ったらいいか。
お気の毒に?
「お嬢だって今日のようにおしゃれする時間があった方が嬉しいのでは?」
「え? 私は別に、もう何回も普段着を見られているし、今更私が着飾ったりおしゃれに力入れたりしたら、むしろ引かれない?」
三人揃って、注目からの残念な顔へのコンボはやめなさい。
なんでカミルまで混ざってるのよ。
「引くわけないだろう。嬉しいよ」
「むしろそこで引く男は、お嬢のことを愛していません」
「だから引かないよ」
ブラッドとカミルが身を乗り出すようにして力説するので、私としては頷くしかない。
レックスは口元に手を当てて、私と視線を合わせないように横を向いている。
さっきから視線が合わないのは、笑っちゃいそうになっているからか。
「でも普段着でも可愛いし、化粧なんてまだ必要ないだろう? あんまり綺麗にすると、この間の学園関係者の茶会の時みたいに、男達がチラチラ見ていて気に食わない」
「ああそういえば、あれって茶会だったわね」
ガイオとシュタルクの関係者や精霊王達が強烈すぎて、他の人達の顔なんて全く覚えてないわ。
「それに、いつもは積極的なお嬢なのに、自分からルフタネンには行かないんですね」
「え? それはだって、迷惑になるでしょう?」
「誰の迷惑? 俺の周囲のやつらはみんな大喜びするよ。もうディアのための屋敷も出来上がっているんだし、一度は来てもらいたいと思っていたよ」
私のための屋敷!?
あの王太子、いやもう国王だったわ。
本当に店の近くに私の屋敷を建てたの?!
「きみの場合、北島と南島には入国審査もいらない。誰か連れてくる時には、その人の分は屋敷で手続き出来るようになっている」
「そ、そんな申し訳ないわ」
「なぜ? むしろそれだけルフタネンはきみに来てほしいと思っているってことだよ」
それでも友達の家に気軽に遊びに行くのと、彼氏の家に突然押しかけるのとではハードルの高さが違うでしょう。
そう考えるとカミルはすごいな。
お父様やお兄様達がいるのに、商会の仕事も半分はあっても、月に何回もベリサリオに来ているもんね。
「それにご主人様は、恋人には毎日でも愛していると伝えることが大事だとおっしゃっていましたよ」
「レックスー!」
突然、何を言い出しているんだー!
「ナディア様はもうわかっているわよって笑っていらっしゃいますが、とてもお幸せそうですし、そういう言葉が女性を美しくするのだとジェマが言っていました」
「そうなのね。つまりレックスは恋人に会うたびに愛してるって言うのね」
「私はひとり身ですので」
「あなた、私にずっとついてくるって言ってたじゃない。恋人が出来たら相手に確認するからね!」
「ぇーー」
おい、そこの執事、ブラッドを見習え。
その態度はなんなんだ。
「それは大丈夫だろう。先程からカミル様は、息をするように可愛いを連発しておられる」
「確かに」
「いいからあなた達はもう下がりなさい。あまり時間がないのよ」
「そうだった。アルデルトを二回も見かけていたのになぜ話さなかったのか、ゆっくり説明してもらわないと」
うっ。墓穴を掘った。
そうだ、その話題があったんだった。
「では、我々は失礼します」
ブラッドもレックスも、こういう時ばかり空気を読んで壁際に下がらなくていいのに。
ふたりだけになった途端にカミルの精霊獣が小型化して顕現して、私達の周りに防音の魔法を厳重にかけ始めて、それに対抗して私の精霊獣まで魔法を使い始めた。
「いいの、そんなに重ねがけしないの」
もちろん私の執事も、カミルについて来ているエドガーも、同じ部屋の中にいるのよ。
私達の視界から消えただけ。
「あ、向こうに移動しない? 海を見ながらお話しましょう?」
無言でお茶を飲み始めたカミルの横顔を見ていると落ち着かなくて、腰を浮かせながら言ったんだけど、首を横に振られてしまった。
「で? なんで話さなかったんだ?」
「カミルだって、命を狙われているって話さなかったでしょ?」
少しカミルから離れて座り直して、正面を見てティーカップに手を伸ばす。
彼を見るから落ち着かないのよ。視界に入れなければ大丈夫。
それでも、カミルが体ごとこっちを見ているのが、ちらちら視界の端に入るのよね。その目力は弱められないの?
「それは……俺は平気だからだ」
「私も平気よ。誰に狙われても私ほど平気な令嬢は他にいないわ」
「それでも心配だろう」
「私は心配しないとでも思っているの?」
むっとして言いながら、ついついカミルの顔を見てしまったら、驚いた顔をしていた。
「なんで驚くの?」
「いや……瑠璃様からシロを借りているし、精霊獣もいる。勝手に暗殺者が近付いてきて勝手に排除されているというか……護衛は捕まえた犯人を引き渡したり尋問したり忙しいんだけど、俺はなんの問題もないんだよ」
「なら私も」
「ディアは戦った経験がないだろう? いざという時に反撃出来るのか? それに、ディアの周りには戦えない女性もいるんだ。大事な友達もいるだろう。ニコデムスもシュタルクも、きみを手に入れるためなら手段を選ばないと思う」
思わずぞっとしてカップを置いて腕を擦った。